第122話 『始まり』の場所:プラム・プライマル
スノウはレンヌのアドバイス通りサンクトルムを訪れた。たった数か月前まではここに通っていたはずなのに、なんだかひどく昔の話のように感じられる。
(どこへ行こうかな……。レンヌさんは、雪ちゃんとの思い出を振り返ると良いって言っていたけど……)
そんなことで雪のことを理解できるようになるとは思っていない。だが、ここまで来たのはそうなれるかもしれないというほんのわずかな期待があるからだ。
スノウは目深に帽子をかぶり、マフラーに口元をうずめてから歩き出す。
まず向かったのは学生寮であった。スノウはMIAということになっているが、ホロンが調査したところによると学籍が抹消されているわけではなく、寮の部屋も今のところは以前使っていた時と同じ状態になっている、とのことだった。
部屋の鍵もオペレーション・セブンスクエア時に艦に置いてきたままなので、寮母のところに寄る。生きて帰ってきたスノウに寮母は驚いたものの、スノウの事情を察したのか彼女は理由も聞かず素直に鍵を渡してくれた。
数か月ぶりの自室。やはり、懐かしい気持ちになる。
床に無造作に置かれた荷物は、オペレーション・セブンスクエアでMIAになった後に無造作に運び込まれたものなのだろう、最後に自身が管理していたままの状態で存在していた。中をまさぐりスマートフォンや財布といった貴重品を回収、そのまま部屋を後にした。
学生証を取り戻してサンクトルムの校舎内に入る。足を踏み入れた途端、ここで過ごした日々が湧き水のように思い出される。
(……雪ちゃんだけじゃない。いろんな人が僕に関わってくれた)
好意だけではなかったが、それでも15歳まで孤独に過ごしたスノウにとっては今の自分を形成する素晴らしいものだと、今なら思えた。
講義が終了したのか、教室から廊下へ学生たちが次々と出てくる。彼らの間を縫ってスノウは進んでいく。そして、校舎内からつながる旧校舎の入口までやってきた。
(……学祭の前にここでミラさんに告白されたんだよな。そう言えば返事をしていなかった気がする。申し訳ないことをした)
そこでふと自分がそう思ったことに疑問を覚えた。
(……返事? 僕はどう返事するつもりだったんだ? 返事をするつもりなら、どう言うべきか考えないといけなかったはず)
返事は保留してよいという話であったし、だからこそじっくり考えるつもりだったのだが、今自分は返事をすること前提で思考をしていた。それはつまり、考えの末どう答えるか心は決まっていたということ他ならない。
だが、その答えは心の奥底に沈んでいるのか、すぐに見つけることはできなかった。泥濘を潜るかのように答えを見つけ出そうとしても脳内にノイズがかかる。
(……答えは、ここにあるのか?)
スノウは躊躇なく旧校舎内に入っていく。張り紙なんかは眼中になかった。
(……ここには雪ちゃんとも来たな。学祭の時に人目がないからと雪ちゃんに誘導されたんだ)
なぜ雪は人目につかない場所にスノウを連れて来たのか。今ならそれもわかる。
今も人っ子一人いない旧校舎を歩きながら思い出をかみしめていると、なんとなく人の気配をスノウは感じた。
(かすかに話し声も聞こえる。この先かな)
自身も旧校舎にいる異常者だと言うのに、人気があることを不審に思って気配のする方へ進む。すると視界の先に二人の人間が話し込んでいるのが見えた。
(……学長と、スフィア君だ。こんなところで何をしているんだろう)
スノウの距離では、二人が話をしていることはわからなかった。息をひそめて待っていると、二人はスノウが来た方向とは逆の方へ歩き出す。
(二人してどこかへ行くのかな。ついて行ってみよう)
二人と適度に距離を取りながら後をつけていく。
(あそこは……)
ある教室の前で立ち止まった二人。その教室に見覚えがあったので、スノウは眉をひそめた。
ゲポラが立ち止まったのを見て、ソルは尋ねる。
「ここが目的地ですか?」
「そうだ。フフ、どうしてこんなところに、と聞きたそうだね」
「それはそうですよ」
何の変哲もない教室の前だ。少なくとも、他の教室と比べて何か変わった様子はない。だが、目的地がここと聞かされれば何か変わったところがないか探したくなるものだ。
まじまじと教室を眺めるソルから視線を外し、ゲポラは廊下に響く声量で言う。
「我々をつけていることはわかっているよ! 出てきたまえ!」
