第133話 たった一つのイシだとしても:散る者に紫のバーベナを

 出航してすぐは何事もなく宇宙船は進む。宇宙港の近くでは駐在軍がいるためテロリストは仕掛けてこないだろう、と今回の作戦の上層部は考えたがその通りになったわけだ。だが、道程の1/3を越したあたりで船内に警報が鳴り響く。

 警報の正体はいくつかの敵影。宇宙に溶けるようなマットブラックの<オカリナ>のモノアイが真っすぐに宇宙船を射抜く。


(来るかもしれねえとは思っていたが一番乗りとはちょっと意外だな……。こいつらもケツに火が付いたってところか)


 黒い<オカリナ>がこちらに向かってきているという話を聞いて、コックピットに入りつつホロンは思う。


(屑野郎を取り返しに来たのか、それともこれ以上不利な情報を漏らさないよう始末しに来たか、どっちにしても関係ねえや。この船に襲い掛かってくる連中はどうあっても日の下を歩けねえ奴らだ)


『フェブラリー・スキャンダル』が起きてすぐに身を隠し裁きを避けた軍人もいた。

 そういった者が差し向けたのが今回の黒い<オカリナ>だろうという考えだが、ホロンたちはすぐに出撃はしない。黒い<オカリナ>の相手は別動隊が務め、ホロンたちは有事の際にすぐ動けるよう待機しているのだ。

 黒い<オカリナ>の部隊とアメツチの<ナッツ>の部隊が戦闘を始める。

 エグザイムとしての総合的な完成度は<オカリナ>の方が高いが、<ナッツ>は耐久性や手持ち武器の豊富さといった部分的には<オカリナ>よりも優れている箇所もある。ましてや数でも有利を取っている。端的に言えばじゅうぶんに勝てる戦いだ。

 数で勝る<ナッツ>が追い込み漁のように黒い<オカリナ>を巧みに誘導し、アタッカー役がグレネードランチャーで大物を撃ち抜く。

 かたや、包囲網を抜けて各個撃破を狙う<オカリナ>もいて、戦場は混沌としていた。


(こちらは立て直しが利くけど、相手はそうではないから悪くない状況だ)


 拮抗した戦況だが、こちらに傾き始めている。スノウはそう考えたが、耳朶を打つ

ホロンの声がそうは問屋が卸さないことを告げる。


『10時の方向から予約の団体客がいらしたようだ。丁重に出迎えに行くぞ』

『らじゃー』

「……了解」


 客の中にあの人はいるだろうか。いてもいなくてもやることは変わりないが、スノウは出撃シークエンスに入る前の一瞬だけそう思った。

 電磁式カタパルトに乗って弾かれるように飛び出たホロンら第三部隊。彼らの機体のセンサーが捉えたのは旧式の、しかし思い思いのカスタムがなされたエグザイムたち。その先頭を務めるのがダークブルーのカスタマイズされた<オカリナ>。

 現在の敵戦力や敵増援の可能性など、ありとあらゆる要素を頭の中のそろばんで弾いてホロンは指示を下す。


「俺が先頭の奴を抑える。他の連中のエスコートを頼む。敵増援も視野に入れておけ」

『ホロンさん』

「なんだ」


 一瞬コンソールを見ると、話しかけられたのはプライベート回線からだった。


「話なら手短にな」

『ドゥラン二尉は……僕がやります』

「駄目だ」

『なぜですか』

「お前が見なきゃいけないのはもっと先の未来だ。くだらねえモン見て目を濁らせちゃいけねえ」

『……それはどういう意味ですか』

「時間がねえ、切るぜ」


 こっちの言いたいことがわかんなきゃそれはそれでいい。必ずしもわかる必要はない、とホロンは強引に通信を切った。

 先日、スノウと対峙した際、ドゥランは『スノウは未来を、自分は過去を元帥から受け取った』と話した。そのことはホロンも報告で聞いている。


(言い得て妙だよな)


