第129話 戦いの狭間で:ロウバイあれば狼狽せず

 スノウはテロリストを何人か捕縛したホロンたちと合流し、アメツチの宇宙船に戻る。


「会社に戻るまで交代で休憩しよう。エスターテとフリューリングとレンヌは先休んでてくれ」


 宇宙船内のこじんまりとした会議室で、デブリーフィングの終了時にホロンはそう告げた。捕縛したテロリストの監視や宇宙船の操作は他の社員が行っているため、三人は三者三様の方法で休憩に移行する。


「なんかあったらすぐ呼んでね」

「おう」


 レンヌらが会議室から完全に出て行ってから、ホロンは厳かに口を開く。


「さて、ドゥラン元二尉について……詳しく報告してくれ」


 デブリーフィングの場では、ホロンはドゥランの話をしなかった。部下たちに伝えるかどうかは、スノウの報告次第で決めようと思ったのだ。

 スノウはドゥランだとわかった経緯と、彼が言っていたことを余すところなく説明した。


「―――それで、戦闘中ホロンさんが指示を出したように深追いしないで戻って来たという次第です」

「そうか。一番しんどい役回りさせちまってすまねえな」

「いえ。

 またドゥランさんが立ちはだかった時は、戦いますか」

「そうだな」


 口ではそう言いつつも、気乗りはしない様子のホロン。


「連中が大規模な行動をしないうちに例の作戦ができればいいんだけどな」

「例の作戦、ですか」

「ああ、お前は知らないんだったな……。お前がくれた防人元帥のデータ、あれが役に立ったんだよ」

「……どういうことですか」

「そうだな、話しておくか」


「暇だしな」と笑ってホロンは説明する。


「お前がくれたデータを解析に回したんだ。内容は見たか?」

「全部ではないですが、日記として使われていたテキストデータなら」

「まあ、そんぐれーしか見る余裕はなかったよな。

 日記にもそれなりに有益な情報はあったんだがな……」

「他に何が見つかったんですか」

「結論から言うと、スキャンダルの情報だな」


 スキャンダルの情報と聞いて、スノウは生前に王我とした話を思い出す。


『どんな手を使っても軍を統一し、亜門を殺した連中も、それ以外の腐った連中も、全員死に至らしめてやると』

『…………できるんですか、そんなこと』

『できるさ。デシアンを殲滅し、その功績をもってすれば、俺は名実ともに軍の全てを手にする。連中を跪かせてその首を断つことなど造作もない……』

『全部終わったら、どうするんですか』

『それまでのことをすべて公表し、後は民意に裁いてもらうさ』


 王我の憎悪と夢をスノウは知っている。きっとその情報は本当なら、全部終わったときに公表しようと思ったものなのだと、わかった。


「統合軍にいる汚職軍人たちの、ですか」

「そうだ。ご丁寧に証拠もズラリと同封されていてな。ブン屋さんに一斉送信したらそりゃーもう楽しいことになるだろうよ」

「楽しくはないと思いますが」

「雰囲気だよ雰囲気。

 とはいえ、だ。ただ楽しいだけじゃいけねえ。一回こっきりのジョーカーを気軽に切るわけにもいかないからな」

「それを切るのが、先ほどおっしゃった例の作戦というわけですね」


 首肯するホロン。


「ま、そういうわけだ。内容が内容だから水面下で進めていて詳細は俺も知らされてないんだけどな」

「ドゥランさんは知っているんですか、そのこと」

「いんや。知る前にいなくなっちまったからな。だから、あいつらがいつ動くかはわからねえが、動く以上は叩くしかない。

 俺たちがやんのか統合軍がやんのかはその時にならないとわからないが……」


 やはり気乗りのしない様子のホロンに、スノウは尋ねる。


「……できれば戦いたくないんですね」

「そりゃ腐っても元同僚だかんな。知った顔を撃ちたくねえのは誰だってそうさ」

「……それは、そうかもしれません」


 必要ならば相手が誰であろうが撃つべし。だが、それができる人間ばかりではないのだ。実感こそないがさすがにこれまでの戦いでスノウもそのことぐらいはわかるようになっていた。