「!」
びっくりした顔でソルが振り向くと、両手を上げたスノウができたのが見えた。
スノウの姿を確認するとゲポラは優しい顔で手招きをする。
「そのままこちらへ来てくれ。スノウ・ヌル君なら都合が良い」
「了解」
スノウは素直に指示に従った。自分がここに偶然いたと言い張っても誰も信じはしないと判断がついたし、ゲポラなら悪いようにしないだろうと踏んだのだ。
(……学長なら僕が後をつけていたことぐらい看破できるか)
「ヌル、いつこっちに戻って来たんだ。いや、それより今まで何をしていたんだ。あの宇宙ステーションで何をして―――」
「教えてもいいけど、今はそれどころではないんじゃない?」
「それは……そうだ」
スノウのこれまでのことは気になる。だが、それ以上に今は大事なことがあるのはスノウの指摘通りだった。
「優先順位をつけるのが早くて助かるよ」
「それより、僕がついて行って良いものなのですか。何か大事な話なんでしょう」
「大丈夫、君にも関係していることだ」
「………なるほど」
スノウとソル、その二人の共通点は少なからずあるが、この場合意味を持つのは―――スノウにもということが何を指すか、ある程度把握できた。
話をそこそこに、三人は教室に入った。外同様に中も特に変哲のない教室だ。ただし、床のある一点を除いて。
(やはりこの教室は……)
この教室の光景、スノウには覚えがある。
もしかするとというスノウの勘は当たった。ゲポラは教卓の下から頭陀袋を持ってきて、部屋の隅でしゃがみ込み。
「二人とも、来たまえ」
彼が指を刺したのは周りの床と比べて新しい材質でできている箇所。以前、ホロンと一緒にはがした床だ。
頭陀袋からバールを出してスノウとソルに手渡すゲポラ。
「すまないが、この床をはがしてくれないか。この年になると、腰を悪くすることはしたくなくてね……」
「わかりました」
「……了解」
バールを使って床をはがす。その下には階段が以前と変わりなく秘密の入口への案内をしていた。
「これは……!」
初見のソルは目を見開くが、スノウは当然そんなことをしない。ふとゲポラを見ると、すべてわかっているよ、と言わんばかりに微笑んでいた。
「学長、これはいったい……」
「そう急くことはないさ。……答えはもうそこまで来ている」
ゲポラは一切の動揺を見せることなく階段を下っていく。思わずスノウの方を見るソルだが、スノウが行けよと言わんばかりに顎をしゃくったから、ゲポラの後に続いて入り、スノウは殿を務めることにした。
階段を下り、闇が支配する通路でゲポラが壁に何度か触れると通路が天井に取り付けられたライトで照らされる。ゲポラが手をついていた場所にはスイッチがあった。
先導しながらゲポラは話し出す。
「かの英雄サキモリ・エイジは<ディソード>に乗って第一次デッドリー戦役を戦い抜いた。その<ディソード>はいかに開発されたか、君たちは知っているかね?」
「い、いかに開発されたか、ですか」
突然歴史の授業が始まったのに面食らうソル。
「確か……デシアンと初コンタクトの時に人類側の兵器が蹂躙されて、そのことに危機感を覚えた当時の権力者たちがイデオロギーを超えて人類の総力を尽くして<ディソード>を開発した、と聞いています」
「ふむ。ヌル君から補足などあるかね?」
「エグザイムはそのころにはすでに普及していたので、エグザイムをベースに製造にすればパイロットの習熟のための時間が節約できる、という話は聞いたことがあります」
「君たちは勉強家だ。しっかりと講義を聞いている、真面目な学生たちで私は嬉しい。テストではそう書けばバツをもらうことはないだろう。
だが、今日だけはそれを一旦忘れたまえ」
「それはどういう―――」
ソルの疑問に答えることなく、ゲポラは厳重に鍵がかけられた扉の前で止まる。
「これは……」
「セキュリティには気を遣っていたのでね、指紋・静脈・虹彩・顔認証……まあ色々あるんだ」
その生体認証を一つずつ解除していく。この生体認証は歴代のサンクトルムの学長のそれが登録されており、学長が五体満足な状態でここにきて、本人の意志で実行することでようやく開く。ただし、先代の学長及び更に過去の学長はすでにこの世にいないため、もはやこの先に進むことができるのはゲポラ本人と彼の許可を得た者という事実に変わりはない。
