第123話 血の宿命と責任:繋がったオーニソガラム

 <プライマル>。赤褐色の巨人が三人を見下ろしている。かつて自分を唯一まともに動かした男の子供たちと、自身の守り人、それらを光が灯っていない瞳で。

 沈黙の中、口を開いたのはスノウだった。


「これが<プライマル>……」

「その言い方だと、存在そのものは知っていたようだね」

「ええ。防人元帥は僕を乗せたがっていたので」

「あの人が考えそうなことだ」


 少しだけ寂しそうなゲポラの顔は見なかったことにして、スノウは続ける。


「元帥は<ディソード・プライマル>とも言っていましたが……これが会見で言っていたもう一つの<ディソード>だとすれば、元帥と学長の話は少し食い違っていますね」


 王我は「もう一つの<ディソード>がサンクトルムにある」と述べた。しかし、この<プライマル>はゲポラの言うとおりであれば<ディソード>の親ということになる。どちらが正しいのか。それとも、また違う答えがあると言うのか。


「さて、ね。どうして彼が<プライマル>を<ディソード・プライマル>と呼んでいたのか。彼亡き今、それは闇の中さ」


(王我さんのことだ、あえて<ディソード>の銘をつけることで、人々の注目を集めようという考えだったのだろうが……)とゲポラは思う。それ以外の理由も思いつくが、それらもまた想像でしかない。真実がもう語られることはない。


「ともあれ、彼が<ディソード・プライマル>と言っていたのは、これで間違いないだろう」

「とすれば、元帥は学長に<プライマル>を渡すよう要請したのではないのですか。少なくとも、オペレーション・セブンスクエアが失敗した直後から」

「君の推察通りだ。だが、私は渡すつもりはなかった」

「それはどうしてですか」


 スノウの質問に、ゲポラは嬉しそうに笑う。


「何がおかしいのですか」

「以前の君なら、そんなことまで気にしなかった。せいぜい、君たちをここまで連れて来た理由を聞くぐらいだっただろう。世間を知って君は変わったのだ、人間としてより良い方にね。

 最初に会った時言ったように、やはりいろいろなことをやってよかっただろう?」


 新入生懇親会でゲポラと対面したときの話をスノウは思い出して、それは認めざるを得ない、と頷いた。


「若者の成長を見届けるのは、いくつになっても嬉しいものだな。……スフィア君、君についてもそうだ。君の疑問の答えももうすぐにわかるだろう、もう少しだけ待っていてくれたまえ」

「は、はい」

「さて、話を戻すと、私は<プライマル>を元帥に渡すつもりはなかった。サンクトルムはそのために造られたのだからな」


 ゲポラはサンクトルムと<プライマル>にまつわる話をし始めた。


「さっき言った通り、<プライマル>を元に<ディソード>は製造された。その<ディソード>が活躍したことはもはや説明するまでもあるまい。

 第一次デッドリー戦役が終わった後、<ディソード>は軍が管理することになった」

「当時軍人ではなかったサキモリ・エイジは正式に入隊し、後進の育成に努めたと講義では話がありました」

「その通りだ。それに伴い、サキモリ・エイジにしか使えない<ディソード>が軍に引き渡されるのは当然とも言えた。<ディソード>の戦闘データを軍内にフィードバックする必要もあった。

 だが、<プライマル>は軍が手に入れることはできなかったのだ」

「<ディソード>を軍が接収したのであれば、そのアーキタイプである<プライマル>もデータ収集に使われそうなものですが」

「どのようにして渡さなかったのかまでは私にもわからない。だが、<プライマル>を調査していた科学者たちがなぜ渡さなかったのか、ということについては伝えられている。

 彼らは<ディソード>と<プライマル>が統合軍に集中することで、シビリアンコントロールが崩れることを恐れたのだ」

「力が集中すれば、統合軍が主権を得てしまう、と」


 もしこの場にホロンがいたのであれば、「昔の大戦時のニッポンみてえだな」と言っただろうが、この場に人類がまだ地球にいたころの戦争の歴史を知る者はいなかったから、誰からも言及はなかった。


