第103話 転機の日:アルストロメリアのために

 スノウがアメツチの外部協力者として参加し始めてから1週間。基本的にはホロンの後について仕事を手伝っていた。例えば、哨戒任務や新規開発されているエグザイムの試乗及びシミュレーションの相手、それらに対する評価を含めた報告書の作成など業務は多岐にわたっていた。そのどれもがスノウにとっては新鮮な体験であったことは言うまでもない。

 最初のうちはまたホロンが変な奴を連れてきたよ、といった風にアメツチの社員たちに思われていたが、スノウはその真面目な態度と素直な様子から今はそれなりに温かく迎え入れてもらえていた。


「ホロン~ひま~」


 ホロン用の執務室ではホロンが連れてきた変な奴1号ことレンヌが執務机の上にうつぶせで寝転んでいる。ホロンも慣れたもので、どかすことなくもはやその背中を机代わりにタブレットを置いて操作している。


「おう、暇だな」

「も~適当ばかり言ってぇ!」


 足をパタパタさせて不満をアピールする。そのたびにスカートの裾がきわどく揺れる。


「あまり暴れるとパンツがこんにちはするぞ」

「ホロンに見られるなら別にいいし」

「このままだとヌルや他の連中にも見られてしまうが」

「あの子や他の人たちに見られたところでどうでも……」

「痴女じゃないんだからちゃんとしろ」


 そう言ってホロンは裾を直してあげる。


「ひゃん! そんなところ触るなんてホロンはエッチだなぁ」

「んなこと知ってるだろ」

「そりゃお付き合いして長いですから」

「ならその付き合いの長いお前に今俺がやっている仕事を引き継いでやってもらう」


 ホロンはレンヌにも見えるようタブレットを目の前に持っていって、無理矢理持たせる。


「俺はこれからクライアントに会わないといけないから、戻ってくるまでの間に終わらせてくれ。

 ヌル、お前は俺と一緒に来い」

「了解」


 ホロンは、書類を片付けたスノウと共に執務室を出る。


「…………むつかしいぞこれ」


 ひとり残されたレンヌは執務室に寝そべったまま顔をしかめた。

 執務室から出て、応接室までの道中でホロンはスノウに言う。


「毎日退屈なデスクワークさせて悪いな。レンヌはデスクワーク大嫌いでやりたがらないし、俺はそっちまでなかなか手が回らなくてな」

「人手が足りていないと考えますが」


 これが1週間ホロンの付き人をしていてスノウが思ったことだ。高度な技量が要求される新規エグザイムのテストや哨戒任務ならともかく、デスクワークぐらいは他の人が肩代わりしてもよいはずだが、その様子がないのだ。

 人手が足りていないんじゃないか、というスノウの疑問に対してホロンは首を横に振る。


「いや、人はいるんだが……俺たちがサンクトルムに行っている間に仕事がたまるんだ。サンクトルムで一部の仕事はできてもセキュリティの観点からここでしかできないことも多い。

 それに一応俺は大尉相当だから、その分仕事も多いのさ」


 20代前半の若者が肩をすくめる姿だというのに中間管理職の悲哀を感じさせた。


「まあしばらくそんなクソつまんねえデスクワークから解放されそうだから頑張れるってもんだ」

「サンクトルムに行くんですか」

「いや、それはまだ先になりそうだ。

 これから会うクライアントってのが統合軍のエグザイム開発スタッフなんだよ」

「…………商売敵ではないんですか」

「連中は純戦闘用の開発がメインだけど、アメツチ俺たちは民間用のエグザイムも卸してるからな。競合ばかりしているわけじゃない。クロスライセンスしたり、プロトタイプを貸し合ったり、結構仲良いんだぜ」


 実際は統合軍の開発部にも派閥があり、すべての開発スタッフと仲が良いわけではない。アメツチの同業他社が他派閥と組んでいるという事例もあり、ホロンの解説はかなり大げさと言える。

