第93話 ホワイ・ホワイト・スノウ:フリージアがために

 オペレーション・レクイエムのニュースが世に出回った次の日。

 アベールの部屋には、秋人とソルとこの部屋の主人であるアベールが神妙な顔でテーブルを囲んでいた。

 しかし、しばらく誰も何も発言していない。ただ、空調の音が聞こえるだけ。


「…………それってマジな話なのか?」


 沈黙に耐えかねて秋人がそれまでの話を総括する。


「<ディソード>に雪ちゃんが乗っていたってのはよ、何かの間違いじゃないのか?」

「間違いだと僕も安心できますがね」

「北山さんが<ディソード>に乗っているとする根拠はあるのか?」


 ソルに尋ねられてアベールは肩をすくめる。


「根拠と言えるほどのものはありません。ただの疑惑レベル、僕が勝手にそう思い込んでいるだけかもしれません」


 <ディソード>と雪の乗っていた<レケナウルティア>の動きが酷似していることにアベールも気が付いていた。まさかと思ってスノウに尋ねようとしたところ、彼の様子が普段と異なっていたことから、確定とは言えないもののありえない話ではないとアベールは考えたのだ。


「…………だが、まったくの無根拠というわけでもないわけか」


 ソルの言葉に「そういうことです」とアベールはうなずく。

 ソル自身は特別雪と親しいわけでもないが、それでも同じ死線を潜り抜けた仲であるし、知らない間柄でもない。雪が<ディソード>に乗って戦ったことが本当であれば不審にも思う。


「仮に彼女が<ディソード>に乗っているとして、それはなぜだ?」

「そこなんです。仮に<ディソード>に乗れる優秀なパイロットを欲しているなら、雪さんでなくともいいはず。僕たちよりずっと経験のあるパイロットは統合軍にも、サンクトルムにもたくさんいる。

 なぜ雪さんなのか、彼女でなければならない理由があるはず……」


 アベールとソルが悩んでいると、秋人が言う。


「<ディソード>って誰でも乗れるわけではないんじゃねえの。何か乗れる条件があって、雪ちゃんがたまたまその条件に一致したとか」

「マシン側の問題という話か?」

「確かに一部のエグザイムには安全面の都合、特別な認証が必要なものもありますが……」


 ウェグザイムには一般人が自由に使えてしまうと事故につながってしまうため、専用のチップが埋め込まれた端末と連携しないと動かせないようになっている特殊なものもある。

 しかし、そういう物理的なロックとはまた異なるのではないか、とアベールは思った。


「雪さんがそういう特別な資格を持っているとは考えられませんが……」

「俺やソルと一緒で、サンクトルムに来てから初めてエグザイムに乗ったみたいだからな……。その線はないか?」

「俺たちだけで考えてもラチがあかないんじゃないか。

 彼女のことはヌルがよく知っているだろう、ここに呼ぶのはどうだ」


 ソルがそう提案するも、アベールは首を横に振る。


「僕もスノウに聞きましたが、答えてくれませんでした。言いたくないことは頑として言わないので、そうなるだろうとは思いましたがね」

「それはヌルが何か俺たちの知らないことを知っていることの証明じゃないか?」

「あるいは」

「でも、一応呼んで話を聞いてみてもいいんじゃねえか。

 そういうわけで連絡するぜ」


 秋人はスマートフォンを取り出してスノウを呼び出そうとして……その手を止めた。

 何か異常でもあったのだろうか、そう思ってアベールが声をかける。


「どうかしましたか?」

「お前らも自分の見てみればわかるぞ」


 そう言われてアベールとソルはそれぞれ自分の端末を確認する。すると、確かに学校から1件のメッセージが届いていた。


「これは……」

「どうやら俺たち、選抜メンバーに選ばれたみたいだな」


 秋人が見せた画面には、候補に選出されたことと、説明会が行われることを書いたメッセージが表示されていた。

 1年生から選抜される可能性は高くないという話だったが、少なくともこの場にいる3人は選ばれてしまった。

 その衝撃は、雪が<ディソード>に乗っているのではないかという疑惑を忘れさせるのにじゅうぶんな威力だった。




 そして、1週間後。11月下旬となって外の空気が冷え込む中、一部の学生たちは大講堂に集まっていた。その数おおよそ50人。全員、統合軍の次の作戦への参加権を与えられた者たちだ。つまり、サンクトルム内では屈指の実力者たちということになる。