生体認証を含めた鍵を一通り解除して扉を開くのかと思いきや、ゲポラは二人に道を譲る。
「仕上げだ。君たちのどちらか、指をここに押し付けてくれ」
「……ヌル、俺に任せてくれないか」
「いいよ」
ゲポラが指示を出した箇所は、以前見た時にホロンが用途が不明と称した機器がつけられたところ。スノウ本人はかつてもっと昔に見た記憶のある機器にソルが指をつけるのをじっと見つめる。
ソルは恐る恐る指を押し付ける。するとその瞬間、
「痛ッ……」
機器から突然細い針が伸びてわずかに指先に傷をつける。そして、すぐに引っ込んでいった。
ゲポラはポケットからハンカチを取り出してソルに渡す。
「大事にはならないだろうが、すぐに止血したまえ」
「は、はい」
「…………」
「どうしたかね、ヌル君」
「……いえ、この機器に見覚えがあったので」
「そうかもしれないね。
……これで全部のセキュリティが解除された。では中に入るとしよう」
気のせいという可能性もあったが、今確信に変わった。この機器は確かに見たことがある。いや、見たことがあるというよりももっと深い関係が……。
だが、記憶をたどるのはやめた。今はこの先……前回やって来た時には入れなかったサンクトルムの最奥へ行くのが優先だ。
扉の奥に三人は足を踏み入れる。夜の墓場のような冷えた空気を感じて、ソルとスノウはわずかに体を震えさせる。
扉の奥の部屋は、間接照明のような弱い光でかろうじて床が見える程度の明るさしかなく、室温と相まってこの世非ざる空間だと思わせる。二人は道先案内人であるゲポラの後を追うしかない。
やおら、ゲポラは口を開く。
「話を元に戻そうか。
君たちの知っている範囲では、<ディソード>はデシアンに対抗するため当時の技術の粋を集めて造られたマシンだと、そういうわけだ。
だが、真実はそうではないのだよ」
「……どういうことですか」
「正しく言えば、その認識は半分は正しく、半分は間違っている。正しい半分というのがデシアンに対抗するためという点だ」
「では、当時の権力者たちが力を合わせて製造したという点が……」
ソルのその言葉には答えず、ゲポラは「二人はそこにいてくれたまえ」と言い、わずかに光を灯す機械―――管制室にあるようなコンピュータの前に立ってコンソールを操作し始める。
「考えてみたまえ。100年前当時の技術の粋を集めたのであれば、それより幾分か進歩した人類が<ディソード>を超えるエグザイムを造れていないのはおかしくはないかね?」
「それは……」
「統合軍内で派閥争いが起きている上に、統合軍に不満を持つ人たちが各自勝手にしているのだから、現在の技術の粋を集めることはできていないでしょう」
スノウの遠慮も配慮もない反論にゲポラは笑う。
「ハハハハ、手厳しいな。だが、そう言えるということは世間を少し見て来たわけか。それは良いことだ。
もちろん、君の言う通り今私たちの世界は一つになりきれていない。しかし100年という時間の流れで研鑽された技術は、統合軍のいち派閥が持ちうるそれだけでも100年前の集大成を上回るものだ。100年前はようやくL3地点に資材を運べるようになったぐらいの技術力だったが、今や我々は外宇宙に手を伸ばそうとしているのだからね。差は歴然だろう」
「では、なぜ<ディソード>なんてオーパーツの兵器があるのでしょうか?」
「その疑問に答えよう」
巡り巡って戻って来た最初の疑問『<ディソード>はいかに開発されたか』、その答えが明かされる。
「<ディソード>は当時の技術の粋を集めたものではない。<ディソード>にはベースとなったマシンが―――現代の観点から見てもオーバーテクノロジーと呼ばざるを得ない大変なマシンがあったのだよ」
「なるほど」
「そんなものが……」
歴史の教科書はおろか、ネットの噂レベルでもそんな話は聞いたことがない。ソルは信じがたいといった表情をした。
「そのマシンはデシアンの襲撃からまもなく、地球から見た月の裏側……ヘルツシュプルングと呼ばれるクレーターで見つかった。なぜそんなところに明らかに人の手が加わったモノがあったのか、未だ理由は判明していない。人類より科学技術が発達している地球外生命体が太陽系に打ち出したものが月に衝突したのではないか、と唱えた学者は学会で笑われ者になったという話も聞くがね。デシアンのようにワープしてきたと私は踏んでいるが、まあそれは本題ではない。
