第115話 まさかの再会:イチョウのために
デシアンの本拠地のモノリスの前で、雪は『声』に話しかける。
「お願いが一つあるの」
『言ってみろ』
「1日だけでいいから、自由な時間が欲しい」
『自由を得たとして、何をする。そちらはそちらの言うデシアンに下った身、地球圏にそちらの居場所はない』
無機質な、ただ事実を述べるだけの声に一瞬、雪は怯む。だが、今の雪にはどうしても引けない理由があった。
「1日が無理なら、半日……ううん、6時間でもいいの。理由は貴方に説明しても、きっと理解してもらえないだろうけど、お願い」
『こちらの質問に返答を願う。それだけの自由を得て、何をする』
「お墓参りって言えば、わかる?」
『亡くなった者を弔う儀式の一つと認識している』
「そう。貴方が人の死を理解できるのであれば、その行為がどれだけ大事かわかるでしょ?」
『理解不能』
その声は冷たく響く。
『そちらは大義のもとに多くの命を奪った。弔いなど必要ない』
「…………あたしの罪はわかってるよ。でも、今回はその人たちへの弔いじゃない」
『理解不能』
「理解してもらわなくてもいい。でも、あたしは行く」
『却下』
「あたしが果たすべきことは忘れてないよ。あたしがやらなきゃ、あたしの望む未来も、貴方が望む未来もやってこない。
その使命を果たすために、未練を断ち切りに行くんだ。
大丈夫、6時間だけもらえればちゃんと戻ってくる」
雪の口約束など、この声の前では一切の意味も持たない。ただ使命を果たすことを考えるこの声には同情も優しさもない。だから、声が信用するのは言葉ではなかった。
『脈拍・脳波・呼吸、すべて正常値。そちらが嘘をついていないと判断。
来るべき使命のために、そちらの6時間の自由を約束する』
「ありがとう」
『ただし、監視をつける』
「それでもいいよ」
雪にはこの日必ず行かねばならぬところがあった。そこに行けるのであれば、監視が付いていても構わない、
雪は身支度を整えて<ディソード>に乗り、地球圏へ向けてワープを敢行した。
「…………よし」
L1宙域近くの小惑星群の中に<ディソード>を隠して雪は<ディソード>に抱えさせて持ってきた小型のシャトルに乗り換える。そして、向かうは防人邸のある宇宙ステーション。
入場するのに厳しい審査が必要なのは説明したとおりだが、こちらはあっさりと通ることができた。
前提として、雪が<ディソード>に乗って戦い、そして裏切ったことは友人らと統合軍の一部の人間としか知らない。王我が徹底的に秘匿したため、公的には<ディソード>のパイロットは秘密ということになっているし、北山雪の個人のデータは未だにサンクトルムを休学中のいち市民でしかないのだ。照会しても怪しい情報が出てきようもない。
そういうわけで、普通に正面からステーション内に入った雪。白いブラウスに黒いジャケットとタイトスカートというフォーマルな格好で、知り合いに見つからないようにサングラスをかけて一応の変装をする。
(大丈夫、やましいことをしているわけじゃないんだから、堂々と行けば……)
そんなことを思いながらタクシーに乗って、目的地の近くまでやってくる。
墓地の入口を見て、雪はスノウと一緒に両親を迎えに行ったことを思い出す。
(…………まだ、半年ぐらいしか経ってないんだね)
それなのにもう遠い昔のことのように思える。この半年間、あまりにもいろいろなことがありすぎた。
雪は感傷を抱えながら墓地に入ろうとするが、入口近くであたりを見渡していた長身の男が雪の前に立ちはだかる。
「この先のお墓に用事かい、お嬢さん」
「あ、はい……。お墓参りに……」
「すまないが、荷物検査をさせてもらいたい。なに、怪しいモノがなければ通すよ」
「構いませんけど……」
簡単に身体検査をしようとにじり寄った瞬間、長身の男が「むっ」と唸る。
「な、何か……」
「君、もしかして北山雪か?」
「はい。それが何か?」
先に述べた通り、雪の身分は現在も保証されている。だから、嘘偽りなく堂々とそう宣言することに何の問題もないはずだった。相手がアメツチのドゥラン・ガイ二尉であることを除けば。
ドゥランはすぐさま雪の背後に回り込み、雪の腕を取ってそのまま
「ぐっ……」
「動かないでいただこう。さすれば、手荒なことはしない」
今の状況が手荒なことじゃないの……とすら思う余裕はなかった。ひねり上げられた腕が痛む。
振りほどこうにも所詮10代の女性である雪が一度成人男性に先手を取られて拘束されてしまえば、抵抗する術はなかった。
できることと言えば、突然拘束してきた相手をなじることぐらい……。
「な、いきなり何をするんですか。人を呼びますよ」
「北山雪なら戦犯だろう。軍をやめた私ですら、その蛮行には驚かされている」
「………………」
事情を知っている相手だとわかり、自分の過ちに気が付く。しかし、時すでに遅し。
墓地の方から2名の男性がやってくるのが雪にも見えた。
(あれは……)
2人の顔を見た瞬間、心音が大きく聞こえるようになってしまった。それは、今日この場に来て最も会いたくなかったトップツーだったからだ。
2人とも、拘束されている雪に気が付いたようで、駆け寄って来た。
「…………貴様も来ていたか、雪」
雪の足元に落ちる花束を見て、王我は冷たくそう言った。
「………………」
スノウは何も言わない。いや、言えない。言いたいことはたくさんあったはずなのに、本人を目の前にして言葉が出てこなくなってしまったのだ。
