第104話 L5宙域にて:ゼラニウムは黄色

 L5宙域に存在する地球統合軍の第7開発部に、スノウたちは来ていた。

 第7開発部はこじんまりとしていて、外から見ただけではとても統合軍が所有している施設だとは思えない。だが、ひとたび中に入ってみると最新技術を惜しげもなく投入した技術水準の高い研究施設であることがわかる。

 輸送船から格納庫に降りたつと、見たことのないエグザイムが迎えてくれる。


「………………」

「どうかしたかー?」

「護衛対象のエグザイムはどれかと思いまして」

「機密情報だからな、一見してわかるようにはなってないだろ」

「確かに……」


 得心がいってスノウはうなずく。

 そんな会話をしていると、先日アメツチを訪ねてきた研究者がホロンに話しかける。


「お、来てくれましたか。予定より少し早いですが……」

「善は急げ、先んずれば人を制す、時は金なり……素晴らしいことわざだよなぁ」

「…………? とりあえず、件のエグザイムの搬入をしてもよろしいですか?」

「ああ。ウチのスタッフは自由に使ってくれ」


 搬入を待つ間、ホロンと研究者は打ち合わせをするというので、帰ってくるまでの間自由にしてよいと言われたスノウ。

 しかし、すぐに手持無沙汰になってしまう。


(ホロンさんは打ち合わせ、レンヌさんは船の中で寝ている……。作業している人たちがいるから運動なんかはできないしな……)


 ふと視線をスノウたちが乗ってきた大型の輸送船に送ると、そこには搬入作業に従事するアメツチの作業員と、統合軍のマークが入ったジャケットを着た者たちがいた。


(何か手伝えることはあるかな……)


 スノウは作業員たちに指示を出している長身の作業員に話しかける。


「あの、手伝えることはありますか」

「あん? お前は……ああ、オノクス一尉がスカウトしたっていう……」

「…………アメツチの方ですか」


 スノウが尋ねると、その40代ほどの作業員が楽しそうな笑みを浮かべながら言う。


「いかにも。普段この研究所の警備を担当しているドゥラン・ガイだ。階級は二尉。お前さんからしたら先輩にあたるな」

「これは失礼しました。僕はスノウ・ヌルと言います」

「おう、オノクス一尉からお前のことは聞いてる。これからよろしくな」

「はい」


 これからよろしくと言われてもスノウは正しくはアメツチに所属しているわけではないが、このドゥランという中年はスノウが同僚だと思ってしまっているようだ。

 ドゥランは言う。


「それにしてもヌル君、君は大変な仕事に参加することになったな……」

「と言いますと」

「ここの施設はな、実に多様で実用的な技術を研究している。<シュネラ・レーヴェ>のワープ関係のシステムもここ出身だという噂だ」

「………………」

「そういうわけで、わかる人にはここの重要性が分かる。そして、そこの新造エグザイムとなるんだから注目を集めることになるだろう。

 だから、これを狙って良からぬことを企む奴らがやってきてもおかしくない。オノクス一尉や君はそれらからこれを守り抜かないといけないというわけさ」

「覚えておきます」


 ふたりはエグザイムがすっぽりと包まれたカプセルが輸送船に積み込まれていくのを見た。


「俺はここの警備を引き続き担当するから、君たちについていくことはできない。力には慣れないが、君たちの無事を祈っているよ」

「ありがとうございます」

「それで……もともとは何の話だっけ」

「手が空いてしまったので、手伝えることがないかと伺いました」

「そうだったそうだった。40にもなると物忘れもするようになってしまってなぁ」


 ドゥランは少し顎に手を置いた後、パチンと指を鳴らす。


「そうだ、エグザイム以外に食料などの補給物資も搬入しないといけないはずだ。その仕事ならあると思う。担当の人間に聞いてみるよ」

「ありがとうございます」


 ドゥランが物資の運搬を紹介したことで、スノウは手持無沙汰になることなく、ホロンが帰ってくるまで時間をつぶすことができた。

 そして、エグザイムや補給物資の搬入を終えて、いつでも出発できる状態になってホロンと研究者は戻ってきた。


「おー、終わったか」

「あとは僕たちが乗り込めば出られるようです」

「じゃ、とっとと出るか」

「了解」

「では、頼みますよオノクスさん」

「承知しました。護衛と警備、それぞれ契約通りに」


 ホロンとスノウが乗り込んでから10分後、輸送船はゆっくりと動き始めた。


「しばらく俺たちは休憩だ。他の社員が待機してくれている間、しっかり休んどけよ」

「了解」


 ホロンはそう言うや否や輸送船内に割り当てられた個室へ去っていった。

 スノウも適当なタイミングで寝ようと考えていると、窓の外でこちらへ向かって手を振る<ナッツ>の姿が見える。


(…………あれは)


 事前に説明があった通り、この研究所にはアメツチから派遣されてきた社員がいる。だから、誰が手を振る<ナッツ>を操縦しているか知る由もないが、スノウはドゥランだと勝手に思うことにした。


(…………最後までこちらに親切にしてくれる人だな)


