第110話 30点を70点にするには:満天かつ南天の夜に

 『次世代型ニューエグザイムお披露目会』は関係者各所にとって不本意な結果に終わった。

 想定をはるかに上回る数のデシアンによって統合軍の開発部は大きな被害を受けた。もちろん、それを守り切れなかった統合軍の正規軍もそうであるし、警備を請け負った警備会社もそうだ。

 だが、何よりも決して少なくはない尊い人命がほんの一瞬で失われてしまった。生存戦争とはそういうものだ、と言われたらそれまでだが、やるせない気持ちを一部の関係者に与えたのもまた事実であった。

 ホロンはそんな気持ちを抱えたまま、レンヌを連れて会議室へ向かっていた。いつものラフな格好ではなくしっかりとアメツチの制服を身に着けて、レンヌにも着せて、だ。


(こりゃ、しこたま怒られる感じだな……)


 アメツチのCEOから直々の呼び出し。それを拒むことはできない。

 ただでさえ先の事件で気持ちが落ち込んでいるのに、さらに呼び出しを受けたとあっては、さすがのホロンでもいつものようにしていられない。


(ま、それも仕方ねえな……。いくら手数がなくてもイベントを駄目にしちまったのは事実だし、何より護衛物を半壊させちまったんだからな)


 警備会社とは、説明するまでもないがクライアントの財産を守るのが仕事である。それを壊してしまったとなれば、会社の面目丸つぶれだ。

 どんな処分を下されても文句を言えない状況なのだが、レンヌはどこ吹く風だ。


「…………表面上だけでも申し訳ない態度をしてくれ」

「申し訳ない態度って?」

「去年だったと思うが、お前が俺の読みかけの本にコーヒーをこぼして汚してしまったよな。あの時の感じで頼む」

「それならわかった」


 瞬間、しおれた花のような雰囲気になったレンヌ。それを見てホロンはひとつため息。


「じゃ、入るぞ」

「あい」


 コンコン、とノックすると野太い声で「入れ」と扉の奥から聞こえてきた。だから、ホロンは扉を開いて中に入る。そして、すぐに敬礼。


「エグザイム部隊第三隊長ホロン・オノクス一尉」

「同じく副隊長レンヌ・ベラン二尉」

「以上、2名が参りました」

「うむ」


 執務椅子に座る大柄な人物。顔に刻まれた傷が経験の深さを物語る壮年のその男はうなずいた。


「休め」

「はっ」

「先日の『次世代型ニューエグザイムお披露目会』、ご苦労であった。迅速に一般客を避難させたと聞いている。素晴らしい働きだ」

「私にはもったいないお言葉です」

「そうだな、オノクス一尉。

 …………命は何より尊い。もはや世界中の人間に数億回と言われたであろうこの言葉を思えば君がしたことは正しい。

 だが、我々はボランティアでなければ、アマチュアでもないのだ。お客様から警備の依頼を受けてそれをこなし、報酬を得る。それで会社を運営している……」


 壮年の男はCEOと書かれたネームプレートを指でなぞる。


「そして、私はその経営者だ。利益を出せなければ経営はできず、組織は回らない。

 …………なぜ、私がこの話をするかわかるか、一尉」

「依頼物である新型エグザイムを半壊させた責任を取らねばならぬ、という話のためだと考えています」

「3割正解だ。だが、それでは合格点を与えられん」


 そう言うと、男……アメツチのCEOは執務机に備え付けられた通信機を起動し、どこかへ連絡を取る。


「…………私だ」

『社長! いかがなさいました?』


 スピーカーモードにしてホロンにも聞こえるようにする。


「例のエグザイムは搬入は終わったかね?」

『ええ、予定通りに。…………しかしなんですかあれ? 頭部と右腕はないし、左腕もボロボロだ。他は綺麗ですが、あれはすぐには使えませんよ』

「…………なんだって?」

「あれについてはオノクス一尉に一任する。事が済んだら、連絡をくれ」

『承知しました』

「では、後は頼む」


 そうして、通信は終わった。何もかも理解できないことを残して。


「…………どーいうことなの社長?」

「二尉、言葉遣いを……」

「二尉はいつもこんな感じだ、言っても無駄なのは君が一番わかっていよう。

 さて、今の話だが、依頼主であった第7開発部の新型エグザイムを結果的に半壊させてしまったことは事実だ。これは契約不履行と言われても仕方のないことだということは理解してもらえると思う。

 そこで本来我々は違約金を支払うなどして償わなければならなかったわけだが……幸いなことに金は要らないとそう言ってもらえた」


 喜ばしいことをCEOは言ったのだが、彼の巌のような顔は崩れない。そして、ホロンの疑惑も。


「そんなことがあり得るのですか。自分のところの虎の子を半壊させられて……」

「待て、慌てる物乞いは儲けが少ない……」

「はっ」

「当然条件はある。それは、半壊したあの新型エグザイムを我々の手で改造し、データを継続的に渡すこと。そのデータには改造した際のものだけではなく、戦闘データも含めてだ。

 つまり、彼らは自分たちの機密を貸し出す代わりに、面倒なテストなどをこちらにすべてやらせようということだな」

「…………でもそれだとこっちも結構トクじゃない?」

「そうとも言えんが……まあ、ただ違約金を払うよりかはずっとマシな話だ。

 だから、私はそれを受けた。そして―――」


 CEOは引き出しからタブレットを取り出し、ホロンに投げる。

 ホロンはそれをなんてことなくキャッチし、画面を見る。


「これは」

「一尉、今回の新型エグザイム護衛のミスは君の責任だ。だから、この新型エグザイム改造の件は君が仕切りたまえ」

「………………」

「それが、責任を取るということだ。降格だの、辞職だの、減棒だの、それは真の意味で罰を与えたことにはならん」

「…………了解しました。ホロン・オノクス一尉、この任務謹んでお受けいたします」


 ホロンはタブレットに映された稟議書にサインをした。

 そうして正式にホロンが新型エグザイムの改造に携わることになった後、CEOはそれまでの荘厳な空気を霧散させて言う。


「話は以上だ。

 …………ホロン、しっかりやりたまえ。いくら責任を取るためにやらせるとはいえ、この仕事から学ぶことはたくさんあるからな」

「わかってるよ」


 ホロンも外向きの態度をやめ、いつも通りの話し方でCEOに接する。


「…………悪かったな、こんなにこちらにも益のある条件を呑ませるに相当無茶させちまっただろ」

「なに、義理とは言え、君と私は親子だ。子が犯した罪は親も背負うものだ」

「もう俺だって成人なんだから、自分のケツぐらい自分でふけるっての」

「なんでもひとりでできると思っているうちは、まだ半人前だ。

 もっと大きな視点でものを見たまえ。そうすれば70点は与えられる」

「まだ満点じゃねえのか」


 舌打ちするホロンを無視して、CEOはレンヌに言う。


「ベラン君、これからもホロンをよろしく頼む」

「りょーかい、お義父とう様」

「私は君の義父ではないが……」

「だって、社長はホロンの義父でしょ。で、ワタシはそのうちホロンと結婚するから、そしたらワタシの義父になるじゃない」


 あっけらかんとそう言うと、CEOはきょとんとした顔をしたかと思うと笑いだす。


「は、はははは! 確かにそうだな、そうかもしれん!

 では、言い直そう! ホロンを頼んだぞ、義娘よ!」

「りょーかいです、パパ!」

「「はははははははは!!」」


 愉快に笑い合うふたりを見て、ホロンだけ肩をすくめた。

                                  (続く)

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