第98話 陰る太陽:ジニアス
『オペレーション・セブンスクエア』が失敗に終わってから3日後、地球統合軍は記者会見を開いた。
王我の側近のひとりが簡易的な作戦の流れやどのように失敗したのかを一般記者にもわかるように説明、結果どれだけの損害が出たのかひと通り発表し終えたところで、記者たちの質疑がひっきりなしに飛ぶ。
「お、落ち着いてください。指名されてから質疑をお願いいたします!」
司会進行を務める女性がうろたえながら記者たちをなだめていると、王我が面倒くさそうに立ち上がり言う。
「そういきり立つな。慌てずとも質問には答える。
そうだな、そこのさっきから貧乏ゆすりをずっとしている若い男。貴様の質問から答えてやろう」
指名された男は堂々とした態度で立ち上がって質問を投げる。
「先ほど作戦が失敗したことと、その内容について話されていましたが、<ディソード>が突如裏切ったことについてその原因はわかっているのですか?」
「裏切った原因については現在通信ログをあたるなどして調査中だ」
「では、その<ディソード>は……」
「質問はひとりひとつでお願いいたします!」
司会からそう言われて、しぶしぶといった感じで座る記者。
今度は小太りな中年記者が発言する。
「<ディソード>のパイロットは、元帥の身内と伺いましたが、本当ですかな? 本当だとすれば責任問題になるような気がしますが……」
「質問はひとりひとつと聞こえなかったか、間抜けが。
まあ良い。そもそも<ディソード>はサキモリ・エイジが愛機として搭乗しており、彼の血縁者にしか乗り込めないようロックがかかっている。それならば、彼の子孫である私の身内がパイロットになるのは至極当然と言えるのは失敗をなじるだけしか能のない諸君らにもわかっていただけると思うが……」
「元帥、先ほどからなんだその態度は! 作戦に失敗したのだから、もう少し申し訳なさそうな態度を取ったらどうだね!」
別のいかつい風貌の記者が怒りのあまり叫ぶが、王我は心底軽蔑した表情で言う。
「私が申し訳なく思うべきは今回の作戦によって戦死した勇敢な戦士たちとその家族に対してであって、貴様らにではない。でしゃばるな」
「なっ……」
「他に質問があるものは今言いたまえ。逃げずに答えよう」
そう言われた記者たちは、さっきまでの熱意はどこ行ったのか、委縮してしまい、(誰か質問しろよ……)と無言の牽制をするしかなかった。
そんな冷え切った記者会見を配信で見ていたレンヌはすぐそば、肌が触れ合う距離にいるホロンに言う。
「いやー、さすが元帥ねぇ。あっという間に記者たちを手玉に取っちゃった」
「確かに大したもんだ。用意周到、先んじて手を打つその手腕は見習わないとな」
「え、どういうこと? 聞かれたことに答えているだけじゃないの?」
「お前な……」
ホロンは呆れた口調とは裏腹に、優しくレンヌの頭をなでてやる。レンヌは日向ぼっこする猫のように目を細める。
「サクラだよ。質問した記者はおそらく元帥の手のものだ。記者に扮装させて潜り込ませ、打ち合わせ通りに質問を受ける。そうすりゃ答えたくないことは言わなくていいし、質問には答えているから不審に思われることはない」
「んーじゃあ、この怒ったオッサンもそう?」
「どうだかな。自分たちが情報を発信してやってるんだというプライドの高い記者ならああも言われたら仕込みじゃなくてもキレるもんだ」
「そだね。当事者じゃないワタシですらキレそうだったもん」
レンヌがこの場で怒り狂ってしまった場合、その被害は全部そばにいるホロンが被ることになるだろう。それが容易に想像できて、彼は苦笑した。
レンヌはホロンの説明を聞いて、おや? と首をかしげる。
「なんで質問した人たちがサクラだって思うの?」
「元帥に指名されて間髪入れず質問しただろ。普通、突然指名されたらちょっと驚く。ましてや相手が元帥だったら、普通の記者だったらビビっちまう。
でも、質問した記者はそうすることが当然のように質問を始めた。事前に打ち合わせしてなかったらそうはならねえ」
「なるほどね~」
記者会見はホロンの言うサクラらしき記者からの質疑を王我が堂々と回答して、順調に進んでいく。そして、会見時間の都合で最後の質問がされる。
「先の作戦は失敗とのことですが、これからの展望を教えていただけますか。
具体的には、敵に回ってしまった<ディソード>を含め、どのようにデシアンを打倒するのかという点ですが……」
「もちろん、デシアン打倒の手立ては考えてある。
<ディソード>は諸君らもご存じの通り、サキモリ・エイジが第一次デッドリー戦役で多大な戦果をあげた名機だが……実は現存するのは彼の乗っていた1機だけではない」
王我の突然の告白に会見場は騒然となる。配信を見ている者たちも驚いたし、掲示板やSNSでも次々と驚きの投稿がなされる。
驚いたのはレンヌも例外ではなかった。
「そ、そうなの!? だとしたら教科書作り直さなきゃじゃん!」
「そこかよ、注目するところ」
レンヌにツッコミを入れつつ、ホロンは考える。
(にしても、もう1機あるってのはどういうわけだ。予備パーツを組み立てればもう1機分賄えるってのと、まるまるどこかにひとつあるってのじゃ話は変わってくるが……)
当然ながらホロンの疑問に答えることなく会見は進む。
質問をした記者はひどく驚いた様子で再度問う。
「そ、それはどちらにあるのですか?」
「時間がないため、これだけ言わせてもらう。
もうひとつの<ディソード>はサンクトルムにある。
では、失礼する」
王我は側近を引き連れ会場を後にする。
