第114話 王墓の前で:ユーカリに導かれて

 12月30日、アメツチから下された指示に従って、スノウはドゥラン二尉と共にL1宙域に来ていた。ドゥラン二尉はアメツチの正社員として王我護衛に自ら志願し同行しているという次第だ。同行はしていないが、他の社員たちも護衛任務についている。

 指定場所の宇宙港では王我が従者を連れて待っていた。

 まずドゥランが王我の前に立って手を差し出す。


「アメツチのドゥラン・ガイ二尉と申します。本日から5日間、護衛を担当させていただきます」

「防人王我だ。よろしく頼むぞ」


 王我は意外にも差し出された手を素直に取る。


「こちらがスノウ・ヌルになります」

「一度顔を合わせたことがあるから、知っている。まさか本当に来てもらえるとは思わなかったが……」


 性格上でも立場上でもスノウが断るわけがないと知っていながら、いけしゃあしゃあとそう言いきってのけた王我に対し、スノウは何も言わずただ頭を下げた。


「…………ふん、まあよい。詳しい話は車内でしよう」


 そういうわけで、歩き出した王我に二人は慌ててついていくことになったのだ。

 王我が車内で語るには、こういうことらしい。

 年末年始は毎年、休暇を取って自宅にいるのだが、その間部下たちがいらぬ気を回して護衛をつけてくる。邪魔だし、プライベートな空間なのであまり周りをうろつかれたくない。そこで、部下たちを黙らせるためにアメツチに依頼し、また以前会って一対一で話をしたこともあるスノウを手元に置いておきたい。

 …………それを聞いてスノウはそれだけではないだろうと思ったが、口にはしなかった。ドゥランがいるからだ。

 防人家にたどり着く。何か月か前にスノウは訪れていたので何も思わなかったが、ドゥランはいたく驚いたらしく、スノウに耳打ちしてくる。


「さすがにすごく豪華な建物だな」

「…………そうですね」

「この家を作って維持するのに何人の血が流れたんだかな……」


 その言葉の節々に怒りや恨みを感じられたが、元々アメツチは統合軍の空気に合わないはぐれ者たちの集まりだから、そういう感情を持ってもおかしくはないだろうと判断した。

 さて、役割分担としてドゥランは屋敷周辺の警護を、スノウは王我の身辺警護をすることになった。スノウに身辺警護を依頼したのはほかならぬ王我であった。

 王我の自室――以前雪と共に挨拶に来た和室で王我はタブレットPCを操作しながら言う。


「私の世話役までやらせるつもりはない。ただ私の近くにいて有事に剣となり盾となればそれ以上は求めん」

「…………承知しました」

「以前より随分と素直に感情を出すようになったな。何が不服だ」

「………………」


 不服というわけではないが、腑に落ちないことはたくさんある。だが、それが顔に出ていたのだろうか、とスノウは考えた。

 実のところスノウの表情はほとんど変わっていない。だが、19年程度しか生きていないスノウと、幼いころからサキモリの一族として血で血を洗う政争、統合軍の権力闘争など、酸いも甘いも経験してきた王我では人生の経験値が違う。仮面の下、その本心を見破れるようにならなければ地球統合軍元帥はやっていけない。

 そして、その人物の背後関係を洗う情報網もまた持っているものだ。


「貴様がアメツチに迷惑がかかるようなことはしたくない、と考えて私への不信をこらえているのはわかる。ならば、防人王我の名において、貴様からの質問によってアメツチが不利益を被ることはないと誓おう」

「…………僕程度の人間にそんなことまでする価値があるとは思いませんが」

「貴様に価値がなければ、あの戦いを生き延びた貴様がアメツチにいると聞いて呼び寄せたりはせん」

「………………」


 そう、王我は本来スノウが生きのびてアメツチに保護されていることを知らないはず。だが、アメツチには王我の息がかかったものがいるし、その逆もある。そして、王我やアメツチの上層部はそのことを認識した上で、互いの利用価値を認め、あえて情報を流したり、時には協力をしたりしているのだ。スノウが生きていることなど、王我には筒抜けであった。