「知り合いと戦わないなら、それに越したことはないのかもしれません」

「……悪い、無神経なこと言っちまったな」

「大丈夫です、気にしてません」


 二人の間に微妙な空気が流れる。スノウは本当に気にしてないので、ホロンだけが妙に気まずい思いをしているという方が正確ではあるが。


「あー、どうなるかもわかんねえ未来のことを見るのは一旦やめだ」


 その微妙な空気を振り払うかのように、気持ち大きめな声を出すホロン。


「元帥の家行った後、サンクトルムに戻ったんだろ。結構な規模の戦闘があったとも聞いたが……それ以外にも何かあったか?」

「<プライマル>の実物を見ました」

「ほーん。……は?」


 耳は正確にスノウの言葉を捉えたが、脳が自身の知るそれと結びつくのに一瞬時間がかかったことの証左としての生返事の後、聞き返す。


「<プライマル>って、あの<プライマル>か? 元帥がデシアンを打倒するために求めた、サンクトルムに存在しているっていうあの?」

「学長に案内されたので、その<プライマル>と同じだと思いますけど……」

「……お前は本当にトンでもない星の下に生まれちまったんだなぁ。

 まあいいや、詳しく聞かせろ」

「できれば他言無用でお願いします」

「その辺の奴らにゃ言ったって信じてもらえねーよ。気にせず話してくれ」

「では……」


 スノウはゲポラから聞いた<プライマル>の秘密とそれがサンクトルムに存在していたわけ、ソルが<プライマル>と使命を受け入れたことを話した。

 その間、ホロンは黙って話を聞いていたが、話が終わった途端、長編映画を見終わったときのように深く息を吐いて言う。


「サンクトルムと<プライマル>にゃそんな裏があったのか。面白え話じゃないか」

「面白いですか?」

「俺たちが暴いたがそれ以上行けなかったあの扉の先に、連綿と受け継がれてきた古代兵器があったなんて、そりゃ面白いという他ないだろ」

「そういうものですか」

「そういうもんだ。

 で、ソル・スフィアは<プライマル>で戦いに出たのか?」


 サンクトルム防衛戦についてはホロンも資料に目を通している。だが、その中に<プライマル>と思しきエグザイムの登場はなかったはずだ。その情報の真贋を尋ねたかった。


「それだけすさまじいエグザイムなら活躍の一つや二つあってもおかしかねえが」

「出撃するはしましたが、制御できなかったそうです。あまりにもデタラメな性能とインターフェースだったようで」

「過ぎたるは及ばざるが如し、か。それじゃあ託されても機体を有効活用はできなさそうだが……」

「なので、今は恐らく訓練と、機体の調整に力を入れているのだと思います」


 もはや今から自分が手伝うことはできない。スノウは遠いサンクトルムの地で<プライマル>を使いこなそうとしている友人たちに思いをはせる。



 サンクトルムでは、<プライマル>を目にしたカホラとメルタが腕を組んで悩んでいた。

 この二人にもソルから旧校舎地下へ案内され、メカニックの観点からこのじゃじゃ馬を制御できる方法はないか聞かれた。それで<プライマル>を軽くいじってみたところ、このように長考するようになってしまったのだ。


「さすがの先輩方と言えど、難題のようね……」

「ああ……もう2時間もあの様子だ」

「うがああー! 悩んでも仕方ねえ!」


 黒子とソルがひそひそと話をしていると、突然カホラが叫び出す。


「未知のマシンってなら、<シュネラ・レーヴェ>も<プライマル>も一緒だ! 制御できねえわけねえんだ!

 スフィア、お前が操縦したときのこともっと詳しく聞かせてくれ!」

「は、はい……」


<シュネラ・レーヴェ>の時も、どう動いたか数少ないデータと向き合って動かせるようになった。それには統合軍のスミスの助力もあったが、その時の経験は確実に今を動かす力足りえるはずだ。

 そう考えるカホラの圧に負けてソルは事細かに操縦したときのことを説明した。


「―――というわけです」

「……やっぱり問題はなんでもできるという触れ込みに違わない異常な汎用性と、馬鹿みたいな出力の二つか」


 カホラはソルから離れて再び<プライマル>の元へ。昇降機を使って自動車のバックドアのように展開している背中の装備を見る。


(こういう時は既存のモンとどう違うのか調べるのが一番だ。

 一般的なウェグザイムにこんな大仰なバックパックは積まれちゃいねえ。やたらゴテゴテとした両腕と両足も変だ。きちんと調べてみる価値があるな)

「カホラ、私はコックピットを見てみる。閉めないで」

「わーったよ」


 長考から帰ってきたメルタもまた<プライマル>の調査を再開する。彼女はコンソールを再び見てみるようだ。

 カホラは指で軽く叩いてみたり、別の角度から眺めて見たり、最初に調べた時よりより詳しくバックパックを調べていく。


(先輩方に頼り切りはさすがに申し訳ないし情けないな……)


 ソルは踵を返す。


「どこへ行くの?」

「シミュレータールーム。少しでもあのじゃじゃ馬を乗りこなせるようにしないと……」

「なら、私も付き合うわ。<プライマル>は先輩たちに任せましょう」


 メルタとカホラに声をかけてから、ソルと黒子の二人は旧校舎地下から出ていく。

 厳しい訓練を積んだからと言ってただちに<プライマル>を扱いこなせようようになるかはわからない。何せサキモリ・エイジですら手こずったと言われる曰く付きのマシンなのだから。

 だが、それでも努力しない理由にはならない。たくさんの人の想いと願いを託されたから。

 努力が結実し、ソルが再び<プライマル>に乗る日はそう遠くはなかった。

                                  (続く)

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