(…………次会うときは戦場でと思っていたけど、思ったより早かったな)
スノウのそんな気持ちとは関係なく、話は進んでいく。
ドゥランは雪の手を封じていないもう片方の手で敬礼、王我に言う。
「怪しい人物を捕らえました。いかがしますか」
「聞くことは多くある。そのまま家まで連れて行く」
「承知しました。
このまま連れて行くのは付近の住民に見られたときに面倒だ。スノウ、タクシーを呼んでくれ」
「了解」
スノウはアメツチから貸し出されている社用端末を取り出してタクシーの運営元に連絡し始める。その間に王我は雪ににじり寄って言う。
「人類を裏切っても、命日に訪ねに来るとは大した親孝行者だよ、貴様は」
「………………」
「目的は、それだけか?」
「………………」
「黙秘か。まあ、よい。後でゆっくり聞かせてもらうだけだ」
まもなくタクシーがやってくる。ドゥランが雪をタクシーへ連れて行き、その後ろを王我とスノウが付いていく。
しかし、ドゥランが雪を押し込もうとしたその時である。ステーション内をサイレンが鳴り響く。全宇宙ステーション共通の、デシアンが襲撃してきたことを知らせる音だ。
それ自体には聞きなれているはずだが、一同は身構えた。L1宙域に政府や軍の有力者の多くが住んでいるのには理由があり、それは地球から一番近いラグランジュポイントということもあるが、何よりデシアンの襲撃が他に比べて少ないからだ。すなわち、比較的安全圏なのだ。そんなところにわざわざやってくるのには何かあるに違いない、と一同は考えた。
そして、それは正しい考えだった。突然、彼らの前に<DEATH>がワープしてきたのだから。
「なにっ!」
これにはドゥランや王我も驚く。
驚く彼らに向かって、<DEATH>がパカッと口部を開く。
「危ないっ」
スノウは急ぎ王我にとびかかり、地に押し倒す。
王我が数秒までいたその場所に液体金属が凄まじい速度で襲い掛かり、アスファルトにヒビを入れる。
雪は拘束されたまま、<DEATH>を見て思う。
(あたしを助けに来たんだ……)
根拠はないが、雪はそうだと思った。だから、ドゥランの意識が<DEATH>向いている隙を見て、拘束から逃れる。
「あっ! 待て!」
「キミ、あたしを助けて!」
<DEATH>に向かって叫ぶと、<DEATH>は逃れて走り出した雪を追うドゥランに向けてメタルシャウターを放つ。
「くそっ」
ドゥランは液体金属に阻まれ、雪をそれ以上追うことができない。自分の不甲斐なさへの怒りを抑え、スノウに向かって叫ぶ。
「ヌル、北山雪はこのままあのデシアンに乗って逃げるつもりだ! 宇宙港にお前のエグザイムがある、それで追いかけろ!」
「了解。元帥の護衛は……」
「俺が責任をもって護衛する! そのタクシーで急げ!」
スノウは頷く。乗り込んで行き先を指示するとすぐにタクシーは動き出した。動き出した車内から後ろを見ると、ドゥランは立ち上がった王我にあれこれ話しかけているのが見えた。
(あれなら大丈夫か。…………僕は、追撃に集中すればいい)
目を閉じると、浮かんでくるのは先ほどまでの雪の姿。
(雪ちゃん。どうしてここに来たんだ。デシアンの味方になって人類を滅ぼするつもりなら、墓参りなんてする必要はないはずだ。だったら……君は人類に心から敵対しているわけじゃないのか? どうしてデシアン側についたんだ)
本人がいなくなってからようやく、聞きたいことをたくさん思いつく。
(何が君をそこまで駆り立てたんだ。僕に……相談はしようと思わなかったのか)
それらの疑問に答えてくれる者はいない。
今のスノウは、ただタクシーが宇宙港にたどり着くまでじっと待っていることしかできなかった。
さて、残された王我は服に付いた埃を払いながらドゥランに言う。
「フン、雪は取り逃したか」
「御身が第一ですので」
「それは当然だ。…………だから、襲来したデシアンは駐在軍に任せて、二人で私を守らないのはいただけないな」
「心配なさらずとも、応援は呼んでおります。
それに、逃げた北山雪を追うのは、ヌルが適しているのですよ」
「…………その言い方、学友だからというだけではあるまい」
もちろん、と頷くドゥラン。
「彼のエグザイムは、まさにこういうときにうってつけです」
「そういうことにしておいてやる」
「なんのことでしょう?」
ドゥランは首をかしげる。しかし、その目が一瞬泳いだのを王我は見逃さなかった。
「フン、まあいい。とりあえず先導しろ」
「承知しました」
二人はタクシーを待たず、急いで避難所まで走り出した。
宇宙港についたスノウはパイロットスーツに着替える間も惜しんで格納庫へと急ぐ。突然のデシアンの出撃にてんやわんやの状況で格納庫内を駆け回る整備兵たちをかいくぐり、アメツチが確保した領域へ。
(…………まさか、今日この時に乗ることになるとは思わなかったけど)
スノウはエグザイムを見上げた。それはサメの胸ヒレを思わせる鋭利な巨大肩部スラスターを備える、雪のような白い色をしたエグザイム。
急いでコックピットに乗り込み、起動シークエンスを実行。
「…………スノウ・ヌル、<ゲツリンセッカ>で出撃します」
<リンセッカ>の魂を受け継いだマシンが今、宇宙で花開こうとしていた。
(続く)
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