 スノウはそんな事情を知る由もないが、この人物ならいくらでも自分の情報を集めることはできるだろう、と思った。だから、変な詮索はかえって無意味だと、そう判断して尋ねる。


「僕をここに呼んだのは、<ディソード>に乗せるためですね。もう一つの……」

「察しがよくて助かる。貴様の想像通りだ。

 もう一つの<ディソード>、つまり<ディソード・プライマル>を統合軍が接収した暁には、貴様に乗ってもらいたい」

「説得なんて回りくどいことをせずとも、他に方法はあるでしょう」


 腑に落ちないのはそこだ。王我ほどの権力を持つものなら、スノウを拉致するなり、脅迫するなり、好きに連れてきて<ディソード>に乗せることは造作ないことなはずだ。―――雪を乗せた時と同じように。

 だが、王我はそれをしなかった。これまでの強硬な手段を思えばそれは不可解なことだった。

 そんな疑問に対し、王我は言う。


「大きな物事を成すには、先の失敗を反省しより良い方法を取る必要がある。

 貴様は実直かつ、従順だ。だが、それゆえに体制を悪と断じたなら躊躇なく弓を引く。雪よりも迅速に、そして苛烈にな」

「………………」

「だから、貴様には納得した上で<ディソード・プライマル>に乗ってもらう」


 雪が<ディソード>に乗ったのは、スノウをこれ以上苦しめたくなければ乗れ、と王我が言外に脅迫したからだ。スノウを想い、スノウの未来のためにそれは必要なことだったが、デシアンがよりスノウにとってより良い未来をチラつかせたために人類に反旗を翻すことになった。

 もちろん、王我は細かい経緯は知らない。だが、雪が自分の脅迫による束縛を超える何か抗いたがい誘惑によってそうなったのだと予想はしている。それは脅迫という手段を取ったがための失策であったと認識して、今回はその失敗を繰り返さないためにこうしてスノウに依頼をしているのだ。

 スノウとしては、別に乗ることに抵抗はない。なぜなら、<ディソード>に乗れれば合法的にデシアンとの決戦に参加できるわけだし、雪と直接会話できる可能性は高い。だが、懸念することは二つ……。


(…………ホロンさんとレンヌさんはどう考えるだろう。二人の意向に反することはあまりしたくない)


 ホロンとレンヌがスノウの身を預かっている以上、彼らへの不義理を働いたら大手を振って雪に会いにはいけない、と考える。

 そして、何より。


(僕は、まだ答えを見つけられていない。そんな僕が今彼女と話ができたからと言って、取り戻せるのだろうか)


