第105話 底無しの怒り:サボテンは触れるものを傷つける

 アメツチと統合軍特殊部隊の戦いにデシアンがエントリーしたという事実は輸送船のパイロットに叫び声をあげさせた。


『4時の方向よりデシアン出現! 救援を至急要請します!』

『数は!』

『20以上です!』

『直掩部隊じゃ守り切れねえな、それじゃ……』


 ホロンの舌打ちを耳にして、スノウは言う。


「デシアンの殲滅を優先しますか」

『お前はそうしてくれ。俺は……あいつらに協力を呼び掛けてみる』

「了解」


 スノウはこれ以上前には倒れてくれないペダルをより強く踏みつけながら返事をした。

 スノウとの通信を終えた後、ホロンの耳にはレンヌの声が聞こえてきた。


『わざわざ呼びかけるの? あいつら協力なんてしなくない?』

「さすがにこの状況ならあいつらだって手を貸してくれるだろ」

『…………そんなことこれっぽっちも思ってないくせに』

「…………信じたいって言ったら笑うか?」

『ホロンがそうしたいんでしょ? だったら笑わないよ』

「ありがとよ」


 レンヌが優しい口調でそう言うので、ホロンは救われた気持ちになってオープンチャンネルを開くことができた。


「こちらはアメツチ所属のホロン・オノクス一尉である。我々が護衛している輸送船を目標とし、デシアンが襲来してきたと報告があった。

 デシアンが我々人類の敵であるのは貴官らも認識されているはず。そのため、貴官らには協力しこれらを撃破することを依頼したい」


 口調は対外的なもので、どこか機械的なものだったが、本心では祈るような気持ちで放たれた言葉だった。

 だが、<オカリナ>はデシアンに興味のあるそぶりすら見せず、真っすぐに輸送船の方へ向かっていく。それはホロンの言葉が揺らしたのは鼓膜だけで、心の方には届かなかったということを示していた。

 さすがのレンヌもこの結果を見てため息をつかざるを得なくなる。


『はあ……こうなるか。

 どうする? ワタシはデシアンを叩けばいい?』

「…………そうしてくれ。俺はアホどもを止める。それが終わったら合流するからそれまでしのいでくれ」

『アレ使うんだね、りょーかい。準備はしとく』

「頼む。

 …………さて」


 レンヌとの通信を終えた瞬間、ホロンはコンソールを素早く操作し、あるシステムの起動画面を呼び出す。


「統合軍のアホどもを止める。デシアンも止める。なら、切るしかないな」


 巨大な『!』が画面中央を支配し、黄色い『危険DENGER』の文字が画面中を踊る異様な画面の下部、『起動AWAKEN』を押す。その瞬間、スラスターの炎が青から地獄を思わせる赤黒い色に変化し、まるで<壌無>が地獄の炎で焼かれているようであった。


「うおおおおおおお!!」


 赤黒い炎が尾を引いて爆発的な速度で、輸送船に向かう<オカリナ>を襲う。<オカリナ>のパイロットが接近物に気が付いた瞬間にはもう<オカリナ>は爆散していた。


「クソ、っちまった……! 次は今よりもっと下か……」


 コックピットで舌打ちしながらホロンは軌道をなんとかズラす。その甲斐あって次の<オカリナ>は下半身を消し飛ばされるだけで済んだ。


「2つ目! あと5つ!」


 ホロンはヘルメットの下で滝のような汗を流しながら叫ぶ。

 <壌無>にはアメツチで新規開発されたジェネレーターを実験的に搭載しているが、このジェネレーターは尋常ではないパワーを生み出すことができる。

 かけられているリミッターを解き放てば一瞬で<オカリナ>を爆散させたように既存のエグザイムを超えたパワーとスピードを発揮することができるが、代償としてコックピット内の空調で相殺しきれないほどの高熱を発してしまう。スラスターが赤黒くなったのは高熱によって塗料が解けてスラスターの炎と反応するからだ。

