第127話 和解・再会:裏切らぬブバルディア

 デシアンが新たに出してきた特攻兵器<OFFERING>を撃退した統合軍およびサンクトルムの学生たちはその後も懸命に戦い、他のデシアンをも退けることに成功した。

 第三防衛ラインを超えたデシアンを対処する、実質最終防衛ラインで戦っていた<ソルブレア>に乗るスノウと<ルナブレア>に乗る黒子も、最後の1体を撃破したところで状況終了の報告をナンナから受ける。


「了解、念のため周辺を警戒しつつ帰投する」


 報告を始めてからずっと黙り込んでいる黒子、その様子がおかしいのでナンナが尋ねた。


『返事がないが大丈夫か、黒子。何か心配事でも?』

『結局、ソルが来なかったと思って』

『ふむ、確かにそうだな。考えがあると言っていたが……。

 今のスフィアの場所がわかるようなものはないのか?』


 ナンナは以前の合コン騒ぎの時に黒子がソルに盗聴器をしかけたことを思い出した。その類のものを今も持っているならば、ソルの場所がわかったりしないだろうか、とそう考えたのだ。

 すると黒子はあっけらかんとした様子で言う。


『持ってるわよ。ソルがわざわざ着替えたりしていなければ、発信機が……あら?』

『どうした』

『サンクトルム旧校舎のあたりで確認できた以降は反応がロストしているわ。ここで着替えたのかしら……? だとしたらなぜ……』

『発信機に気がついて捨てたという線は?』

『ないわ。私が仕掛けたものだってわかるもの』

「聞いていいかな」


 二人の会話をそれまで黙って聞いていたスノウが口を挟む。


「その発信機、どのくらいの距離なら反応するの。宇宙に出ている状態で使えるのかな」

『具体的な数字は知らないけど、<ルナブレア>のセンサーとも同期させてあるから、<ルナブレア>のセンサーが拾える範囲ならわかるはずよ』

『そうまでしてスフィアの動向を知りたいのか……』

「………………」

『どうした、ヌル。君も何か懸念があるのか』

「ソル君の状況はよくないかもしれない」


 スノウはソルが旧校舎に向かった理由を知っている。スノウを<ソルブレア>に乗せる代わりに、自分が<プライマル>に乗って戦場に出てこようとした、ということを。その彼が旧校舎を最後にどこにいるかわからないという状況は、彼の身に何かあったとスノウを思わせるのにじゅうぶんだった。


「ただ着替えただけならそれが一番だけど、そうじゃないなら……」

『スノウ・ヌル、貴方何を知っているの?』

「………………」


 スノウはいつものように口を噤んだ。<プライマル>のことを彼女たちに説明はしたかったが、ゲポラや歴代の学長がずっと守り通してきた秘密を自分の一存で口にするのがはばかられたからだ。


『ヌル、そういうのはもうやめろと言っただろうに……』


 またも秘密を抱えて隠そうとするスノウに、ナンナが怒りをぶつけようとした瞬間、黒子が叫ぶ。


『待って! 反応があったわ。ここから3時の方向ね』

『なにっ?』

「……迎えに行こうか。案内してほしい」

『当たり前でしょう』


 財布を拾ったら交番に届けなよ、と言われた時と同じ言い方で返事した黒子は、二人を先導し始める。

 反応があったのは戦場からは程遠い、多数のスペースデブリが漂う一帯であった。ナンナは乗機のセンサーの感度を最大まで上げて注意深くあたりを探り、スノウはメインスクリーンを注視している。