 今まで幾度となく解答用紙に『わからない』と書いてきただろう。だが、この問題だけはそんな答えを書きたくない。


「…………乗りたい、とは思います」


 だから、受ける意向だけは前向きに示した。それが卑怯でなことだと自覚していても。

 すると、そういう回答を予測していたのか、それとも今この場で決めるつもりもなかったのか、まるで驚かず王我は言う。


「貴様からその言葉を引き出せただけでもじゅうぶんだ」

「…………断られる可能性も考えていた、と」

「当然だ。でなければ将は務まらん」

「仮に僕が断るとしたら、どうするのですか」

「貴様に話すことではない……と言いたいが、まあいい。教えてやろう」


 隠すことも当然できるが、ここで情報をオープンにしてスノウから信頼を得ておくのも悪くないだろうと王我は考えた。


「以前、訊いたな? サキモリ・エイジの子孫を他に知らないか、と」

「ええ」

「情報は圧倒的に不足していた。だが、先日サンクトルムを訪ねた際に偶然見つけたよ」

「………………」

「ソル・スフィア。あの顔立ちは間違いなく、サキモリ・エイジの子だ。

 …………貴様、知っていて隠していたな?」


 この男のことだ、きっともう裏付けも取れているのだろう。そう考えたから、スノウは降参してうなずいた。

 すると、王我はフッと笑う。


「貴様にも、きょうだいを守ろうとする気持ちがあったとはな」

「僕にも、ですか」

「ふん、過去のことだ。

 …………1時間ほどしたら出かける。貴様にはついてきてもらう」

「了解」




 すぐそばにスノウ、少し離れたところにドゥランを引き連れて王我がやってきたのは、スノウも一度訪れたことのある場所―――墓地であった。


「以前、貴様も来たことがあったな」

「…………はい」


 王我は北山家の墓の前に座り込む。


「今日は私の弟とその妻……貴様にわかるように言えば、雪の両親が亡くなった日だ」

「同じ日なんですか」

「ああ。…………二人きりで出かけている途中、私を邪魔に思う連中の手によって殺された。表向きは事故を装ってな」

「脅しというわけですか」

「それだけではないがな」


 血統主義がはびこる軍内において、かつての英雄サキモリ・エイジの子孫というのはあまりにも強いカードだ。雪の父は軍人ではなかったし、政治家でもなかったが、そのカードを切ればその血を慕う者がいくらでも集う。それは他の軍人や政治家にとってとても恐ろしいことだった。


「亜門……弟は諍いや喧嘩というものを厭う優しい奴だった。誰かを殴るぐらいだったら、拳を開いて握手を求めるような奴だった。俺はあいつより優しい人間を知らない。

 そんな奴だったから、親父から政界に入ることを命じられても頑として断って、サキモリの名を捨てて出て行った。

 家を捨てても俺とは連絡を取り合っていたし、結婚式にだって呼んでくれた。親父が死んでからは幼い雪や春樹を連れて遊びに来てもいた。

 あいつは普通の家庭を望み、普通の家庭を作った。ただそれだけのことなのに、殺されたんだ」


 指が折れるのではないか、というぐらい強く握り込まれた拳。それが意味することをわからないほどスノウは愚かではない。


「だから、俺は4年前の今日、ここで誓った。どんな手を使っても軍を統一し、亜門を殺した連中も、それ以外の腐った連中も、全員死に至らしめてやると」

「…………できるんですか、そんなこと」

「できるさ。デシアンを殲滅し、その功績をもってすれば、俺は名実ともに軍の全てを手にする。連中を跪かせてその首を断つことなど造作もない……」


 それはデシアンの殲滅など手段だという告白であり、暴君と呼ばれる男の誕生秘話であった。

 それを聞いて、スノウは驚かないでもなかったが、それよりも聞きたいことがあった。


「そのために雪ちゃんを<ディソード>に乗せたのですか」

「言っただろう、どんな手でも使うと」

「なるほど」


 普通であれば『弟の忘れ形見を使ってでもやらなきゃいけないことなのか』や、『そんなことして弟が喜ぶと思うのか』と言うところだが、スノウは言わない。


「全部終わったら、どうするんですか」

「それまでのことをすべて公表し、後は民意に裁いてもらうさ」

「………………」


 罪を自覚し、最後に裁かれることも承知の上でやっている。そして、それをできるほど、弟である北山亜門が防人王我にはそれだけ大きな存在であったことを理解できた。


(これも、一つの愛の形……兄弟愛になるんだろうか)


 脳裏に浮かぶはソルの顔。彼が誰かに殺されたとき、王我と同じようにその身を焦がせるだろうか。愛を知っていれば、焦がせるようになるのだろうか。

 ふとそう思ったところで、王我は立ち上がって言う。


「ふん……。くらだない話をしてしまったな」

「…………なぜ、その話を僕に」

「なぜだろうな……」


 もうすぐそれが達成できるからだろうか。墓前に立ったからだろうか。それとも、この若造のまとう雰囲気が弟と似ているからだろうか。王我にはどれとも断定できなかった。


「そんなことはもう、良い。墓の手入れをする。貴様も手伝え」

「了解」


 照れ隠しのように言った王我に、スノウは敬礼した。

                                  (続く)

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