第95話 四十九日を迎えて:はじまりはオダマキと共に
12月上旬。サンクトルムから地球統合軍へ向けて宇宙船が出港した。『オペレーション・セブンスクエア』に参加する学生たちを乗せて、宇宙の海を漕いでいく。
操縦科の学生たちがそろう船内は騒がしいというほどではないが、ほどほどににぎわっていて、修学旅行のバスの中を彷彿とさせる。
その船の中で退屈そうにあくびをした秋人は隣に座るアベールに言う。
「統合軍と合流するのが今日としても、そこからデシアンの本拠地まで行くのに何日かかるんだって話だな……」
「ちゃんと説明を聞いていましたか? 本拠地までは<シュネラ・レーヴェ>で一気にワープするのでそう時間はかからない計算ですよ」
「あれ、そうだったか……? にしたって、不安は不安だよな」
「どうしてですか?」
「だって俺たちはそのワープに散々振り回されたんだぜ。ちゃんと制御できてんのかなぁ」
秋人の、アベールとは逆サイドの隣に座るナンナが口をはさむ。
「遠征に参加していた我々からしたら確かに不安な要素もあるが、その遠征で得られたデータをもとに理論づけて調整を重ねた結果、かなりの精度で目的地へのワープができるようになった……と説明があっただろう」
「だけど、あくまで『かなり』ってレベルだろ。『必ず』じゃないのは結局不安じゃねえか」
「神ならぬ身では100%の保証はできない。我々の乗る艦が正確に目的地へ行けるよう祈っておくんだな」
「もっとも、『必ず』と言われても不安なことはありますがね。例えば、秋人の必ず時間通りに行くとか……」
「それは言わねえ約束だろ……」
史上最大規模の作戦の前だと言うのに、あまり緊張せずリラックスした空気の中、秋人は視線をアベールの隣に向ける。
「…………で、結局お前も参加するんだな、スノウ」
「………………」
「なんか言えよ」
「………………」
スノウは席を倒して目をつぶっていた。ゆっくりと深く呼吸し、胸が上下している。
「寝ているみたいですね」
「…………ったく、本当に勝手な奴だ」
「嬉しそうだな」
「そりゃあな」
「まあ、私としてもヌルが来てくれて少し安心しているから、人のことを言えんか」
「俺じゃあ不足だってのかよ」
「そうは言っていない」
隣で痴話喧嘩が始まってしまったので、アベールは寝ているスノウをうらやましく思った。
その日中に統合軍の戦艦と合流した一行は一晩艦内で過ごし、翌朝ブリーフィングのために会議室に集まっていた。
会議室の中には統合軍の軍人が何人もいたが、その大半はサンクトルムからやってきた学生だ。この場をホロンが見たのなら太平洋戦争の学徒出陣の決起集会みたいだと言っただろうが、彼はこの場にいないので誰も何も言わなかった。
背の高い、おそらくはこの艦で一番偉いであろう軍人がスクリーンの前に姿勢よく立って怒鳴る。
「ではこれより『オペレーション・セブンスクエア』の概要を説明する!」
耳鳴りがしそうなくらい静かな会議室に響く怒声がどこか現実味のないことだとたるんでいた学生たちの背筋を伸ばさせる。
「本作戦は、地球圏の外縁部を探索した<シュネラ・レーヴェ>が観測したデータをもとに割り出したデシアンの地球侵攻の本拠地を叩く一大作戦である。
旗艦を<シュネラ・レーヴェ>とし、我々も今乗っている<ロート・レーヴェ>51隻で冥王星付近までワープ、全艦及び全搭載機の戦力でもってデシアンを殲滅する」
その後、学生たちの乗る<ロート・レーヴェ>51番艦は正規軍が取りこぼした敵を撃墜する……すなわち遊撃を担当することが説明され、学生たちは具体的な作戦内容や割り振りなどを必死に頭の中に入れるしかなかった。
最後に、<シュネラ・レーヴェ>と<ディソード>がスクリーンに表示される。
「今回の作戦は防人王我元帥が直々に指揮をし、またサキモリ・エイジの愛機であった<ディソード>が出撃する。故に我々に負けはない! 臆することなくデシアンに向かっていけ。
