第132話 二月の果てに:百日草を迎えるために
統合軍の大規模スキャンダル、2月に起きたことから後の世で『フェブラリー・スキャンダル』と呼ばれるそれは多数の汚職軍人を裁くこととなった。
軍内の良識派が徹底的に軍事裁判で裁いた他、怒れる民草の迫力に圧され自首する者もいた。
そして、非合法な手段で消される者も……。
「……今週だけで5人目か」
執務室でウェブニュースを見てホロンは天を仰いだ。内容は、汚職が発覚した軍人がまた殺害されたというものだ。
膝の上に座っているレンヌが尋ねる。
「組織的行動なのかなー?」
「ただ同じ目的の奴らが集まっただけという線も捨てきれねえが、こうも続くと組織的犯行を疑うべきだな」
警察の調べによると、5人の被害者は全員殺害される前に複数人から暴行を受けた痕があったと言う。このことから、怨恨による殺害と見て調査を続けているともニュースには書かれている。
もちろん、それらの詳細な情報はアメツチもつかんでいて、必要に応じて現場にも開示されているが、まだわからないことも多いというのも事実だ。
また、どこにもニュースにはなっていないが、汚職軍人の乗る宇宙船が謎の爆発を起こし、乗客と添乗員が全滅したという話もホロンは耳にしている。
(これはこれで放置してらんねえが、これを機と見て他のイデオロギーを持ったテロリストどもが幅を利かせられたらもっと困るな。早々にこの件にはケリつけねえとまずい。デシアンだっていつ来てもおかしくないしな……)
なんにせよ反社会組織がこれからも恨みのある軍人を私刑するというのであれば、事後の対応ではなく先手を打たなければならない。
そのための作戦がホロンたちに命じられた。
「―――つまり、血税を懐に入れていたクソ軍人を餌にテロリストどもをおびき寄せるってこと?」
「……そうだけど、言い方ってもんがあるだろ」
作戦部から下された命令を部下たちの前で読み上げたホロンは、レンヌのあんまりな物言いに頭を抱える。
今回の作戦というのは、実刑が決まった軍人を移送している旨のメッセージを大々的に流し、それに対して行動を起こした反社会組織を叩く、というシンプルなものだ。草案を出したのは統合軍の方で、しかし統合軍は再編で忙しく手数は出せないのでアメツチが受注し、作戦室で具体的な方針が決められた後、ホロンを含むいくつかの部隊が参加することになったのだ。
フリューリングが手を挙げる。
「クズ軍人の移送は実際に行うんですか?」
「お前も言い方を……まあいいや。
実際に行うとのことだ。餌がないとバレたらその時点で連中は手を引いてしまうだろうから、そうさせないために本当に用意する」
餌にされる汚職軍人側としてはたまったものではないが、これに協力するならば減刑すると取引を持ちかけられれば頷かざるを得なかった。
続いてエスターテが質問。
「移送していることを告知するとのことでしたが、今までそんなことしてなかったのに突然し始めたら怪しまれませんか?」
「怪しまれても本当に運ばれているんだから、そのまま手の届かないところに連れていかれるぐらいなら罠を承知で仕掛けてくるだろうさ」
他には真っ当に汚職を裁いていますよと広報することで怒りを燃やす人々の溜飲をわずかでも下げたいという意図があるが、知っていても特に作戦の実行には影響がないことだ。
「他質問あるか?」
「資料を見るに、普段よりも参加する人数が多いようですが、このすべてをホロンさんが指揮するんですか」
今回は規模が規模だけに、アメツチの中でもホロンら第三小隊以外にもいくつかの小隊が参加しているし、統合軍から一部戦力が、更にアメツチの下請け会社の部隊も今回の作戦に参加することになっている。
しかし、もちろんそのすべてをホロンが指揮するわけがない。
「いや、さすがに俺が指揮するわけじゃない。ウチの……俺たちの上司が統括して指揮して、各セクションがそれを元に動くって感じだな。と言っても、お前らは基本的に俺の話を聞いてさえすればいい」
「わかりました」
「他に質問がなければ終わりだ。すぐに宇宙船に乗り込め」
件の移送用の宇宙船はL1宙域の統合軍所有の宇宙ステーションに停泊している。すでにホロンたちはその宇宙ステーションに来てはいたが、突然移動するよう指示が下っただけであって、なぜここに来る必要があったかは現地についてからようやく説明された次第だった。
船内に設けられた個室に荷物を置いてからスノウは格納庫へやってくる。当然、エグザイムもそこには運び込まれていて、いざという時にすぐに乗れるように場所を確認しに来たのだ。
「機体のチェックか? 仕事熱心で助かるよ」
「……ホロンさん。機体の、というよりは経路のチェックです。部屋からすぐにここへ来られるように」
「三交代制つっても、当番でないタイミングで出撃する可能性も当然あるからな。正しいよお前の判断は。まさかとは思うが……居ても立ってもいられない、って感じか?」
「そうではないです」
スノウからすればこの船で移送される汚職軍人たちが死のうがどうなろうが、最悪どうでもいい。
無論、仕事としてやっている以上全力は尽くす。ただ、関心としては彼らにはない。
「汚職が判明した軍人たちは次々と裁かれていっています。とすれば汚職軍人を潰したいというドゥランさんの望みが叶っている。そんな状態でドゥランさんが来るのだろうか、と」
「なるほど、そう考えたわけか。
ドゥランが統合軍を恨む詳しい理由は知らないが、まあ十中八九来るだろうよ」
「なぜ、そう言えるんですか」
詳しい理由を知っているなら、なぜ来るかあるいは来ないか判断つくだろう。だが、ホロンとてドゥランが統合軍を恨む理由を―――家族を事故で殺した同僚がまともに裁かれなかったことを知らないのだ。断定に近い言い方でドゥランが来ることを予想した理由がスノウにはわからなかった。
それに対してホロンはフッと優しく笑い、再びスノウの肩を叩く。
「俺たちゃ遅番だ、しっかり休んでおこうぜ。いつ連中が来るかわからないからな」
説明をするつもりはない、それが問いに対する答えだった。
確かに、それを知ることで任務が有利に進むわけでもない。休んだ方が良いというのも正論だ。だから、スノウは文句は一切言わず、特に反感も覚えずにホロンの後ろをついていった。
「どうする、奴らを攻撃するか……?」
「あまりにも怪しい。罠と考えるべきだ」
仲間たちが騒いでいる中、ドゥランはピシャリと言う。
「罠だとしたら、諦めるか?」
「それは……」
「言い澱むということは、諦めきれないわけだ。なら行くべきだな」
ホロンの言う通り、罠でも赴くほかない。本懐を果たす手段は他にないのだから。
ただ、ドゥランはそんな状況でもあくまで自分の意志で言い放つ。
「お前たちが行かないのだとしても、俺は往く」
席を立つドゥランの背中を、仲間たちは一度顔を見合わせてから慌てて追いかけた。
(続く)
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