第118話 巨星が落ちるとき:さらばオーニソガラム
『損傷拡大! 援護されたし!』
『無茶言うな、こっちだってギリギリだ!』
通信内で怒号が飛び交う。数が多すぎる敵の攻勢になすすべもやられていく者たちの悲鳴も飛び交う。
スノウはそれらを聞きながらも、目の前の敵を倒しつつ、友軍を助けていく。いつまで続くかもわからない戦いにくじけることなく、ただ機械的に……。
だが、L1宙域で起こった戦いは、意外な形で終わりを迎えた。
「……撤退していく?」
このまま数にものを言わせてステーションに攻め込み、統合政府や軍の要人が集まる宇宙ステーションを破壊するだろうと予測されたデシアンの軍勢は不気味なほどあっさりと手を引いていったのだ。
それは、デシアンからすれば雪が離脱するまでの時間を稼げたので、そのまま撤退したとそれだけのことなのだが、当然人類はそんな事情を知らないので、指揮官たちは首をかしげることとなった。
スノウはヘルメットを取って大きく息を吐く。
(…………デシアンが引いたということは、雪ちゃんも多分戻ったんだな。デシアンのところに)
また、手の届かないところに行ってしまった。あの場で見逃したのだから、それは当然のことなのだが、胸には重いものが残っている気がする。それを寂しさと自覚はしなかった。
何がともあれ、この場でのデシアンとの戦いは、終わった。
すぐに宇宙港に戻って、王我やドゥランと合流しなければ……宇宙に浮かぶステーションを見て、そう思った。
「そうか、わかった。私と元帥は今D-8地点のシェルターにいる」
通話を終えて、ドゥランは王我に言う。
「ヌルが宇宙港からこちらに戻ってきて合流するそうです」
「そうか。では、まだここで待機だな」
シェルターの中で、戦闘終了の報告を受けて数分後、王我はそう言った。そして、同時に思う。
(どうやら雪を逃したようだな。奴なら捕縛したならそう報告しているはずだが、していないということは……。まあ、仕方あるまい。戦況を聞くに、あまり余裕はないようだったからな)
そこまで思って、案外落胆している自分に気が付く。
(フン、甘くなったものだな、俺も。数千万の兵を自由に扱えるのにも関わらず、自分の子供ぐらいの若造が失敗したことに心動かされるとは)
らしくもない、と邪念を振り払うように頭を揺らす。今はそんなことを考えている場合ではない、雪を逃した以上、これからどのように兵を動かしてデシアンの本拠地に攻め入るか考えなければ―――。
その思考を遮るように、通信室の扉が開いた。
「こちらにいらっしゃいましたか、防人元帥」
統合軍の軍服を身にまとった30代半ばほどの男が姿を見せた。彼は敬礼をする。
「お迎えに参りました。外はもう安全ですから、私が案内いたします」
「………………」
しかし、王我もドゥランも動き出そうとしない。どころか、ドゥランは体制を低くしていつでも動けるようにしていた。
王我は呆れたように言う。
「貴様が案内する先は天国か? それとも地獄か?」
「はっ? 何をおっしゃるのですか?」
「馬鹿か、貴様。戦闘が終わったのはたった数分前だ。いくらなんでも保護に来るのが早すぎる。となると、貴様らは戦闘が終わる前から動き出していたことになるが、俺はしばらくここにいると現場には話してある。わざわざシェルターにいることがわかっている人間を戦闘中に外に連れ出す間抜けはいない」
迎えに来た軍人は何も言わない。
それが答えだと言わんばかりに、王我は冷たく言う。
「年を取ると話が長くなってしまうな。
結論を言おう。貴様、保守派の人間だな?」
「ッ!」
王我がそう言うや否や、軍人は懐に手を伸ばす。だが、それ以上はドゥランが通さなかった。低い姿勢から飛び掛かって押し倒し、そのまま拘束する。
「ぐっ……」
「反応を見るに、本当のようだな。まあ、わかっていたことだが……」
「元帥、このような輩が来たということは、ここも安全とは言えません。避難しましょう」
「そうだな、貴様の意見に従おう」
その軍人の口を封じ両手足を縛って通信室の中に転がし、二人は通信室を後にする。
ドゥランが先行し王我が後ろを警戒しつつついていく。やおらドゥランが物陰に身をひそめるのを見て、それにならいつつ王我は舌打ちをする。
「いたか」
「ええ」
物陰に隠れる直前、軍人が通路を横切るのが見えた。先ほどの軍人とは違い、真っ当な人間の可能性もありうるが、二人にしてみればこのシェルターにやってくる人間はスノウを除いて誰も信用できないというのが正直なところだった。
「有事の際、表層にあると損害しやすいからと地下深くに通信室を作ったのは失敗だったようだな」
「ええ。地上に出るのに一苦労だ」
先に誰ももういないことを確認して、二人は地上へ向けて進んでいく。
(大人数で押しかけて来たわけでもないようだな。外の様子がわからない以上は判断もつかないが……)
だが、その予想は裏切られた。裏切られたくはなかった。
地上に近づけば近づくほど、軍人を見かける頻度が増えていく。そのうち何度か明確な敵意を向けてきた軍人を無力化するも、あっけなく限界が来た。
