第131話 裁くのは誰か:ギボウシ二輪から四点引けば

「あーくそ、眠ぃ」


 最初に<プライマル>を目にした日から、連日連夜通い詰めて調べていた結果、カホラは寝不足になっていた。今日も今日とて、講義が終わり次第すぐに旧校舎地下までやって来て巨人を見上げる。


(やはりコイツのキモはバックパックとやたらマッシブな四肢だ。これ以外は全体的に規格外の硬度と柔軟性、出力を兼ね備えているだけのエグザイムだ)


 そのこととて驚異的であることに違いはないが、それらは既存のエグザイムが持ちうるステータスのパラメータがイカれた数値になっているだけだと思えば一旦無視することもできた。

 となればやはり着目すべきはバックパックと四肢。今日こそはそれらが何なのか解き明かして見せる、と昇降機でバックパックと本体の継ぎ目のあたりを注意深く探る。

 バックパックである以上、それは取り外しができるはずなのだが、どういうことか連結装置が見当たらない。取り外せればより詳しい調査ができると思ったのだが……。

 コンコンと軽く指でつつきつつ、連結がどうなっているか探っていると、こちらも連日コックピットに入り浸っているメルタがひょっこりと顔を出す。普段は感情が抜けたような表情だが、今は若干眉をしかめていた。


「うるさい」

「悪い悪い。でも、メカってのは触診しねーとな。

 そっちも苦戦しているみてーだな」

「……うるさい」


 彼女はインターフェース改良の担当としてコックピット内で作業をしている。分担して取り掛かろうと相談したわけではないが自然とそうなったのだ。


「この間はPCと接続する用の合う端子がないと言っていたけど、今は何に躓いてるんだよ」

「言語が古すぎる」

「言語って……システム言語のことか? そりゃ100年も前のモンだしなぁ」

「……だとしても、読み解く」


 それ以上は口を利きたくないと言わんばかりに引っ込んでしまった。その様子が駄々をこねる子供のようでほほえましくなったが、人のことを心配している場合ではない。自分の作業に戻るカホラ。


(うーむ、謎だ。これほど確認しても連結装置らしきもんがねえってことは、こいつはバックパックではなく、別の機関ってことなのか? 何か武器が格納されているって雰囲気でもねえしな……)


 別の機関だったらそれはそれで調べないといけないので、どちらにせよ取り外さないといけない……。些細な情報をも逃すものかとスマートフォンのカメラ機能を使って継ぎ目のあたりを拡大すると、カホラは目を見開く。


(なんだこれ……。模様?)


 キノコに近い笠のある棒状のマークのようなものが本体に刻まれている。それは<プライマル>本来の赤褐色の色ではなく、バックパックと同じ黒い色だ。バックパックから棒状のマークが飛び出し本体を突き刺しているようにも見える。


(拡大率を考えると、そんなに大きくはねえな。拳くらいのサイズか)


 とりあえず写真を撮ってこの模様に関する調査は寮室も戻ってからにしようとカメラ機能をオフにした時、その前から開いていたブラウザのトップページにでかでかとニュースが表示されていた。その中の一文が目に飛び込んでくる。


「……あ? アメツチが緊急会見だって? 業績はいいらしいけど、何かあったのかあの会社?」


 お偉いさんが不祥事でも起こしたのか? と思いつつ確認のため会見の為に用意された配信ページを開く。


「おーい、メルタ。アメツチが緊急会見してるぞ」

「ホント?」

「疑うぐらいなら自分の端末で見てみろって」

「オーライ」


 メルタがコックピットに持ち込んだノートPCで配信ページを開くと同時に、会見は始まった。




 アメツチの大会議室内で記者たちが持つカメラのフラッシュが焚かれる中、アメツチのCEOとアメツチの最高技術責任者CTOを務める眼鏡をかけた壮年の男性、ホロンが袖から出て来て着席する。全員スーツ姿で真剣な表情をしている。

 司会進行を務める女性が言う。


「定刻になりましたので、ただいまよりアメツチによる緊急記者会見を始めたいと思います。緊急にもかかわらずご参加いただきありがとうございます」


 始めのあいさつの後、配信を行っていることの説明や登壇者の紹介を一通り行う。その後、CEOが悠々と話し始める。


「本日お話ししたいのは、人類が一つに団結しデシアンに立ち向かうべきだ、ということです」


 ははは、と記者団から笑いが漏れる。


「何を当たり前のことを、とお笑いになっている方もいらっしゃるようですが、その当然のことすらできていないのが現状です。私がかつて所属していたころから、統合軍は派閥争いをしており、それは今なお変わっていない」


 CEOが合図を送ると、CTOは頷いて手元の端末を操作する。


「今記者の皆様の端末に送信したものや、配信の画面に映っているのは、弊社の社員が仕事中に撮影した映像になります。この時、弊社は統合軍の第7開発部から依頼を受け、護送を担当しておりました。

 見ての通り、特殊仕様の<オカリナ>が第7開発部の輸送船を攻撃し始めたのです。デシアンではなく、本来民を守るべき統合軍がその刃を同胞へ向けた、ということの何よりの証拠と言えるでしょう」

「これは統合軍の手の者ではなく、テロリストの犯行の可能性はないのですか?」


 記者の一人がそう質問を投げる。まだ質疑応答の時間ではないので、司会がそれを注意しようとするも、CEOが手で制す。


「<オカリナ>は統合軍の最新量産機です。それがテロリストの手に渡っているとは考え難い。しかし、仮に映像の集団がテロリストだとすれば、横流ししている者がいるか奪われているか、どちらにせよ職務怠慢の誹りは逃れられないでしょう」