 融解しているかのように塗料を滴らせながら、高速で敵を屠る姿はまさに地獄の鬼。

 鬼が爪を振り回し1機、2機と次々<オカリナ>をデブリに変えていく。


「てめえらは! てめえらさえよけりゃいいのか!」


 ホロンの叫びは届かない。<オカリナ>は抵抗しようとして、しかしその前に<壌無>の鉤爪の餌食となる。


「くだらねえ内ゲバしてる暇があんのか!」


 頭部の塗料が解けて、カメラアイを汚す。そして、カメラアイからゆっくりと黒い塗料が流れていった。


「同胞に殺された親父とお袋の亡骸を見た人間がどんな想いで生きていくのか、想像できんのか!」


 輸送船に向かった7機を無力化し、今度は部下たちの方へ向かった<オカリナ>を追う。


「エスターテ! フリューリング! お前らは無力化した<オカリナ>を保護しろ!」

『了解!』

『委細承知!』


 <ナッツ>2機と入れ違いに<オカリナ>の集団へ襲い掛かる。


「仕方ねえから命だけは助けてやる、同じ人類だからな!」



『破損の激しいエグザイムは輸送船に戻って、軽微なものは援護に回って!』


 直掩部隊に適宜指示を出しながら時折現れて<DEATH>を切断しては消えていく<天窮>を見ながらスノウは(レンヌさんも適切な指示出せるんだな……)と思った。そう思いつつも<天窮>が切断した<DEATH>に炸裂弾を撃ち込んでとどめを刺すことは忘れない。

 しかし、多勢に無勢、練度が高いとは言えない直掩部隊の<オカリナ>10機を含めても劣勢であった。

 <ナッツ>はブロードブレードを手に持ち、自身も前衛に出る。


「僕が前に出ます、その隙に後退を」

『た、助かる!』


 直掩部隊の<オカリナ>と入れ替わるようにして飛び出し、<DEATH>の攻撃を受け止める。そして、<オカリナ>が離れたことを確認するとパッとブロードブレードを手放し一気に後退、グレネードランチャーを持ち替えてそのまま炸裂弾を連射して撃墜する。

 しかし、その間にも撤退する直掩部隊に向かってデシアンが数機すり抜けていく。


(手が足りない。防衛対象がすぐそこにいるから、遠征で使った手は使えないしな……)


 ワイヤーを引っ張ってブロードブレードを回収しつつ、すり抜けたデシアンを追いスラスターをふかす。

 しかし、間に合わない。すでに速度が出てしまっているデシアンを追うには<ナッツ>の出力では足りないのだ。

 一か八か電流弾を放って動きを止められないか試そうとした時、センサーがとらえた姿がその考えを取り下げさせた。

 燃えているエグザイムがセンサーに引っかかった瞬間、赤黒い炎がディスプレイを横切り、<DEATH>2機が爆発する。


(センサーが<壌無>だと教えてくれた。だけど……)


 スノウは援軍が来なかったので戦闘の中で統合軍への説得がうまくいかなかったことを理解していた。それゆえに輸送船に群がる<オカリナ>を撃墜したのが<壌無>であることもすぐに考えられた。


(<オカリナ>すべてを撃墜し、そこからこっちにやってきて今度はデシアンの相手。あれだけの速度はそう長い間続かないはずだ)


 だから、スノウはレンヌにコンタクトをとる。


「レンヌさん」

『ホロンが場をひっかきまわしているうちに残ったデシアンを全部ぶっ壊す!

 キミは<壌無>と<天窮>の攻撃の後にトドメ、さして!』

「その後の<壌無>を止めるのは……」

『ちゃんとそのあたりは考えてある!』

「了解」


 そう言っている間にも戦場に赤黒い炎が飛び回る。それに触れるのはデシアンだけではなく、当然味方も。ホロンの操縦技術によりかろうじて撃墜は免れるが、直掩部隊にも被害が出始める。


(いろいろな意味でゆっくりしていられない)


 宣言通り<天窮>はエグザイムが装備するのは非常に珍しいシールドを使って直掩部隊をかばいつつ、<壌無>がダメージを与えたデシアンにブロードブレードで痛打を与えていく。特長であるステルス機能を使わないことがその必死さを表していた。

