エクスレイガ



「やっべぇなぁ……」



 真理子は山麓の高台に腰掛けながら双眼鏡を覗く。


 夕闇に染まる猪苗代の上空を、スターフィッシュの群れが、ふよふよと奇怪な音を立てて旋回していた。


 一昔前のUFO研究家が見れば、泣いて喜びそうな光景だ。



 ――エクスを探してるか……まぁ……そういうだし……



 真理子は双眼鏡を外し、猛禽のようなまなこで宙を漂う異星の兵器群を一瞥すると、鬱蒼と木々が生い茂る獣道を慣れた足取りで駆け下りる。



 ――このままじゃあ、あいつ・・・と練りに練ったシナリオが駄目になっちまう




 真理子は、顔をしかめた。




 ――今頃になって、自分の娘を拒絶するたぁ…どういう了見だ……サナ……?)





 ****






「…じゃあ、このロボットは…?」

「はい。おばさまが……時緒くんのお母様がルーリアに対抗する為に御造りになられたんです。私は、そのお手伝いをさせて頂きました」



 ロボットのコクピットの中で芽依子の話を聞いた時緒は、開いた口が塞がらなくなった……。


 パートタイマーで生計を立ててくれた母が、こんな巨大ロボットを造っていたなんて想像もしなかった。


 まるでアニメの話だ。



「し…知りませんでした…。母さんがそんな事してたなんて。アオマルの肉売り場でステーキ焼いてるところしか……知らなかった……!」

「真理子おばさまは聡明な方ですよ。城南大学を首席で卒業した……ロボット工学の第一人者です。…あぁ…駄目です…」



 座席にケーブルで繋がれたタブレットを操作しながら、芽依子は溜息を漏らした……。



「このロボット…動かないんですか?」

「…はい。どうしましょう…このままじゃあ…」



 悲しげな芽依子の横顔をみていると、時緒は何故か……胸がズキリと疼く……。



「な、何か手伝える事はありませんか!?」

「え…?」



 思わずそう言ってしまい、驚いた顔をする芽依子の顔を見て、時緒は後悔した。


 巨大ロボットの動作不良問題について、自身が手伝える事などあるだろうか?


 否。


 携帯端末でさえやっと使えるようになったアナログな自身には、きっとありはしないだろう。



「……すみません。出しゃばりました…」



 項垂れながら、時緒は芽依子に謝った。


 しかし、芽依子は「いいえ」と嬉しそうに、しかし何処か寂しそうに首を横に振る。


 彼女の頬がほんのりと朱に染まっていた。



「時緒くんのそういう所…誰かを自然と助けようとする所…、子供の頃と変わっていませんね…。安心しました」



 時緒は首を傾げた。



「先程から気になっていたのですが、芽依子さんは以前に僕と会った事があるんですか?」



 タブレットを操作する芽依子の指が、ピタリと……止まる。



「はい。九年くらい前になります。私は父に連れられて猪苗代に来て…。時緒くんは初対面の私と…仲良くしてくれて…嬉しかったです…」

「………」



 ………変な沈黙が、時緒と芽依子の間に漂う……。



「…すみません」



 芽依子の話を聞いていると、時緒は申し訳のない気持ちになった。


 何故ならば――



「僕、その頃の…小学生以前の記憶が……綺麗さっぱり無いんです……」



 時緒はすまなそうに、黙り込んだ芽依子に説明した



「何だか…僕、昔火事にあって…大怪我したみたいで…、記憶が無いのそれが原因…?母さんや、大人の人たちが言ってました」



 無言のまま、芽依子は時緒を見上げた。



「芽依子さんはちゃんと覚えてくれたのに…。ごめんなさい…」



 理由はどうあれ、忘れられることは辛いことである。


 時緒は芽依子に頭を下げた。


 すると、芽依子はその細く柔らかな手で時緒の手を優しく、だが力強く握った。




「時緒くんが謝る必要なんて、何一つありません。時緒くんは…私を…私を…………」




 芽依子の琥珀色に輝く瞳に、時緒のポカンとした顔が映る。


 すっかり気恥ずかしくなってしまった時緒は、芽依子を気遣いつつ、話題を変えることにした。



「そ、それにしても…ロボットのコクピットってやっぱりかっこいいですね!よくアニメとか見ていましたから、憧れますよ!」

「……座ってみますか?」

「良いんですか!?」

「はい。作業は座っていなくても出来ますから」



「どうぞ」と、芽依子は微笑んで座席を立った。


 一度芽依子に会釈して、時緒は座席に腰を下ろす。


 頑強そうな座席のシートは程良い反発力で時緒の身体を受け止める。



「おお…!」



 時緒は、感嘆の声をあげてしまった。


 座席の前方には液晶ディスプレイが設置され、その左右に、光沢を放つ黒いスティックが取り付けてある。


 スティックの正体は、多分、操縦桿だ!