…………諸君らの健闘に期待する。以上!」
軍人が会議室から出て行くのと同時に、学生たちは立ち上がり敬礼。
軍人たちがみんないなくなってから、空気が一気に弛緩する。。
「あ~、息が詰まるかと思ったぜ……」
「ええ、さすがに本物のブリーフィングは初めてでしたからね……」
雑談しているのは秋人やアベールだけではなかったが、ただでさえタイトなスケジュールなので無駄話をしている時間はあまりない。与えられたわずかな時間で出撃準備を終えないといけないので、駆け足で出撃準備へ移行する。
スノウは誰よりも早く着替えて、そして先にこの艦へ来ていた愛機の元へ。そこには未だ作業をしているダイゴの姿があった。ダイゴら整備科の学生たちは、スノウたち操縦科の学生たちより早くエグザイムを伴って出発し、統合軍に合流していたのだ。
「お疲れ様。どこか不調なの」
「おう、ヌルか。不調ってわけじゃない。今すぐにでも出られる」
「だとすると、なぜ作業を」
「…………笑うなよ?」
いつになく神妙な顔をしているダイゴにただならぬものを感じて、スノウはうなずく。
「なんかな、嫌な感じがしたんだ。調整は完璧なはずなのに、いつでも出撃できる状態なはずなのに、それじゃ足りなくて納得できるまでやらないと後悔しそうな……」
「…………大一番だからね。そう思うのも無理はないよ」
「そうか? そうだよな……これが正常なんだよな……」
口ではそう言いつつも、まだ納得していないような面持ちのダイゴ。
これ以上はもう本人の気持ちの問題だと思ったので、スノウは話を切り上げる。
「たぶんね。…………僕は出撃に備えて乗り込むから」
「ああ。気をつけていけよ」
「了解」
スノウはコックピットの中に入って動作チェックを始める。
(…………いつも通り、どころかいつも以上に良いな)
機体の各部をそれぞれくまなく調べていると、通信が入る。コンソールにはソルの名前が。
『すまない、今大丈夫だろうか』
「何」
『いや、この作戦に参加するんだなと思ってな。最初は出ないと聞いていたものだから。
この戦いの中に、君の言う答えがあるというわけか?』
「…………そのはず。
なんにせよ、戦いが終われば雪ちゃんは戻ってくる。それまでには答えを出さないといけない」
スノウのいつもの平坦な口ぶりの中に、確かな決意と覚悟を感じて、ソルは優しく言う。
『そうか。そうだな。では、サンクトルムに戻ったら俺にもその答えを教えてくれ』
「相談に乗ってもらったし、そのぐらいは。
だけど、まずは……」
『ああ。目の前の戦い、必ず勝つ。と言っても、俺たちは主力ではないが……』
「主力だろうとそうでなかろうと、戦いには必要なことをやるんだ。
じゃあ、切るよ」
『わかった。お互い頑張ろう』
ソルとの通信が終わって、スノウはシートにもたれる。去来するのは暖かな優しい想い。
(君の想いを無下にするようだけど、僕はここに来た。ここでしかわからない気持ちもあるから……)
スノウは同じくこの艦隊の中にいるであろう彼女に想いを馳せた。
<シュネラ・レーヴェ>の格納庫内の<ディソード>のコックピットに雪はいた。
作戦開始まで残りわずかになったところで、雪はもう何度も確かめたはずの機体の様子を確認する。
(万全の万全で挑まないと……。スノウだって同じ状況だったら同じことをするはず)
雪はスノウが近くまで来ていることを知らない。そもそも、サンクトルムの学生たちが参戦することも知らない。今日まで用意されていた部屋は上等なもので、そこらの軍人では一生かけても同じ部屋が使えるかどうかというほどだったが、それだけの部屋を自由に使える権利があっても、雪は謎の声に耐えるための訓練に必死だったし、王我が意図的に外からの情報を遮断していたのだ。
だから、今の雪は目の前のことに過度に集中している状態と言えた。
『聞こえるか、<ディソード>』
「ひゃうっ!」
そんな状態で王我からの通信が入ったため、奇声を上げてしまう。
