第117話 近づく『刻』:ロベリアの群生地
最寄りのシェルターに避難した王我とドゥラン。息を整える王我をよそに、シェルターの内部を詳細に教えてくれる案内図を見てドゥランは感心したように声を出す。
「噂には聞いていたが……大したものだ」
シェルターの全体は台形をしていて、地下に行けば行くほど幅が広がっている。
内部はいくつかのブロックによって仕切られ、避難者がそれぞれ自由に過ごすことができる個室はもちろん、植物の栽培施設、魚を育てる養殖場、娯楽室や運動場など、およそ避難所とは思えないほど豪華なものであった。
「約100人が10年は快適に過ごせるだけの備蓄がある。だが、地球統合政府の重役たちが住む宇宙ステーションだ、この程度の設備でも足りんさ」
「…………そうですか」
「今回の襲撃では使うこともなかろう。せっかくだがまた今度だな」
すっかり呼吸が整った王我はつかつかと歩いて、地上との通信を担う通信室へ入っていく。ドゥランは慌ててそれを追いかける。
ドゥランが部屋に入ったときにはもう慣れた手つきで王我は地上と連絡を取り合っていた。
「状況はどうか」
『現在、待機していた戦力だけでは対処しきれない数のデシアンが出現中。そのため周辺の宇宙ステーションへ救援を求めつつ、非常呼集をかけているところであります』
「よし。ならば、援軍が来るまでもたせろ。私はしばらくここから動けないが、通信はできる。都度報告はしろ、必要であればここから私が指揮を執る」
『了解しました』
「では、健闘を祈る」
通信を終えて、王我はヘッドセットを取り外して放り投げる。
「元帥……」
「通信はもう切った。調べたところ今このシェルターには私と貴様ふたりきり、私に護衛はおらず、ほとんど丸腰」
「何をおっしゃっているのです?」
「わからないか?」
椅子をくるっと回してドゥランの方を向く。
「私を討つなら今だ、ということだ」
「――――!」
思わず拳銃が入っている懐に手を入れる。その様子を見て王我は冷たく笑う。
「丸腰というのは本当さ。墓参りにもっていくのに拳銃というのはあまりにも無粋にできているだろう」
「………………」
「それより、その反応をするということは、自白していると見てよいかな?」
ドゥランは観念したかのようにため息をついて、首肯する。
「なぜ、俺が貴方の命を狙っているとわかったんです?」
「生憎と、恨みを買いがちでね。私に何か良からぬ感情を抱いている人物は見ただけでわかる。
もっとも―――貴様のことは事前に秘書に調べさせたのでね、軍にいたころの話から昨晩食べたものまでなら知っている」
アメツチに護衛を依頼した際、クライアント権限で護衛を担当するドゥランの情報をもらい、それをもとに調査させたことは王我の頭の中に入っている。
「昨晩は野菜がたっぷりはいったスープとクロワッサンを食べたらしいな。最近血圧が上がってきたことを気にしてか、味は薄めだ。
アメツチに入社したのは今から約7年前。エグザイムに乗りつつ、時折今回みたいな護衛任務もしていたと。
そして、肝心の統合軍をやめた理由―――当時の同僚の杜撰な行動で多数の民間人に犠牲者が出たのにも関わらずたいした処分もされなかったことに失望したから……」
「それだけなら、俺も失望はしてない」
「知っている。その事故に、貴様の妻と娘が巻き込まれたことはな」
ドゥランは頷いた。
ドゥランは許せなかった。自分の妻と娘が奪われたことが。それでも犯人に公正な裁きを下されたのであれば多少の慰めにはなったかもしれない。
しかし、それすらなかった。事故を起こした元同僚は実家が統合政府の重役を務めており、忖度されて大した罪にならなかったのだ。
そんな真っ当でない組織になぜ忠誠を尽くせようか。だから、ドゥランはやめた。そして、家系や血統が大事にされる社会を憎んだ。
彼の目の前にいる男は、その象徴とも言える存在だ。サキモリ・エイジというその名を知らぬ者はいないほどの偉人の血を継ぎ、統合軍で権力を振るっている。憎まずにはいられなかった。この護衛任務だって、あわよくばその命を奪ってやろうと思って志願したのだ。
「一つ、聞かせていただこう」
「なにか?」
「私の同僚の罪状を決めたのは貴方か?」
返答次第では、抜かねばなるまい。言外にそう語っているドゥランを見て、王我はそれに気が付かないフリをした。忖度のない、本心で話をしたかったからだ。
「それは違う。貴様も元統合軍の軍人だからわかると思うが、私が軍の大部分を掌握していると言えどすべてのことを決めるわけではない。軍人が何か罪を犯したのであれば、内部の監査組織が罪状を決定する。気が付いた時には、彼らがおとがめなしという判断を下していたのだ」
「言い訳ですか」
「マスコミのようなことを言うんだな、貴様は。
いつから事実を言っているのにも関わらず、言い訳とレッテルを貼られるようになったのやら……」
「そんな話はどうでもよいのです。結局、貴方が手を下したわけではないのですね」
「そうなる。