「その認識で間違いはない。だから、科学者たちは徹底的に隠した。<プライマル>の存在はすでに知られてしまっていたが、知られていても<プライマル>の隠し場所がわからなければ彼らの手に渡ることはない。

 そこで彼らは考えた。どこに隠せば統合軍の手に渡らないか。その答えは、地球近海から最も遠い場所……すなわち、L3地点であるここだったわけさ」


 L1地点とL3地点は、太陽を挟んでちょうど真反対にある。L3地点に隠してしまえば、地球近海での開発でせいぜいだった当時ではまず物理的にたどり着くことが難しくなるし、ましてや広い宇宙にある20mほどのサイズのものを見つけるなど広大な砂漠の中で探すコインのように難しい。隠すにはうってつけの場所だった。

 しかし、ソルにはその話に一つ解せない点があった。


「<プライマル>を渡したくないのであれば、L3地点に隠すなどという回りくどいことをしないで、外宇宙に向けて投棄してはいけなかったのですか?」

「それは駄目だよ、スフィア君。大事なのは戦力を分散させることなんだから。投棄しちゃったら結局<ディソード>を持つ統合軍一強の状態になる」

「あ、そうか……」


 よくできました、とばかりに指で丸を描くゲポラ。


「そう、<プライマル>を<ディソード>のカウンターとしたい以上、どうしても地球圏の中、人類の手の届く場所でないといけなかったわけだね。

 その結果、統合軍が政治の実権を握ることなく、時は流れた。L3宙域の開発が進む中、当時L1宙域にあったサンクトルムの移転が決まった。<プライマル>を隠した科学者たちは卑劣なやり方で拘束されてしまったが、その意志を継ぐ者たちがサンクトルムの移転に従事し、あえて<プライマル>がある宇宙ステーションにのちのサンクトルムとなる施設を建造したのさ。古い言葉で言うなら、『灯台下暗し』」

「まさか軍の施設であるサンクトルムの中に隠すなんてそんなことはすまい、と思わせたわけですか」

「そういうことだね。そんな初心は忘れ去られ、しばらくして<ディソード>も学術的価値からサンクトルムが管理することになったが、それはまた別の話だ」


 ゲポラは頷く。

 実際のところ、<プライマル>が隠されてから幾度となくその行方を探した者たちがいた。だが、王我が断片的にその存在と行方を調べ上げるまで、誰一人としてたどり着くことはかなわなかった。それは、<プライマル>とサンクトルムにまつわる物語というのはサンクトルムの学長が代々口伝でのみ繋いできたものだったからだ。ゲポラ本人も、前学長からその座を引き継ぐときに初めてその存在を知ったのだ。

 では、なぜ口外にされない、本当は隠し続けられるはずだった物語をゲポラは二人に語ったのか。


「だが、半世紀以上にわたって隠し続けてきた<プライマル>の存在は元帥によって世間に知られてしまった。―――だから、君たちに託したい」


 赤褐色の巨人を見上げる。


「<ディソード>が人々に牙を向いた時の為に秘匿された使命を。そうでなければ永遠に封印すべきだったこのエグザイムを。

 それは、サキモリ・エイジの子である君たちにしか託せないのだ」


 近年急激にデシアンの動きが活発化し始めた。民間にはあまり知られてなかったが、確実にデシアンと統合軍の衝突は増えていた。それは何か大きな運命が動き出そうとしているのかもしれない―――そう感じたゲポラは<プライマル>が必要になったときの為にありとあらゆる手段を使って調べた。

 そして、ようやく見つけた。苦い思い出しかない統合軍時代の伝手や、非合法な手段すら使って、資格を持つ者を。それがたまたまサンクトルムに入学してきてくれたことは、ゲポラにとっても幸運なことだった。


