第128話 それぞれの道へ:ハナニラが咲いては枯れて
後日、ナンナから仲間たちへ<プライマル>というエグザイムがあることと、それを口外にしないことが説明された。
ゲポラから託された秘密をそうやすやすと第三者に広めてよいものか、とスノウは思ったのだが、ゲポラに確認を取ったところ二人が決めたことなら特に異論はない、と意外にも快諾してもらった。
その話は秋人らを驚かせたが、実物を見れば疑う余地はなくナンナがそうしたようにそういうものだと受け入れざるを得なかった。
その話をした次の日、スノウは宇宙港に来ていた。ホロンの呼び出しに従って、アメツチへと帰還するためだ。忙しい中、見送りに来ていた秋人とアベールに言う。
「見送りなんてしなくていいのに」
「次また会えるのがいつになるかわかんねえんだからいいだろ」
「そうです。しばらく戻ってこないつもりでしょう? なら、次この地を踏むときは……北山さんと一緒に、ですね」
「……どうかな」
雪と一緒に戻ってくるということは、また冥王星近海のデシアンの本拠地に攻め込む必要がある、ということだ(L1宙域で雪と会えたのは本当に偶然なので次はないとスノウは思っている)。オペレーション・セブンスクエアで疲弊している統合軍に再び攻め込むだけの戦力を用意できるだろうか。
(ただでさえ、内輪もめしているのに)
雪の奪還はできるのだろうか、と思っているスノウに秋人はポケットから取り出した封筒を手渡す。
「ほれ、移動中暇だったら読め」
「……何これ」
「俺たちからの餞別みたいなもんだ。暇な時に中身を見てくれ」
「わかった。ゆっくり読ませてもらう」
スノウは封筒を丁寧にバッグの中に入れる。
その時だった。船がまもなく出航するというアナウンスが流れたのは。
「もう時間ですね。スノウ、貴方が答えを見つけられることを願っていますよ」
「ありがとう。
アベールも、秋人も元気でね」
「おう。何かあったらまた頼って来いよ」
スノウは頷いて、それから踵を返した。
スノウを乗せた宇宙船が見えなくなってから、秋人は呟く。
「こっちに残ってもよかったんだぜ、スノウ」
「……色々ありましたが、僕たちの知っているスノウのままでした。ここに残らずとも、僕たちの友人のスノウ・ヌルです」
「いや、知っているスノウのままでもなかったぜ? 前のスノウだったら、俺たちはあいつが悩んでいることも、サキモリ・エイジの息子だってことも知らないままだったろうよ」
「それもそうですね」
二人は笑顔を見せる。こうしている間にもスノウとの物理的な距離はどんどん遠ざかっている。だが、関係性という意味ではぐっと縮まったと、そう思えたのだ。
船が安定速度に達したころ、スノウはホロンにメッセージを送っていた。サンクトルムを発ったことと、予定帰宅時刻、サンクトルムで起きたことの簡単な報告。それらを終えた後はひと眠りしようかとシートを倒すと、
「よっ。報告ご苦労」
「……なんでここにいるんですか」
上下反転したホロンの顔が眼前にあった。
「本当なら駐屯地に戻ってきてもらう予定だったんだけどな。のっぴきならない事態が起きちまったから、俺直々に迎えに来たってわけだ」
「なるほど」
「この船は一旦中継ポイントに停泊するだろ? そん時にウチ所有のに乗り換えだ。その時には起こしてやっから、今は寝ていろ」
「なら、中継ポイントに止まったときに話しかければよかったのでは」
スノウの疑問にホロンはため息をつく。
「お前が寝る前に予定を話しておきたかったんだよ。心構えをしてほしくて……いや、お前には必要ないとは思ってるんだけど、こっちも早く伝えたかったんだ」
「わかりました。では、中継ポイントに着くまで寝てます」
「おう」
スノウが寝息を立て始めたのを見て、ホロンは独り言ちる。
「……脅かしてやろうと思ったのに、脅かしがいのねえやつだ」
普通もっと驚くだろ、とボヤく声は近くの客に聞き取れないギリギリの音量だった。
宇宙船が中継ポイントに着いて、二人はアメツチ所有の宇宙船に乗り換えた。10機ほどのエグザイムを艦載できるその宇宙船には、レンヌやホロンの部下のエスターテとフリューリングもいた。
