第96話 オペレーション・セブンスクエア:死人の白菊
艦隊のすべての砲門が火を噴いて黒い霧に穴をあけ続けたものの、霧は薄くなることなくだんだん艦隊に近づいてくる。
地球統合軍の艦隊は艦砲射撃を続けつつも、
それはスノウたちのいる艦も例外ではなく……。
『なんだよこの数……』
『散らばらず、固まってお互いの死角を補うように戦うとしましょう』
『穴熊というわけか。それでいこう』
『は、はい』
<ヘクトール><ポワンティエ><アルク><アリュメット>はお互いの背中を預け合うようにフォーメーションを取った。
しかし、<リンセッカ>はその輪に加わらずに、ただ止まってデシアンの軍勢の方を向いていた。
『どうした、ヌル。<リンセッカ>の機動力を腐らせているなんて珍しいな』
「………………」
スノウは食い入るようにモニターを見て、あごに手を当てる。
(…………おかしい。デシアンの進攻速度はこんなものじゃないはず。数が多いことを差し引いても鈍足すぎる)
スノウは前回の遠征でデシアンが攻めてくるときの迅速さを学んでいる。そのスノウには、今のデシアンの攻撃は意図的に遅くされているようにしか見えないのだ。
(考えられるとしたら、罠か。遅々とした攻めで油断させて一気に攻め込んだところを別動隊で艦隊を襲撃するか、戦略兵器で大打撃を与えるか……。どちらにせよ警戒しないといけないな……)
<シュネラ・レーヴェ>にいる王我もスノウと同じ疑問を感じ、考えていた。
(攻めてくれと言わんばかりの手ごたえの無さは策があることの表れか……?
しかし、奴らが機動兵器単位での自在なワープを実現している以上、いつでも別動隊の危険性はある。ならば、いつ来ても危険であるならば、別動隊の陰に怯えるよりは果敢に攻めたほうが賢明ということもあり得るか)
現在の自軍戦力と敵軍戦力、そして切り札たる<ディソード>の戦闘時間を加味して王我は決断した。
「艦隊AからG及び所属機動兵器は敵軍に向けて全速前進、攻勢を続けろ。旗艦含むHからJはその後方からついていき、先に前進したA~Gを援護しつつ別動隊に備える。それと<ディソード>はいつでも出撃できるようにしておけ」
手早く出された指示によって艦隊が動き出す。
意外なほど早く動き出した戦局が、現場にいるパイロットたちを驚かせた。
『我々は先行する艦隊やエグザイムの援護をするよう指示が来た』
『一気に戦いを終わらせるつもりでしょうか……』
『長引けばこちらが不利になりますから、おかしくはない選択ですが……』
ナンナの報告を受けて、佳那とアベールがそれぞれつぶやく。
学生たちの艦とエグザイムは先行していく艦隊の後ろについて移動し始めるが、前衛の艦隊に敵が集中しているのにも関わらず、処理するので精一杯なほどデシアンが迫ってきていた。
『ここにきて本気を出してきたって感じか!』
「いや、まだ何かあるはず」
『第二陣が来る可能性もありますね』
「それもだけど、攻め切ったところで別動隊に襲われるってこともあり得る」
丁寧に<DEATH>の頭部を破壊してとどめを刺しながら、スノウは仲間たちに言う。
「なんにせよ、敵本拠地を落とすまでは何があっても不思議じゃない。それだけは忘れないで」
スノウや王我の危惧をよそに、地球統合軍は不気味なほど順調にデシアンの本拠地へ近づいていっていた。その手ごたえのなさはスノウや王我のみならず、戦況がある程度読める者ならみんな不思議に感じるほどであったが、有視界距離までデシアンの本拠地へ近づけたので、王我は切り札を切ることにした。
(仕掛けるのであればもっと早い段階でいくらでもできたはずだ。だと言うのに何もしてこないということは、本当に何もないのか、何か不備があったのか……。それともこれから仕掛けるのか……。
だが、この機を逃すわけにはいかない。何が待っていようとも、その前にケリをつけてやればいい!)
「フェーズ3だ、今すぐ<ディソード>を出せ!」
「了解、<ディソード>出撃させます」
格納庫では命令を聞いた雪が<ディソード>のグリップを固く握っていた。
「…………ついにこの時が」
幾度となく地球圏に出現し、人類を脅かしてきた存在。
地球圏へ逃げる自分たちに延々と襲い掛かってきた悪魔。
100年間の戦いの決着を―――
(ううん、それはどうでもいい)
かぶりを振って使命だとか宿命だとかを頭の中から消す。
剣を振るうのは
『ハッチ展開完了。いつでも出撃どうぞ』
「はい。…………<ディソード>、出ます」
静かな決意を胸に<シュネラ・レーヴェ>から弾丸のように飛び出す。
(…………あれ、おかしいな。あれだけうるさかった声が聞こえない)
思えばコックピットの中で待機している間から、あれだけ苦しめられたあの音が聞こえなかった。この戦いはその声との戦いでもあると思っていたので少々拍子抜けしてしまった。
(でも、声がない方が集中できる。いつまた聞こえてもおかしくないから、今のうちに敵を倒す!)
