第124話 素晴らしき日々の証明:開くポリアンサを
ソルが説得したことで自身を納得させたゲポラは、二人を残して仕事に戻って行った。最後まで申し訳なさそうな態度ではあったが。
残された二人は、二人して<プライマル>を見上げている。
「まさか、こんなものがサンクトルムの地下にあるなんてな……」
「……そうだね」
サンクトルムの地下に何かあることだけは事前に知っていたスノウも、ここに<ディソード>のプロトタイプにしてオーバーテクノロジーである<プライマル>なんてものがあるとは想像もしていなかった。
(ホロンさんはこのことを知っていて、僕を調査に同行させたのだろうか。それともただ怪しいからという理由だけで?
隠しに隠してきた学長には申し訳ないけど、ホロンさんに報告すべきか……)
元よりその約束で自分は今ホロンの監視から外れていられるのだ。道理を考えれば報告の義務はあるが、一方で周知されてしまえば大事になりそうな今回の話を言ってよいものか。ただちに判断するのは難しい、と思っているとやおらソルがスノウに尋ねる。
「ヌル、そろそろ聞かせてくれ。次世代型エグザイム発表会では見かけたが……オペレーション・セブンスクエアでMIAになった君は、それから今まで何をしていたんだ?」
「僕に尋ねてばかりだね、今日は」
「茶化すな。聞きたいことは他にもある。一度俺たちの目の前から去った君がなぜこうしてサンクトルムに戻って来た?」
「前者の質問に納得してもらえるよう答えるには、時間がかかる。後者については―――僕も自身の疑問の答えを求めて、だね」
「君も?」
ソルは顔には出さなかったが、スノウの言葉を聞いて驚いた。スノウは疑問を感じることはあれどそこに私情を持ち込まず、すべきことをした結果が答えになればよいと考える人間だと思っていた。自分のような迷って悩んだ末に結論を出すタイプではないと、そう思っていた。
そんなスノウを悩ませている大変な疑問とはなんなのだろうか。ソルは知りたかった。できれば、知って自分が答えを出す一助となれれば最高だとも思った。今しがたスノウの言葉で自分が答えを見つけられたように。
「君が何に悩んでいると言うんだ? サンクトルムにそれを解決するものがあると?」
「本当に質問ばかりだな、君は」
「君が秘密主義すぎるだけだ。みんなそのことを嘆いていたぞ」
「みんな?」
「アベール達だ」
脳裏に友人と呼べる彼らの顔が浮かぶ。最後に顔を合わせたのはたった数か月前だというのにもう何年も会っていない気がする。久々にちゃんと会って話をしたいと思ったが、かぶりを振ってすぐにそれをかき消す。今の自分に彼らに会う資格はない。事情が事情とはいえ、生きていたことを一度書面で投げただけで、彼らに背を向けたのだ。
(ほとほと呆れ果てただろう、きっと)
彼らはもう自分に会おうとすまい。かつて、恋人と呼べるほどの関係であったシエラが呆れてそうしたように。
そう思ったから、スノウはソルに背中を向けて、外へと歩き出す。
「どこに行くんだ?」
「学長の話が終わった以上、いつまでもここにいる必要はない」
「待て、せっかくサンクトルムに戻って来たんだ、アベール達に……」
「必要ない」
ソルの言葉を遮って歩く速度を上げていく。
「待ってくれ!」
追いかけてくるソルの足音を聞いて、スノウはいつの間にか走り始めていた。長ったらしい通路を抜けて、扉を通って、階段を上って、教室から飛び出す。自分でもなぜこんなに一生懸命走っているかわからない。とにかく、周りの目も気にせずひたすら走る。
気が付けば、学び舎から出て学生寮のあたりまで戻ってきていた。目の前には、ルウラ、すなわち雪がかつて暮らしていた寮がそびえ立つ。そこでスノウはふと思う。
(……花。雪ちゃんに世話を頼まれた花は、元気にしているだろうか)
世話を任された後、スノウはしばらくサンクトルムに戻ってこられなかった。だから、花はもう枯れてしまっているだろう。そんな想像はつくのに、無性に気になってしょうがない。
そんなことを気にしている場合ではないはずだが、スノウの足は自然と雪の部屋の方へ動く。
目をつぶっていてもたどり着けるぐらい通った道を歩み、雪の部屋の前へやって来た。何も変わらないその扉の鍵を取り出して中に入る。吸い込まれるようにリビングへ進むとそこにはまるであの日から切り取られたかのように綺麗に咲く花々の植木鉢がたくさん置かれていた。
「これは、誰が……」
「みんなで交代して世話をしたんだ。雪が世話した時ほどじゃあないが、綺麗だろう」
振り返ると、玄関と直通の通路を塞ぐように扉の枠に腕をついて不敵に笑うナンナと、その後ろには遠慮がちな佳那がいた。
「……ナンナ」
「お、お久しぶりです、ヌルくん」
「谷井さんも……どうしてここに」