「おー久しぶり……ってわけでもないね。でも、見違えた顔してる」
「再会の挨拶は後にしろ。これから行う作戦の内容を伝える」
全員がシートについた状態で、ホロンから概要が説明される。曰く、反政府組織のアジトの一つが見つかったため、それを叩きに行くのだと言う。
それを聞いてレンヌは元気に手を挙げる。
「はいはーい、質問質問! アジトが割れているなら統合軍が対応するような案件じゃない?」
「その統合軍から鎮圧しろと依頼が来たんだよ。わざわざウチに依頼してきた理由については今諜報部が調べているところだ」
「敵の規模はいかほどなのですか」
「エグザイムが30機ほど、という話だ」
フリューリングが顎を撫でながら訝し気な表情をする。
「その程度なら、軍を派遣するまでもない、ということでしょうかね……?」
「かもしれねえし、別の理由があるかもしれねえ。今考えても無駄なこった。
一人頭6機を撃墜する。それで全部丸く収まる。
予想では3時間後にはアジトが見えてくるとのことなので、各自出撃できるようにしておいてくれ。じゃ、解散」
簡易的ではあったが、ブリーフィングは終わった。部下二人が作戦開始時間まで休憩するからと仮眠室へ向かうのに目もくれず、レンヌはスノウに近づいて話しかける。
「よっ、どーだい? サンクトルムに行って収穫あった?」
「あるにはありましたが、明確な答えはまだ……」
「なんの話だ?」
二人が話をしているのを見て、ホロンも会話に入ってくる。
「んー? 気になるー?」
「そりゃな。自分の女と弟分がどんな話をしているか興味を持つ権利ぐれーあるだろ」
「うふふ、そうねー」
「僕が、雪ちゃんと交わした約束についてです」
友人らに話したことと同じ内容を説明すると、レンヌは目を丸くする。
「あれ、そういう話だったっけ? 随分と飛躍したねぇ」
「……正確に把握はしてなかったのにアドバイスしたのか」
「だって困ってそうだったから」
スノウは雪の気持ちがわかるようになりたい、と思った。そうすれば彼女がデシアンについた理由もわかるのではないか、と。
だが、わかったとて彼女と会うことはできない。雪と交わした約束がある以上。雪の問いに対する答えを見つけることは、もはやスノウにとって再び雪と会って彼女をデシアンの元から取り戻すための絶対条件となっていた。
「まだ統合軍は大きな動きは取れないでしょうが、その時までに見つけないといけないと思っています」
そのことそれ自体がもう『答え』足りえる気持ちだとホロンにはわかっている。山頂に咲くと言われている美しい花を見るために、足元の健気な花を無意識に踏みつけているスノウに、優しく言う。
「そう使命感に囚われちゃ見えねえもんもあるさ。四葉のクローバーを探すために三つ葉を荒らしてはいけないって言葉もあることだしな」
「初めて聞く言葉です」
「なら知れてよかったじゃないか」
スノウの肩をポンと叩く。
「三時間後にはもう出撃だ。長いこと船に揺られて疲れてんだろうから、出撃までしっかり休んでおけよ」
「はい」
「え~ワタシは大丈夫だよ」
「いざって時にミスられちゃ困るんだよ、おめーも休め」
「あーい」
気の抜けた返事と共に、レンヌはホロンの背中について行く。
(手紙を読むのは、後だな……)
実のところ、スノウは別に疲れていない。今すぐ出撃しろと言われたらできる程度には、良いコンディションだ。だが、ホロンが雪とのことで思い悩む自分を気遣ってくれたのだと思って、スノウもホロンの背中を追った。
三時間後、アメツチのエグザイム部隊の面々はすでにコックピットの中にいた。それぞれのスクリーンに映るは件のアジトの概略図。廃棄された小規模な宇宙ステーションを根城にしているようだ。
『最大の目標はアジト内を調べて、他のアジトに関する情報などがないか探すことだ。次点で構成員の捕獲。全員を生かす必要はないが、ここのリーダーを捕らえられるとベスト』
ホロンは目的を話した後、作戦についても語りだした。内容は、ホロンとエスターテ、レンヌとフリューリングがそれぞれタッグを組み、二方面から攻撃をしかけるというものだった。