「だから、俺の生まれのことを知っていたんですね」

「そうなる。ただ、それがあのフェアルメディカル事件の関係だったとは、想定していなかったがね。

 さて、私の知っていること、話せることはここまでだ」


 ゲポラはコンソールから離れ、二人の傍までやってくる。


「私が話したことで、君たちの悩みは解決しそうかな」

「……わかりません。だから、学長にお尋ねしたい。

 俺はフェアルメディカル事件によって生まれました。サキモリ・エイジの遺伝子を使った当時の人間たちの欲望のままに……」

「そうだね。あえて悪しざまに言うならば、商品として君たちは生み出されたわけだ」

「だとしたら……俺はどう生きればいいんですか。なんのために生まれたんですか」


 事件の関係者でもないゲポラにそれを聞いたところでどうにもならない。それはわかっているが、それでも事件の内容を世間一般よりは把握しているはずの、自分の倍以上の時間を生きていた人間を前に、尋ねずにはいられなかった。わずかな手がかりを求めたその問いは、無情にも首を横に振られてしまう。


「それは私に訊くことではないよ」

「では、誰に……」

「いるだろう? 君と同じようにこの世に生まれ落ちた者が、ここに」


 ゲポラが指し示した方、そこにはスノウがいる。

 そう、同じ者。フェアルメディカルの人間の欲望によって生み出されたサキモリ・エイジの遺児。彼を差し置いて、誰がソルの疑問に答えられようか。


(……口ぶりからそうじゃないかと思っていたけど、とうとう彼も自身の出自を知ったのか。それで生き方に悩んでいると)


 スノウも自身の疑問の答えを求めてサンクトルムまで来た。だから、ゲポラの言う通り同じように生まれた者がここにはいて、その二人はそれぞれの悩みを抱えている。

 血の使命を理解して生きてきたものの、愛さえ知らずに青年まで育った男。

 周囲から愛されその期待に応えようとするが、己の使命を知ることなく青年期を迎えた男。

 同じ血を引きながらある時を境に分かれた人生が、今それぞれの欠けた部分を補い合うかのように対峙している。


「どう生きればいいか、か」

「……俺もサキモリ・エイジの子として生まれた。そう生まれたのにはきっと意味があるんだと思う。だから、俺は知りたい。英雄の子として生まれてきたわけを」

「歓迎できる内容ではないかもしれないよ」

「だとしてもだ。今、俺が受け止めるべきことだから、父さんも学長も俺に真実を話してくれたんだ。君の言葉も受け止めさせてほしい」

(覚悟はできている、というわけか)


 サンクトルムの入学時に再会した時のソルは常人と変わらない、それどころか素晴らしい両親と幼馴染に恵まれたお坊ちゃんだったとスノウには思えた。しかし、今はどうだろう。自分よりも優れた者がいることを実感し、戦いの中で幾度の死線を越えて人間的に一回りも二回りも大きくなった。


「サキモリ・エイジの子として、どうやって生きるか……」


 今のソルの言葉なら信じられる、話しても大丈夫だと判断したスノウはソルに語る。


「……一つは、生きたくても生きられなかった者たちの死と、これから生きる者たちの命。どちらも背負って戦い、そのために生きる」


 フェアルメディカルには、サキモリ・エイジの精子から生み出された試験管ベビーが決して少なくはない数存在していた。それ以外にも、幾度となく繰り広げられたデシアンとの戦いの中で功績を上げたエースパイロットたちの遺伝子を継ぐ子供たちも。

 その子供たちの大半は過酷な実験の中で命を落としたり、デパートの特売品にも劣る値段で売り出されてしまったり、あまりにもみじめな一生を送った。

 特異な性質を持っていたスノウはフェアルメディカルに司法のメスが入るまでずっと施設にいたため、彼らの一部始終を見て育った。

 しかし、ソルはそうではない。幼いころに施設でいじくりまわされることを不憫に思ったスフィア夫妻に引き取られたのだ。だから、ソルはフェアルメディカル事件の生き残りではあるものの、きょうだいたちについては無知なままだ。