 とはいえ、これから会う開発部の軍人がアメツチと懇意にしているのは事実であるし、スノウが開発部内の派閥争いに興味すらないので、その話はそこで終わった。

 話は本題に戻る。


「で、だ。その開発が行われているところってのがまあL5の辺境でな。新造されるエグザイムってのは機密事項の塊だから人がいないところで開発する分にはいいんだが、その分駐在している部隊が少なくてな」


 部隊が少なく、デシアンに攻め込まれたらひとたまりもないが、かといって大量の部隊を派遣すると今度は他の拠点が手薄になり、また常にそれだけの部隊を攻め込まれるとも限らない場所に駐在しておくのは無駄が多すぎる。

 そこでアメツチと契約しアメツチの戦力に警備してもらえば、コストが抑えられるし、非常時に対応ができる。

 そして、今回改めてクライアントがやってきた理由と言うのが……。


「新造したエグザイムを輸送するのですが、それの護衛をお願いしたいのです」


 応接室にて、来客用の椅子(以前スノウが座ったところだ)に座った統合軍の開発部の男性が話を切り出した。


「ご存じの通り、弊研究所に駐在する部隊の数は多くありません。輸送する部隊と研究所の防衛をする部隊を分けてしまうと、それぞれ手薄になってしまうため、輸送用の人員を必要としているというのが現状になります」

「すなわち、今そちらに派遣している弊社のスタッフはそのままに、今回の輸送に際して輸送用のスタッフを派遣してほしいと?」


 アメツチの営業の女性が問うと、開発部の男性は手持ちの鞄から1枚の紙を出して、テーブルの上に広げる。

 それは『次世代型ニューエグザイムお披露目会』とポップな字体で書かれたイベント広告だった。


「今回新造されたエグザイムはこのイベントに出展するものになります。輸送が正常に行われた後、このイベントの警備も合わせて御社にはお願いしたいと考えています」

「なるほど、承知いたしました」


 営業の女性が手持ちのタブレットを操作している間、ホロンが質問する。


「質問なのですが、そちらのイベントはどういった趣旨で行われるものなのでしょうか。見たところ、一般向けではないもののようですが」

「ああ、これはですね、出資者や統合軍内の関係者向けのものですよ。

 この間のセブンスクエアが失敗に終わったでしょう。それで出資者や関係者がお怒りですから、新造されたエグザイムを何点か出展することで『統合軍はまだ戦えるし、これだけ優れたエグザイムを製造できます。だから、これからも出資や協力をお願いします』ということをアピールするわけですな」

「で、あわよくば他派閥の動向を探ろうと」

「そういうことです」


 その後、具体的なスケジュールや見積もり提出期限などを話し合って、その会議は終了した。この会議の間、スノウは一切発言することなかった。

 ホロンは今回の依頼に人員がどれだけ必要で、かつ誰が参加するかを試算し営業に伝えることになった。

 執務室に戻って執務机の上でうんうん唸るレンヌを優しくなでながら、ホロンはスノウに言う。


「な、俺の言った通り出かけることになりそうだろ」

「そうですね」


 新型エグザイムの輸送となれば、相応の腕の持ち主が護衛につかないといけない。となると、ホロンやレンヌのような実力者がやることがベストだろうとスノウは考えた。そして、そのふたりが行くとなると必然的に自分も同行することになる。

 その任務をこなすことで雪に近づけるかどうかで考えれば、そんなことはないと言える。だが、ひとつひとつ世の中を前に進めていけばいずれその道ができていくだろうとスノウは思って、うなずいた。


「任務の正式な受注はこれからだが、たぶんウチで護衛も警備も引き受けることになるだろう。そうすれば長旅になる。準備はしっかりしておけよ」


 ホロンは教師が遠足のしおりを読み聞かせるような言い方でそう言った。



 会議があった次の日にアメツチが送った見積もりが統合軍の開発部で承認され、ホロンたちが正式に新型エグザイムの輸送・警備任務にあたることになったのだった。

                                  (続く)

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