「……」



 まさに、SFアニメの世界!


 湧き上がる好奇心を抑えられず、時緒は操縦桿に手を伸ばし、握り締める――


 ………!



「え…?」

「は…!?」



 芽依子と時緒の、驚きの声が重なった。


 時緒が操縦桿を握った途端、グリップの上部に取り付けられていた宝石のような部品が、翡翠色に光り出したのだ。


 光は幾何学模様を描きながら操縦席中を奔り、ロボット全体へと伝播していく。


 ディスプレイが輝き、その画面に【ルリアリウム・レヴ 起動を確認 】の文字を浮かび上がらせる。


 そして、微かな高い駆動音がコクピット内に響き渡った。



「もしかして、コレ…正常に…動いてませんか?」



 時緒は安堵の表情で芽依子を見た。



「大丈夫みたいですね!芽依子さん!」

「…………」



 しかし、芽依子は凍り付いた表情のまま、首を横に振った。



「そ、そんな…?ち、違います…。私は、まだ何も…、」

「よっしゃあ!動いてるじゃん!流石芽依!」


 

 その時、カンカンと足音を立てて、見回りから帰って来た真理子が開いたコクピットハッチの隙間から顔を覗かせた。



「おあ?何で時緒が座ってんだ?」真理子はコクピット内に入るや、座席に座っている息子の頭を指先でつつく。



「ホラ!何遊んでんだ!芽依の邪魔になるだろうが!退け退け!」



 真理子に急かされるまま、時緒は操縦席を芽依子に譲った。



「芽依子さん、頑張ってくださいね!」

「は、はい…」



 芽依子は首を傾げながらシートに座り、操縦桿を握るが……。


 …………。



「あ、あれ!?」真理子の素っ頓狂な声が響く。


 芽依子が操縦桿を握るや、駆動音は止み、再びロボットは機能を停止してしまったからだ。



「め、芽依?どうなってんだぁ!?ついさっきまで動いてたのに!?」



「それが…私にも分からなくて…!」芽依子は困惑した声をあげた。



「ですが…時緒くんが座って…操縦桿を握ったら…いきなり動き出したんです…!」

「時緒が…!?」



 芽依子の話を聞いた真理子は、シートを挟んで真向い側で縮こまっている時緒を凝視した。



「時緒……」

「何さ?」

「も、もう一回…操縦桿…握ってみ?」



 時緒は芽依子に譲られてシートに座り、再び操縦桿を握る。


 光が灯る。


 駆動音が鳴る。


 正常に、再起動した。


 異常は無いらしい。座席に座りながら時緒は真理子と芽依子の顔を伺ってみる。


 二人の唖然とした顔が翡翠色の優しい光に照らされていた。



「こ、これは…動力レヴか…!?」

「この機体の【ルリアリウム・レヴ】が、時緒くんに適応アジャストしている…としか…考えられません…!」

「し、しかし…こんな現象…今まで確認できなかったぞ…!?出力は!?」

「…65パーセントで安定しています」

「ま、まさか…」



 顔を合わせ、緊張の面持ちで話し合う真理子と芽依子。


 邪魔してはいけないと思いつつ、時緒はスクリーンを見ながら二人に水を差した。



「スターフィッシュ…近付いて来てるけど…?どうする?」

「「……!」」



 真理子と芽依子は、顔を見合わせたまま、眼球だけ動かしてスクリーンを見る。


 木々の間、真紅の空を背に、スターフィッシュの影が迫って来ていた。


 スターフィッシュ達は、ロボットの上空で静止すると、緑色の粒子を集束させ――



 ッッ!!!!!



 ロボット目掛け、粒子ビームを放射する!