 スノウは、それらをひとしきり説明した後、続ける。


「僕たちにはたくさんのきょうだいがいた。彼らの分まで生きる責任があると、今は思う。君にも、そう生きてほしい」

「……ああ」


 頷くソルに、指をもう一本立てて見せる。


「そしてもう一つ、果たすべき責任がある」

「それは……?」

「デシアンとの戦いの歴史は100年にわたるけど、それまでずっと戦いが続いているのはサキモリ・エイジがデシアンにとどめを刺さずに失踪したからだ。それだけの力を持っていたのにも関わらず」

「そうだな。そうかもしれない」

「だから、彼の子供である僕たちは親が中途半端にしたものを片付けないといけない。それがもう一つの責任、僕たちの使命、そして生きていく意味だと思う」

(ヌルはハイスクールに入学するまでずっとフェアルメディカルの施設で育ったと聞く。物心ついてから今までずっと、誰とも共有できない責任を感じて生きてきたのか……)


 ソルは神妙に頷く。もう一人には背負わせたりしない、その重すぎる使命と責任を。そういう誓いだった。


「今すぐ全部理解して生きていく、というのは簡単ではないが、君の言う通りに俺も生きてみたい。少なくとも、これまでのように呑気に生きていかないつもりだ」

「それでいいよ。君自身が恵まれていることさえ理解できているなら、今は」


 再会してから約一年、ようやく本当にスノウはソルを許すことができた。それは<プライマル>どうこう関係なく、この場に来てよかったと思えることだった。

 二人の和解を見届けたゲポラは、優しい口調でソルに言う。


「迷いは晴れたようだね」

「はい。ヌルのお陰で、どうすればよいか道が見えました。だから―――<プライマル>、それを俺は託されたいと思います。サキモリ・エイジの子として、<プライマル>を使って、デシアンとの戦いを終わらせます」

「ヌル君も、それでよいかな?」

「構いません」


 アメツチにお世話になっていてサンクトルムにいられないスノウとしては、サンクトルムで生活しているソルに<プライマル>を託すのが筋だと考えられた。また、ソルの後押しをしていやりたいという気持ちもある。だから、スノウもまた<プライマル>をソルに託すことにした。


「では、話は終わりだ。スフィア君、必要とあらばいつでもここにきて、<プライマル>に乗ると良い。この格納庫は外ともつながっているから、ここから出撃も可能だ」

「しかし、ここに入るには学長が同行しなければならないのでは?」

「もう君やヌル君だけでもここに入れる。君の指から血を採っただろう、あれによってここのシステムは君たちを記憶した。今やすべてのシステムが君たちにひれ伏す」


 扉に設置されていた、ソルの指を針で刺した機器の話を聞いて、スノウは思い出した。


(ああ、あれはフェアルメディカルの施設にいた頃に何度か使っていたやつだったのか)


 脳裏に浮かぶのは、職員がスノウから採った血を用途不明の機器に垂らし、何やら入力している場面。当時は何をしていたのかよくわからなかったが、今思えば個々の扉のように同様のセキュリティがかかったものがあって、それを突破しようとしていたのかもしれない、とスノウは回顧した。


(結局、僕の血では駄目だったようだから、他の人の血液のデータが使われたセキュリティだったのかな、あれは)

「後は<プライマル>を完全に制御下に置くだけだ。だが、これ以上は私にできることはない。君たちの幸運を祈るだけだよ」


 ゲポラはスノウとソルに頭を下げる。


「これまでサンクトルムの学長たちの……いや、それ以前から平和を望んでいた科学者たちの願いを引き継いでくれたこと、感謝したい」

「が、学長……頭を上げてください。学長が引き留めてくれなければ俺は今でも迷いの中にいたはずです、俺の方こそ感謝をしないといけません」


 先人から託されたもの、それを引き受けてくれた若者たちに心から感謝を示すためにはこうする他ない、そう考えてゲポラはソルに説得されてもなおもしばらく頭を下げ続けていた。

                                  (続く)

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