…………ふざけたことだ。優秀な血族の人間が人々を率いていくべきという考え、すなわち貴族主義など地球に置いてきたはずなのだがな、今でもそれを信奉する連中はいる。
知っていれば、いかなる手段を使ってもしかるべき罰を与えたものを……」
いくばくか、ドゥランがもしかするとそうかもしれないと思える程度でしかないが、残念そうな感情をにじみ出しながら王我はそう言った。
だから、ドゥランは服の上から拳銃を押さえていた手をどけた。
王我は笑う。
「私を討たないのか?」
「その予定だったが、気が変わった。
貴方を殺す必要はない」
「どういう風の吹き回しだ」
「貴方は屑どもとは違うことがわかった。それでは、不服ですか?」
王我は態度は偉そうだし、目的のためには手段を選ばない苛烈な男だ。
だが、ドゥランは先ほどの通信を聞いて、そしてこうして1対1で話をしてみて、器量も能力も元同僚やそれに忖度した連中とは段違いで、血統とは関係なく実力で今の場所にいることがわかったのだ。今懐にしまっているのはそんな人間を殺すためのものではない。
(この男なら、統合軍を正しい姿に変えてくれるはずだ)
殺意を引っ込めるドゥランを見て、王我は言う。
「不服であるものか。貴様の見る目は正しいのだからな。
アメツチの人間はそうでなくてはならん」
「どういうことです?」
「アメツチには、今後も統合軍の監査役をしてもらわないとな、ということだ」
「弊社の連中は大抵統合軍を恨んでますからね。嫌でもその立場でいますよ、きっと」
「違いない」
ドゥランは、王我がスノウに語った本心を知らない。
だが、目の前のこの男を信じることはできる、とそう思った。
ほんの1時間前まで自分がそこにいた宇宙ステーションが見えるぐらいの距離になって、駐在軍が押されていることを実感したスノウ。今にも撃墜されそうになっている<オカリナ>をかばうように<DEATH>との間に割って入る<ゲツリンセッカ>。
「アメツチ所属のスノウ・ヌルです。援護に来ました」
『助かる!』
<オカリナ>のパイロットに通信を送ると、すぐさまブロードブレードを引き抜いて応戦する。
(<DEATH>と言えどもこれだけ数がいたら脅威だな)
センサーの表示の上半分が真っ赤に染めあげられようとしているのを見てそう思った。モニターに映っているだけでも敵の数は10や20ではきかないだろう。
(…………遠征の時よりマシと言っても、あの時とは状況も何もかも違うからなぁ)
<DEATH>を両断して、すぐさまピンチに陥っている友軍を探す。全員を助けるのは無理だったとしても、できる限り救うべきだ。
モニターの隅、複数の<DEATH>の波状攻撃を受けている<オカリナ>を見つけたので、すぐさま<ゲツリンセッカ>を動かして有効射程距離まで近づく。
「複数相手なら、これを使ってみよう」
<ゲツリンセッカ>の
合体させたギロチンドロッパーを敵機の上へ放り投げ、接続されているワイヤーを掴み、そのまま振り下ろす。スラスターを吹かして勢いを増したギロチンドロッパーは巨大な斬首刃となって<DEATH>を複数巻き込みながら切断する。
ギロチンドロッパーが<ゲツリンセッカ>の肩部に戻ってきたころには、<DEATH>の残骸が辺りを漂っていた。
助けた<オカリナ>から通信が入る。
『そ、その機体はいったい……?』
「アメツチのスノウ・ヌルです。それより今は僚機の保護をお願いします」
『りょ、了解した!』
僚機のもとへ行った<アメツチ>を見送るなんて悠長なことはせず、他の機体を救うべく駐在軍が手薄なところを探す。
すると、センサーに見たことのある黒い機体が引っかかる。
(…………黒い<オカリナ>。前に僕たちを襲った奴らか)
その時はデシアンが来ても構わず攻撃を仕掛けてきたため、一応警戒をしていたスノウだったが、マットブラックの<オカリナ>は予想に反して<ゲツリンセッカ>に攻撃を仕掛けることなく、駐在軍の援護を始めた。
(援護できるんだ、ちゃんと)
ホロンやレンヌがその光景を見たら「じゃあ自分たちの時に襲い掛かってくるんじゃねえ!」と言ったかもしれないが、スノウはそう思わず彼らの援護をすぐにあてにすることにした。
しかし、だからと言って全幅の信頼を置いたというわけではない。目ざとく、彼らの奇妙な動きをとらえる。
(…………一部はステーションの方に行った? 内部にもデシアンが入り込んだのだろうか。雪ちゃんを回収した<DEATH>の例もあるから、あり得ない話ではないけど)
しかし、他の通信を聞く限り、そのような話は聞こえてこない。仮にまたデシアンがステーション内部に入り込んだとしたらもっと騒ぎになっていておかしくないはずだが。
疑問に思いつつも、今やるべきことは駐在軍の救出・援護だから、それは頭の隅に追いやることにした。
だが、その判断が後の歴史から見れば大きな分岐点であったことを、スノウは知る由もなかった。
(続く)
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