第113話 師走の日:いずれもオドントグロッサム

 スノウ・ヌルは年末の忙しい時期をアメツチの駐屯地内で迎えていた。

 師走という時期はたいていどこの会社でも忙しいのだが、アメツチは警備会社であるため、警備部やエグザイム部隊は年末だろうが正月だろうが通常営業だ。だから、スノウもホロンやレンヌと一緒に出社していた。


「もーいくら忙しくっても家でゆっくりしたーい」

「………………」

「ヌルくんもそう思うでしょ?」


 ホロンの執務室で、ホロンの椅子に座ったレンヌはタブレットPCを前にそう言うが、スノウは彼女に構うより書類を見ることに集中していた。


「つめてー男だよまったく。名前通りに」

(ホロンさんにも同じようなこと言われたな)

「冷たい男は女の子に嫌われちゃうぞ」

「…………それは、そうですね」


 当時はわからなかったが、昔の恋人であったシエラが自分から遠ざかったのはそういう理由があるのだろう、とスノウは考えられるようになった。

 スノウは書類を見るのをやめて、レンヌの方を見る。


「レンヌさんは仕事が嫌いなんですか」

「仕事ってか、書類を見るのが嫌。目が滑っちゃう」

「ということは、エグザイムに乗るのは……」

「そっちは楽しい。じゃなきゃアメツチにいないよ」


 椅子をぎったんばったんいわせながら、レンヌは笑う。


「アメツチにいるのはホロンがいるからだけどね」

「…………ホロンさんのこと、本当にお好きですね」

「まあね。君にとっての北山雪みたいなもんだよ」

「雪ちゃん、ですか」

「んー、違うの? 好きなんじゃないの?」

「…………好きは好きです」

「あら、君にしては珍しく濁すね」


 にひひ、と楽しそうに笑うレンヌ。

 スノウには雪に対して執着がある自覚がある。そして、少なくとも雪への好意を持っていることも認識している。だが、それがホロンとレンヌの間にあるそれと同じものなのかはまだ断定できないでいた。

 レンヌは椅子から離れてスノウの隣にやってきて、肩に手を回す。


「ほれほれ、どう思っているのかちゃんとお姉さんに言いたまえ~」

「………………」

「言わんとどうなるかわかってんのか~?」


 どう答えたもんか、と思っていると執務室の扉が開く。


「戻ったぞ~……って何ヌルを誘惑してんだお前」

「おかえり~。ん~、ヌルくんが照れちゃってさぁ」

「ヌルが? …………って、それどころじゃない。とりあえずヌルから離れろ、重要な話するんだから」

「へ~い」


 レンヌが離れたことを確認して、ホロンはスノウの隣に座る。


「ダルかったろ? 悪かったな」

「いえ」

「さて、ちょっとお前に働いてもらわなければならなくなった。しかも、俺とレンヌ抜きでだ」

「…………僕だけ、ですか」


 それはなんともおかしな話だ、とスノウは思った。何しろスノウはアメツチの正式な社員ではなく、あくまで外部の協力者という契約になっていて、しかもホロンの下で働くことがその内容に含まれているからだ。

 ホロンは詳細を話し始める。


「いや、お前だけじゃないんだが……まあそれは後でだな。

 どういう仕事かというと、簡単に言えば要人の護衛だ。数日間、ある人物のボディガードをしてほしい」


 首をかしげる。警備会社なのだから経験豊富で優秀なボディガードがいるはずでは、という考えは正しい。わざわざ自分を選ぶ意図がスノウにはつかめずにいた。

 そして、ホロンの続く言葉で更に謎が深まることに。


「依頼主は……防人王我なんだ。お前を寄こすように先方がオーダーしてきてな……」

「………………」

「『サキモリ元帥ほどの人間であれば軍内にお抱えの護衛がいくらでも用意できるだろう』というお前の考えはわかる。俺も話を聞いて同じことを思った。だが、間違いなくそう言ったんだ」