「普段なら花の世話のためなんだが、今日は違う。スフィアに頼まれて来た。逃げ出したヌルを捕まえてくれとな」
ソルはグループチャットでスノウが帰って来た旨をみんなに伝えた。それを聞いたナンナはスノウはいずれここに来るはずだ、と踏んで寮の近くで待機、スノウが雪の部屋へ向かったのを確認して追いかけて来たというわけだった。
「僕が去ってからそう時間はかかってないはずだけど」
「私はたまたま今日講義が一限のみだったからな。部屋にいたんだ」
「なるほど」
「すでに秋人たちに連絡はしてあるから、まもなくここに来るだろう。今の君に逃げ場はない。王手というわけだ」
「物好きだね、君たちも。僕なんて放っておけばいいのに」
呆れるでも吐き捨てるでもなく、淡々とした言葉にナンナは首をかしげる。
「放っておくわけがないだろう。何を言っているんだ?」
「秋人から僕が生きていて、でも何も説明せずに君たちのもとを去ったと聞いたはずだ。薄情な人間だと、そう思わなかったのか」
「思うわけがありません!」
それまで黙って成り行きを見守っていた佳那が叫ぶ。
「か、佳那……」
「ヌルくんは前期試験の時も、遠征の時も、サキモリ杯の時も、自分のためだけに戦わなかったじゃないですか。そんな強くて優しいヌルくんのことを薄情だなんて、思うわけ……ない……!」
言葉にしていくうちに声に涙が混じっていく。
「だけど、そんな優しい人だから辛くても大変でも人に言わないで、一人で抱え込んじゃうヌルくんのこと、心配で……グスッ……」
「……聞いての通りだ。佳那も私も秋人も、お前と関わってきたサンクトルムの人間たちはみんなお前のことを心配している」
「……どうして」
スノウにはわからなかった。いくら成果を出していても何かでミスをすればその信頼を大きく損なうのが世の習い。フェアルメディカルにいた時はそうだったし、当初はお互い信頼し合っていたはずのシエラとの関係だって彼女のことを理解してやれなかったために見限られ破局してしまった。ならば、アメツチにいてサンクトルムの友人らを疎かにしたことは断絶を生むことにならないはずがない。
一言だけ小さな声で呟き、それ以降はプログラムエラーを出したコンピュータのようにスノウが黙っていると、ついに彼らはやって来た。
「すまなかったな、カルナバル、谷井」
ソルと黒子、ソルに率いられた友人たち。スノウがサンクトルムに戻ってきて一度は会いたいと思った顔ぶれ。
「久々に会ったにしては随分とシケた面してんじゃねえか、スノウ」
「また適当にお茶を濁していなくなるなんていうのはナシですよ」
「そうそう。話したいことは山ほどあるからな」
秋人とアベール、ダイゴがそれぞれそう言った。
「みんな……」
独演会のショーマンのようにスノウは部屋の奥で佇む。だが、まだ幕は開かれない。幕の奥でじっとしているだけ。
その幕をこじ開けたのは意外にもダイゴだった。
「あーっ、ヌルお前佳那を泣かせやがったな! 人の彼女をー!」
「あ、いえ、これはそうじゃ……」
「僕が泣かせたわけじゃ……いや、そうとも言えるかもしれないけど」
「お前なあ!」
ダイゴはつかつかと歩いてスノウの胸倉を両手でつかむ。
「俺は怒ってんだ! 佳那を泣かせただけじゃねえ、勝手にいなくなりやがったこともだ! お前とは<リンセッカ>のことも、そうじゃないこともたくさん話したいことがあったんだぞ!」
「僕と話したいこと……」
「それになぁ、生きていなら、んでもってサンクトルムに戻ってきているならなんですぐにそう言わねえんだ!」
「……それは」
「そうだそうだ」
ダイゴの言葉に便乗して秋人も「ダイゴが言ったこと、本当は俺が言いたかったんだけどな」と付け加えて言う。
「遠慮してんじゃねえよ。MIAになった後何があったのかは知らねえけど、こっちに帰って来た時ぐらい、俺たちを頼れよ」
「食事を出すぐらいのもてなしはできますしね」
「僕は、みんなに不義理を働いたんだ。それなのに、なぜ……」
疑問の答えが出せないスノウのうわごとのような言葉。
「何がわかんねえんだよ。もっとはっきり言ってみろ」
「……僕と二度と会うものか、とは思わなかったのか」
「逆に聞くけどよ、なんで俺たちがお前と会いたくなくなるんだよ」
「次世代エグザイムの展覧会で君を冷たくあしらってまともに取り合おうとしなかったじゃないか。それは、多分あの場の誰に対してもそうしていたと思う」
「ああ、ありゃあショックだったよ」
「秋人、未だにお酒が入るとその時の文句が出ますし」
「そいつは悪いと思ってるよ」と苦い顔をする秋人と、その顔を見て笑顔を見せるアベール。
二人の言葉を聞いて余計にわからなくなってしまったスノウは、ダイゴの手をやんわりとはがして言う。
「なら……僕のことなんて放っておこうとか思わなかったのか。秋人も、アベールも、ダイゴ君も、スフィア君も、ナンナも谷井さんも……」
