第99話 天と壌:フジの大地

 世間的にはMIAということになっているスノウは今、とある場所の独房に入れられていた。

 手足をもがれた<リンセッカ>と共に回収された後は、数人の大人によってコックピットから引っ張り出され、目隠しと耳栓をつけさせられ長い時間をかけて移送されたのだ。

 独房と言っても中に置かれている家具の類は一般的なそれと変わらず、閉じ込められているということ以外はそれなりに不満のない生活をすることができた。食事も貧相なものではなく、しっかりと栄養価が考えられたおいしいものだった。

 最初のうちはここがどこなのか情報を集めようとしたが、居場所につながるような手掛かりは独房内にはなかったし、外部とのやり取りは一切できなかったため、早々にあきらめて体力の回復に努めた。

 代わりに考えることは、先の戦いで対峙した女のこと……。


(なぜ、デシアンになる必要があるんだ。それが僕や人類のためになるその意味が分からない)


 あれだけ戦いに向いていない優しい少女が、修羅となるには理由があるはずだ。だが、その理由はいくら考えてもわからない。

 あまりにも情報が不足している。今自分がいる場所のことも、雪の心変わりのことも。だから、とりあえず外に出て情報を得るしかできることがないとスノウは思った。

 しかし、どのようにして外に出るか。食事の時に支給されるフォークやスプーンで地道に壁を削ってみるか……と考えていると、突然独房のドアが開いた。

 反射的に臨戦態勢になるスノウを見て、開かれたドアの前に立つ男は言う。


「よう、ヌル」

「やっほ。元気してる~?」


 男と、その男の後ろからひょっこり顔を出した女のよく見知った顔を見て、スノウは拳を下ろす。


「ホロンさんにレンヌさん。………………」


 拳は下ろしたものの、警戒は解かないスノウ。ふたりがここにいるという理由がわからなかったし、仮に囚われた自分を助けに来たにしては軽装すぎるのが気になったのだ。助けに来たということが間違いであれば、考えられることはひとつ。


(このふたりと、僕をここに入れた連中が通じている可能性がある……)


 ホロンとレンヌが謎の連中の手のものという可能性を払拭できないでいると、ホロンは言う。


「そう構えるなって。一応、俺はお前をここから出しに来たんだ」

「………………」

「ま、わりーとは思ってるさ。女に裏切られて混乱しているところに突然こんなところにぶち込んじまったことはな。こっちにも色んな事情があるんだ」

「つまり、ここに僕を連れてきた人たちと先輩方は仲間であるということでいいですね」

「そうなる」

「仲間って言うか部下だけどね、その人たち」

「…………余計なことは言うな」


 ホロンがレンヌの額にデコピンするのも気にせずにスノウは問う。


「ここに来た、ということは諸々の説明をしてくれるという認識で良いですか」

「そのつもりじゃなきゃ来ないさ。

 ただ、ここじゃ落ち着いて話もできやしないからな……レンヌ!」

「あいさー」


 レンヌは目隠しと耳栓、手錠を広げて楽しそうに笑う。


「じゃ、おめかししないとねぇ」

「………………」


 レンヌのノリもよくわからない……と思いながら、スノウは素直に従って手錠をかけられ、目隠しと耳栓をされた。

 その後、ふたりの誘導で歩かされる。


(ここまで厳重に目隠しをされるということは、何かしらの機密がある場所ということだけど……)