「…………なら、きっと理由があるんでしょうね」

「まあ、伊達や酔狂でそんなことをする奴じゃねえわな。

 ってなわけだ。この書類に書かれていることをしっかり読んで出発してくれ。俺とレンヌは別件があって一緒には行けないが、代わりに信頼できる奴に同行してもらう」


 わざわざ自分を指名した理由はなんだろう、とスノウは思いながらホロンから差し出されたタブレットPCを受け取った。



 年末になって帰省したソルは、久々に顔を合わせた両親と団欒を楽しんでいた。


「まあ、大変だったわね」

「話には聞いていたが、随分と苦労したみたいだな……」

「はい」


 今は夕食を取りながら遠征の話を両親にしていたところだ。

 ソルの父親であるスフィア氏はあごひげを撫でながら言う。


「お前のことだ、亡くなった同期のために気に病んでいるのだろう。だが、あまりひきづってもいけない。それは忘れろと言うわけではなく、その後悔を未来のために役立てなければならないんだ」

「はい、わかっています。…………同期の、スノウ・ヌルにも同じようなこと言われました」

「そうか。…………彼にも言われたか」

「…………やはり、ご存じなのですね。彼のこと」


 スフィア氏はしばらく瞑目し、傍らの夫人の肩を叩く。


「頃合い、かな」

「頃合いでしょうね」

「…………そうだな。もうソルも子供ではないからな」

「何を言っているのですか父上、母上」

「お前の生まれの話だ」

「!」


 ガタッと思わず立ち上がる。出自―――それはソルの両親がこれまで貝のようにつぐんできた秘密。


「俺の生まれ、ですか」

「ああ。フェアルメディカルにかつていたことは話しただろうが……まだしっかりと話せていないことがある。いつかはと思っていたが、お前がスノウ・ヌル君と縁ができたのであれば、話してしまってもよかろう」

「…………彼と俺にはやはり関係があるのですね」

「ああ。…………後悔はしないな?」

「はい」


 ここまで来て戻れる……いや、戻ろうとは思わない。その先に何が待っていたとしても、ソルは聞きたいと思った。


「教えてください。俺の出生の秘密とはなんなのですか」


 ソルの覚悟を見て、スフィア氏は夫人と顔を見合わせた後、一つ咳払いをして語り始める。


「…………あの病院では様々な人種の精子と卵子が保存されていたため、それを利用して試験管ベビーを生み出し、実験を行っていた」

「はい。それは歴史の教科書でも勉強しました。

 そして、俺もその試験管ベビーであると……それはかつて教えていただきましたね?」

「そうだ。そして、スノウ・ヌルもまた、試験管ベビーの一人だ。だが、お前たち二人はただ同じ試験管ベビーというだけではない、もっと深いつながりがある」

「あなた……」


 スフィア夫人が不安そうに手をスフィア氏の手に重ねる。スフィア氏はもう片方の手でコーヒーをひと口、口の中に含んで飲み込む。


「…………お前とスノウ・ヌルは同じ人物の精子を使って生み出された試験管ベビーなんだ」

「! つまり……」

「ああ。お前と彼は血のつながった兄弟、ということになる」

「…………やはり、そうでしたか」


 驚きはしているものの、幾分か冷静さを保っているソルにスフィア氏は片眉を上げる。


「知っていたのか?」

「いえ、知っていたわけではないです。ただ、防人元帥にお会いしたときにヌルと同じ、と言われたのでそうではないかと薄々……」

「元帥がお前に会ってそのようなことを……? 他には何か言ってなかったか?」


 父親が食いついてきたので、その時の会話を思い出す。


「…………奴よりも濃く血を引いていると、そういう話をされていたと記憶しています」

「…………そうか。なら、それも話しておかなければな」

「それ『も』?」

「いずれわかることだ、だがせめて私の口から言いたい。防人元帥がお前にその言葉をかけた意味を……」


 深呼吸をしたスフィア氏の口から発せられた言葉、それを聞いてソルは自分の足元が音を立てて崩れ去るような気がした。


「お前の誕生に使われた精子というのが……サキモリ・エイジのものだ」

「なっ……」

「ソル、お前は……サキモリ・エイジを親に持つ英雄の一族なのだよ」

                                  (続く)

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