<ディソード>は視界を覆いつくすデシアンの群れの中に突っ込む。そして、長剣を天に掲げて雪は叫ぶ。
「行かせてもらうね、スノウのために!」
長剣から光があふれ、白くデシアンを塗りつぶしていく。深い霧が朝焼けにかき消されるようにデシアンはその数を減らしていった。
その様子はすべての艦隊・すべてのパイロットが観測できて―――ある者は強さに圧倒され、ある者は勝利の確信に喜び、ある者は恐れ、ある者は残るデシアンを掃滅しようと気を引き締めた。
そして、スノウは……。
「…………
周りの状況お構いなしに全力でペダルを踏みこむ。
『お、おい、スノウ!』
『我々はまだこの位置で待機を―――』
仲間たちの声すら振り切り、<リンセッカ>は一気に前衛へあがっていく。
もちろん、距離があるので一瞬というわけにはいかない。しかし、一瞬でも早く近づきたかった。
(君に近づけばわかるはずだ、僕の気持ちが。君のそばに、君の近くにいさえすれば……)
<リンセッカ>の最高速は<ディソード>に引けを取らない。最高速で動き続ければ<ディソード>に接触できる距離までいずれたどり着く。
しかし、それをデシアンは許しはしない。突然単独行動を始めたエグザイムを潰しさんと襲い掛かる。
「邪魔」
ギロチンメーカーを起動し、すれ違いざまに叩き斬る。それでもなお仕掛けてくる相手には両手にそれぞれ構えたブロードブレードで一刀両断。
次々と撃墜スコアを増やしていくが、まとわりつくようにやってくるデシアンによって<リンセッカ>は余計な移動を余儀なくされてしまう。
(このままだと、<ディソード>と合流できない……!)
背後で苦戦している<リンセッカ>に気が付かず、<ディソード>はデシアンを次々と光の中へ沈めて本拠地へと近づいていた。
そして、とうとう本拠地の入り口らしきくぼみを見つけると、雪は通信を送る。
「こちら<ディソード>。<シュネラ・レーヴェ>聞こえますか?」
『聞こえています。いかがなさいましたか?』
「敵本拠地の入り口らしきものを発見。これより突入し、中枢を破壊します」
『…………はい、了解しました。ご武運を』
オペレーターがそう言ったのを聞き終えると、雪はひとつ深呼吸をし、しっかりとした眼差しでペダルを踏みこむ。
くぼみから中に入っていくと、外見と同じ赤黒くどこか生物的な壁でできた通路にたどり着く。
(機動兵器が何機も余裕で通れるほど広い通路……。ここからデシアンは出撃するのかな……)
一切敵は来ず恐ろしいほど静かな道を進みながら、あたりを見渡す雪。
デシアンの本拠地というだけあって、内部はアリの巣のようにとにかく複雑で、ただ無策に突入するだけでは帰り道すらわからなくなってしまうだろう。
しかし、雪は何かに導かれるように先へ先へと進んでいき、そして明らかにそれまでと雰囲気の違う場所へとたどり着いた。
生物的なグロテスクさが一切ない大理石のような美しい色をした壁で囲まれ、中央にはエグザイムですら小人に見えるほど巨大なモノリスが天高く伸びている―――あまりにも異様な光景は一目見ただけではわからないが、この場所こそこの本拠地の中枢と言える場所であった。
雪にもここが中枢だとは思いつくことはできなかったが、明らかに他と様子が異なるのできっと重要なエリアだと判断、<ディソード>の長剣を掲げて破壊しようとした瞬間のことであった。
『よくぞ、ここまで参った』
「えっ?」
突如、通信回線が開いて女性らしき者の声が響く。普通であればその声に困惑するところだろうが、雪は違った。ノイズこそないがその声には聞き覚えがあった。
(この声……<ディソード>を起動した時の声!)
<ディソード>の起動実験のころから自分を苦しめてきた声。ずっと頭に響いて脳を揺さぶった忌まわしい声が今は通信回線から聞こえてきているのだ。
(でも、どうして? どうして回線から聞こえるの? 今日に限って声が聞こえなかったのと関係があるの? この……デシアンの本拠地と関係があるの?
そもそも……何者なの!?)
