第97話 ディス・ディソード:月桂樹が花をつけた

 <ディソード>がデシアンの本拠地へ突入してから30分経過した。しかし、<ディソード>から敵中枢を破壊した旨の連絡は届かない。それは王我よりの想定よりも時間がかかっていることを示していた。


(敵本拠地なのだから当然防衛は手厚い。入り組んでいて中枢までたどり着くのに時間がかかるということも織り込み済みだ。

 たどり着けず、途中で『限界』になったか?)


 <ディソード>を起動すると響く謎の声に雪は作戦の直前まで苦しめられていた。仮に本拠地内で脳内の声に負けてしまったなら、想定を上回るほど時間が経っても連絡がないことは不思議なことではない。


(ここぞ、というときにやる奴だと思っていたんだがな……。

 このまま何も連絡がないのであれば回収を視野に入れねばならん。それには……)

「状況報告をしろ。今、デシアンの部隊と我々の戦力比はどうなっている。優勢か、劣勢か……」

「現状、こちらが優勢となっております。敵に増援はありません」

「では、艦隊Aの指揮官に伝えろ。敵本拠地内に突入した<ディソード>の回収に向かえとな」

「敵本拠地に反応アリ!」


 王我が部下にそう指示し、<ディソード>回収後の戦いをどう展開していくかという考えは別の部下の鋭い一言にさえぎられた。


「増援か?」

「いえ、<ディソード>です。敵本拠地内より帰還した模様です」

「ほう……」

「前方に<ディソード>映します」


 部下の言葉通り、ディスプレイに<ディソード>が映し出される。出撃前と変わらず傷一つない様子は、王我のみならずブリッジのすべての者に作戦の成功を確信させた。


(少々心配だったが、中枢の破壊を成功させたのだな……)


 王我が一瞬だけ冷徹な表情を崩したその時、<ディソード>は長剣を天高く掲げ始めた。

 不可解な行動にブリッジは軽い混乱状態になる。


「な、なんだ?」

「通信もせずに、何をしている……?」

「勝鬨でもあげる気なんじゃないか?」


 混乱のさなかで、その行為が何を意味するか理解している王我とその側近だけが驚愕に目を見開いた。

 ブリッジの誰よりも大声かつ早口で王我は叫ぶ。


「対Eエネルギー防御! 他の艦にも通達しろ、早急にだ!」


 <ディソード>の長剣からエネルギーがあふれ出す。そのまま長剣が薙ぎ払われると、轟音と共にブリッジが激しく揺さぶられた。


「ぐっ……状況を報告しろ!」

「は、はい……。

 …………<ディソード>から放たれた攻撃により、我が軍の艦隊……半数以上が撃沈しました!」

「<シュネラ・レーヴェ>は航行・戦闘共に可能ですが、今の攻撃で出力ダウン! 現状の戦闘能力は通常の60%ほどかと……」


 <ディソード>の長剣から放たれたエネルギーは衝撃波となって地球統合軍を襲った。王我の指示通り対エネルギー防御を素早く展開できたものや指示が来る前に異変を察知して防御態勢をとっていたものは軽微な損傷で済んだが、それ以外の艦はなすすべなく爆散した。そして、その周りにいたエグザイムも、デシアンも、すべて宇宙の塵となった。

 なぜ<ディソード>がこちらに刃を向けてきたのか。それを考える余裕も時間もなく、作戦の続行は不可能だと悟るしかなかった。


「<ディソード>の動きに注意しながら撤退を始めろ。艦隊同士は極力固まらず、散らばるように下がれ」

「で、では……」

「作戦は失敗だ。この場から速やかに離脱する」


 混乱のさなか全艦隊に撤退命令が広まると、前線のパイロットたちも慌てて自身の所属艦に帰還し始める。


『あれだけ押していたのに作戦は失敗したのか!?』

『見てなかったのか! 艦隊が一瞬でバラバラになったんだぜ!』

『喋ってないで早く撤退して!』


 デシアンの群れとやり合っていたパイロットたちからすれば、突然艦隊が爆散し、すぐに撤退を命令されたので、何もかもわからないままの敗走になった。

 秋人らも命令に従って撤退をするが、ナンナがあることに気が付く。


『…………ヌルが戻ってこない』

「なんだと? まだ戻ってこねえのか!?」

『それはまずいですね……。これだけのデシアンの数をかいくぐって戻ってこられるか……』


 そう言いつつもアベールはしんがりを務め、<アリュメット>の腕部キャノンで追撃してくるデシアンを確実に落としていく。

 佳那はナンナに問う。


『<アルク>の遠隔操作で<リンセッカ>をこちらに戻すようにはできないんですか?』

『やってみたが、遠すぎて反応しない。どこにいるかもこの距離では正確なところはわからん』

「肝心な時に使えねえな!」

『…………今は正論だ』

『では、今スノウは何をしているんでしょうかね……』


 アベールは<リンセッカ>がすっ飛んで行った方に一瞬だけ視線をやって、すぐにデシアンに向き直った。



 その<リンセッカ>はというと……。


「…………何をしているの、雪ちゃん」

『………………』


 <ディソード>と対峙していた。

 やってくるデシアンすべてを叩き潰し、<ディソード>と有視界距離まで接近した瞬間、<ディソード>が長剣を振るって艦隊を壊滅させたのだ。

 スノウにとってもそれはあまりにも不可解な行動だったので、<リンセッカ>の足を止めて通信を送る。


「君は今、味方を攻撃したということは理解できていると思う。

 なぜ、そんなことをした」

『………………』

「…………何も言わない、か。待ってて、すぐに助けるから」


 <ディソード>がデシアンの本拠地に突入したことはスノウも知っている。だから、その中で何かされたのだとスノウは思い至った。すなわち、今の行動に雪の意志はなく、外部から<ディソード>が制御されていると考えたのである。