 過去とは言い換えれば無念だ。生きているうちに屑軍人どもを潰し弟の仇を取れなかった王我の無念を、ドゥランは自身の経験かこに重ねて晴らそうとしている。

 ホロンはどうだろうか。両親の無念を晴らすために戦っているとも言えるし、自分がただ仇を討ちたいだけとも言える。その点では、ドゥランとホロンは同じ穴のムジナなのだ。

<壌無>は<オカリナ>と対峙する。


『意外だな。ヌル君ではなく、オノクス一尉直々に相手してくれるのか』

「うらぶれたオッサンの相手させちゃ前途有望な若者に悪ぃだろ。過去の為に武器を持つ者同士ちょうどいい」

『一尉もじゅうぶん若いだろうに』

「アンタと違ってな。だから、恨み辛みで戦うのは今日で最後にするっ!」


 最初からフルスロットルで接近し、アサルトライフルを連射する<壌無>。


「ベラン二尉、冷却弾をいつでも撃てるように準備しとけ!」

『オーライ』


 アサルトライフルは全弾かわされたが、その間に接近ができた。アサルトライフルを放り投げてブロードブレードでの近接戦闘に切り替える。

 だが、それを甘んじて受けるドゥランの<オカリナ>ではない。マッシブな肩部で受け止めてカウンターを仕掛ける。


「一筋縄じゃいかねえな」

『そりゃ君たちの倍は生きているからな……』

「年重ねてりゃいいわけでもねえだろ!」


 口論をしながらも、ホロンは冷静に戦況を見極めていた。


(やたらでかい肩はスラスターの機能だけじゃねえな。こっちのブロードブレードは既製品とそう変わらんとは言え、それを真正面から受け止めるほどの頑丈さか)


 ドゥランの<オカリナ>が通常と異なる点は、やはりそのマッシブな肩部と脚部。ホロンの手の内は知られている以上、情報のアドバンテージはドゥランにある。だから、肩部と脚部の謎を解いて実力勝負に持っていきたいところ。

 もう一本のブロードブレードを手に持ち<オカリナ>ドゥラン機の肩部スラスターを切り落とそうとするも、そちらはブロードブレードに割り込まれて阻まれる。


『この肩部スラスター、ただのスラスターと侮ってもらっては困る』

「何ッ?」


 次の瞬間、ダンプカーに正面衝突したかのような衝撃をホロンは味わう。それは<壌無>が肩部スラスターにことによる衝撃だった。


「ぐふっ……スラスターを飛ばしやがった……!」


 スラスターを逆噴射してなんとか制動をかける。

 ホロンはモニターに映る<オカリナ>ドゥラン機をにらみつける。殴られた一瞬は気絶していたが、何が起きたかはしっかり見ていた。

<オカリナ>ドゥラン機の肩部スラスターが突然前方に飛び出し、<壌無>の胸部に叩きつけられたのだ。


『ビックリしたろ? <ゲツリンセッカ>のスラスターを参考に改造を加えたんだ』


 肩部スラスターを元に戻した<オカリナ>の中でドゥランは楽しそうに笑う。

 スラスターの出力をそのまま破壊力に転換する<ゲツリンセッカ>のギロチンドロッパーを見て、ドゥランなりにアレンジを加えた武装であった。肩部とはワイヤーでつながっており、掃除機のコンセントのように自由に伸ばしたり戻したりできる。

 素体が<オカリナ>なだけにギロチンドロッパーほどのパワーはないが、純粋な質量兵器としてはそれでじゅうぶんだった。


(くそ、今ので一本剣がひしゃげちまった。これじゃ使い物にならねえ)


 ひしゃげてしまったブロードブレードを投擲するも、あっさり斬り払われてしまう。


(やべーな。<壌無>じゃあのビックリドッキリメカに真正面から勝てねえ)


<壌無>はアメツチの新技術を試すために開発された試験機であるが、それは動力部分や装甲などの構造物に限定されており、武装は鉤爪を除いて既製品のそれを超えていない。つまり、スラスターパンチに威力で敵う武装は何一つ持ち合わせていない、というのが正直なところであった。


(うまいことアレを避けつつ、関節部に攻撃をかけていくしかないか)

『パワーで勝てずとも回避すれば問題ない、そう考えてはいないかね?』


 ドゥランがそう言った瞬間、<オカリナ>の脚部から煙のような糸を引いて何かが飛び出してくる。


(ミサイルか!?)