とめどなくわいてくる疑問。それを読み取ったのか謎の声は答える。
『今、私はこの場にはいない。
そちらからここに来てくれるのであれば、わざわざ声を届ける必要もない。
ここ―――そちらがデシアンと呼ぶ機動兵器群の本拠地はこちらが製造したものだ。関係しているかと言われればその認識に相違はない。
そして、こちらは―――そちらに未来を与える存在である』
「…………どういうこと?」
疑問はいくつか解決した。それ以上の謎を残して。
謎の声が何を言いたいのかわからず、雪は問いかける。
「貴方がデシアンを造ったのであれば、たくさんの人の命と未来を奪ったんでしょ、それなのに今更未来を与えるって何!?」
『100年間、こちらはそちらがデシアンと呼ぶ機動兵器を製造し、そちらが地球と呼ぶ惑星やその周りに住む人間たちに攻撃を続けてきた。
その間、そちらは強くなった。こちらの機動兵器群を解析し、時空間移動の術を身に着けこちらに攻勢をかけられるほどまでに。あと50年はこちらに来られない計算だったこちらの想定を上回ってきた』
「これ以上、意味不明なことを言い続けるなら―――」
質問に答えろ、と言わんばかりに長剣をモノリスに向ける。
しかし、雪の心は揺れていた。中枢を破壊する命令と、戦いを終わらせる使命と、目の前のモノリスに対する得も言われぬ恐怖と、デシアンの謎が解けそうな好奇心の間で。
この謎の声の口調は機械的でありながら、言葉がすっと腹に落ちる。言葉を続けてほしいと思ってしまう魔性の魅力があった。
謎の声の話は続く。
『だが、足りない。合格とするにはあまりにも弱く脆い種族―――。
現状では、宇宙に出る資格なし』
「宇宙に出る資格……?」
『万の言葉を尽くしても、そちらには理解できまい。ならば―――』
その言葉と同時にモノリスから黒い光が広がる。それが<ディソード>を包み込み、そして雪の視界を黒く染める。
思わず目を閉じてしまった雪が再び目を開けたときには、彼女は見たことのない惑星が連なる見知らぬ宇宙の中にいた。
「こ、これは……?」
『そちらの精神だけを遠い宇宙へ飛ばした。ここで行われることを見るが良い』
遠くからアメーバやスライムのような不定形の物体が顔を出す。中からその物体よりも小さい不定形の物体―――と言っても戦艦ぐらいはあるサイズだが―――が飛び出し、雪から見て一番遠くにある惑星に突撃していく。
すると、その惑星の中から見たことのない機動兵器がやってきて、戦艦サイズの不定物体に攻撃を仕掛ける。
「なにこれ……」
『あの星の人類が敵性生命体との戦闘をしている様子だ』
機動兵器は短い距離で瞬間移動を繰り返し、そのたびに球体の実弾を発射する。しかし、その実弾は不定物体に通用する様子はなく吸収されてしまう。
別種の機動兵器はレーザーのようなものを放つが、やはり無効化されてそのまま不定物体に本体ごと飲み込まれてしまった。
次々と不定物体に飲み込まれていく機動兵器が最後のひとつになったタイミングで、最大サイズの不定物体から飛沫が飛ぶ。それが惑星に刺さると惑星は黒ずんでいき、そのまま腐り落ちるリンゴのようにグチャグチャになってしまった。
「戦い……? これは戦いなの? ただ、スライムが一方的に……」
独り言のようにそうつぶやく雪の手は震えていた。あまりにも恐ろしい、一方的な殺戮がそこにはあったからだ。
これをフェイクと笑い飛ばせたらどれだけ楽だったろう。しかし、この光景はまさしくどこかの宇宙で実際に行われていることだと、本能が感じていた。
謎の声は言う。
『あの惑星の機動兵器を参考にこちらはデシアンを製造した。そちらに合わせるため随分とグレードダウンはさせてもらったが。
では、次』
雪はその後、いくつもの戦いを見せられた。戦いと呼べないほど一方的だったもの、拮抗したものの限界を迎え散ったもの、勝利と呼ぶには代償が大きすぎたもの、多様な戦闘模様をその目にしたが、共通しているのは人類とそれ以外の生命体との戦いの記録だったことだ。
戦いを見届けた後、雪は謎の声に問う。
「これを……これを見たからなんなの。何が目的なの?」
どれも人知を超えた戦いだったが、それが自分たちとどう関係があるのか。まさか地球人とデシアンがこれらの戦いと同じ関係だとでも言いたいのか。
そう考えたが、返ってきた答えは雪の想像を超えたものであった。
『地球人は弱い。今のまま宇宙に出れば、これらの戦いで散っていった者たちと同じ轍を踏む。
だから、こちらはデシアンを製造した。適度な脅威を与えることで、地球人を成長させるために。地球人を成長させ宇宙に出てもその種を未来に残せるように。
そのために、100年前に地球へ向けてデシアンを送ったのだ』
「えっ……」
『サキモリ・エイジの子孫であるそちらの力があれば、地球人は更に強くなれる。
キタヤマ・ユキよ、力を貸せ。地球人の未来のために』
(続く)
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