 それなら話は早い。後で王我ら統合軍の偉い人に怒られるだろうが、<ディソード>を半壊させ連れて帰ればそれで終わりだ。そう思ってブロードブレードを構える。

 しかし、その考えは聞きなれた、聞きたかった女の声で遮られた。


『…………スノウ、どうしてここにいるの?』

「雪ちゃん……! どうしてって、君を追ってきたんだ」

『どうして……どうして来ちゃったの』

「………………」


 通信越しの彼女は明らかに泣いていた。その理由がわからず、スノウは何も言えない。


『スノウが来なければ……あたしはただ裏切者でいられるのに』

「裏切者……」

『ごめんね、スノウ』


 <ディソード>が<リンセッカ>に突っ込んで長剣を振るう。


「ッ!」


 脚部を狙って向けられた刃をブロードブレードで受け止めようとするが、あえなく破壊され、そのまま脚部を真っ二つに斬り裂かれる。

 しかし、ただやられっぱなしではない。<リンセッカ>はすぐさま破壊されたブロードブレードの柄を持ったまま<ディソード>に殴りかかる。

 頭部にパンチを喰らってたじろく<ディソード>の隙を見て、<リンセッカ>は距離を取る。


「…………何のつもりだ」

『………………』

「今生の別れじゃないんじゃなかったのか。またみんなと遊ぶんだろ。僕の実家に遊びに来て、僕の義父さんに挨拶するんだろ。

 なんだ、これは。人類の敵になる? ナンナを、谷井さんを、秋人を、アベールを、グレーさんを、あと名前知らない人も多いけどたくさんの友人を裏切るのか?

 君が<ディソード>に乗ったのは、みんなを戦いに巻き込まないためじゃないのか? 君自身の手で戦いを終わらせるためじゃないのか?

 僕はそう思って君の考えを尊重するつもりだったけど、君に会えば僕がどうしたいのか……君と一緒にどんな未来を創りたいのか、その答えのきっかけが見つかると思ってここまで来た。

 だと言うのに、どういうつもりなんだ、君は。僕を、裏切るのか?」

『…………ッ!』


 <ディソード>の長剣が光輝き、そのまま振るうとエネルギー刃が飛ぶ。なんとか回避しようとする<リンセッカ>だが、右肩スラスターが破壊されてしまう。


「くっ……」

『違う! あたしは……みんなのために人類の敵になるの!』

「それが……裏切りとどう違うんだ!」


 残された左腕でアサルトライフルを連射するが、<ディソード>には通用せず回避されてしまう。そのまま、<ディソード>は<リンセッカ>の左肩スラスターも切断した。

 もはや何の抵抗もできなくなった<リンセッカ>を<ディソード>が抱える。


『意味わからないよね。だけど、信じて。あたしはみんなのために、スノウのために……デシアンになるの』


 <リンセッカ>を統合軍の艦隊の方へ優しく押し出す。


『大好きだよ、スノウ。だから……だから……今は、お別れ』

「雪ちゃん! 理由を話してくれ! どうしてデシアンにつくんだ、なぜそれが僕のためになるんだ! 雪ちゃん! 雪ちゃん!」


 スノウがいくら手を伸ばしても、いくら叫んでも、<ディソード>は遠のいていく。見えなくなるまでは、そう長い時間かからなかった。


「うっ……スノウ……。スノウ……ううう……うあああああああ……」


 雪もまたコックピット内で遠く去り行く<リンセッカ>を見送って、膝を抱えて泣いた。



 達磨となった<リンセッカ>は戦場を漂う。まるで大いなる意志が介在したかのようにデシアンに狙われることなく、川面に浮く木の葉の如く……。

 そんな<リンセッカ>をキャッチしたエグザイムがいた。鬼を思わせる二本角が特徴的なワインレッドのエグザイムは<リンセッカ>を小脇に抱えるように固定し、撤退を続ける統合軍の艦隊の方へ動き出した。


「とりあえずヌルは回収できたか……」


 ワインレッドのエグザイムのコックピット内で、男がぼやく。


「セブンスクエアが失敗しようがしまいがどーだっていいが、<ディソード>ごと裏切るってのはさすがの俺でも青天の霹靂ってやつだな」

『どーいう意味?』

「超驚いたってことだ。

 さて、と……。ベラン二尉、<コバンザム>の準備は?」

『指定された艦にはっつけた。ホロンのタイミングで戻ってきていいよ』

「…………あのな、今は仕事中なんだから階級で呼べ」

『はーい、オノクス一尉』


 戦場の雰囲気に似つかわしくないおちゃらけた声のレンヌに聞こえないようため息をつきながら、ワインレッドのエグザイムに乗る男―――ホロンは撤退に遅れないようにエグザイムのスピードを上げた。



 戦力の半数以上を失った地球統合軍は大慌てで戦闘から離脱し、デシアンの本拠地が有視界距離から離れたタイミングで来た時と同じようにワープし、戦場から離脱した。

 人類の存亡をかけた大一番は、あまりにもあっけなく、あまりにも一瞬で勝負がついてしまった。しかも、伝説のエグザイム<ディソード>の裏切りという最悪の形で。

 なぜ<ディソード>が裏切ったのか、統合軍本部に戻るまで至る所で喧々囂々けんけんごうごうたる討論が行われたが、その理由にスノウ・ヌルという若者が関わっていたことを誰も知らないまま……『オペレーション・セブンスクエア』は終わりを告げた。

 そして、統合軍関係者―――それは秋人やアベールといったスノウの友人らも含む―――は<リンセッカ>とその中にいるスノウがある組織に秘密裏に回収されたことを知る由もなかった。

                                  (続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る