第125話 答えを求めて:心の中のカランコエ
『―――<ブレイカー>起動確認』
「<ブレイカー>?」
首をかしげる雪に、モノリスの声は律儀に答える。
『地球人が<プライマル>と呼ぶ構造物。
あれの役割はすでに終了しているため、再起動は不可解。真偽を調査する必要あり』
「……無関係の人は巻き込んじゃ駄目だよ」
『<ブレイカー>はサンクトルムに存在する。そちらの懸念は杞憂に終わる』
「そう……」
モノリスの声が認識している無関係の人というのは戦いとは直接関係のない人たちという意味で、それは軍人やその卵たちのことではない。だから、サンクトルムにデシアンを送り込むことは、雪からの要請と矛盾しないと、モノリスの声は判断した。つまり、サンクトルムを舞台にまた戦いが始まることは決定事項であった。
戦いの予感に雪の心がざわつく。袂を分かったとはいえ、まだ友人らはそこにいる。友人らがその戦いで何事もありませんように、と今の雪には祈ることしかできなかった。
買い出しを終えた一同は、スノウの部屋に集まった。殺風景なスノウの部屋がにわかに活気づいたわけだが、一つ問題が生じた。
「椅子足りねえぞ、スノウ」
「人を招くことを想定してないからね」
何人かは床に直接座ることにして、それぞれの手元に飲み物が行き渡ったタイミングでスノウは口を開く。
「……何から話そうか」
「普通にMIAになったときから今までのことを話してくれ」
「わかった」
スノウはオペレーション・セブンスクエアで雪と対峙したこと、戦闘不能になった際にホロンによってアメツチに保護されたこと、自分の血筋を利用されないためにアメツチで一時的に働き始めたことを話した。アメツチにいることは本来は秘密にしないといけないことではあったが、この友人らなら他言しないだろうと信じて説明した。
一同は静かに、あるいは興味深そうにスノウの語りを聞いていたが、利用されてしまうという『血筋』とはどういうことなのか、それを詳しく知るソル以外は引っかかった。
「利用されかねない血筋とはどういうことですか? 気を悪くしたら申し訳ないですが、スノウ……貴方は孤児だったと以前話をしていましたよね?」
「それも説明する。
結論から言うと、僕は防人家の人間でサキモリ・エイジの直系……というより彼の遺伝子を受け継いだ試験管ベビーだから、それを知った人たちが良からぬことを考えないように、という理由でアメツチに匿われていたという話」
「……ちょっと待ってください。スノウ、貴方サキモリ・エイジの子孫だったんですか?」
「どころか試験管ベビーということは、遺伝上は実子じゃないか」
突然のカミングアウトにアベールとナンナが困惑しながらそう言ったが、何も言わなかった他の面子もおおよそ同じような態度で、スノウの話を受け止めきれずにいた。それが顕著なのが秋人だった。
「おめーそういう衝撃の事実は一度に一回ってのが相場だろうが! マシンガンのように浴びせてくるんじゃねえよ!!」
「全部言わないと話の筋が通らないでしょ」
「そりゃそうだけど!」
「ヌル、その話君の嘘でも妄想でもないんだな?」
「僕がその類のことを言うのはあまり得意じゃないって知っているでしょ」
それはそうだ、とナンナは呆れたような顔で頷く。真実を受け止めるしかないというあきらめの境地だ。
一方で例外的にダイゴは得心が行ってスノウに言う。
「お前のエグザイムの動かし方が素人のそれじゃなかったのに納得いったよ。そんなすげー人間が親ならあれだけ動かせても不思議じゃねえもんな」
「それはまた別」
「え? 違うの?」
フェアルメディカルの話をしようと一瞬思ったが、これ以上変に話をすると怒られて本筋が進まなくなると思ったので、スノウはこの場では言わないことにした。また後日、機会があれば話しておこう、と。
「まだ完全に飲み込めていないことではありますが……つまりサキモリ・エイジの実子たるスノウを神輿に担いで派閥争いを起こす輩が出ないとも限らないから、アメツチに身を隠すことにした、結果僕たちに近況を伝えるのが難しくなった、ということでよろしいですね?」