 その実力者たちに向けて、防人王我肝いりの作戦である『オペレーション・セブンスクエア』の概要が説明された。

 その内容というのは、デシアンの本拠地があると判明した冥王星付近に<シュネラ・レーヴェ>及びその同型艦でワープし、全軍で本拠地を叩くというごくシンプルなものだった。

 しかし、シンプルな作戦故にデシアンとの純粋な力比べをしなければならない。そこでわずかでも戦力を増やそうと考えたとき、サンクトルムの学生たちに白羽の矢が立ったのだ。

 そういった説明をしたのち、説明役の教員は言う。


「そのために諸君らは今日ここに集められたわけだが、これは強制参加ではない。辞退することも可能だ。

 本物の戦場に立つわけだから命の保証はない。幸いにも1週間の猶予があるため、参加するかどうかしっかりと考えてから決めてほしい」


 その後、参加する場合の手続きや準備、報酬について説明がなされ、この場は解散となった。

 まばらに大講堂から学生たちが出ていく中、スノウは一番前の席から動かないで腕を組んでいた。


(この作戦には<ディソード>が出てくるはずだ。つまり、雪ちゃんが出てくるということになる……)


 <ディソード>が出てきたとしてデシアンの本拠地が落とせるかどうか、そんなことは考えてない。

 彼女が戦うのであれば、自分はどう振舞うべきか。その答えはもう出ている。


(…………雪ちゃんの願いは、意思は尊重すべきだ)


 ひとりで思索にふけっていると肩をポンと叩かれる。


「お前らしくないな、そんな思い詰めた顔するのは」

「…………秋人」


 肩越しに秋人を見るスノウの顔はいつもと変わらない。しかし、秋人には思い詰めたように見えていた。

 周りを少し見渡し、耳元に口を寄せて小声で言う。


「<ディソード>の件か」

「………………」

「アベールが言ってたぜ。あれに乗っているのが雪ちゃんなんじゃないかって」

「…………だから?」

「正しいのか、それは」

「正しかったらなんなんだ」


 スノウは秋人を押しのけて、そのまま出口へ歩いていく。

 秋人はそのぴったり後ろについて、やはり小声で言う。


「決まってんだろ。俺たちも『オペレーション・セブンスクエア』に参加して、なんで<ディソード>に乗ってるか聞くんだよ」

「…………好きにしたらいいんじゃない」

「お前は気にならねえのか」


 秋人は回り込んでスノウの前に立ちはだかる。


「それとも聞いていたのか? 本人からあれに乗るって……」

「いや。僕だって聞いてない」

「なら、わけを聞きたいだろ」

「わけって、事前に教えてくれなかったこと? それとも<ディソード>に乗ってること?

 前者なら口止めされていたのかもしれない。後者なら現実としてもう乗っているんだから今更考えても意味がないよ」

「雪ちゃんがどうなのか、俺は正しいことを知りたい」


 秋人の目は真剣そのものだった。

 友人がわけもわからずデシアンとの戦いの最前線に立って戦っている。それは普通のことではない。とすれば、何かそうしなければならない理由があるはずだ。それもよくない理由が。

 秋人はそれを見過ごせる男ではなかった。


「だから、俺は『オペレーション・セブンスクエア』に参加するぜ」


 しかし、それに対するスノウの対応はその名のごとく冷ややかなものだった。


「それは君の自由だ、好きにすると良い。

 だけど、僕は参加しない」

「…………なんだと?」


 我が耳を疑うとはこのことだった。デシアンの奇襲があった前期試験、遠征時の単独出撃やクーデターの鎮圧、危険なことには首を突っ込んできたスノウがここにきて参加を辞退するというのは、考えられないことだった。


