第109話 交わる線:カタクリの心

『色々聞きてえことはあるが、後だな。

 そっちは任せる』

「了解」


 ホロンとのやり取りを終え、スノウはモニターに映る<DEATH>を見る。


(なんの変哲もない<DEATH>だけど、こっちは武器らしい武器はないからな……)


 万が一のことを考えて、この会場にはエグザイム用の火器の類は弾を抜かれたり、エネルギーの供給ができないようになっていたり、とにかく暴発して被害が出ないようにされている。また、ナイフや剣の類も同様に持ち込ませないか、刃を潰すかして無効化されている。

 とはいえ、特殊な機構を持つエグザイムはその特性を活かして戦いようはあるが、第7開発部が開発し、今はスノウが乗る白いエグザイムにはそういったものがない。つまり、ほとんど丸腰の状態と言えた。


(弾丸のないアサルトライフル……これがあるだけマシか)


 標準装備の、これまた標準規格のアサルトライフルを警棒のように手に持つ白いエグザイム。

 突撃されて体勢を崩した<DEATH>が起き上がろうとしている。


「それは許されない」


 急ぎ<DEATH>に近づきアサルトライフルでぶん殴る。そして、マウントを取ってひたすら銃口を口に刺すように連続で突き立てる。


「…………らちが明かないな」


 突き立てる手を止めず、スノウはセンサーを見てひとりごちる。

 この<DEATH>が破ってきた隔壁の後からやってきたのであろう、もう2機<DEATH>がやってくるのをセンサーはとらえていた。

 多勢に無勢は今更始まったことではないが、武器が一切ないこの状況は今まで以上に厳しい。


(となると、余裕のある今のうちに準備しないと)


 白いエグザイムはいったん攻撃をやめ、一度引く。

 スノウは目を凝らしてモニターに映る光景を見て、そして言う。


「…………これならよさそうかな」


 むんず、と尋常ではなく長い剣を他ブースに展示されていたエグザイムのところから拝借。しかし、その得物はそのままでは振れないぐらい重い。


(アームの強度は足りないから振れない。だけど、このスラスターならやってやれないことはないはずだ)


 ビート板を持って泳ぐように、しっかりと両手で長剣を持つ。そして、大地を蹴ってスラスターを最大まで噴かす。

 <DEATH>は迫りくる巨大な剣に気が付いたが、そのころにはもう何もかも遅かった。


「刃がなくとも……」


 大出力のスラスターで加速した白いエグザイムは本体ごと巨大な斧となり<DEATH>のボディをすりつぶしていく。

 刃が潰されているとしても、長剣の巨大な質量をもって超スピードでぶつければ弾丸と同じ。すぐに<DEATH>は爆散した。


(とりあえず、この1機は潰した。後続は先手必勝で叩きたいけど……)


 向こうが万全の状態で来る以上、今の長剣を叩きつける戦法は使えない、とスノウは判断して長剣を音をたてないように床にそっと置いた。その際、万が一にでも人を潰さないように気を付ける。

 ジャンプして高度を保ってからスラスターを噴かしたり、極力デシアンが隔壁の方へ行くように攻撃は加えて、ゲストが巻き込まれないように配慮はしているが、さすがに武器がないままそれをし続けるのも難しくなってきた。


(次、2機来るか)


 最初の<DEATH>がやってきたところから<COFFIN>と<GRAVE>が顔を出した。この調子では、続々とデシアンがやってくるだろう。


「ホロンさん、避難状況は?」

『他のブースはもう少しで終わるらしいが、こっちはまだだ! 人気者だったからな!』


 第7開発ブースは直前まで人が多かったから、その影響で避難が他ブースより遅れているとホロンは説明した。


「外のレンヌ―――おっと……レンヌさんはどんな状況ですか?」

『まだ手が離せねえとよ。―――<COFFIN>のビームが来るぞ!』

「むっ」


 <GRAVE>の十字架上の殴打武器を回避していると、その後ろから<COFFIN>が手のひらの方向を白いエグザイムに向けていた。


(避け……いや、駄目か)


 白いエグザイムは左アームを頭部の前に持ってきてビームの直撃を受けた。左アームと頭部が消失したが、なんとかビームが後ろに貫通することだけは防げた。


(後ろの……壁や他のものには当たらなかったか。それならいい)


 スノウはビームを避けようと思えばいくらでも避けられたが、それでは回避した先にビームが当たってしまう。ステーションの被害を極力減らすためには自分でダメージを肩代わりするしかなかった。

 ステーションを守った代償に頭部と左アームを失ってしまった白いエグザイム。

 しかし、ここで倒れるわけにはいかない。


(サブカメラもスラスターは健在で、右手もまだある……!)