「それでいい」
「……だとすれば、なぜ今更戻って来たのですか。ああ、責めているわけではありません、ただ知りたいだけです」
「答えがあると思ったから」
これまた要領を得ない返答。スノウらしくもない、とアベールは思った。自然とこの場では仕切り役となったアベールは詳しく聞く。
「答えということは、問いがあるわけですよね。どういった問いなのですか」
「共に生きるとは何か。どうやって生きていきたいか。……雪ちゃんに出された宿題だ」
「……雪さんに?」
「彼女に、共に生きてほしいと言われた。次会った時までに答えを見つけてほしいとも、言われた。だけど、僕には添い遂げるとはどういうことかわからない。その答えを求めて、サンクトルムに戻って来たんだ」
雪の気持ちの矢印がスノウの方へ強く向いていることは、この場にいる誰しもわかっていた。反対のスノウからの矢印、それも強いようにも思えた。二人の気持ちは完全に通い合っているのに、なぜ事実として今すれ違ってしまっているのか。そのことがあまりにも悲しいことだった。
「なあ、スノウ」
「なに」
「確認だけど、雪ちゃんからそう言われて、お前嬉しかったか?」
「嬉しかったかどうかはわからないけど、幸運なことだとは思った」
「ならそれが答えじゃねえのか?」
「馬鹿者」
あっけらかんと言い放った秋人の脳天にチョップを叩き込むナンナ。
「いってえ」
「お前はいちいち言葉が足りないんだ。
ヌル、秋人は君も雪を好きでいるなら、その気持ちのまま動けばいいとそう言いたいんだ。言葉が足りなくて申し訳ない」
「……謝られるようなことじゃない。わかって当然のことをわかっていない、僕が変なんだろう」
「いや、それは違う。我々も同じだよ。我々も君と同じく正しいことを知っているわけではないし、答えを教えてやれるわけではない。だが、君が雪を想っている以上、君なりの答えを見つけることができると信じている」
慈母のように、いつになく優しい口調でナンナはそう言った。本当はナンナとしてもこのように突き放すことは心苦しくはある。だが、こればかりは教わってどうにかなるものでもない。スノウがナンナに講義中に操縦のコツを教えてくれたようにはいかないのだ。優しい口調で言ったのは、彼女のせめてもの申し訳なさの表れであった。
ナンナの言葉に同調して、ソルが言う。
「俺たちのきょうだいのことを君はずっと気にかけていたじゃないか。だから、君にだって誰かを愛し、慈しむことができるはずだ」
「……ソル、それはどういう意味なの?」
聞き捨てならない言葉に訝し気な視線をソルに注ぐ黒子。
ソルがスフィア夫妻に引き取られた養子であることを幼馴染である黒子は知っている。この場でスノウに対して『俺たち』と言った以上、その言葉はソルとスノウの二人を示すことは明白であり、二人のきょうだいというのはどういうことか、脳裏にある一つの可能性が浮かぶものの、感情ではその可能性を否定したい気持ちがあった。だから、真実を明らかにしたいと思った。
しかし、今の議題はそのことではなかったので、黒子の質問はソルに黙殺された。
「前にも言ったが、一番大事なのは君自身の気持ちだと思う。君は彼女をどう思っているんだ。何をしてやりたいと思うんだ。どこまで―――」
「スフィア氏、さすがに結論を急ぎ過ぎです。スノウとて、さすがに困るでしょう」
「……困ってはないけど、考える時間は欲しい」
「あの、少しいいですか?」
控えめに手を挙げる佳那にアベールはどうぞと手を向ける。
「ありがとうございます。あのですね、ヌルくん……」
佳那が話をしだす、その瞬間であった。建物内に警報が鳴ったのは。それまで穏やかな雰囲気だったこの場が一瞬にして剣呑なそれに変わる。
「僕が出て行ってから変わっていなければ、この音は……」
「はい。敵襲、すなわちデシアンがやってきたという合図です」
「なら、まずは避難だね」
「いえ、その必要はありません。僕たちは出撃します」