会見場は再度騒然に包まれるが、ホロンはそれには関心を示さず、感心したように言う。
「あー……最後まで隙のない会見だったな……。こりゃ学長も大変だ」
「なんで?」
「ちょっとは自分で考えてみろ。さて……」
ホロンはベッドから出て服を着始める。
「そろそろ頃合いだ。お前も準備しろ」
「はーい」
出かける準備を整えて、ふたりはある場所へと向かった。
ボロボロの状態になった地球統合軍だが、戦列の末席に加わっていた有志……すなわち、サンクトルムの学生たちはおおむね生存して帰ってきた。それは最前線で戦っていなかったからであり、常に戦場の後方で前線を突破してきた少数の敵を相手にしていたからだった。
しかし、それでも犠牲はゼロではない。命を落とした者がいるし、生きて帰ってきてもしばらく病院のお世話になる者もいる。
そして、その犠牲者の中には―――
その情報は当然スノウの友人らにも伝わっていた。反応は様々だったが一番心に暗い影を落としたのはソルであった。
(俺の……せいじゃないか。彼がMIAになったのは……)
ソルは自室のベッドに横になり、罪悪感にかられていた。喉へ胃酸が上がってくる感覚がしたが、なんとか抑え込む。
(俺がたきつけるようなことを言わなければ、ヌルは『セブンスクエア』に参加しなかったし、MIAになることはなかったんだ……)
ナンナからスノウが本来の戦列を離れ最前線に上がっていったことは聞いた。だから、MIAがスノウの自業自得だと断じられればもっと楽だっただろう。だが、悲しいかなソルはそんな薄情で自分勝手ではなかった。
自責の念でソルは帰宅してからのまる1日自室から一歩も動けずにいた。心配した者たちからメッセージも届いたが、億劫で見ることすらしない。
最愛の幼馴染である黒子は合いカギを持っているのでたびたび様子を見に来たが、彼女が差し入れてくるものを口にできなかった。無理矢理入れようとしても酷い吐き気で喉を通らなかったのだ。
そんな状態でまたやってきた吐き気と罪悪感に耐えていると、インターホンが鳴る。
「誰だ……こんな時に……」
黒子はインターホンを鳴らさない。だから、純粋な来客なはず。そう思ってソルは重たい体を起こしてなんとかドアの前までやってくる。
「よう、やつれたな」
「…………沼木。それに、オーシャン」
「何度も連絡しましたが、出られなかったので来ました」
「あがっていいか?」
「…………何もできんが」
「お構いなく」
秋人とアベールがソルの部屋に入ってくる。
ふたりを椅子に座るように言って、それからベッドに腰を掛けるソル。
「すまない、横になっていていいだろうか」
「おう、楽にしてくれ。
なんも食べてないって聞いたから、色々持ってきたぞ」
秋人は持ってきたバッグからゼリーやスポーツドリンクといった風邪をひいたときにお見舞いに持っていくような食品をいくつか出して並べた。
「俺は風邪をひいているわけじゃないんだが……」
「知ってらぁ。でも、なんか食わねえとなんもならんだろ。だから、食べやすいモン持ってきたんじゃねえか」
「何か御所望なら僕が作りましょう」
「………………」
ソルは眉をひそめて黙り込む。嫌悪から眉をひそめたのではない。ただ、わからないことがあって、それがそうさせるのだ。
「どうかしましたか?」
「…………わからん。ヌルがMIAになったというのに、彼と親しい君たちはショックじゃないのか?」
「…………そんなわけ、ないでしょう?」
「俺だって驚いたし……ショックなことに変わりはねえ」
「なら、なぜ……普段通りにできているんだ」
俺はこんなにも苦しくて、自責の念で潰れそうなのに。口には出さないが、そう思ってふたりから背を向ける。
その背中に秋人は言う。
「あいつは死んでねえ。だからだよ」
「死体が確認できているんでしたら生存は絶望的だったでしょうが、MIAなら……スノウならもしかして生き延びているんじゃないかと、僕は思います」
「………………」
「荒唐無稽だと笑いますか? でも彼はあのおぞましい数のデシアンとの戦いに生き残ったんですよ。ならば、今回も生きているんだと信じた方がきっと……」
どんどん語気が弱まっていくアベールの言葉で、ようやくソルも気が付いた。ふたりは決して平気なわけでも、普段通りできているわけでもない。ただ、信じたいだけなのだ。スノウが戦死したという現実で押しつぶさないように、生きているはずだという希望を纏って耐えているだけなのだ。
それがわかったから、ソルはゆっくりと上体を起こし、ふたりに向き合う。
「…………そうだな。地球統合軍の軍人があれだけいたんだ、あの時よりずっと楽な戦いだったはずだ。彼にとっては」
「ええ」
「…………オーシャン、何か作ってくれないか。できれば精のつくようなものを」
「承知しました。任せてください」
「俺はなんかするか?」
「いや、いい。…………感謝する。訪ねてくれて」
スノウがMIAになった。そして、ソルがそれを自分のせいだと考えていることに変わりはない。だが、秋人とアベールが信じている希望に縋りつくことにした。
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶのだとしても、ソルは自分の経験――遠征でスノウが絶望的な状態から生還した奇跡をまた信じてみようと思ったのだ。
久々に口に入れた固形物は、とにかく美味で涙が止まらなかった。
(続く)
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