第108話 備えあっても憂いあり:イチハツの季節

 『次世代型ニューエグザイムお披露目会』のイベントが始まるまでの数日間に準備する余裕がある。

 宇宙ステーションについたアメツチの社員たちは設営をするスタッフと連携して設営準備をしていた。


「ね~ホロン~。設営準備は契約外じゃないの~?」

「…………言うな、俺も思ってるんだから」


 本来、統合軍の第7開発部との契約はあくまでイベント終了後に開発用ステーションに戻るまでの警備であり、ホロンやレンヌが今やっているようなイベント当日に配る粗品をブースに運び込むような、設営の手伝いはその外にある。

 だが、ホロンはまだ病み上がりであるし、レンヌは一般的な警備員としての専門の教育を受けておらず、このような手伝いをやらされているのだ。


「エスターテもフリューリングも上官をなんだと思ってんのかねぇ」

「お前もそろそろちゃんと資格試験を受けろよ」

「やだ。野蛮なことはしたくないんですわ、わたくし」

「………………」


 一緒に粗品の入った段ボールを運んでいるスノウが言った。


「どの口が言うんですか」

「この口~」


 口を可愛らしく尖らせるレンヌ。


「ホロンがどーしてもって言うなら受けてもいいけどね」

「そこまでじゃない。だが、上司としては一応な、部下のできることは増えてほしいもんだ」

「へーい、前向きに検討しまーす」


 小言になりそうで嫌だったので、レンヌは無理やり話を打ち切った。

 その後、ホロンとレンヌは当日の警備の打ち合わせに参加し、スノウは従順に設営手伝いをしていた。

 そして、イベントの日がやってきた。

 青空のもと、多数のエグザイムが膝立ちになりやってくる人々を見下ろす。趣としては堅苦しい商談ではなく、住宅見学会に近いだろうか。

 会場近くには屋台が並び、およそ次世代エグザイムの行く末を占う場だとはなかなか想像しがたいが、これは統合軍の関係者や出資者の家族が一緒に来ても楽しめるようにというもてなしの精神である。

 各種開発部のブースには、自由にエグザイムを閲覧できるスペースに加え、コンパニオンが展示されているエグザイムの説明を行ったり、商談ができるスペースが設けられている。


(この人は軍人か。こっちの人は動きにキレがないからどこかのお金持ちだろう……)


 警備にあたっているスノウは、第7開発部へやってくる人たちの姿を見つつ、そんなことを考えていた。

 一見、手を抜いているようだが、こうして行き交う人々を観察することで、危険人物に目星をつけておき警戒を強めておくのだ。やれと誰かに指示されたことでもないが。

 そうして50人ほど分析をした後、アメツチの制服に身を包んだホロンがやってきた。


「よっ、どーだい?」

「とりあえず、今のところは変質者も怪しい人も……」

「何事もないのが一番だ。休憩に入ってくれ」

「了解」


 アメツチに用意された控室まで戻り、スノウは私服に着替える。そして、そのまま外へ。


(…………新型のアメツチか。いずれ乗ることになるかもしれないから、見ておいてもいいかもしれない)


 スノウはとりあえず、目についたエグザイムの説明を聞きに行くことにした。




「やってきたぜ、俺たち4人で『次世代型ニューエグザイムお披露目会』に」

「随分と説明的ですね」


 『次世代型ニューエグザイムお披露目会』を見やり、ソルはつぶやく。


「話には聞いていたが、盛況なんだな……」

「軍関係者に絞ってこれなら、一般開放したらもっと混みそうだな……」


 ダイゴが顔をしかめる。人混みが嫌いなわけではないが、メカニックである彼としてはもっとゆっくり美術館にいるかのように新型エグザイムを見たいのだ。

 しかし、それとはまったく逆の気持ち、例えるならテーマパークに来たかのようなテンションで秋人は言う。


「ほらほら、時間がもったいねえぜ。早く見に行こう!」

「小学生ですか」


 秋人は3人の背中を押して強引に人混みに入っていく。

 エグザイムはおおむね15m前後のサイズなので、遠目でもその姿を見ることはできる。顔を上に向けながら、各々が感想を述べていく。


「随分と長くて大きい剣だな……。無重力下での運用を想定しているとはいえ、それだけの質量を振り回すからにはアームが新設計なのかな?」

「お、あの武器使いやすそうだな」

「父上が話していたエグザイムはどれですかね……」

「随分と奇抜な色合いだ。アレではいい的だろうに……」


 そんな風に眺めているうちに、アベールが「おっ」と声をあげる。


「どした?」

「あのエグザイム……」


 アベールが指をさしたのは、サメの胸ヒレを思わせる肩部スラスターが特徴的な、美術品のような美しい造形の白いエグザイムだった。レモン色の差し色が上品さを引き立たせていて、その姿はおよそ戦闘するために製造されたもののようには感じられない。

