第100話 アメツチの戦い:アーモンドの芽吹き
「俺と共に戦ってくれ。アメツチには、お前のような人間が必要だ」
普段の様子と異なるホロンの頼みはとても誠実なもので、並みの人間であればそのまま流されて承諾してしまっていただろう。
しかし、スノウはホロンの言う通りとても冷静だったので、首は縦に振らずに言う。
「…………保護していただいたことには感謝しています。おそらく皆さんに拾われなかったら今でも宇宙を漂っていたでしょう。
しかし、アメツチに参加するかどうか、それはすぐに即決できません。恩はありますから、何か協力できることはしたいですが」
「ま、そりゃそうだ。俺も一回で口説けると思っちゃいねえ」
ホロンは肩を押さえながら何度か首を回す。するとフッとそれまでの真剣な雰囲気がなくなった。
それを察してレンヌが冗談めかして言う。
「ホロンも身持ち固かったもんね。ワタシが何度アプローチしたことか……」
「何がアプローチだ。人様の寝首をかこうとするのをアプローチとは呼ばねえんだよ」
「だってそうでもしないとかまってくれなかったじゃん!」
「………………」
スノウは涼しい顔でコーヒーをすする。もうこのふたりのやり取りには慣れたのだ。慣れてなくてもコーヒーをすすっていただろうが。
ポコポコと殴ってくるレンヌを無視してホロンはスノウに言う。
「さて、これからの話なんだが、お前がアメツチに参加するつもりがないと言っても、だからといってはいそうですかと解放するわけにはいかない」
「それはそうでしょうね」
アメツチの暗部ともいえる秘密を知ってしまった以上、ただで帰れるはずがないことはわかっている。だからじたばたするつもりはなく、ホロンの言うことに従うつもりでスノウは素直に言う。
「また独房に戻る覚悟はできています」
「こちらの事情をくんでくれて助かるよ。けど、独房に入りたいのか?」
「入れと言われれば、入ります」
「そうじゃねえよ、お前の気持ちを聞いてんだよ」
「………………」
「まあいい。
独房に入っちゃ外の様子はわからない。それではお前もウチに参加するかしないか決めかねるだろう。…………お前が知りたい北山の動向もわからなくなっちまうしな」
さすがに見透かされているか、とスノウは思った。とはいえ、スノウにやましい気持ちはない。なぜなら、実際に雪の動向を知りたいと思っているし、それを知れさえするのであればアメツチに参加することもやぶさかではないと思っているからだ。もしかすると、その考えすらホロンは見透かしているかもしれないが―――。
ホロンはぐい、とカップに残ったコーヒーを飲み干す。
「なんにせよ、お前の身柄は俺預かりになっている。上から解放するよう指示が来るまでは、俺たちと共に行動してもらう」
「了解」
「そうと決まりゃ早速―――」
その瞬間、応接室の扉がノックされた。3人の視線が扉に向く。
「誰だ?」
『マイト一曹であります。急ぎお伝えしないといけないことがあり参上しました』
「そうか、入ってくれ」
『はっ』
坊主頭の20代半ばの男が入ってくる。真面目そうな好青年はホロンとレンヌに向かって敬礼。
ホロンはそんなのはいいからと言わんばかりに手を振る。
「下ろせ下ろせ、今はどうせ俺とレンヌ、そして客人しかいない」
「しかし、決まりですので」
「まあいいけど。で、どうした?」
「報告の前に、客人を……」
マイト一曹は苦々しい表情でスノウを見る。部外者には聞かれたくない、あるいは聞かれてはならない報告なのだろう。
それはわかっているが、ホロンはあっけらかんと言う。
「こいつに聞かれても問題ない。それより、急ぎなんだろ」
「オノクス一尉がそうおっしゃるなら……。
では、報告いたします。L3宙域BポイントからCポイントへ向かうセグザイム数機が観測されました」
「Cポイントつーと、ああ……『セブンスクエア』で消耗した隙をついたってわけか。わかった、すぐに出る。下がっていいぞ」
「はっ」
マイト一曹は敬礼して応接室から出て行く。扉が閉まったのを確認して、ホロンは立ち上がる。
「聞いたな、レンヌ。すぐに出撃する。準備しろ」
「おっけー」
「さて、ヌル……お前はどうする」
「ここにいる以外の選択肢があるんですか」
