第126話 サンクトルム到達レース:クリを攻略せよ

<ソルブレア>がサンクトルム近海の戦場にたどり着いた時には、すでに戦端が開かれていた。

 センサーに示されるは、数えるのも面倒になるほどのデシアンの機体と、数の上ではそれに匹敵するエグザイム。敵を表す赤い点と味方を表す青い点が少しずつ消えていくことから、スノウは考えた。


(戦況は今のところ互角……。デシアン各機の性能を考えると善戦していると言っていいけど、そう言う意味では押され気味とも言えるか)


 そんなことを考えていると、ナンナから通信が入る。


『来たか、スフィア。今のところ互角だが、いつ崩れてもおかしくない、すぐに戦列に加わってくれ』

「ナンナか。わかった、すぐに戦闘を始める」

『ん? ヌルが乗っているのか?』

「こっちに乗れって言われた。でも、じゅうぶんに戦えるよ」

『腕は心配していない。

 ……第三防衛ラインを突破した機体がそちらに数機向かっている。迎撃できるか?』

「了解」


 ナンナの言う通り、センサー上でゴールテープのように並んだ青いラインをいくつかの赤い点が疾走してきている。ここを素通りさせてしまえば、サンクトルムまで止まらないだろう。

 時間はあまりかけていられない、と判断して<ソルブレア>は腰部にマウントしてあったアカツキセイバーを引き抜く。


(これなら一発で叩き切れるはずだ)


 エネルギー刃は出さずスラスターを全開。先頭を走る<GRAVE>とのすれ違いざまに刃を展開して甘い内角のストレートをバックスクリーンに叩き込むが如く振り抜く。

 爆散する<GRAVE>に目もくれてやらず、視線を次の<GRAVE>に向ける。


「む……」


 だが、その<GRAVE>はスノウが何かすることなく、何発かのミサイルを立て続けに受けて爆発した。


「ありがとう、穴沢さん」

『……ふん、貴方のためじゃないわ』


 大気中であったなら砲口から煙を上らせていたであろうミサイルランチャーをパージした<ルナブレア>。それに乗る黒子は絞り出すように言った。


『まだ防衛ラインを抜けてきた敵が来るのでしょう。油断せず戦いなさい』

「了解」


 アカツキセイバーの切っ先と<ルナブレア>の銃口が、デシアン主催サンクトルム到達レースの参加者に向けられた。




 サンクトルム旧校舎地下の<プライマル>のところへ、ソルはやって来た。<プライマル>を受け継ぐことを決意して数時間程度しか経っていないのに、すぐここに来てしまった巡りあわせに厳しい顔をしながらも、開きっぱなしになっていたコックピットの中に滑り込む。


(……型番やユーザーインターフェースは古いが、基本的なものは今のエグザイムとそう変わらないな)


 一つずつ画面を確認しながら<プライマル>のソフトウェアを起動していく。そのうち、正常に起動しコンソールに見慣れた待機画面が出現するが、そこに表示されている項目数に思わず目を見開いてしまう。


「うわっ……話に聞いていた通り複雑だな……」


 どんなことができるのか把握するだけで途方もない時間がかかりそうだと思った。だからまずは出撃して、戦場にたどり着く間に武装の確認を行おうと思った。

 十数分コンソールと格闘していると、どうやら<プライマル>の中からこの地下と直結しているハッチを開くことができるようだ、とわかった。膨大な項目数からそれがわかったのは、ソルの運が良かったからか、あるいはサキモリ・エイジの導きか。


「よし……<プライマル>、出るぞ……!」


 格納庫内を歩かせて出撃用ハッチまでやってくる。すでに開かれたゲートから宇宙が見える。信号がグリーンになった途端、はじき出されるように<プライマル>は、数十年ぶりに宇宙へと飛び出した。


(全身のスラスターで動きを整えて、それから……センサーを見るに3時の方角だ。そちらに向かう)


 テキスト通りのアクションで戦場へ向かおうと、スラスターを使って制御しようとするが、


「うわっ!」


 姿勢を制御しようとしたのに、各部のスラスターの調整が上手くいかずにきりもみ回転してしまった。中にいるソルはさながらミキサーにかけられた食材の如し。思わず先ほどスノウの部屋で食べた軽食を吐きそうになるが、こらえる。

 逆噴射をかけて回転をなんとか相殺し、急ぎコンソールに指を伸ばす。


(スラスターの設定項目は……どこだ?)