 降り注ぐ光の雨がロボットの付近の木々を吹き飛ばし、激しい衝撃がコクピット内の時緒たちを揺らす。



「ああもう!芽依はエクスを動かせねえし…どうすりゃあ良いんだ!?」



 頭を掻き毟る真理子に、芽依子がそっと耳打ちをした。



「おばさま…仕方ありません…。妹の騎士達に連絡して…一旦作戦の中断を…!」

「それは一番やっちゃあいけない事だ…!最悪、事が露呈して、お前の今までの苦労が無駄になるぞ…!」

「ですが…!」




 困惑顔の真理子と芽依子に、再び時緒が水を差す。



「あのー……な、何か手伝えること、ないかな?」



 真理子と芽依子は、キョトンとした顔で、挙手をする時緒を見た。



「母さんは、芽依子さんがこのロボットを動かせなくて、何故かは分からないけど…ロボットが僕にしか反応しないから困ってるんだよね?」



 額に汗を浮かべた真理子が、小刻みに頷いた。


 時緒は昂ぶる鼓動を抑える為、深呼吸一つして――



「じゃあ…芽依子さんや、母さんの指示通りに……って方法はどうかな?」

「そ、そんな!危険です!」



 芽依子が首を横に振った。彼女の声が震えている。



「時緒くんに…そんな危ない事…駄目…駄目です!絶対駄目!」

「でも…!」



 激しい揺れに身を強張らせながら、時緒は芽依子を見た。揺らぎの無い、真っ直ぐな眼差しだ。


 そして、微かに震える芽依子の手を優しく握った。



「と…!?」



 手から伝わる時緒の体温に、芽依子は戸惑う。


 そんな少女に時緒は頼み込んだ。


 淀みの無い、真っ直ぐな口調で……!



「じっとしているよりはましじゃないかな。と、僕は思います!」

「…そ…それは…」


 芽依子は俯いた。


 誰も、喋らない。



「時緒……」


 数秒続いた沈黙を、真理子が打ち消す。



「あ~~……」



 真理子は渋い顔で暫く唸った後、



「時緒……操縦してみ」

「おばさま!?」



 顔を強張らせる芽依子を、真理子はやんわりと制す。



「もう一回、もう一回だけ……『あの頃』みたいに、時緒を信じてやってくれ…!」



 そう言って、頭を下げる真理子。


 芽依子は、もう何も、言い返さなかった……。




 ****





 標的が、何の動作もしない事を確認したスターフィッシュ達は、再び攻撃を開始せんと、粒子を集束し始める。


 十数機ものスターフィッシュが粒子を溜め、幾重もの光の矢として、ロボットへと放つ。



 コウッッ!!!!!!!



 翠色の爆球が膨らみ、ロボットを閃光の中へ、僅かなシルエットを残して包み込む。


 衝撃波と共にもうもうと土煙が空高く巻き上げられ、周囲の視界をゼロにする。


 標的を破壊。


 スターフィッシュ達に組み込まれた人工知能がそう判断をしようとした。


 ……その時だった。



 ゴウッッ!!!!



 立ち込める土煙をかち割って、翡翠色のエネルギーの奔流が、竜巻の如く吹き荒ぶ。


 状況が分析出来ず、スターフィッシュ達は一時後退をする。


 そして、確認をした。


 エネルギーの中心に、攻撃目標が、未だ存在している事を。




 ****




「時緒!頼むから操縦桿以外の所は触るな!いいか!?絶対触るなよ!?」

「分かった!」



 翡翠の光を纏って、ロボットは立ち上がる。


 双眸は内に宿る闘志を現すが如く輝き、雄々しい両脚が猪苗代の大地を踏みしめる。



 その姿は、例えるならばいにしえに聞く軍神か。それともかつて唄われた伝説の武人か。



「時緒くん!時緒くんはパイロットスーツを着用していませんので、どうか御無理はなさらず!気分が悪くなったらいつでも言ってください!」

「はい!」



 時緒は、座席に身を委ね、操縦桿をしっかりと握り締めながら、背後から聞こえる芽依子の声に力強く頷いた。


 ふと、横から真理子が顔を覗かせる。



「時緒!正直助かった…!頼む!この状況切り抜けられたら、何でも買ってやる!ゲームだろうがオモチャだろうが買ってやる!!」

何歳いくつだと思ってるんだよ…。でも期待してるよ母さん!それから…!」



 時緒は真理子を真っ直ぐに見上げて、



「母さん、コイツの…このロボットの名前は…!?」



 いつの間にこんな漢の顔をするようになったのか!一瞬真理子は面食らうが、時緒を睨み直して宣言する。



「コイツはエクス…、【】だ!!」



 時緒は今一度頷くと、ただ真っ直ぐ、モニターが映すスターフィッシュ達を睨みつけた。



 正直、喧嘩は得意ではない。ルーリアと戦うのは少し怖い。



 しかし、真理子の、芽依子の助けが出来るなら、力になれるのなら。


 何故だろうか?心が満たされていく様な気がした。


 だから、時緒は叫ぶ!





「エクスレイガ!動けええええええッッ!!」






 続く

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