 そのうち、ナンナが声を上げる。彼女の眼には、デブリの中に埋もれるようにしている<プライマル>の姿が映っていた。


『アレじゃないのか? あの褐色で大型のエグザイム……』

『反応は確かにアレを指しているようね』


 二人が半信半疑な様子でいると、スノウが乗る<ソルブレア>は素早く近づき、プライマル>へとマニピュレーターを伸ばしてピタリと赤褐色のボディに触れる。


「無事かい?」

『その声は、ヌルか……。ああ、生きてはいるし、意識もはっきりしている……』

「……君でも<プライマル>は制御しきれなかったか」


<プライマル>がこんなエグザイムの墓場のような場所にいる理由は、スノウには一つしか思い浮かばない。そして、その想像は正しかった。

 あまりも煩雑なシステムに振り回されたソルは、なんとかスラスターの出力を調整して戦場へ向かおうとしたが、戦闘が終了するまでの間にそれはかなわず、流れ流されてここにたどり着きデブリにぶつかって停止したという次第だった。


『噂に違わぬじゃじゃ馬だった。調べても調べても、今必要じゃない設定項目ばかり出てくる。その間にどんどんサンクトルムから遠ざかって……』

「詳しいことは後で聞くよ。戦いが終わった今は帰ろう。

 穴沢さん、手を貸してほしい」

『その口ぶり、それにソルが乗っているのね。わかったわ』


 スノウは手招きをして黒子を呼ぶ。<ソルブレア>と<ルナブレア>で<プライマル>の両腕を持ち上げるように支えて牽引し始める。


「ナンナ、今度は君が前を行ってくれないか」

『構わない。だが、そのエグザイムについては後で説明してもらう』

「……まあ、そうするしかないよね」

『……すまない、俺のせいだな』


 見られてしまった以上、説明するほかあるまい。ソルも同じように思っているとスノウは考えたし、実際そうであった。


『スノウ・ヌル。ちょっといいかしら』


 落ち込んでいるソルに対してどうフォローしたものか、とスノウが考えているとプライベート回線で黒子が話しかけてきた。黒子からわざわざプライベート回線で通信が来るのは珍しい。

 黒子はスノウを毛嫌いしていた。会話どころかできれば同じ場にいることすらしたくないほど、蛇蝎の如く。それは遠征から帰ってきたころから軟化してきたものの、好意へと反転するほどのものではなく、スノウもそれはわかっていた。

 そんな彼女がわざわざこうして連絡を寄こすと言うことは、それだけ大事な要件であることは火を見るより明らかなので、他の回線をシャットアウトして返事。


「他の通信は切った。今なら大丈夫」

『配慮に感謝するわ。……聞かせてほしいことがあるの』

「僕が答えられることなら」

『では遠慮なく聞かせてもらうわ』


 その宣言とは裏腹に、逡巡するようなわずかな時間ができる。だが、彼女は意を決して問うた。


『ソルと貴方、兄弟なんでしょう?』

「そうなるね」

『なら、どちらが兄なの?』

僕の方が先らしい」

『……そう。

 貴方がソルの兄だから言うわけじゃないけど』


 そう前置きをして、音声を拾えるギリギリの音量で黒子は言う。


『貴方に初めて会ってからしばらく、酷いことを言って申し訳なかったわ』

「気にしてないよ」


 黒子がスノウを脅威に思って敵意をむき出しにしていたことをスノウは理解している。それに、ソルへのこだわりを見るに、黒子はいずれ自分の親族になる。スノウ本人は黒子に対して恨みや憎しみの類を感じてなどいなかったが、わだかまりはない方が良いと思った。黒子の謝罪を受け入れた。