『…………フン、まだ余裕はあるようだな』
「い、いえ。突然だったものですから……。それで、伯父上――――」
『しばらくは私のことは元帥と呼べと言っただろう。<ディソード>のパイロットが何者かは今回の作戦に関わる者の中でも極々一部しか知らん。この通信の記録は後で抹消されるから今は問題ないが、徹底しろ』
「は、はい、元帥」
上ずった声で返事をしながら雪は疑問に感じていた。この伯父は実力はともなっている上に、その血統による権威を隠さずむしろ利用するタイプの人間だ。とすれば、<ディソード>のパイロットが誰か公表するのはおかしいことではないし、公表したうえで作戦が成功すればその権力を確固たるものにできるだろう。
しかし、王我はごく一部の人間以外には雪が<ディソード>に乗ることを伝えないでいた。その理由は雪にはわからない。
雪はヘルメットを軽く指で叩く。
(こんな真っ黒な、センスのかけらもないパイスーなんか着せちゃって。外からは顔が見えないようになっているらしいけど、こっちから外もちょっと見づらいんだよね……)
『さて、もうすぐ全艦のワープが始まる。そして、それが終わったら作戦開始だ。…………貴様の役割はわかっているな?』
「…………はい。敵の中枢を破壊し、
『その通りだ。そのために馬鹿な政治家どもに根回しし、無能な連中を黙らせ、貴様を<ディソード>に乗せたのだからな。確実に任務を果たせ』
「了解、しました」
『次通信を送るときはすべてが終わった時だ。では、健闘を祈る』
「………………」
王我との通信が切れてから、雪はパイスーのポケットからしわくちゃのしおりを取り出して宙に浮かべる。
(スノウがみんなを守ったみたいに、あたしもスノウを守る。みんなも守る。ここで、デシアンとの戦いを全部終わらせる。またみんなで過ごす日々に戻れる)
シートに体重を預け、しっかりとグリップを握る。
(そしたら、もうちょっとだけ我がままになって、スノウにお願いしよう。あたしと一緒に生きてって……)
<シュネラ・レーヴェ>や<ロート・レーヴェ>が主砲を一斉に宇宙へ向けて発射する。それらは敵を撃つためでも、邪魔なデブリをどけるためでもなく、デシアンたちの懐に飛び込むためだ。
青白い光が主砲から伸びたかと思うと、空間を歪めて大穴が開かれる。その大穴がある程度安定してから、艦隊は雪崩のように飛び込んでいく。
一瞬にして艦橋から見える景色が青白く染まっていく。そして、ほんの数分だけそうしていると真っ黒な宇宙の中にあって兄弟のように寄り添う2つの白い星が見えた。
「冥王星と、衛星カロンを確認しました」
「では、間違いなく冥王星付近にワープできたというわけか」
「はい。…………! カロン後方より巨大な反応アリ!」
その報告通り、カロンの後方よりカロンとそう変わらないサイズの球体が姿を見せる。しかし、その色はカロンと違い地獄の業火のように赤黒かった。
これこそ、これまで何十年も地球統合軍が探していたデシアンの本拠地であった。
「デシアンの本拠地があれほどおぞましい見た目をしていたとは……」
「敵本拠地より反応多数!」
赤黒い星から黒い霧が立ち上り、白いカロンの肌を汚していく。その黒い霧がすべてデシアンの機動兵器で構成されているものだと気が付いたのは、白い肌がすべて覆いつくされてからだった。
<シュネラ・レーヴェ>のブリッジで王我が叫ぶ。
「敵が有効射程に入り次第、全艦の全砲門を開放しろ! 歓迎ぐらいはあると思ったが、霧に見えるほど固まっているのであれば好都合、まずは旧時代の大艦巨砲主義に倣ってみようではないか」
数万ではきかない数を前にしても汗ひとつかくことなく、王我は冷たい笑みを浮かべる。オペレーション・セブンスクエアはそれだけの作戦であり、王我の想定を大きく外れないまま動き始めた。
(続く)
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