「僕たちだけじゃないですよ。カホラ先輩やマロン先輩だってずっとスノウのこと心配しているんですから」
「意味が分からない。僕にこだわる必要がないじゃないか。僕がいなくても、みんなには友達がいるし、なんなら家族だっている」
『……はあ~』
ため息をつく、額に手を当てる、肩をすくめる、苦笑いする。それぞれが異なるリアクションをしつつも、気持ちは同じであった。
秋人がスッと挙手。
「俺が代表して一発、いいか?」
ダイゴがスノウの前からどいたので、秋人が今度はスノウと距離を詰め、右手を振り上げる。思い切り右ストレートをスノウの頬に叩き込もうとして、それはスノウが手首をつかんでひねり上げたことで阻止された。
「いででででで! お前こういう時は素直に殴られろよ!」
「つい」
「おーいて……」
身の危険を感じて反射的に腕をひねってしまったことを謝りつつ手を離したスノウをしっかりとにらみつけて秋人は言う。
「お前な、『みんなには』って言うけど、その『みんな』の中にお前もいるだろうが。雪ちゃんだってそうだ。お前と雪ちゃんがいない『みんな』なんて誰も望んでねえんだよ」
「『みんな』の中……」
「お前がその中にいるから、俺たちはこだわりてえんだ。
それでもまだわかんねえなら、そうだな……。前にさ、人数足りねえからって合コンの数合わせ頼んだろ」
スノウは頷く。それは初夏のこと、男性が足りないからとアベールやソルともども連れ出され、結果的にスノウは危うく相手の女性によって監禁されるところだった。忘れたくとも忘れられない思い出だ。
秋人はバツの悪そうな顔をして言う。
「あんときはお前に迷惑かけちまった。他にも、代返頼んだり……」
「遠征の時、当番を代わったこともあったね」
「どーしてもレポートが終わらねえって、徹夜で作成手伝ってもらったり」
「居酒屋の会計でお金が足りないからって秋人の代わりに僕が出したり」
「そうそう」
「そのお金返してもらってないけど」
「……ま、それはいいじゃねえかよ、今は」
「「いいわけないだろ(でしょう)」」
ナンナとアベールにバッサリと切られて「うっ」と変な声を出すものの、一旦聞かなかったことにして続ける。
「そんなことがあったけど、お前俺ともう会いたくないとか、放っておこうとか、思ったか?」
「……いや」
「そうだろ? そりゃなんでだ?」
「君が困っていたからじゃないか」
「なら、お前は俺を助けたいと思ったってことだよな? お前にとって俺は困ったときには助けたい、大切な人間の一人だと、自惚れじゃなくてそう思っていいってことか?」
「そう思っていい」
「わかった」
秋人はスノウの返答を聞いて、満足そうにうなずくとスノウの目の前からどいて彼の視界に友人らが全員映る様にしてやる。
「俺たちだってそうだよ。お前のことを好きで、困ったときに助けたい大切な奴だと思ってんだ」
秋人の言葉通り、友人たちはそれぞれが肯定の意思表示をする。黒子だけは渋々といった態度であったが、確かに肯定した。
「お前も今度のことで引け目に感じているみたいだけど、それはさ、お互い様じゃねえか。さっき言ったようにお前に返せてないモンもあるしな……」
「そもそも、僕たちはもれなく君に命を救ってもらっています。引け目に感じていることはそれに比べたら些細なことでしょう。秋人はそれに加えて迷惑もかけていることですし、それで手打ちにしませんか?」
冗談っぽくアベールがそう言う。秋人とアベール、二人の言ったことがこの場の人間の総意であり、スノウという得難い友人に対する愛であった。さしものスノウも、その愛にはただただ感服し緞帳を開くほかなかった。あまりにも重々しく口を開く。
「……最初から話すとなると、長くなる。場所を移したい」
「……ああ! いつまでも雪ちゃんの部屋に大人数でたむろしていたら、変に思われるかもしれないしな!」
「長くなるなら、飲み物や軽食もあればなおよいでしょう。これから買い出しに行きますか」
スノウの言葉に色めく友人たち。早速誰が何を買ってくるか、用意してくるか役割分担を決め始める。
一人、少し離れたところで彼らを見守るスノウに、ソルが近づいて話しかける。
「会ってよかっただろう?」
「……そうだね。最初から君に言う通りにしておけばよかったのかもしれない」
「なに、会うタイミングが前後しただけだ。全部これからさ」
「おーい、お前ら二人で何話してんだよ! さっさと買い出しに行くぞ!」
「お呼びがかかったな、怒られないうちに行くとしよう」
「うん」
スノウは頷いて、ゆっくりと友人たちのところへ歩き始めた。
(続く)
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