 見えはしないだろうが、スノウはその<ナッツ>に向かって軽く会釈し、そしてホロンの助言通り寝ることにした。




 輸送船は時折デブリの都合進路を変更したものの、おおむね予定通りの時間で目的地に向けて進んでいた。

 しかし、予定航路の半分を過ぎたところで、船内中にアラートが響き渡る。


「平和ってのは長く続かないもんだな……」

「そうねー」


 個室でレンヌの膝に頭を乗せて、耳かきをしてもらっていたホロンはゆっくりと立ち上がると耳かきをしまうレンヌに手を差し伸べる。


「じゃ、行くか」

「あいよ」


 パイスーに着替えて、相棒に乗り込む。


「こちらは出撃準備が整った。ベラン二尉、エスターテ一等兵曹、フリューリング一等兵曹、そしてヌル。そちらはどうだ?」

『おっけー、いつでもいけるよー』

『出撃可能です』

『右に同じく』

『…………僕も問題ありません』


 部下たちの声が聞こえてくるのを確かめてからホロンは指示を出す。


「敵はデシアンではないことが確認されているが、それ以外のことはさっぱりだ。こちらの警告を聞かない以上敵か宇宙人だろうな」

『一尉、私はせっかくなので宇宙人だと嬉しいですね。子供へいい土産話になる』

「そりゃいいな。お子さんの誕生日がそろそろだったな。パーティの時に聞かせてやれ。

 俺とヌル、エスターテとフリューリングで組み、正面からやってくる敵を迎撃する。ベラン二尉はいつも通り好きにやれ」

『りょーかい』

「じゃ、今日も頑張りますか。ホロン・オノクス、出撃する!」


 その言葉が鏑矢となって<壌無>と<天窮>、そして<ナッツ>3機が輸送船から飛び出した。

 <壌無>の後ろについていきながらスノウは思う。


(新型の存在をかぎつけた『良からぬことを企む奴ら』かな)


 もしそうであるなら、以前ホロンがそうしたように撃墜ではなく捕縛に努めるべきか。


「極力、コックピットは外しますか」

『地球人ならその方がいいな。

 宇宙人でも勝手に殺しちゃ国際問題ならぬ星間問題になっちまうから、手加減はしろよ』

「了解」


 やってきたのが宇宙人だったらその時に考えることにして、<ナッツ>スノウ機はグレネードランチャーのレバーを引いた。


(炸裂弾じゃ当たり所が悪いと助からない、電気が流れる弾は数が少ない。だったらこれかな)


 これからの戦闘のことを思い浮かべて弾種を選んでいると、センサーが敵の姿をとらえた。

 機影は20、<オカリナ>ではあるが正式採用されているブルーのカラーではなく、深淵を思わせるマットブラックの装甲を身にまとっている。


(地球人、それも統合軍の特殊部隊だろうか)


 ひとまず宇宙人ではなかったので、<ナッツ>はグレネードランチャーを構える。


『敵は統合軍の特殊部隊だな。ようは俺たちみたいなはぐれモノ。当初の予定通り戦闘開始』


 ホロンの号令に従い、<ナッツ>のグレネードランチャーが火を噴く。

 弾丸が飛び出すものの、漆黒の<オカリナ>は余裕をもってそれを回避した。


『接近戦に持ち込む。援護してくれ』

「了解」


 <壌無>の突撃に合わせて<ナッツ>は引き金を引き続け周りの<オカリナ>をけん制する。今選んでいる弾は本当に何の変哲もないもので、速射に向いているのだ。

 思うように<壌無>に攻撃を仕掛けられないと思ったのか、数機の<オカリナ>がブロードブレードを片手に<ナッツ>へ襲い掛かってくる。


(手前に3、後ろに2……まずは距離を取って……)


 スノウが乗っている<ナッツ>はグレネードランチャーと多種多様な弾丸を用いた距離のある戦いが得意だ。その特性を活かすべく、また囲まれることを防ぐために後退しようとしたが、その瞬間後衛の<オカリナ>の2機の頭部がスペースデブリに追加された。


『ダメだよぉ、引っ込み思案の子をムリヤリ襲おうなんてさぁ』

(レンヌさんか)


 <天窮>が一瞬だけ姿を見せて、またステルス機能で宇宙に溶けていく。その間にも<ナッツ>のグレネードランチャーから通常弾が嵐のように発射され、<オカリナ>3機の連携がわずかに乱れた。

 その隙を逃すホロンではない。<天窮>が頭部を切断し、<ナッツ>が連携を乱した間に<壌無>が<ナッツ>に向かってきた<オカリナ>のところまで戻ってきており、3機のうち2機を鉤爪で斬り裂いた。

 そして、それに少し遅れて<ナッツ>の弾丸が最後の1機の右肩部と左脚部を貫いた。


『ベラン二尉は他のフォローへ行った。こいつらの回収は後にして、残りを抑える』「了解」


 20機あるうち、5機は今しがた無力化した。その間8機がエスターテとフリューリングの方へ、残りの7機が<壌無>と<ナッツ>をすり抜けて輸送船に向かっていた。


(直掩がいるとはいえ、取りつかれたら面倒だ)


 最大までペダルを押し込んで<オカリナ>を追いかける。稼働時間を考慮しなければ最大速度でならすぐに追いつけるのだが、その前に輸送船から緊急通信が入る。


『4時の方向よりデシアン出現! 救援を至急要請します!』


 デシアンのエントリーは、この戦場が一層混沌とすることを示していた。

                                  (続く)

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