第107話 男、かく語りき:もうひとつの顔、ヒルガオ

 統合軍特殊部隊とデシアンとの三つ巴の戦いから丸一日経ってからホロンは目を覚ました。


「ホーローンー!」

「うぐっ!」


 医療スタッフからそのことを聞いたレンヌは弾丸のように持ち場を離れ、ホロンを視界に入れるや否やすさまじい勢いで抱き着いた。


「いてえよ馬鹿……!」

「だってだってー!」


 ふくれっ面になるレンヌの頭を優しくなでてやりながらホロンは言う。


「悪かったよ、心配かけた」

「ちゃんと反省してる?」

「…………いや、そんなには」

「だよねー」


 けらけら笑うレンヌにつられてホロンも顔をほころばせる。

 そして、自分の腰に回されたレンヌの手を優しく自身から引きはがす。


「俺が寝ている間、何かあったか?」

「一回だけまた黒い<オカリナ>が襲ってきたけど、撤退させたよ」


 つい数時間前の話である。前回同様10機を超える数の黒い<オカリナ>が攻めてきたのだが、今回はデシアンの襲来もなく、直掩部隊の頑張りもあって退けることができた。

 詳しくレンヌは説明しなかったが、おおよそのことはホロンは察した。


「よくやってくれた。

 すぐに良くなるとは言われたが、まだ俺は休んでなきゃいけない。しばらく任せる」

「おっけー、任せといて」


 レンヌはそう言うと、ホロンにキスをした。


「ゆっくり休んでね、ホロン」


 レンヌが退室したのを確認してから、ホロンは少し前までそうしていたように、再び横になって目を閉じた。



 数時間後に目を覚ましてからは、エスターテやフリューリング、それ以外のパイロットや他のスタッフらが面会に訪れてはホロンに優しい言葉をかけていった。

 そして、もうひと眠りするかと思ったころ、また自動ドアが開く音がした。


(今度は誰だ? 千客万来だったから休みてえんだが)


 そう思ったものの、やってきた顔を見てすぐにその考えを撤回した。


「よう、ヌル。いの一番に来ないとはお前も結構冷たいんだな。名前通りに」

「…………すみません」

「冗談だよ。お前が見舞いに来るなんて思いもしなかったしな」

「………………」


 スノウは何も言わずに備え付けの椅子に座る。


「どうした? 俺はこの通りなんとか無事だ。イベント会場に着くころにはもう現場復帰も可能だろう。お前が心配することはないんだぜ」

「…………無事なら、それでいいんですが」

「だったらどうしてまだここにいる?」

「…………レンヌさんから、命令がありましたから」

「命令だぁ?」


 自分が寝ている間、レンヌが方々に命令を出していることをホロンは理解している。だが、彼女がスノウにわざわざ自分の様子を見るように言うとは思えないので、首をかしげざるを得なかった。


「あいつがお前にどんな命令を出したってんだよ」

「ホロンさんに、話を聞いてみろと」

「…………意味わかんねえ」

「…………ホロンさんがなぜ統合軍に対して敵意を出したのか、その理由を聞いてみろと、そういう話でした」


 ホロンはますます不思議に思った。


「なんでだよ」

「ホロンさんが寝ている間にこういう話をしまして―――」


 スノウは昨日のレンヌとの会話をホロンに伝えた。

 するとホロンはうなずく。


「なるほど、他人に興味を持て、か……。身内以外のことなんてどうでもいいと思ってるアイツがそれを言うかね? なあ?」

「…………わかりません」

「ま、アイツが言う是非は置いておくとしても、確かにお前は他人にもっと踏み込んでもいいのかもしれないな」


 スノウは脳裏に友人らの顔を思い浮かべる。


「友好的に接する相手ぐらいはいるつもりですが」

「そりゃいるかもしれないけど、そういうことじゃねえんだ。

 聞くが、お前の友達……そうだな、沼木にするか。沼木がある日金を貸してくれと言ってきたらお前、貸すか?」

「金額にもよりますが、払える額なら」

「じゃあ、条件をひとつ追加。金がどうしても必要な理由が暴力団的な悪い組織に上納しないといけないからだったらどうする?」

「その組織をどうにかして叩き潰せないか考えますね」


 間髪入れずスノウはそう言った。


「そういうことなんだよ。

 お前、多分人に頼られれば理由は聞かず力を貸すだろう。だが、ただ相手の願いに従うだけでは相手を本当の意味で救うことにはならない。その問題がどうして発生しているのか、それを見極めないことにはただ助けたところで同じことが起きるだけだからな」