 何がアベールの目を引いたのか、とソルが思っていると説明が入る。


「僕の父が注目していたエグザイムですね。彫像のようなエグザイムがあると、そのように話していていました」

「確かに綺麗だけどよ……戦闘用の面してねえよありゃ」

「そうだそうだ。見たところ既存技術の集大成といった風で目新しい要素はないし、見た目だけがこの会場にふさわしいようだぜ」

「だが、次世代に採用されるのはそういう、しっかり利点も欠点も洗い出された既存技術が集約された器用万能型かも知れない。見ておく価値はあるんじゃないか?」


 ソルのその言葉に、白いエグザイムに対して難色を示していた秋人とダイゴは「確かに……」と言わざるを得なかった。

 一同はその白いエグザイムが展示されているブースへと足を踏み入れる。ブースの入り口、警備員が一瞬目を一同に向け、フッと笑った。


(ニアミスなんて間が悪いな、らしいっちゃらしいが)


 そう思いつつ帽子の位置を直していると、警備員―――ホロンの耳朶をレンヌの声がうつ。


『ホロン! ちょっとやばいかも!』

「どうした、何かあったか?」


 インカムから聞こえるレンヌの声は珍しく焦っていた。レンヌは今、エグザイムに乗って宇宙ステーションの外で反政府組織やデシアンを警戒している。その彼女が焦っているということは……。


『デシアンが多数襲来! ウチら以外の警備隊も臨戦態勢には入ったけど、少なくはない数突破されるかも』

「俺やヌルが行くまでもたせられるか?」

『無理!』

「…………わかった。できる限り落としてくれ。こっちは避難誘導を行う」

『うん、頑張る!』


 二人の通信が終わるのを見計らったかのように、イベント会場に警報が鳴り響く。


「な、なんだ!?」

「この音は……警報音だ!」

「デシアンがこんなところまで……!」


 軍関係者が集まるからか恐怖の声はあまり多くないものの、それでもすぐに混乱状態になるであろうことは誰にでも想像できた。

 ホロンは部下たちに譲許の説明と、ゲストを避難させるよう指示を送って動き出す。


「皆様、落ち着いてください! 我々が誘導しますので、慌てず避難をお願いします!」


 イベントに来ているゲストたちは、警備員たちの指示に従い、しかし不安そうな様子は隠さずにいる。

 それはソルたちも例外ではなくて……。


「ここにも来たのかよ……」

「ワープできるんですから、不思議ではないですが、目的が読めませんね」

「それにしても遅々として進まないな」

「人も多いししゃーない」

「申し訳ございません、慌てず前を押さず進んでください」


 ホロンが4人に詫びつつ誘導していると、インカムから声が聞こえてきた。


『ホロンさん、バックヤードまで戻ってきました』

「遅かったな。遠くまで行ってたか?」

『最奥まで行ってました』

「なら時間かかったのも当然か。

 すぐに着替えて避難誘導に……」

『ごめんホロン! 突破された!』

(突破されちまったか)


 割り込んできたレンヌの声はホロンが考える限り最も今聞きたくなかったものだった。心の中でだけ舌打ちをしてすぐに思考を切り替える。


(レンヌが突破されたってことは、いつこのエリアに来てもおかしくはねえな。となると、ヌルを避難誘導に回すより連中の相手をしてもらう方がいい。

 だが、問題は今から格納庫に向かったところで間に合うか……)


 デシアンはもう宇宙ステーションを突き破って内部に入り込んでいるだろう。それを今から格納庫に行って中に入ってでは間に合うわけがない。

 そして、事実間に合わなかった。

 第7開発部のブースのメインストリートを挟んで反対側。突然壁が赤熱化して飴細工のようにひしゃげる。そのひしゃげた壁をこじ開け、<DEATH>が顔を出す。

 人々は叫び声をあげ、水面張力のようにギリギリで止められていた恐怖があふれ出す。


(くそ、きちまった……!)


 考えうる限り最悪の事態。ホロンは今度は実際に舌打ちをせざるを得なかった。


「慌てないで! 経路通りに避難してください!」


 そう叫ぶも混乱の中ではもはやなしのつぶて。我先に避難せんと周りを押しのけてでも先を進む者たちの恐怖にはじかれてしまう。

 もうこうなっては仕方がない。レンヌに無理言ってこちらに戻ってきてもらうように言うしかない―――そうホロンが決めたとき。


「白いのが動くぞー!」


 誰が発したかもわからない声をホロンは聞いた。そして、その声のすぐあとに、それまで第7開発部の成果としてゲストたちに膝をついていたはずの白いエグザイムの瞳に光が宿り、そのまま立ち上がった。


「な、なんだと?」


 さすがのホロンも頬を引きつらせている。

 多くの人々が逃げまどい、気がついた人間ですら驚くさなか、白いエグザイムは慎重に一歩を踏み出し、そして高くジャンプする。

 一気に宇宙ステーションの低い天井近くまで飛び上がったエグザイムはすぐさまスラスターを全開にしてデシアンに突っ込んだ。


「あの思い切りの良さは……ヌル、お前か!?」

『はい。僕が足止めするので、避難を急がせてください』


 動きを見て確信したホロンがインカムに問いかけると、スノウがいつもの涼しげな声で肯定した。

                                  (続く)

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