 細かくスラスターを吹かして最小限の動きでミサイルを回避しようとする<壌無>。だが、達人じみたそのムーブこそが命取りとなった。回避の瞬間、歌舞伎の蜘蛛の糸のように弾頭が分かれ、拡散したそれが<壌無>のボディに次々貼りついていく。


(なんだこれは……)

『収納!』

「なにっ!?」


 グンッと<オカリナ>の方へ引っ張られる。脚部から伸びた糸が魚がかかったリールのように巻かれていっているのだ。


『アンド近づいたところで……』


<オカリナ>の肩部がスラスターの勢いのまま前方に射出され、糸でベトベトの<壌無>を殴りつける。


「ぐっ……」

『まだまだ』


 糸で引っ張ってスラスターで殴るサイクルをもう一度回繰り返され、コックピット内がロデオマシンを化す。<壌無>胸部はひしゃげ、頭部は頭頂から顎にかけてヒビが入っていた。

 胃酸がのぼってくるのをこらえながらホロンは悪態をつく。


「くそ……やってくれるじゃねえか……」

『なあ、こんな戦いやめないか、オノクス一尉」

「あ? それは戦いを仕掛けた側が言っていいことじゃねえだろ」

『まあ聞いてくれよ。どうせあの船に乗っている汚職軍人……助からんのだろ?』


 ドゥランはあくまで話を聞いてもらうために落ち着いたトーンで言う。

 件の軍人はもう60過ぎで、今回の作戦に協力して減刑されたとて獄中で何十年も過ごす。となれば、釈放を待たずに獄中死してもおかしくない、どころかその可能性の方が高い。そうドゥランは主張する。


『助からないならいっそここで殺してやった方がいいだろう』

「そうはいかねえのが司法ってもんだろうが」

『あの軍人が、仮に君の両親の仇だとしてもか?』

「……何が言いてえんだよ」

『君だって本当はあんな軍人守る価値がないと思っているんじゃないか?』

「………………」


 ドゥランは知っている、ホロンの半生を。なぜ若くしてアメツチに所属し、戦っているのか、その理由を。


『死ぬのが早いか遅いかの違いじゃないか。だったら、我々に引き渡した方が刑務所の職員さんの手間も省けるってもんさ』

「……ケッ、くだらねえ言い訳してんじゃねえよ。本心はそこじゃねえだろ」

『ん?』

「てめーの本心はこうだ。家族を殺した奴らを自分の手で始末しないと気が済まない、第三者が殺すのは耐えられない……」


 ホロンはコンソールを操作しながらぴしゃりと言う。


「復讐者の理屈だ、そいつは。しかも関係ない人間までも巻き込む最低の復讐者のだ」

『……君も復讐者ではないのか? ご両親を殺されて……』

「言っただろ。恨み辛みで戦うのは今日が最後だって。

 大事な弟分をかどわかしてくれた落とし前、つけてもらおうか!」


『WARNING』の黄色い文字が躍るコンソールの下部を拳で叩く。その瞬間、<壌無>のヒビの入ったアイカメラが発光、スラスターの色が赤黒く変化していく。


『リミッターを解除したか……』


 アイカメラの光を残し、<壌無>がドゥランの目の前から消える。接着していた糸は剥がれ、目ではもう<壌無>の姿を追えない。

 大きく距離を取った<壌無>は弾丸のように飛び出して<オカリナ>を急襲する。一閃―――しかしそれはボディをよじって肩部の頑丈な箇所で防がれる。

 Uターンして再びアタック。脚部を狙った一撃は装甲を削り取っただけで致命的なダメージは与えなかった。


(<壌無>のリミッター解除、速いは速いが人が制御しきれるものではない。どうしたって単純な軌道を描くしかない)


 いくら速いストレートのボールでも、全く同じコースを何度も投げられればホームランは無理でもバットに当てることぐらいはできるだろう。ドゥランはそれと同じように<壌無>の軌道を読んで直撃を受けないよう対処していた。


(勝負を焦ったな、オノクス一尉)


 ホロンが仕掛けてドゥランがいなす何度かの攻防の末、スピードに慣れてきたドゥランは次で仕留めるべく、スラスターパンチのロックを解除。直撃すれば対向車と正面衝突する自動車のようにただでは済まないだろう。

<壌無>の攻撃を肩部で受けた後にその後ろ姿をにらみつける。


(次がお前の最期だ)


 これまでの攻防を踏まえれば、<壌無>はここでUターンしてアタックしてくるはずだ。それに備えて真っ向勝負とばかりに向き直るが、<壌無>はゆっくりと速度を落とし後ろを向いたまま止まった。