 ズラーッと並べられた大量の設定項目に目が滑る。速読術を極めていても全部目を通すのには苦労するだろう、という数に武装の確認どころではない。まずまともに動くことすらできないのだから。

 早く戦場に行かなければという焦りと、それ以上にこのままでは格納庫に戻ることすままならないという恐怖。それらで震える指を使いながら、なんとか画面を操作していった。




 戦闘が始まってから30分以上経って、統合軍とサンクトルムから動員された学生たちは確実にデシアンの勢力を削っていた。

 しかし、削られた戦力を埋めるように突如現れたイガグリのような刺々しい茶色の物体が流星のようなスピードで戦場に到達する。

 新手と見て<オカリナ>がアサルトライフルで先手を打つも、銃弾は表面のトゲによって砕け散り有効打足りえない。そうこうしている間にイガグリがトップスピードのままオカリナに激突、中にいるパイロットごとトゲで貫き、さっきまで<オカリナ>だった物体を突き刺したまま、サンクトルムへ向かう。

 そうはさせぬとばかりに、他の<オカリナ>も次々とイガグリに攻撃を加えていくが、ブロードブレードはそのスピードと硬度を相手にへし折られ、Eブラスターはトゲによって拡散されてしまう。

 我が道を行く、と言わんばかりのその物体の話を第一防衛ラインにいる<オカリナ>から聞いたナンナは急ぎスノウに尋ねる。


「ヌル、猛スピードでサンクトルムへ向かっている、刺だらけでやたら硬い物体について何か知らないか?」

『知らない。デシアンの新兵器じゃないかな』

「統合軍のデータにもないし、完全に未知の敵というわけか……」


 イガグリが第一防衛ラインを突破した、という報告が全体になされる。それはつまり、ナンナたちのいる第三防衛ラインまでやってくるのにそう時間がかからない、ということを示していた。ならば、対策は短い間に考えないといけない。しかも他のデシアンを相手にする戦力を残しながら。


(倒す必要まではない、無力化できれば……!)


 詰将棋を行うときのように、ナンナの脳細胞がフル回転していく。


(話を聞くに普通に攻撃するのでは駄目だ。鋭利な刺とスピードで無効化されてしまう。<オカリナ>の標準武装を超えるパワーの武器で叩くしかないか?

 私の<アルク>の大型航宙魚雷、秋人の<ヘクトール>のハルバード、オーシャンの<アリュメット>の腕部Eキャノン……)


 すぐに用意できそうな高い威力を持った武器をざっと頭に思い浮かべる。だが、すぐに首を横に振る。大型航宙魚雷は初速が遅く高速で動く物体を狙い撃つのには向いていないし、ハルバードはブロードブレードと同じくへし折れてしまう、腕部Eキャノンは取り回しの都合まず当てられないとみるべきだ、とナンナは考える。


(他のエグザイムの武器も……概ね似たようなものか)


 小回りが利くが威力が低く有効的ではない武器、パワーはあるが当てづらい武器、大別すればこの場のエグザイムが持つ武器はそうなる。しかし、それらを用いてなんとかイガグリを止めないといけない。

 そこまで考えて、ナンナは閃く。


(止める……いや、そこまでする必要はないんだ。あれが弾丸のようにただ打ち出された方向に進むだけのものなら、軌道さえ変えてサンクトルムへ行かないようにしてやればそれでいい)


 宇宙空間には重力も空気抵抗もないので、真っすぐ放った物体はブレることなく真っすぐに飛んでいく。したがって、射出する角度がほんの1°ズレただけで、距離が離れれば離れるほどズレは大きくなる。サンクトルムへ真っすぐに飛ぶイガグリの進路をわずかでも動かせれば、明後日の方向へ飛んでいくはずだ、という考えだ。

 ただし、それにはイガグリが本当にただ真っすぐに飛ぶだけで、自立行動できない兵器であるという前提が正しくなければならない。その前提が崩れた場合、待つものを想像できないわけがなかった。


(……その場合は、どちらにせよもう打つ手はない。ならば)


 どれだけ優秀な指揮官でも、すべての戦いに勝たせることはできない。だから、最後の最期には賭けるしかない。ナンナは腹をくくった。


「秋人、オーシャン、佳那! イガグリの情報は聞いているな。奴は止めないといけない、奴が来たらこれから言う私の指示に従って行動してくれ!」

『了解!』


 三人は他のデシアンの対応をしながら、頼れる自分たちの指揮官に力強く返事をした。


「ヌル、申し訳ないが引き続き防衛ラインを抜けた機体の迎撃を頼めるか」

『そちらに合流しなくていいの』

「いつもいつも君に頼っていては駄目だからな」

『……最悪、こっちでなんとかするから、無茶だけはしないでね』

「君が言うか」


 スノウの冗談とも本心ともつかない言葉に思わず笑ってしまうが、むしろそれが緊張を解いてくれた。

 耳にイガグリが第二防衛ラインを突破した旨の報告が入る。そうなれば、ナンナたちのいる第三防衛ラインまで秒読みだ。

 ナンナは叫ぶ。


「私が今からイガグリに向けて航宙魚雷を撃つ! オーシャンはその魚雷を、私の指示したタイミングで腕のキャノンで撃ち抜いてくれ!」

『爆風を浴びせるわけですね、わかりました』

「佳那も持ちうる榴弾を私と同じタイミングで全部発射してくれ。爆風は大きければ大きいほど良い」

『はい!』

「では、行くぞ……。3……2……1……発射!」

『発射!』


<アルク>が航宙魚雷を、<ポワンティエ>が補給用にバックパック内に収納していた榴弾を放つ。


「オーシャン、今だ!」

『了解!』


 アベールの<アリュメット>の腕部Eキャノンがゆっくりと直進する航宙魚雷に直撃すると、航宙魚雷は周りの榴弾を巻き込んで大爆発を起こした。

 高速で動くイガグリに航宙魚雷を当てることは難しい。だが、航宙魚雷の爆風に巻き込むことは、直撃させるよりかは簡単だ。案の定、イガグリは航宙魚雷が起こした爆発の中に消えていく。