「普通なら独房に戻っててもらうか、手の空いた奴に見張らすんだが……せっかくだ、
スノウとしては、別にホロンが戻ってくるまで独房にいても、知らない人に見張られることになっても、特段どうでもよかったが、ホロンとレンヌが出撃するような事態が起きているのであれば人手はあって困らないだろうと思った。また、救ってもらった恩を返したいという気持ちもある。
だから、アメツチの裏の事業の片棒を担ぐことになるのだとしても、スノウはホロンの言う通りにすることにした。
ホロンの部下数人の誘導でスノウはアメツチの裏部隊に配備されているカーキ色のエグザイム<ナッツ>のコックピットに乗り込んだ。
(インターフェイスは<オカリナ>とそう変わらないな)
<オカリナ>と同一であれば目をつぶっても起動は容易だ。さっさと起動して出撃準備を終わらせ、そして標準装備されている武装リストにざっと目を通すと、ホロンの声が聞こえる。
『準備はできたみたいだな。任務の内容は行きながら話すから、とりあえず俺についてこい』
ホロンがそう言うと、コンソールの1点が点滅する。ホロンが乗っているエグザイムの所在地を示しているのだ。
「了解。ホロンさんの誘導に従います」
『よし。では、ホロン・オノクス……<
『レンヌ・ベランの<
「続いてスノウ・ヌルも出ます」
アメツチの駐屯地から三色の光が飛び出す。その先頭のワインレッドのエグザイム<壌無>のコックピットでホロンは後ろにしっかり<ナッツ>がついてきていることを確認。
(<ナッツ>に合わせて多少速度は落としているが、それでもしっかりついてきているんだから大したもんだな)
一瞬だけ感心して、すぐにレンヌとスノウに通信を送る。
「今回の任務は簡単に言やテロリストの鎮圧だな。居住区に向けて移動を開始しているため、連中がたどり着く前に拘束、無理そうなら撃墜する」
『あいあいさー』
「ヌル、お前から何か質問あるか?」
『特には』
スノウのその名の通り涼やかな声が鼓膜を揺らした。
「お前、テロリストの相手したことあるんだよな?」
『随分と前の話ですが』
政府が一つの組織に統合されたと言っても、人類の意志そのものが完全に統一されたわけではない。
統合政府が生まれるまでには紆余曲折あったが、その中には痛みを伴う手段も当然あった。戦争によって強制的に大国の管理下に置かれるようになった小国というのもいくつもある。
その元小国に住んでいた人民の子孫が決起し、自分たちの国を取り戻すべく、あるいは先祖の恨みを果たすべく、テロを起こす。そんな者たちが無視できないほどには存在する。
統合軍がその鎮圧に動くこともあるが、何ぶんテロは散発的であるし、どうしても後手に回ることが多い。
そのため、制限を受けずに行動できるアメツチが先手を取って鎮圧に動くことが多い。今回の出撃はそういう活動のひとつであった。
ホロンは言う。
「対人に慣れてるんなら安心だな。期待してるぜ」
『できる範囲のことはします』
そうこう話している間に、センサーに目標のテロリストのエグザイムの反応が出る。
「そろそろ会敵する。俺が前衛、ヌルは射撃で俺を援護、ベラン二尉は遊撃」
『りょーかい』
レンヌの返事と共に<壌無>と<ナッツ>のセンサーやモニターから<天窮>が一瞬にしていなくなった。
『…………ステルスですか』
「まあな。視界からもセンサーからも消えるアメツチが誇る最新ステルスシステムだ」
『こちらからも見えないとなるとフレンドリーファイアの可能性もありますが』
「あいつは避ける。不慣れな機体だと思うが安心して撃て」
『了解』
有視界距離まで近づくと、カラーリングを暗い色にしたテロリストたちの<トライ>が<壌無>の方を向く。
「3時の方向にエグザイムが2機近づいてくる!」
「振り切れそうか?」
「いや、無理だ。あちらの方が速い」
「なら、死んでもらうしかないな」
テロリストの<トライ>が一斉にアサルトライフルを構えて発砲を開始する。
<壌無>は手の甲に装備されている大型の鉤爪を盾にしながら真っすぐ突っ込む。
「ひーふーみーよ、8機全部<トライ>、しかも初期生産モデルじゃねえか。俺の敵じゃねえな」
腰からブロードブレードを引き抜く。柄尻からワイヤーが伸びていて、それは腰につながっている。