 <GRAVE>の動きを注視し、十字架を振り下ろしたタイミングで仕掛ける。

 すり抜けるように回避したかと思うと、十字架を持つ手をめがけてアサルトライフルを振り下ろす。潰れた手から十字架が離れたところでそれを奪い取り、そのまま思い切り叩きつける。

 この間<COFFIN>から放たれたビームは十字架で受けて、瀕死の<GRAVE>にとどめを刺す。そして、スラスターを全開にして<COFFIN>に向かって突撃。


「一緒に来てもらう」


 体当たりしてイベント会場から押し出していく。<DEATH>が破壊した壁の穴を入ってきた時とは逆に進み、ずっとずっと、外へ外へ。

 そして、白いエグザイムは終点の壁へ<COFFIN>を叩きつけた。


(ここなら、人的被害は減らせる。あとは……耐えるしかない)


 スノウがとった選択は人のいないあたりまで<COFFIN>を連れてくることだった。武器がない今、スノウはとにかく攻撃をよけて時間を稼ぐしかない。しかし、人々が近くにいては被害が広がるかもしれない。

 宇宙ステーションも精密機器ではあるものの、ある程度なら攻撃に耐えうる。だから、スノウは宇宙ステーションの外壁のあたりまで押してきたのだ。

 <COFFIN>が腕を振るって白いエグザイムを振り払おうとする。


「むっ」


 それは避けることができず振り払われて距離を取らざるを得なくなる白いエグザイム。

 それを確認して、掌を構える<COFFIN>。

 もはや、白いエグザイムが<COFFIN>を撃墜するすべはない。ただ緩やかに死が迫るのみ……。

 しかし、またも死神はスノウを地獄へ連れて行くのを延期した。

 突然、<COFFIN>の腕が斬り落とされ、そのまま頭部や胸部がビームに貫かれた。


「ありがとうございます、助かりました」

『いいってことよ』


 レンヌの声が聞こえて、スノウは肩の力を抜いた。

 レンヌが来たのは偶然ではない。ステーションの中にデシアンが入り込んだと報告を聞けば、レンヌであればそれを追ってくるはずだと考えたスノウは、ただ頑丈だからという理由だけではなく、できる限りレンヌと早く合流できるように外壁のあたりまで移動したのだ。

 こうして生きていること。それがスノウの考えが正しいことを示している。


「外はいかがですか」

『残りは撤退していったよ。だから、一安心って言ったところ』

「なるほど」


 レンヌは外の指揮があるからと、すぐに戻っていった。スノウもバランスのとりづらい機体でなんとか元の場所へと戻っていく。


「ホロンさん、今どちらですか」

『避難所Cだ』

「了解」


 打ち合わせの中で、何が事が起きた場合はイベント参加者たちをその避難所に移動させることになっていた。避難所はシェルターになっているため、ある程度の時間なら持ちこたえてくれる。

 スノウは、白いエグザイムに乗ったまま避難所Cのあたりまでやってきた。するとシェルターが開いて、中からホロン含むアメツチの社員が出てきた。

 ホロンが降りてこいとジェスチャーで示すので、スノウは白いエグザイムに待機姿勢を取らせて、コックピットから外に出た。


「被害は」

「今調査しているところだ。

 にしても、お前派手にやったな……」

「展示用のもの、勝手に使ってしまいましたからね」

「ホントだよ。おめーまた無茶なことしやがって……」

「…………すみません」


 まったく心がこもっていない謝罪。

 だが、ホロンはそれに怒ることなく肩を叩く。


「まあ、ああでもしなかったらもっと目に見えて被害は増えていたはずだ。アメツチに対するお偉いさんからの風当たりは強くなるかもしれないが、それはお前が気にすることじゃない。もともと気にしねえと思うけどな」

「そうですね」

「とりあえずどーすっかなー。開発部の連中に連絡を入れて……」


 ホロンがこれから待ち受けることに少し辟易とし始めたころ、スノウは避難所の方を見る。何やら騒がしくなったからだ。


「どうかしたんですか?」

「ヌル殿か。いやな、少々騒いでいる避難民がいて……」

「こんな状態ですから仕方ないのでは」


 アメツチの社員とそう話していると、避難民の中から飛び出してきた影に胸倉をつかまれる。


「む」

「お前、なにしてんだよ……!」


 胸倉をつかんでいたのは秋人だった。アメツチの社員の誘導を受けて、ここへ避難してきていたのだ。

 しかし、そんなことを知らないスノウは首をかしげる。


「どうしてここに……」

「こっちの台詞だろうが!」

「それもそうか」

「何勝手に納得してんだよ! ちゃんと説明しろ!」


 怒鳴る秋人をさっきまで話していた社員が引きはがす。


「落ち着いてください。まだ安全が確認されていないので、中で待っていてください」

「ま、待ってくれ。俺はこいつに話したいことが……。

 おいスノウ! わかってんだろ!」

「………………」


 正直なところ、スノウも話したいことはある。

 学校はどうなっているか、自分や雪がいなくなってから友人らは変わってないか、みんな元気にしているか……。色々な疑問が浮かんでは消えていく。

 だが、それを聞くことはできない。自分が聞かれたことに答えられないから。守秘義務というものがある以上、自分の今の仕事は話せない。

 だから、スノウは秋人の叫びには返事をしなかった。代わりにひとつだけ。


「…………僕は生きている。元気にしてもいる。だから、それだけは覚えておいてほしい」

「スノウ! なら、戻って来いよ! 生きてるならちゃんと俺たちの前に……!」


 声が遠ざかっていく。社員に連れられ、秋人が他の避難者たちの中へ消えていく。

 スノウはそちらの方は見なかった。ただ、今の今まで秋人がいたそこに視線をやりつつ、独り言ちる。


「…………ごめん、秋人。まだ帰れないんだ」


 ああ、そうか。これが悲しいという気持ちなのかもしれない。

 スノウの胸に去来したものは一瞬のうちに消えてなくなった。それがまた悲しいことだと気が付くことはなかった。

                                  (続く)

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