「となると、CEOは統合軍への抗議をこの場で行いたいと、そういうわけですか?」

「今回はそれが本筋ではございません。

 先にも述べた通り、人類は団結してデシアンという巨大な敵に立ち向かわねばならぬと考えています。しかし、それを拒み自身の利益だけを考える恥を恥と思わぬ輩が統合軍内にいる! フェアルメディカル事件というこの10年内で最大のスキャンダルがあったというのに、その者たちは変わろうともしていない!」


 静かに、だが強い語調で批判を展開するCEO。記者団はどうしたらよいのかわからずどよめく。

 配信のコメントの方はと言うと、CEOの声に同調する意見もあれば、陰謀論だとして批判的な意見のものもある。SNSでも同様だ。

 会見を通して議論が巻き起こり、人々の注目を否が応でも集めていく。CEOには見えないが、配信の同時接続数はうなぎ上りの状態だった。


「すなわち、一部の軍人たちが団結の妨げになっているから、そういった者たちを排除すべきと?」

「私はいち企業の代表に過ぎず、統合軍の在り方を決める権限などございません。もちろん、一部の軍人たちを排除することなどできるはずもない。

 だから、私は民意を問いたいのです。記者の方たち、この配信を見ている方たち、今この瞬間も一生懸命に働いている方たちに、彼らの行動の是非を問いたいのです。

 CTO、例のものを」


 記者たちの端末に画像ファイルが送信されると、やはり配信の方にもその画像が表示される。それは統合軍のある高級士官の横領の記録を表したものだった。

 その後、次々と送信されていく高級士官・将官の不祥事の記録。画像もあれば動画もあり、また具体的な帳簿などもあった。

 洪水のような情報の量に、記者の一人がたまらず叫ぶ。


「CEO! これはいったい何なんですか!」

「説明はCTOの方からさせていただきます」

「こちらはある筋から入手したデータを我々が解析したものになります。今皆様に見ていただいたものだけではなく、まだお見せしていないものもございます。

 記者の方たちには今送信した記録に記載されたリンクから、配信をご覧の方には配信者コメントに載せたリンクから、解析したデータの全てをご覧いただけます」

「ある筋とはどこからですか? これらが本物だという保証はあるんですか!?」

「これをいつ頃手に入れたんですか!?」

「これらを見た時の感想を聞かせてください!」

「質疑は一社につき一つでお願いします!」


 司会が止めるのにも関わらず質問が押し寄せる。だが、そうなるのも予想済みで、極めて冷静な態度を崩さないアメツチの三人。


「オノクス一尉」

「はっ。

 このデータの原本は私の友人が先日亡くなった防人王我元帥の自宅で防人夫人から託されたものになります。二人の許可を得た上でそれ解析したものが今皆様がアクセスされているデータベースに保存されている、というわけです。

 本物かどうかは元帥の署名を見ていただければ証明できるかと」

「オノクス一尉はこれを見た時、どう感じましたか?」

「CEOがすでに話した通り、データを見ていただいた方たちがどう判断するか、それに委ねたいという想いです」


 自分の言葉一つが紙面を賑わせ、論争を巻き起こし、トップニュースに躍り出る状況でさすがのホロンも内心冷や汗をかいていた。


(戦場に比べりゃ所詮タマは取られない場所だと高をくくっていたが……これはこれで緊張感があるな……)


 それでも言葉を一つ一つ選んで的確に答えていく。


「では、アメツチはこれらの情報にある統合軍の士官や将兵をお許しになるということですか?」

「それも皆様がどう判断するか、それが全てだと考えています」


 予定よりも早く質疑応答が始まってしまったものの、それ以外は予定通り進行していき、既定の時間になって会見は幕を閉じる。


「CEOー! 質問にお答えください!」

「友人とは誰なのでしょうか、一尉!」

「会見は終了しました! 尋ねたいことがある方は窓口より取材をお申込みください!」


 騒ぐ記者たちを背にアメツチの三人は大会議室を退室した。

 王我がスノウに託し、スノウからアメツチに渡されたその情報は瞬く間に人々に拡散された。

 統合軍は慌てて情報ソースである配信サイトから件の会見のアーカイブを削除させたが、すでに配信は多くの人に見られた上に、個人的にアーカイブを取っていた一般人が転載したことでますます広がってしまった。

 ただ、アーカイブを完全に削除したとしてももうこの流れは止められなかっただろう。すでにスキャンダルの証拠は記者たちやリンクに置かれていたファイルを保存してしまった一般人の手の中にある。いずれ彼らから波紋のように拡散されていく。

 速報あるいは号外と称して各ニュースサイトが今回の会見を記事にし、その日のうちにスキャンダルがトレンドを席巻する。

 後の歴史家たちはこの日をきっかけに軍内の自浄作用が働きクリーンな組織になったとしているが、実際には少し異なる。

 統合軍内の良識派がスキャンダルを元に自浄し始めたのは事実だ。しかし、一部の過激な人間たちが汚職軍人を粛正して回ったということは、自浄しきれなかった証拠となり統合軍の汚点となるため歴史の闇に葬られたのだ。

 闇の一端と影となりてその闇を討った者たちの話を次回から見ていこう。膨大な闇の中のほんの1ページに過ぎない、その物語を。

                                  (続く)

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