「次でトドメを刺そう。そう考えちゃいねーか?」

『なにっ……?』

「王手、と言わせてもらおうか」


 そう言われて機体の状況を確認するドゥラン。エグザイムの四肢全てに『ERROR』の表示とバツ印がつけられている様子がコンソールには映し出されていた。

<オカリナ>の四肢それぞれに<壌無>のワイヤーが絡まっている。放り投げられた武器から伸びたワイヤーをホロンが攻撃の度に括り付けたからだ。リミッター解除してからただ闇雲に仕掛けていたように見えた攻撃は、全てこのために行われたのである。

 なんとかもがいてワイヤーから逃れようとするも、まったく解ける様子はない。まな板の上の鯉、そう言わざるを得ない状況だった。


「これ以上何もできねえなら……お前の詰み、だ」


<壌無>が自身の腰から伸びるワイヤーをむんずと掴み引っ張る。

 ドゥランはホロンが一体何をしているかすぐにはわからなかった。だが、機体がミシミシと言い始めたことでこれから<オカリナ>がどうなるか、想像できた。

<オカリナ>の四肢がワイヤーに引っ張られピンと大の字に伸びる。それは張りつめた弓のよう。


「ゥオラァッ!」


 裂帛の気迫と共に、リミッターを解き放った超パワーが<オカリナ>の四肢を引きちぎり、破壊する。

<オカリナ>のコックピットに絶え間なくつんざくアラート。それは決着がついたことを知らせるゴングであった。


『俺の負け、か』

「……知らねえ仲じゃねえ。素直にこちらの指示に従うなら良い弁護士つけてやるよ」

『……なあ、オノクス一尉。君はさっき俺の考えを看破したよなぁ?

 君の言う通り、俺は自分の家族を殺した体制を憎んだし、俺の手で復讐したいと思ったよ」

「………………」


 突然始まった自分語りを、ホロンは咎めなかった。かつて同僚だった男のエレジー、今やその独演会の会場にいる客は自分だけなのに聞いてやらないのではいくらなんでも悲しすぎるではないか。


『だから、俺は防人元帥の護衛に志願したんだ。あの体制を作った男を始末するまたとないチャンスだからな。

 だけど、そうじゃなかった。彼はその体制ができてしまったことを心から悔やみ、いずれ粛そうとしていたよ』

「それは、そうだろうな」

『俺は賭けたんだ。防人元帥が変えてくれることを。俺が憎んだもんを全部終わらせてくれると。それができるほどの器だと対峙して肌で感じたんだ。

 だが、彼は死んだ。殺されたんだ。俺が恨んだ奴らが奪ったんだ』


 ドゥランの瞳から一筋こぼれたものがあることをホロンは知らない。


『愛する家族も信頼した男も殺された。同じ奴らに殺された。こんな屈辱的なことあるか……!』

「………………」

『良い弁護士をつけると言ってくれたな。そんなのお断りだ。これ以上惨めになるぐらいなら、いっそ終わりになった方が良い』

「そうか」


<壌無>はゆっくりと<オカリナ>に近づき、もういつでもトドメを刺せるという距離で止まる。


「言い残すことはあるか?」

『オノクス一尉……君はベラン二尉をちゃんと守ってやれよ』

「……忠告、感謝するよ」

『こちらこそ介錯を務めてくれて感謝する。―――やってくれ』

「……さらばだ、ドゥラン・ガイ二尉」


<壌無>の鉤爪が正確無比にコックピットを貫く。<オカリナ>のカメラアイから光が消えて、完全に動かなくなった。

 ホロンはレンヌに通信を入れる。


「……冷却、頼む」

『あいよー。

 ねえ、ホロン』

「なんだよ」

『お疲れ様』

「おう」


 リミッター解除に伴って空調が効かなくなったコックピット内で思った。昔の人はこういう時に煙草を吸いたくなったんだろうなぁと。



 ドゥランが負けたことで襲い掛かって来たテロリストたちは次々と投降し、おとなしくお縄に着いた。

 一方で黒い<オカリナ>の集団の攻撃は緩むことなかったが、テロリストの件が片付いたホロンたちが加勢したことにより壊滅、敗走することになった。

 反社会組織を打倒するという当初の目的は果たせた。もう一つの目的である汚職軍人の移送もつつがなく進む。

 それらは道に落ちているたった一つの石ころを拾っただけかもしれない。だが巡り巡って誰かが躓く未来を変えていく。

 折り重なった運命の瞬間はもう間近に迫っていた。

                                  (続く)

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