「ボトルネックを解消せよ、ということですか」

「突き詰めちまえばそうだが、プログラムのエラーみてえにただ直せばいいってもんでもねえんだ、人のやり取りってのは。

 相手を真に思いやり、心の内側に入っていき、理解する。それが人にもっと興味を持つというレンヌの言葉につながるわけだな」


 人に興味を持ち、寄り添おうと思わなければ他人が抱えている問題の本質に気が付かない。気が付かずに救っても意味がない。ホロンはそう説明した。


「お前の当面の目的は北山雪の救出だと思うが、なぜ北山雪がデシアンについたのか。その理由を探らないとこっちに取り戻したとしても監禁でもして自由を奪わない限りまたデシアンにつくだろう。そういうことをしたいんじゃないだろ?」

「そうですね」


 スノウは力強くうなずいた。


「僕は、彼女がデシアンに下った理由を知りたいと思います。知らないといけないと、そう思います」

「そこまで言えるなら上等だ。

 その気持ちをもっと周りに向けてみろ。そうすりゃ、もっと素直に北山に向き合えるようになるさ」

「…………はい」


 スノウは数秒だけ考えて、ホロンに聞く。


「レンヌさんは、ホロンさんは統合軍に恨みがあると言っていました。それは……」

「本当だよ。前にも言ったろ、同病相憐れむって」

「似た境遇という意味の言葉だったと覚えています」

「お前に比べたら大したことじゃないけどな。

 …………その話をする前に、俺の家族について話しておくか」


 そう言うとホロンは遠い目をした。


「俺の親父は統合軍の文官でな。特別偉くもなかったが、それなりに部下に慕われていたし、同僚とも仲が良かったように見えたな。

 お袋は食品メーカーの経理をしていた、こちらはまあ普通の人だ。

 俺とレンヌが今住んでいる家は親父とお袋が買った家でな、俺も14まではあそこで育った」

「14までですか」

「そうだ。そのころ、俺は叔父のもとで生活することになったからな。さらにハイスクールは全寮制だったし」


 なぜ叔父の庇護下で生活するようになったのか、それをスノウが聞き出そうとする前にホロンは言う。


「そのころな、親父とお袋が死んだんだよ。だから、あの家は売り払われて、俺は叔父に引き取られたわけだ」

「しかし、今はおふたりで住んでいるではないですか」

「札束で頬をはたきゃ、俺のものにもなるさ」

「買い戻したわけですか」

「両親が買った家だからな。

 死んでなきゃ、今でも親父とお袋のもんだったさ」


 死んでなければ、そう言うホロンはこれまでに見せたことのない、怒りと悲しみが混じった表情をしていた。

 その死は彼にとって納得しがたいものだったのだと、スノウにも察することができた。


「なぜ、亡くなったんですか」

「殺された」

「軍内の派閥争いですか」

「親父はクソ真面目で、どの派閥にも入らず粛々と仕事をこなしていたんだがな、そのことが気に食わない奴に殺されたんだよ。表向きの実行犯は捕まったが、そこで追及は終わりだ。お袋もそれに巻き込まれて親父と一緒に逝っちまった」

「なるほど……」


 実の両親が統合軍の一部の人間のエゴによって殺されたことは、確かに統合軍を恨む理由になる。そして、ホロンが同病相憐れむと言ったことも。


「それが似た境遇云々という話ですか」

「な? お前と比べちゃ大したことなかったろ」

「不幸は比較するようなものでもないと思いますが」

「お前がそう言ってくれると俺も救われるよ」


 ホロンは言葉通りほっとしたような笑顔を浮かべた。


「で、それからは親父の友人……今のアメツチのCEOなんだが、その人の指導の下エグザイムの操縦を学び、ハイスクール時代にレンヌと出会って、アメツチに入隊して今に至るわけだ」

「元統合軍軍人の方の真っ当な指導と、現場での経験がホロンさんの強さを支えているわけですか」

「現場で学んだことの方が多いけどな」

「…………人から教わってどうにかなるものでもないですからね」

「まあな」


 何度も実戦を重ねたことがあるからこそ、共感するものがあって二人はうなずき合った。


「他、聞きたいことあるか?」

「…………すみません、すぐに思いつきません」

「それでいいさ。急ぐ必要はない」

「はい」


 スノウが施設から保護されて、真っ当に社会生活を営むようになったのは15歳のころ。つまり4年程度しかない。それを踏まえてホロンは優しくそう言った。


「そうだな、じゃあ今度は俺から質問させてもらうか。

 お前、読書をよくするんだってな。最近読んだ面白かった本を紹介してくれよ」

「そうですね……」


 そうしてホロンが眠くなるまで、二人はたわいのない話をし続けた。




 星の海を進んで1週間。輸送船はある宇宙ステーションに寄港する。

 そこにはアメツチが護衛している輸送船だけではなく、多数の輸送船が港に並んでいる。

 ここの宇宙ステーションこそ、『次世代型ニューエグザイムお披露目会』の会場であった。

 しかし、人類の未来を占う場には希望だけではなく、欲望も集う。

 『次世代型ニューエグザイムお披露目会』に魔の手が忍び寄ろうとしていた。

                                  (続く)

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