 数分間歩いた後、立ち止まったところで目隠しなどが外される。

 すぐに周囲を見渡すと、そこが最低限の調度品がおかれた応接室だということがわかった。

 それなりの値段がしそうな応接用ソファを指すホロン。


「とりあえず座ってくれや。飲み物はコーヒーでいいか?」

「構いません」

「ワタシはコーラ!」

「そんなもんはねえ、自販機で買ってこい!」


 ホロンは一回外に出て、すぐにカップを三つお盆に乗せて戻ってくる。


「ほれよ。インスタントだけどな」

「構いません」


 スノウの対面に座って、ホロンはコーヒーをひと口。


「さて、何から話したもんか……」

「『セブンスクエア』が失敗に終わってから、どうなったんですか」

「それから聞くのか。まあいいけどよ」


 ホロンは『セブンスクエア』が失敗に終わったことと、それによって統合軍は組織編制の変更を余儀なくされたこと、つい先ほどまで記者会見が開かれていたことを説明した。

 失敗したことはわかりきっていたことだし、組織編制に大慌てなのも想像できたことなので特に何も思わなかった。気になったのは会見についてだった。


「失敗したことを大々的に発表したんですか」

お前らの遠征前の失態に関しては隠し通したのにな。

 ま、その記者会見も全部元帥の手のひらの上さ。サンクトルムにもう1機<ディソード>があることを発表し、それを譲り受けるための一芝居ってとこだろ」

「…………メディアの力を使ってサンクトルム側が断れないように、ということですか」

「そうそう。話が分かる奴で助かるよ」


 一方話が分からない奴レンヌは頭に疑問符を浮かべている。


「…………つまりだ、今回の記者会見で堂々とサンクトルムに<ディソード>があると関係者以外に広まってしまった以上、出せと言われたらサンクトルム側としては断るわけにはいかなくなった。なぜなら―――」

「色んな人から文句言われちゃうから?」

「文句だけだったらいいがな。サンクトルムは血税で運営されているんだから、その血税を払う民草の信頼を裏切ったら運営できなくなる」

「なるほど」


 うんうんとうなずくレンヌ。

 ホロンはレンヌに聞こえないようにため息をちょっとついて、話を戻す。


「とりあえず、『セブンスクエア』が失敗に終わったことで、統合軍はてんやわんやさ。一般人の生活には影響はない。今のところは、だが」

「…………いずれあると」

「可能性は否定できない」

(フィリップス君のように扇動する人間が出ないとも限らない、か)


 デシアンの恐怖から解き放たれ自由になるはずだった『セブンスクエア』が失敗したことで、不安や不満が一般人から噴出することがホロンの懸念である。恐怖の感情は感染症のように広がり、いずれパンデミックを引き起こす。そのことをスノウは嫌というほどわかっているので、ホロンの懸念が理解できた。

 ひとまず記者会見の話題は終わり、次の話に。


「犠牲者の発表がありましたか」

「数の話か? 中身の話か?」

「どちらも」

「数は……あー、詳しい数は忘れちまった。作戦参加者の半数以上と聞いたが、詳しいことは後で自分で調べてくれ。

 で、中身に関してだが、俺の把握している限りお前の友人・知人に犠牲者はいなかったはずだ。

 ―――いや、正確にはひとり」

「………………」

「<ディソード>のパイロットがいなくなった。無断離脱者AWOL捕虜POWかはさだかじゃないがな」

「………………」


 スノウはその人物が明確に人類に対する敵対行動をとったことを知っている。だから、捕虜という扱いにはならないだろうと考えている。だが、今は言う気にならなかった。


「じゃ、次だ。そうだな……」


 ホロンがスノウの様子を察して、気を利かして話題を変えようと頭を悩ませる。しかし、隣のレンヌが割り込んだ。


「じゃあさじゃあさ、ワタシとホロンの馴れ初めでも話そうか?」

「…………なんでそうなる」

「えー、だって暇なんだもーん」

「もうそろそろ本題に入る予定だから、黙って待っててくれ……」

「キスしてキス! そしたら我慢してる!」

「しょうがねえな」


 目の前で繰り広げられるバカップルのやり取りを見るスノウの顔は、いつもと変わらない。

 やることをやり終えて、ホロンは再度スノウに向き直る。


「後気になることはあるか? なければ俺から本題を切り出したいが……」

「本題をどうぞ」

「そうか。ならこれを見てくれ」


 ホロンはテーブルの下からタブレットを取り出し、テーブルを滑らせてスノウに渡す。


「…………これは」

「見てわかるだろ。会社案内だ」


 ホロンの言う通り、タブレットには『アメツチ Inc. 会社案内』と書かれたページが映されていた。

 アメツチとはL1宙域に本社を置く警備会社だ。警備用のエグザイムの開発も行っていて、かつてスノウが雪の実家へ行くときのトラブルを解決するために使った<イワト>はここが開発したエグザイムである。

