第111話 子曰く「平和とは戦争の間の準備期間である」:オリーブの収穫は短い

「なんで一般人も危険な目に遭わせるの!?」


 モノリスに向かって雪が叫ぶ。怒り心頭、という言葉の良い例になるだろうというぐらい、可愛らしい顔を怒りの色に染めている。


「戦いを広げたって……」

『戦いは兵士だけがするものではない。戦いは集団すべてで行うものだ。

 民を守れぬ軍隊は、より強くなり民を守れるようにならねばならない』

「………………」

『それは、そちらの望むことなはずだ』


 雪は首を横に振る。


「確かに……地球人はもっと強くならないといけない。いけないけど、普通の人たちを戦いに巻き込んじゃうのは駄目」

『それは感情で言っていることだ。それに、そちらの願いはまさしく大勢を戦いに巻き込むことになる。それでは矛盾している。

 だが、確かに民を多く奪っては経済面・生産面で損失が出る。それでは成長するものも成長しなくなる。今後は控えよう』

「…………ありがとう」

『礼は不要だ。こちらの使命に必要なことを実施するだけだ』


 雪が礼を言っても、声はいつもと全く変わらない調子のままだった。




「そう、スノウ・ヌルが生きていたのね」

「…………ああ」


 ソルの部屋にて、黒子はため息を吐く。


「帰ってきてから妙に元気がないと思ったら、そういうこと」

「大事なことだよ」

「ええ、その通り。ちょっと妬けるわ」

「…………悪い」

「いいのよ」


 ソルの頭を優しくなでる。


「ソルが嬉しいなら、私も嬉しいから。

 …………彼が生きていて嬉しいという風ではないけれど。

 いえ、正しくはそれ以外のところに懸念がある、といった感じ?」

「…………彼は、戦っていた。コンペに出されていた試作機に乗って。

 そして、警備員たちといくつかやり取りしているように、遠目からは見えた。

 俺たちに言えないことをしていると、そう感じた」

「友達として、隠し事されているのが嫌なのね」

「ありていに言えば」


 あの時一緒にいた秋人は激昂して飛び出していった。だから、ソルは冷静になれたが、仮に秋人が行かなかったら自分が飛び出していただろう、という自覚がソルにはあった。

 なぜ生きているのか。なぜここにいるのか。何をしているのか。きっと問いただしたに違いない。それが周囲の迷惑になることだとしても。

 しかし、黒子は優しく言う。


「それだけじゃないでしょ?」

「…………どういうことだ?」

「彼の背中が見えたと思ったら、また彼が先に行ってしまったものだから、居ても立っても居られないんでしょう」

「…………そうかもな」

「対抗心を燃やして自分を高められる人は素敵よ。恥に思わないで」


 考えていることを見透かされて、ソルは肩をすくめる。


「黒子に甘やかされ続けたら、俺はダメ人間直行だな」

「その時は私が養ってあげるわ」

「…………いや、遠慮しておくよ」

「あら、残念。

 …………とりあえず、貴方は大丈夫。貴方は王になれる器の人だから。

 貴方の望むように進んでいけば、いずれ大器になるわ」

「ご期待にそえるように頑張るよ」


 ソルは黒子に向かって苦笑しながら、生きていることが分かったスノウのことを思う。


(ヌル、君は生きて今も戦いを続けているんだな。俺も君に恥じないように生きてみよう)


 ソルにはこれから厳しい現実と試練が待ち受けている。彼がそれを知るのはもう少し先の話―――。




 スノウがコックピット内のグリップを慎重に振る。すると、それと連動してウェグザイムのアームがゆっくりと下がっていき、三本爪のアームで支えている資材が音もたてずに床に置かれる。


『それで移動しなきゃいけない資材は最後だ! お疲れ、休んでいいよ!』

「了解」


 ウェグザイムを所定の場所に戻し、コックピットから出る。


(さっきから気にはなっていたけど……)


 スノウは格納庫の一角を占領する頭と右腕が欠けた白いエグザイムを見やる。


(この間乗った、展示会用のエグザイムだ。どうしてここにあるんだろう)


 不思議に思ったスノウは白いエグザイムに近づく。すると、彼に話しかける男がいた。


「やあ、ヌル君。また会ったな」

「ドゥランさん。こちらに来ていたんですね」


 第7開発部にて出会ったアメツチのドゥラン・ガイであった。彼は第7開発部の警備の仕事についているため、本来であればこちらには姿を見せないはずだが、それには理由があった。


「うむ。こいつを届けるのと、こいつが完成するまでこちらで警備をすることになったんだ。自社を警備すると言うのも変な話だがな」

「…………完成」

「なんだ、聞いてないのか?」

「僕は正式にアメツチに所属しているというわけではないので」


 スノウがそう言うと、ドゥランは「なるほど」とうなずいて説明をしてくれる。


「俺も詳しいことは知らないが、警備しきれず破損させてしまったこいつをアメツチが直すことになったとのことだ。まあ、壊したものは補填する、当たり前だな」

「…………そうですね」

「それにしてもオノクス一尉も説明ぐらいしてくれてもいいのにな。君も現場にいたんだから」

「守秘義務があるんでしょう」


 実際は忙しさにかまけてスノウへの報告を忘れていただけなのだが、ちょうどよく勘違いしてくれたのはホロンにとって幸いだったかもしれない。

 スノウはドゥランに礼を言って、格納庫から出て行った。




 防人王我は個人用のシャトルに乗り込んでいた。

 オペレーション・セブンスクエアの失敗によって、彼は世間からだけではなく、軍内部からも責められた。特に軍の保守派―――保守派と言えば聞こえはいいが、しょせんは私利私欲をむさぼることしか考えない豚どもだと王我は考えている―――は反発し、辞職を迫ることもあった。


(屑どもが……。辞職をしたところで散っていった戦士たちが報われることはない。生きている者の留飲を下げるだけの自己満足だ。

 真に責任を取るのであれば、必要なのは辞職などではない。地の底に眠る魂に報いるには力と勝利、ただそれだけが手向けなのだ)


 当然、辞職はせず次にどうすればデシアンを完全に潰すことができるか。軍を再編しつつ、新兵器の開発や根回し、やることはいくらでもあった。

 そして、今こうしてシャトルに乗っているのはそのやるべきことの中で最重要なこと……。

 シャトルはサンクトルムへ進路を取っていた。

                                  (続く)

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