『片方に戦力が集中するようだったら、そっちに合流するって感じだな』
「僕は何をするのでしょう」
作戦の中に自分に割り当てがなかったので、スノウが質問した。
「<ゲツリンセッカ>の性能を考えると、遊撃を担当するのでしょうか」
『基本はそれでいいが、逃げる奴がいたらそいつと戦って捕縛してくれ。真っ先に逃げる奴か、最後まで残る奴が一番偉い奴な可能性が高い』
「了解」
『他に質問はないか? なければ……いや、ちょうど見えてきたな』
ホロンの言葉通り、コックピットのスクリーンにはアジトが見えるようになっていた。
『じゃ、出撃の後、作戦開始。各自の奮闘に期待する』
『了解!』
アメツチ所有の宇宙船から5機のエグザイムが花火のように飛び出す。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)
今回相手にする反政府組織は、統合軍の中でもホロンが言うところの汚職軍人をターゲットとして攻撃している。統合軍に苦しめられた者たちが多いアメツチとしては近しい立場なのだが、それでもテロリストはテロリスト、法の裁きを受けさせないといけないとホロンは考えている。
(どうせ遅かれ早かれ、連中はおしまいだ。もうちっと待ってろっての)
センサーに表示される敵影を見て、ホロンはそう思った。
「たまらず出てきやがった! 事前に話した通りに戦闘開始だ!」
センサーには20機<トライ>の反応がある。特にフォーメーションなどは組んでおらず、バラバラに仕掛けてくるようだ。
(エグザイムだけは立派なモンだが、所詮はテロリストってわけだ)
<壌無>の鉤爪が冷酷無比に反政府組織の<トライ>を次々と破壊していく。コックピットは外しつつ一瞬のうちに3機を無力化した。
そのうちの1機をワイヤーで捕縛していると、エスターテから通信が入る。
『オノクス一尉、敵アジトからシャトルが1機、6時の方向へ飛び出してきました』
「非戦闘員がいるのか、それともただ仲間を囮に逃げたい奴がいるのか……。どちらにせよ、ヌルに行かせろ」
『もう向かっています』
スノウのその言葉通り、<ゲツリンセッカ>はフルスロットルでシャトルの方へ向かっていた。
「行動が早くて助かるよ。じゃ、俺たちは引き続き……」
『ぶっつぶしゃいいんでしょー?』
「……捕まえろって」
シャトルはアジトを出た直後であまりスピードが出ていない。スピードが出ていてもなお<ゲツリンセッカ>なら追いつけただろうが、そんな状況では<ゲツリンセッカ>がシャトルを視界に捉えるのは必然と言えた。
(非戦闘員が乗っている可能性もあるから、一旦前に出るか)
スノウがそう思って一気に加速しようとペダルを踏もうとした瞬間、視界の端で光るものが飛んできたのが見えた。
「むっ」
咄嗟にきりもみ回転をして肩部スラスターのギロチンドロッパー部分で飛んできた物体を弾く。
(シャトルに武装が搭載されていたのか、それともエグザイムがいるか……)
答えは後者だった。シャトルの陰からぬっとダークブルーの<オカリナ>の単眼センサーが顔を出す。
<ゲツリンセッカ>はブロードブレードを抜刀するやいなやシャトルの陰にいる<オカリナ>に向けて突撃する。
シャトルごとやられてはまずいと考えたのか、<オカリナ>はシャトルから離れてその全貌を見せる。完全に別パーツに置き換えたのか肩部と脚部が通常の<オカリナ>よりマッシブになっており、力強さを感じさせるカスタム機のそれは同じく抜刀し<ゲツリンセッカ>とつばぜり合いを演じる。
(パワーは五分と五分、か)
元が<オカリナ>とは思えない膂力に認識を改めて、<ゲツリンセッカ>はすぐさまフリーにした片手で右
だが、それは<オカリナ>の頭部に直撃する前にかわされてしまった。<オカリナ>が一瞬のうちにバックして回避したのだ。
そこでスノウは異変に気が付いた。
(スラスターが点火していないのに、高速でバックした。既存のエグザイムではありえない挙動だ)
マッシブになった肩部と脚部に秘密があるのだろうか、と思ったがそれは違った。