「お前、それはどういうことだ」

「言葉通りだよ」

「そうじゃねえよ、理由を聞いてんだよ」

「…………雪ちゃんがおそらくそう望んでいるから」

「意味がわからねえ」

「わからないならそれでいい。…………僕だけがそう思っているだけかもしれないし」

「待てよ」


 隣を通り過ぎようとするスノウの腕をつかむ秋人。


「いい加減、自分ひとりで納得して抱え込むのやめろよ。俺たちに説明できないような話なのか?」

「………………」

「この間まではそれでもいいと思っていたがな、それでお前は何度も戦って傷ついてきたじゃねえか。

 俺にだって、あの時ちゃんとお前の話を聞いていればとか、止めておけばとか、そういう後悔があるんだぜ」


 これまで秋人はスノウの背中を見てきた。スノウのパイロットとしての腕は尊敬できるし、戦闘時の何事にも動じないメンタリティには助けられてきた。

 だが、それに頼った結果、スノウをひとりで戦わせることになってしまった。死地に赴く大切な友人をただ見送ることしかできなかったのだ。

 二度とそんなことは繰り返さない、秋人はそう決意したものの、技量的にはまだまだ並び立てるほどのものはない。だから、せめて心に寄り添うことぐらいはしたいと思った。


「もうお前にだけ任した結果、お前が傷つく姿は見たくねえんだよ」

「…………僕に戦ってほしいのか、ほしくないのか、よくわからないよ」

「そりゃお前……そうだな、お前ひとり戦う羽目になるのは嫌だけど、こういう時に戦いに行かないのはなんかお前らしくないと言うか、その……」

「僕を慮ってくれることは嬉しいよ。

 …………雪ちゃんも、きっと秋人と同じような気持ちで乗っているんだ」

「どういうこったよ?」


 スノウはニュースで<ディソード>を見たときからずっと考えていた。雪がなぜ<ディソード>に乗っているのか。

 『なぜ』というのが『どのようにして』という意味なら、雪と統合軍王我の関係をスノウは知っているので、その線だとすぐに結論付けられた。

 『理由』……およそ好戦的ではない彼女が戦うのは、王我に命令されてだろうと最初は考えた。スノウだけは雪が伯父である王我を恐れているさまを目にしている。王我から命令されたら彼女は断れない。

 しかし、彼女はそんな様子をおくびに出さず、スノウがニュースを見るまで<ディソード>に乗ることを隠し通したのだ。王我と会うのにスノウに同行してもらわないといけないほどに恐れていたのに、王我から命令されたことを隠し通せたということは、それがただ命令されたのではなく、自分の意志がそこにあったからだとスノウは思った。

 雪が意志を持って戦いに赴く理由……心優しい少女だから、それはひとつしかない。


「雪ちゃんは大切な人たちが傷ついてほしくない、そのためにできることをしたいと考えて、それで<ディソード>に乗っているんだと僕は思う」


 もちろんスノウは雪の気持ちすべてを理解していない。本当の理由だって知らない。

 だが、スノウはそう思うことにした。彼女が嫌々戦っているのではないのであれば、そうであってほしいという願望込みで、そう思うことにしたのだ。


「雪ちゃんが僕やみんなを守りたいと思っているのに、僕が作戦に参加してしまったら、その雪ちゃんの気持ちを蔑ろにすることになる。だから、僕は『オペレーション・セブンスクエア』に参加しない。

 …………そういうわけだよ」

「え? ああ、そうか。

 なんでそんな結論になったのかわからないけど、お前の気持ちはわかった」

「わかってくれたなら何より。

 それじゃあ、植物の世話があるから先に帰るね」

「お、おう」


 スノウは掴まれている腕を引きはがし、そのまま大講堂を出ていった。

 その背中が見えなくなるまで秋人はあっけに取られていたが、我に返って言う。


「って、なんか勢いに流されて聞きたいこと聞きそびれちまった気がするな……」


 結局、雪が<ディソード>に乗れている理由は聞き出せなかったので、アベールに色々文句言われるなと思いながら、秋人は頭をかいた。

                                  (続く)

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