月の裏側から回収されたそのマシンは傷一つなく、そのまま使えればデシアンのとの戦いで大いに活躍してくれるだろうと誰もが思っていた。だが、使えなかったのだ」
「それはなぜですか?」
「経年劣化していて動かすだけで壊れた、動力が上手く稼働しなかった、こういった理由が考えれますが……」
「常識的な考えだな、ヌル君。だが、そのマシンは常識の物差しでは到底測れるものでなかった。
答えはシンプルーーーそれを使いこなせる者がいなかったから、だ。
動くには動いた。整備もせずに動かせるというそれだけでも驚異的だが、そのマシンは動かせすぎた」
「動かせすぎた……?」
「本体の性能が高く、パイロットに要求する技術が高かったということですか」
ゲポラはスノウの答えを聞いて頷く。
「それもある。
もう一つの理由は、そのマシンがあまりにもできることが多すぎたことだ。近接戦闘・射撃戦、セグザイムの範囲に限らずウェグザイムがやるようなこと……例えば宇宙ステーションの建造・修理や物資の運搬、果ては資材さえあればエグザイムの製造すらも」
「なるほど……」
戦闘用エグザイムであるセグザイムが戦闘しかできないのはもはや言うまでもないが、セグザイムよりできることの多い作業用のウェグザイムとてそこまで万能なものはない。そんなマシンが存在するとなれば、使いこなせるものがいなかったというのもうなずける。
例えば、包丁やフライ返し・菜箸・ピーラー・泡だて器・おたま・計量スプーンなどといった料理に使うものが一つにまとめられた道具があるとしよう。それを使って、一切のミスなく数秒ごとにやってくる注文を完成させ続けなければならないとなったら、誰がそんなことをできようか。それと同じであまりにも万能なエグザイムを使って常に適格な装備を使いながらデシアンと戦うには人間では手も目も頭も足りなさすぎる。
「人類史上、最も優れたパイロットはサキモリ・エイジだ。だが、彼ですらそのマシンを使いこなすことはついぞ叶わなかったと伝えられている」
「もっとも戦闘用の装備だけは正確にすべて使いこなせたとも言われているがね」とゲポラは苦笑した。
「そんなじゃじゃ馬なマシンだったが、当時の科学者たちはあることを思いついた。そのマシンを使いこなせなければ、使いこなせる程度に制限をかければよいではないか、と。
ここまで言えば、もうわかるかね?」
「……はい」
「おおよそは」
「では、スフィア君、答えていただこうか?」
ソルはゆっくりと考えを口にしていく。
「そのマシンに制限をかけたのが、<ディソード>というわけですね。おそらくは戦闘に関係する部分だけ利用するように方向性を与えた……」
「その通りだ。正確には、怪物マシンの戦闘要素だけ抽出して新規に製造したダウングレード版が<ディソード>ということになるわけだが。いや、この場合は先鋭化させたからアップグレード版の方が正しいのかな?」
「マイナーチェンジ版では」
「まあ、なんでもよろしい。
さて、随分と長い講義になってしまったが、<ディソード>はいかに開発されたのか。かつて人類が見つけたオーバーテクノロジーを人類が戦闘で使えるように調整をかけて開発された、というのが答えだ」
ソルは、なるほどそれはよくわかったと思った。だが、なぜゲポラはそんな話をしたのだろうか。この場所とどう関係があるのだろうか。
新たな疑問が浮上した時、ゲポラはフッと笑ってコンソールのエンターを叩く。
「<ディソード>はデシアンに降った。となれば、それに対抗できるのは月の裏で見つかったオーバーテクノロジーだけだ」
「!」
「…………」
その瞬間、それまで間接照明程度の明かりしかなかったこの部屋が一斉にライトアップされる。同時にこの場所の全貌が明かされる。
いくつものハンガー、いくつもの昇降機、いくつものウェグザイム。どうやらここは格納庫のような場所のようだ。
ゲポラは、その場所の中央に鎮座する赤褐色の巨人を見上げる。
「そのオーバーテクノロジー、<プライマル>がこれだ。この部屋は―――いや、サンクトルムという施設は<プライマル>を封印し隠すための天岩戸なのだよ」
赤褐色の巨人<プライマル>、その圧倒的な存在感と衝撃の事実に、スノウは片眉を上げ、ソルは言葉を失った。
(続く)
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