『うまくいきましたかね』

「これで済むなら一番なんだがな……」


 モニターをにらむと、晴れていく爆風の中から依然として健在なイガグリの姿があった。

 急ぎナンナがコンソールに命令を入力すると、<アルク>に搭載されたコンピュータはある事実を主に告げた。それはナンナにとっては吉報だった。


「秋人、ハルバードでイガグリを叩け! ただし、斬るのではなく、平面の部分で殴るように、だ!」

『応よっ!』


 ハルバードを使って叩き切らないのか、という疑問がないでもなかったが、秋人はそれを尋ねることはせず、指示通り動くことにした。イガグリの進路の前に陣取り、杵で餅を叩く時のようにハルバードを構える。

 後はタイミングの勝負だ。ほんの一瞬でもタイミングがずれたらイガグリに貫かれてあの世逝きだろうが、彼に恐れはなかった。

 イガグリが迫る。第二防衛ラインにいた仲間に聞いていた話だと、まるで流星のような速さだということだったが、実際に目にしてみればそれほどでもない。せいぜい、高速道路を走る自動車ぐらいだ。


「オラァッ!」


 目いっぱい引き付けて振り下ろす。ただし刃で斬るのではなく、斧部の平たい箇所で叩きつけるように。

 フルパワーのハルバードスマッシュがイガグリに直撃する。その瞬間、柄がへし折れるのと、<ヘクトール>の下半身が粉砕していく感触がほとんど同時に、秋人に襲い掛かった。


「ぐっ……!」


 激しい衝撃で揺れるコックピットの中、秋人はしくじったのかと思った。成功したのであれば、これほど激しく揺れることはないのではないか。

 では作戦を立て指示を送ったナンナはと言うと、ハルバードを叩きつけられたイガグリがどのようになったか注視し続け、それが分かった途端ニヤリと笑った。


(よし、ほんのわずかだが……進路がズレた)


 一般的に、重くてかつ速い物体を止めることは難しい。しかしそんな物体を止めないといけないとなった場合、その場で物体の質量を減らすことはできないから、何らかの手段で速度を落とす方が現実的だ。

 だから、ナンナはまず航宙魚雷と<ポワンティエ>の榴弾をイガグリの手前で爆発させた。爆発させれば大抵のデシアンがその爆炎に呑まれて溶けていくほどのパワーを誇る航宙魚雷の爆風を正面から受ければ、流星のような速度のイガグリと言えどわずかにスピードは落ちる。この時点で、イガグリが持つ運動量は落ち、外部からの影響を受けやすくなった。

 そこでこの場のエグザイムでは随一のパワーを誇る<ヘクトール>の出番である。<ヘクトール>のフルパワーで叩くようにハルバードを振り下ろせば移動方向を変えられるはずだ、とナンナは考えた。

 果たしてそれは成功した。<ヘクトール>によって上部を叩かれたイガグリはわずかながらそれまでの進行方向から下部にずれて第三防衛ラインを抜けて行った。

 その猛進がサンクトルムに届くことはない。<アルク>のコンピュータはそう結論を出した。


「みんな、作戦は成功だ。協力に感謝する。秋人、まだ動けるか?」

『あれでいいのかよ? ……一応動ける。が、さすがにこれ以上は戦えねえから先戻るわ』

「ああ。先に休んでいてくれ」


 一息つく間もなく、ナンナはセンサーをにらむ。そう、まだ戦いは終わっていない。油断はできないほどの数のデシアンがまだ残っているし、全部止めてこそ、ようやく勝利と言える。

 今しがた実行したイガグリの対処法を指揮官クラスに伝達し、ナンナは目の前の赤い点たちに改めて向き直った。



 ナンナたちの活躍によって進路を変えられたイガグリ、のちに統合軍によって<OFFERING>と名付けられるデシアンの新兵器は元の進路に戻ることなく、目的地がズレたことも知らずただ宇宙を突き進んでいく。自身より質量が大きく硬い物体にぶつからない限り、それはずっと続くことだと思われた。

 だが、戦場から離れて数分後、<OFFERING>のセンサーがある物体をとらえた。それは宇宙に漂う赤褐色の巨人。

<OFFERING>はその情報を冥王星近海まで飛ばした。


『<ブレイカー>を確認。<ディソード>への対策のためと推察。

 現在の地球人類では本領の発揮は不可能と判断。有害となるまで対応は実施せず、静観することに決定』


 その後、すべてのデータをフォーマットし、質量の多くを占める内部の爆発物を起動させ、自身を炎と光の中へ葬った。

 近くにいたエグザイムのセンサーにその爆発はとらえられたが、あまりにも小さくほんの一瞬だったため誰にも気が付かれなかった。曇りになってしまった夜に流れた星のように、誰にも気が付かれなかった。

                                  (続く)

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