赤信号では止まりましょうと言わんばかりのアベールの言い方だったので、スノウは首をかしげる。以前自分が試験の際に無断でデシアンを迎撃した際には青葉梟先生に怒られたし、この友人らも怒っていたではないか。となれば、避難するべきではないのだろうか。
それについて続けてアベールが説明する。
「僕たちは遠征とオペレーション・セブンスクエアを生き抜いたということで、サンクトルムの有事の際には出撃してデシアンの迎撃をすることを許可されているんですよ。まあ、許可されているというだけなので、出なくてもいいんですが……」
「黙って手をこまねいていることなんてできるかよ! さっさと行くぞ!」
秋人が弾かれたようにスノウの部屋を出ていくのに合わせて、アベールやナンナや佳那も次々と出撃のために動き出す。
ダイゴがスノウの肩を叩く。
「と、いうわけだ。避難しておけ」
「なら、僕も行く」
彼らの腕を信用していないというわけではないが、戦えるエグザイムは1機でも多い方がいいはずだ、という判断のもとスノウはそう言ったが、ダイゴが制止する。
「駄目だ。<リンセッカ>がねえ」
「……それは、そうか」
オペレーション・セブンスクエアで<リンセッカ>は帰還しなかった。多くのパーツは冥王星近海でデブリとなっているし、胴体はアメツチが回収したので、サンクトルムに<リンセッカ>の実物は欠片も存在しない。データはもちろんあるのだが、MIAになった学生のエグザイムに割り当てる予算はないので、イチから製造しなおすこともできない。そのため、現在<リンセッカ>はこの世に存在しない。
とはいえ、特定のエグザイムでないといけないというほど、スノウは軟弱なパイロットではない。動きさえすれば<オカリナ>だろうが、なんだって使うつもりはある。
「でも<オカリナ>はあるはず。なんなら<トライ>だって構わない」
「いや、それよりもっといいものがある。俺の<ソルブレア>に乗ってくれ」
「なら、貴方は何に乗るの、ソル」
黒子の疑問はもっともだ。<ソルブレア>をスノウに譲ってしまえば、ソルが乗る機体がなくなってしまう。だが、スノウだけはソルの意図を理解できた。
(早速、というわけか)
「それについては考えがある。黒子はヌルを<ソルブレア>の元へ案内してやってくれ。ヌルもそれでいいか?」
「……ソルがそう言うなら、従うわ」
「構わない」
「なら、急ごう。こうしている間にも敵が来る」
この場に残っていた四人は頷き合って部屋を出て、それぞれの目的地へ向けて別れる。
格納庫に着いてからは、ダイゴは自分の担当している機体の方へ、黒子とスノウは<ソルブレア>の元へ駆けつけた。
「おや、黒子くん。珍しい人を連れている」
「ソルは別行動なので、彼を<ソルブレア>に乗せます」
「事情があるようだ。わかった」
「お願いします。私は<ルナブレア>に乗って出撃します」
<ソルブレア>の開発者であるメルタ・スミスは詳しい話を聞くことなく、スノウに言う。
「君のことはカホラから聞いているよ。そうでなくても有名人だがね。
<ソルブレア>を君が使いこなすことができるかね」
「できるかどうかではなく、やるかどうかでしょう」
「その返答、気に入った。存分に使いたまえ」
スノウはメルタが投げてよこしたヘルメットを受け取り、そのまま<ソルブレア>のコックピットへ。
周りの整備課の学生が「あれスノウ・ヌルじゃね……?」「MIAになったって聞いたけど、本物か?」「まさかよ、そっくりさんだろ」などとのたまうのをシャットアウトするかのようにコックピットを閉じてコンソールを操作し始める。
(エネルギー刃を起動するアカツキセイバー以外は基本的な武装だな……)
機体スペックも申し分なし、ヘルメットを着用して管制に言う。
「スノウ・ヌル、ソル・スフィア君の代わりに<ソルブレア>で出ます」
『グッドラック、スノウ・ヌル。アカツキセイバーはちゃんと持って帰るように』
そんなメルタの言葉を耳にしつつ、<ソルブレア>は暗い宇宙へと放り出されるように出撃した。
(続く)
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