<オカリナ>の腰部からワイヤーが伸びており、シャトルにつながっている。<ゲツリンセッカ>の機動力でなんとか追いついているだけで、この<オカリナ>は自身のスラスターで動いておらず、シャトルに引っ張られているというのが真相であった。
(あくまで、シャトルの速度が出るまで守れれば良い、という判断か)
ならばその前にこの<オカリナ>を無力化して……とそこまで考えたところで通信が入る。
『<ゲツリンセッカ>ということは、ヌルか』
「その声……」
聞き覚えのある声にコンソールの端の表示を確認すると、そこは一部の人間にしか教えていないプライベートチャンネルの周波数が表示されている。その周波数は先日王我の護衛の時に共有したものであり、声の主を特定させた。
「……ドゥラン・ガイ二尉」
そう、アメツチで度々スノウと顔を合わせ、王我の護衛任務の時にはタッグを組んだドゥラン・ガイであった。王我の護衛任務の後、懲戒休職を受ける前に辞職したとスノウは聞かされていた。
<ゲツリンセッカ>はギロチンドロッパーで再び殴り掛かるが、それは頑丈な肩部で受け止められる。
「辞めたと聞きましたが、こんなところにいるとは」
『意外だったか?』
「多少は」
『もっとショックを受けてくれれば楽だったんだがな。お前と戦うのは老体にはきついぞ、ゴホゴホ』
わざとらしくせき込んでみせてから、ドゥランは言う。
『ヌル、頼みがあるんだが、ここは見逃してくれないか』
「どうしてですか」
話をしている間にも2機はブロードブレードを振り回してお互いを攻撃しあう。だが決定打は一切ない。
『俺たちとアメツチの目的は近い。統合軍の汚職軍人を潰したい、というそれだな。ならば、足を引っ張り合っていたずらに消耗すべきではないと思わないか?』
「なら、アメツチに残ればよかったのでは」
目的が同じなのであればそもそもアメツチを辞めなくてもよかったはずだ、何もテロリストに身にやつす必要はない。
だが、ドゥランは一笑に付す。
『うらやましいよ。感情ではなく正論で動ける君が』
「それはどういう―――」
『話は終わりだ。見逃してくれないなら、全力で戦うのみ』
ドゥランの<オカリナ>は空いている手でアサルトライフルを抜いて<ゲツリンセッカ>に連射する。
(射撃武器に切り替えた……)
ギロチンドロッパーの刃の部分で弾丸を滑らせて防ぐ。その後、じゅうぶんに距離を詰めてブロードブレードで斬りかかるも<オカリナ>の胸部装甲をかすめただけに終わったので、それはミスだったと判断できた。
(攻撃が浅くなった。速度を増したんだ)
通常の戦闘であれば致命的な一撃になるはずだった攻撃は、シャトルが航行速度を増しより強く<オカリナ>を引っ張ったことで不発に終わった。これから戦闘時間が長引けば長引くほど、<オカリナ>は遠ざかりこちらは打つ手をなくしていくだろう、そう判断したスノウは決断した。
(なら、使うか)
銃撃を回避しながら肩部スラスターを取り外し合体させる。ここまでは以前にもやった。一味違うのはここからだったが、スノウがそれをしようとした瞬間、ホロンから通信が入る。
『ヌル、そっちの状況はどうだ!?』
「シャトルを追っている途中で交戦中。もうシャトルはだいぶ速度が出ていますから、今取りつかないと……」
『いや、もういい。それ以上離れたら合流が困難になる、戻って来い』
「交戦相手がドゥランさんなんです。逃がしてしまっては……」
『なんだって? ……いや、それでも今は戻って来い』
「……了解」
<ゲツリンセッカ>は切り札を切ることなく、ギロチンドロッパーを肩部に戻して反転した。
その様子を見て、ドゥランが言う。
『見逃してくれるのか?』
「………………」
『なんにせよ、こっちとしちゃありがたいことだ。君と戦わなくて済むからな』
スノウは返事をせずそのままスラスターを全開にした。
『願わくばこのまま対立することなく、君と同じ道を歩けることを祈るよ』
通信圏外になる直前、ドゥランの言葉が耳朶をうった。当然、スノウは返事しなかったし、できなかった。
(続く)
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