「気分はターザンってな」
ワイヤー部分を振り回して勢いをつけてから投擲する。
「な、なんだ!?」
1機の<トライ>はなすすべなくワイヤーに巻き取られて行動不能になる。
それを確認することもなく、<壌無>はアサルトライフルーーー宇宙迷彩用のカラーリングがしてあって、やはりワイヤーが伸びているーーーを構えて周りの<トライ>に向けてバラまくように射撃。
「こいつ強ぇぞ! 囲んでハチの巣にしろ!」
他の<トライ>は<壌無>から距離を取って周りを囲おうとするが、ある1機の右アーム、別の1機の左肩部スラスターが突然爆散する。
「な、なんだ!?」
「もう片方からの射撃だろ!」
テロリストのその言葉通り、テロリスト一派と<壌無>から少し離れた位置で<ナッツ>が全長の半分ほどの長さを誇るグレネードランチャーを手にしていた。グレネードランチャーではあるが、リボルバー銃のような回転式チャンバーが目を引く。
「…………奇妙な武器だ」
自身が<リンセッカ>という奇妙なエグザイムを乗りこなしていたことを棚の上にあげて、スノウは引き金を引く。すると銃口から炸裂弾が飛び出し、吸い込まれるように<トライ>の脚部に命中して爆発を起こした。
目の前のワインレッドとカーキのエグザイムに太刀打ちができないと考えて、捕縛されている<トライ>の中のテロリストが叫ぶ。
「俺を置いてお前たちは先に行け! 一般人を盾にしちまえばこいつらだって……」
「わかった、それまで待ってろ!」
損傷がない<トライ>数機が全速力で離脱しようとする。しかし、なぜかそのうちの1機の頭部がスパッと切断されデブリと化す。
「はっ?」
「どーこ行く気かな~?」
オープンチャンネルでレンヌの声が聞こえたかと思うと、水につけると色が変わる玩具のように空色のエグザイム<天窮>が宇宙空間に出現する。そして、手に持っている刀身が短いブロードブレードを構えてそのまま頭部がなくなった<トライ>の胸部装甲の隙間に突き刺す。
「悪い子にはお仕置きだぞ~!」
「ひっ!」
仲間の無残な姿を見て逃げようとする<トライ>を<天窮>は逃がさない。ビュン! と近づいたかと思うと、ブロードショートブレードを持ったままとにかく殴り続ける。殴るたびにナックルガードがひしゃげていく。
「あははは、楽しいねぇ! 楽しいねぇ! もっと抵抗してくれていいんだよぉ!」
それを見て、ホロンは毒づく。
「悪い癖が始まったよ。まあ、放っておくか。
残り2機、片方は俺がやるからもう片方は頼む」
『了解』
スノウに指示を出した後、<壌無>はアサルトライフルを元の場所にしまう。そして、なおも目的のため離脱しようとする<トライ>の後ろから獲物を狩る虎のように鉤爪で強襲、<トライ>の下半身をズタズタに斬り裂いた。
「こいつも連れて帰るか」
先ほどブロードブレードでそうやったように、アサルトライフルを投げて今しがた斬り裂いた<トライ>を捕縛する。
ブロードブレードを手にして向かってくる<トライ>の攻撃を小刻みに後退しながら避ける<ナッツ>。
(ここまで接近されてしまうと、炸裂弾は使いづらいか)
<ナッツ>はグレネードランチャーの側面に設置されたレバーを1回、2回と引く。するとチャンバーが動いて炸裂弾とはまた別種の弾丸が装填された。
躊躇なく放たれた弾丸が<トライ>の肩部スラスターの装甲を食い破り中で弾ける。すると機体全体に電流が迸り本体のシステムをダウンさせてしまった。
「無力化完了」
『よくやった。<ナッツ>のブロードブレードにもワイヤーがくっついてるから、それで縛り上げてくれ』
「了解」
『で、残りはベラン一尉の方なんだが……』
ふたりが<天窮>がどうなっているか確認すると、手足が切断され頭部がボコボコになった<トライ>と、頭部もスラスターも斬り裂かれ身動きが取れなくなったまた別の<トライ>が<天窮>の周りを漂っていた。
『やっほー、こっちも終わったよー』
『やっほーじゃねえよ……。さっさと捕縛して帰るぞ』
『はーい』
ほんの10分にも満たない戦いを終えて、三人は駐屯地へと戻るのだった。
(続く)
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