 <ナッツ>は体が半壊してもなお攻撃をやめようとしない<DEATH>に至近距離で弾丸を放ち確実に仕留めていく。

 デシアンの絶対数はスノウが経験してきたこれまでの戦場よりも明らかに少ないが、タイムリミットや直掩部隊の存在を考えれば旗色はかなり悪いと言えた。

 今、デシアンのターゲットが輸送船や直掩部隊から、戦場で暴れまわる<壌無>に変わろうとしている。それはこの場での一番の脅威が<壌無>だと判断したからだ。この戦いに突破口があるとすれば、デシアンの様子の変化しかない。

 その変化をホロンもレンヌも見逃さなかった。


(今なら……)

『よそ見してちゃ死ぬぞ~!』


 <天窮>がブロードブレードを手放し専用のEブラスターをひたすらぶっ放す一方で、<ナッツ>は<壌無>を追う<DEATH>に対し、脚部や背部といった推進用パーツが集中する箇所を撃ち抜いていく。

 宇宙で動く手段を失った<DEATH>は、もはや的でしかなかった。通り過ぎる<壌無>の鉤爪に斬り裂かれて撃墜される。

 そして、デシアンをやり込めているのは何もアメツチの3人だけではない。直掩部隊も<壌無>が作った隙をつき適宜攻撃を加えて<DEATH>を撃墜していく。

 その数が片手で数えられるほどになった時、デシアンはとうとう戦場から去っていった。


(撤退したか。デシアンてっきり残り1機になるまで向かってくるものと思ったけど)


 急いで輸送船に戻る直掩部隊を見ながらスノウはそう考えていたが、つんざくようなレンヌの大声でそれはかき消される。


『ぼーっとしてないでホロン止めんの手伝え!』

「はい」

『じゃ、説明するね!

 キミとワタシで―――』


 デシアンが撤退した後も、<壌無>は止まらなかった。それはオーバーロードしているということもあるが、何よりそれを操るはずのホロンが正常な判断をできていなかったからだ。


「敵は……どこだ……」


 コックピットを支配する異常な温度でもうろうとした意識が普段のクレバーさを奪い、もはや何が敵で何が味方かわからず、ホロンはただ目に付くものに向かって突撃するだけのマシンになってしまっていた。

 コンソールに表示された数字がカウントダウンしていく。リミッターが再度かけられるまでのカウントではなく、動力炉がオーバーロードし爆発を起こすまでのカウントだ。膨れ上がっていくエネルギーを逃がしきれなくなってしまい、最後には爆発を起こし周りを巻き込む。それこそがこのリミッター解除の最後にして最大の弊害であった。

 残りカウントは30。30秒後に耐え切れず爆発するという知らせすら見えずホロンはうわ言を発しながら敵を探し続ける。

 そんな状態だったからだろう、ホロンはある仕掛けに気が付かなかった。

 爆発直前の<壌無>は速度を落とす。何かに行く先を阻まれるような動きは、<天窮>と<ナッツ>の間に伸びるワイヤーによって引き起こされていた。<天窮>が<ナッツ>のブロードブレードを持ち、<ナッツ>が離れることでワイヤートラップを作成したのだ。

 弾性の高いワイヤーによって目視が普通にできるほどの速度になった<壌無>を見て、レンヌが叫ぶ。


「撃て!」

『了解』


 <ナッツ>がグレネードランチャーの、<天窮>が2連装ライフルの引き金を引き続ける。前者は以前テロリストを無力化するために使った電流弾を放ち、後者は専用の弾丸――リミッター解除状態の<壌無>が制御不能になった際に使う冷却用の装備――をありったけ叩き込む。

 溶解し始めている<壌無>の装甲を突き破り、それらの弾丸は機体内部に入っていくと電流と冷気が確実に<壌無>の動きを鈍らせていく。

 そして、2機が弾丸を撃ち尽くした時―――<壌無>は形を保ったまま沈黙していた。


「よし! このまま急いで輸送船に帰還ね!」

『了解』


 戦場に敵と言える存在がひとつもなくなって、<天窮>と<ナッツ>は直掩部隊の後を追うように輸送船へ戻っていく。

 フリューリングとエスターテの<ナッツ>も<オカリナ>のコックピットを回収し終わったことで、作戦は終了し輸送船は再び最大船速で目的地へ動き出した。

                                  (続く)

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