『……ありがとう』

「どういたしまして」


<ソルブレア>と<ルナブレア>が足並みをそろえて<プライマル>を運ぶ。<プライマル>を運び終えるまで、そうしていた。



『それで、このエグザイムはいったいなんなんだ』


<プライマル>を旧校舎地下へ帰還させた後、ナンナは詰めるように尋ねる。


『それに、なぜこの謎のエグザイムをお前たちは知っている?』

「この<プライマル>は簡単に言えば、<ディソード>のプロトタイプといったところ。学長から説明を受けてソル君が乗ることになったんだ」


 そう言って、スノウはコックピットの中から眼下で辛そうに座っているソルと、それを介抱する黒子を見た。


「彼にも、扱うことは難しそうだけどね」

『君が乗れば使えないのか。

 なぜ君たちに学長がこのエグザイムのことを話したかはわからないが、彼か君になら扱えると学長は思ったからその話をしたんじゃないか、と思うのだが』

「確実なことは言えないけど、まったく使えないってことはないと思う。ただ、様子を見る限り性能をフルに発揮することは難しいんじゃないかな」

『君でも、か……』


 ナンナの知る限り最もエグザイムの操縦に長けているのがスノウなため、スノウが乗りこなせないとなると誰が<プライマル>を制御できるのだろうか、という気分にもなる。


『君たちはとんでもないものを託されてしまったな』

「僕にじゃなくてソル君に、だけど。

 <プライマル>をどうするかはこれから課題になると思うけど、とりあえず僕たちだけでも戻ろうか」


 ソルを介抱している黒子に先に戻ることを伝えて、二人は工房へと戻って来た。<ソルブレア>のコックピットから降りたスノウを待っていたのは、メルタだけではなくカホラもだった。


「よう、ヌル! お前生きてたんだってな! なんでアタシにも報告しねえんだよ!」


 そう言ってカホラはヘルメットをかぶったままのスノウにヘッドロックをかける。


「僕がここにいることを伝えずにそのままいなくなる予定だったからです」

「水臭えじゃねえか。アタシとお前の仲なのによ……。グスッ、どんだけ心配したと思ってんだ」

「……泣いているんですか?」

「な、泣いてねえよ!」


 今日はよく泣かれる日だ、と他人事のように思いながらもスノウはカホラが満足するまでヘッドロックされたままだった。

 数分後、解放されてからスノウはヘルメットを小脇に抱えて言う。


「メルタさん、アカツキセイバーはちゃんと持って帰ってきました」

「うむ、上出来。カホラ、私この子欲しい。譲って」

「やらない。アタシの後輩だかんな」

「どちらのものでもないです。

 ……そうだ、メルタさん。一つお願い……というわけでもないんですが」


 せっかく<ソルブレア>の開発者であり、ソルのことをよく知っているであろうメルタがいるのだから、これは渡りに船だとスノウは話を切り出す。


「近いうち、ソル君から荒唐無稽な相談されると思いますが、笑わないで聞いてやってもらえますか」

「当然。私は彼のメカニックだから」

「ありがとうございます。カホラ先輩もできれば一緒にお願いします」

「アタシもか? お前の頼みってんならいいけど……」


 カホラも了承したところで、スノウは頭を下げた。

 今のソルが扱いこなせない<プライマル>を使えるようにするには、パイロットの技量を上げるだけでは足りないと考えた。機体の方を調整するアプローチも必要だと。

 その作業はどれほど途方もないものだろう。スノウには想像もできない。メルタとカホラの二人でも相当苦労するはずだ。ただ、凡才を百人集めても意味はない。だから、スノウは二人に頼んだ。

 メルタとカホラと別れて工房を出ると、秋人とアベールがベンチに座って待っていた。


「遅かったな。どこで道草食ってたんだ?」

「ソル君を助けていたんだ。……ナンナは?」

「疲れたからと先に帰りました。せっかく集まりましたが、今日はお開きですね。谷井さんはエグザイムの調整に付き合うとダイゴと一緒に工房に残りましたし。

 スノウの悩みを何も解決できていないのは心苦しいですが……」

「敵の襲撃があったんだから仕方ない。……僕も一人で少し考えたいし、ね」


 スノウのその言葉を聞いて、アベールは「そうですね」と同意した。

 寮の部屋に戻って集まりの後片付けをした後に、スノウはスマートフォンにメッセージが来ていることに気が付いた。誰からだと確認すると、それはホロンからであった。


「……なるほど」


 ホロンからのメッセージはおおよそこんな内容だった。


『お前が提出した防人元帥のデータの解析が終わった。報告のため一旦帰還すべし』


 スノウは了承の旨を返信し、自分がサンクトルムにいられる時間はあまり残されていないと思って今後のスケジュールを組み立て始めた。

                                  (続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る