「いたぞ、元帥だ! 捕まえろ!」
「ちっ」
王我はドゥランから借り受けた拳銃で威嚇射撃。その間にドゥランに問う。
「こちらから来ている! そっちはどうだ!」
「来ていません、急ぎましょう!」
王我を敵視する勢力の手先が追い詰めてきていることにもはや疑いはない。全速力で走る二人。しかし、その走った先にも保守派軍人がいて―――。
シェルター内に、銃声が響いた。
(D-8地点、ここだよな……)
手元の端末とシェルターの入口を見比べるスノウ。
戦いを終えたものの、ステーション内がまだ落ち着いていなかったのでタクシーも使えず走ってここまでやってきた。そのため、息は少しあがっている。
息を整える時間も惜しいので、早速シェルターの扉を開けて中に入る。
(通信室にいると言っていたから、まずはそこを目指すか……)
入口に貼ってある案内を見て、通信室までのルートを頭に思い浮かべながら歩いていると、そのうち通路の壁の異変に気が付く。
(…………穴? いや、違う。弾痕だ)
スノウはこのシェルターを何人の人間が使っているかを知らない。だが、この静けさと弾痕が、何か良くない出来事があったことを想像させた。
何があったのか、とあたりを注意深く見ながら再び歩き出す。階層をひとつ降りて、しばらく歩いたところで更なる異常を見つけた。
赤い点が廊下の真ん中にひとつ。そして、それが点々と先の方まで続いている。
(血痕……。この先に何が……)
慎重にそれを辿ると、ある個室の前まで続いていた。音をたてないように慎重に開く……。
個室の中では、よく見知った二人がいた。ただし、その容態はスノウをして驚かざるを得なかった。
「来たか……」
力なく床に座り込んで、か細い耳を澄まさないと聞き取れないであろう声を出すドゥラン。そして、血だまりに横たわる王我の姿。
スノウは急いで王我に近づき、体をチェックする。腹部にガーゼがしっかり当てられ、その上からきつく布で巻かれているものの、その布は赤黒く染まっている。よく見ると、背部にもガーゼが当てられているので、腹部が貫通していることがわかった。悪意を持った誰かが王我をこうしたことだけは、何が起きたか知らないスノウにも伺えた。
「重症だ」
立ち上がろうとしたスノウの手首を横たわる王我がつかむ。
「無駄だ、よせ……」
「そうは思いますが、それでも……」
「もう……ぐ、くう……間に合わん……。それ、より、聞けっ……!」
戦後で混乱している今、救護を呼んだところで普段通りの時間にたどり着くことはないだろう。そうは思ってもわずかな可能性に賭けて呼んでおくべきなのかもしれないが、王我の血を吐くように発せられた言葉を聞いて、スノウは決めた。見込みの薄いことに時間を費やすより、王我の望むようにしてやろうと、決めた。
「…………何をですか」
スノウは、王我が極力楽に話ができるように耳を口元に近づける。すると、王我は残った命の炎を絶やさんと必死に喉から音を出す。
「俺の……部屋の、掛け軸の、裏……を、見ろ……。ぐふっ……そこに、あるのを受け、取れ……!」
「それを僕に託してどうするんです」
「そこに、すべて、ある……! 亜、門……」
「………………」
王我はスノウの顔を見て、亜門と言った。
もはや、生者と死人の区別すらつかなくなってしまった、元帥と呼ばれた男の哀れな姿。さすがのスノウとて、そこに感じるものがないわけではない。
スノウはほとんど力の入っていない王我の手を握ってやった。
「わかりました、兄さん。後は、僕に任せてください」
「亜門……。後は……た……の……」
手から完全に力が抜けたのを確認して、スノウはその手をゆっくりと下ろしてやった。
そして、ドゥランの方を向く。
「何が、あったんですか」
ドゥランはか細い声で説明した。
王我と敵対する勢力が襲撃してきたこと、脱出しようとしたこと、その途中で王我が撃たれ、自分も足を撃たれて這う這うの体でこの個室に逃げ込んだこと。
辛そうに言葉を紡ぐドゥラン。よく見れば、彼の足元にも黒い血の跡がある。腹を撃たれた王我と、足を撃たれたドゥランでは、ここに立てこもるのが精いっぱいだったのだろう。そして、保守派軍人らがいつの間にやらいなくなったことすらわからないまま、ずっとここにいたのだ。
「…………わかりました。ひとまず、ガイ二尉も治療をしないといけないでしょうから、救護を呼びます」
状況が理解できたスノウは、ドゥランを楽な姿勢にしてやり、それから今度こそ通信室へ向かった。
巨星は落ちた。
死者を冥府に送り、罪人を裁く。双子星の片割れを失くし、世を正そうとした志は、塵となった。
だが、巨星はただ落ちたのではない。強く輝いて落ちたのだ。
その光は、間違いなく届いた。同じ輝きを持つ者に届いた。
そして、亡き英雄へ花を献げるための戦いが、すぐそこまで迫ってきていた。
【第三部 天壌無窮の刃 完】
(第四部に続く)
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