 突然、この会社のことを持ちだしてきたと言うことは……。スノウは言う。


「ここは、アメツチのどこかの施設というわけですね」

「正解。ここはアメツチの駐屯地……拠点のひとつだ。冥王星近海で漂っていた<リンセッカ>を俺とレンヌで回収してここまで連れてきたんだ。

 アメツチは民間警備やそれ関係の仕事を中心に展開している会社だ。それは知っているよな?」

「それは、まあ」


 地球圏で最大手の警備会社なので、住宅街を歩けば家の扉にマークが貼ってあるし、ちょっとした防犯機器にも大抵社名が刻印されている。<シュネラ・レーヴェ>で採用されている防火装置や非常ベルもアメツチ製だったはずだ、とスノウは思い出した。

 ホロンは首を横に振る。


「だが、それは表向きだ。裏向きの仕事ってのもある。本題と言うのはそれだ」

「…………裏の仕事、ですか」

「そうだ。簡単に言えば、影のポリス、あるいは忍者と言ったところか。

 統合軍の手が届かない場所で暗躍するテロリストの討伐や、汚職軍人のスキャンダルをすっぱ抜いたり、統合軍の派閥争いを未然に防いだり……まああまり人に言えないこともやっている」

「それでは反政府組織ではないですか」

「主なクライアントは地球統合軍なんだがな、まあそう思われても仕方ない」


 ホロンの言うアメツチの裏稼業に参加している者たちというのは、多くはかつて地球統合軍にいたものの、政争に負けたり、軍の方針と合わなかったりして統合軍内で冷遇されていた者たちだ。そのため、スノウが反政府組織だと指摘したのも大きく間違いというわけではない。

 ホロンは苦笑して一部認めつつも、はっきりと言う。


「とはいえ、だ。ここ十数年人類同士の争いはもちろん、デシアンとの大規模な戦闘がなかったことで統合軍内部には人命を守るという軍人の原則を忘れて自分本位な連中がいる。そういう連中は私腹を肥やすために非人道的なことはいくらでもやる。お前や他の子供たちを生み出したみたいにな。

 統合軍からしたら、そういう奴らは癌だ。だが、自らの体を切って癌を摘出するのは難しい。手塚治虫の漫画じゃないんだからな」

「………………」

「なにそれ?」


 スノウもレンヌも首をかしげる。


「そういう漫画があるんだよ。

 話を戻すと、アメツチが戦うのはそういう連中だ。そういう連中を追い出し一丸となってデシアンに立ち向かわなければ人類に未来はない。…………俺はそう思っている」

「………………」

「お前は最初にここにいる連中と俺たちが仲間なのかと聞いたな。

 答えはイエスだ。俺はアメツチのエグザイム部隊第三隊長を任されている。名前の通りエグザイムの開発のためのテストパイロットを務め、時にはテロリストと戦ったり統合軍と対立することもある」

「レンヌさんもホロンさんと同じところに……」

「そそ。書類上はホロンの部下やってるの」


 書類上は、ということは実際のところ対等な関係なんだろうとスノウは思った。

 とはいえ、それは本題ではないので一瞬で忘れる。


「それを僕に話すということは、アメツチに誘われているということですか」

「もっとわかりやすく言えば、スカウトだな。お前を俺の部下として迎え入れたい。本題の本題がこれだ」

「随分と僕を買ってくれているんですね」

「そりゃそうだろ。パイロットとしての腕は言うに及ばず、白兵戦も訓練を積んだ兵士と遜色ない程度に行える。

 それらの実力を支える冷静さ、慎重さ……。そして、その上で必要とあれば危険に身を置ける度胸。どれをとっても優秀だ」


 ホロンにいつものおちゃらけた感じはない。心からスノウを称賛し、真剣に仲間に引き入れようとする意志が見られる。


「俺と共に戦ってくれ。アメツチには、お前のような人間が必要だ」


 そして、ホロンは頭を下げてスノウに懇願した。

                                  (続く)

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