第89話 サキモリ杯:戦いにゼラニウムを咲かせて

「イエーイ、みんなノってるかー!?」


 サキモリ杯はMCを務める女子学生の一声から始まった。


「学祭最後の大イベント! 毎年この戦いからスターは生まれてる! サキモリ杯の開幕だー!」


 メインステージの前に足の踏み場のないほど集まっている観客の咆哮が空気を震えさせる。会場のボルテージは上がりに上がっていると言えた。

 MCが会場をうまく煽り立てながら、大会概要やルールを説明していく中、ステージにあがっている選手たちは、ある者は会場のボルテージに合わせて気持ちを昂らせ、ある者は緊張でぎこちなく笑い、ある者は……平然とした顔をしていた。

 その平然とした顔を横目で見ながら、ルウムとバンは小声で話し合う。


「あの野郎、大物ぶってんな。この程度、なんてことないです~ってか?」

「なあに、すぐにその余裕は崩れるさ」

「ああ、俺たちの手でぶっ壊してやろう」


 平常運転のスノウの顔を見て、先日の一件を思い出す。軽くからかってやろうとしたのにまったく挑発に乗らず、興味がないという態度で自分たちを見下した目。それを脳裏に浮かべれば怒りは心の奥底から湧いてくる。その怒りを晴らすためにはスノウに勝つしかないとわかっているから、ふたりは開会式の間ずっとスノウを親の仇のように見ていた。


「それでは皆様お待ちかね! 対戦カードの発表だ!」


 開会式が終わり、巨大モニターに総勢32組のトーナメント表が表示される。一同が食い入るようにそれを見つめる。


「…………なるほど」

「こりゃ面白くなってきたな」


 スノウ・ホロンコンビが左端。ルウム・バンコンビが右端。それは順調に勝ち抜いた場合、二組が決勝でぶつかることを示していた。

 MCが一通り選手の紹介をしている間、ホロンは心底楽しそうに笑っているが、スノウはそうではない。決勝に行くまでに4回戦わないといけない状態になってしまって、怪我が完治していない今決勝で戦いができるか脳内で見積もっていた。


(試合していない間は休める、それを踏まえても……結構ギリギリかもしれない。極力短期決戦で各試合を終わらせればもう少し余裕ができるけど)


 とはいえ、今回の大会は火器管制と操縦を分担する特殊な操作系統で戦うため、スノウのやりたいように試合が運ぶかは、すべてホロンにかかっていた。

 そのホロンは余裕の表情だった。


(さて、この人がどれだけの実力があるのか……)

「お、どうした?」

「いえ、なんでも……」

「それよりもよ、俺たちは一試合目みたいだぜ。さっさと準備しちまおう」


 そう言われて、スノウはトーナメント表を再度見る。左端ということは、確かに最初に試合をするということだ。

 スノウはホロンに向かってうなずいた。



 メインステージに用意された専用シミュレーターの中にスノウとホロンは入る。通常のシミュレーターよりも大きく、シートがふたつ前後に置かれている。前部座席より高い位置にある後部座席にホロンは座る。


「俺が上! お前が下な!」

「はい」


 あっさりと前部座席に座ったスノウに不満げなホロン。

 しっかりベルトを締めて体を固定している間に、スノウは言う。


「どちらが操縦をやりますか」

「遠征の怪我が治ってないんだったら、お前が好きな方やれ」

「では、操縦をします」

「なら俺がガンナーか」


 打ち合わせをしつつ、準備をしていると外からMCの声から聞こえてくる。


『さぁて、セッティングの間に選手の紹介をしましょう!

 まずチーム幼馴染のゴングル選手、タバンタ選手はどちらも操縦科の2年生で、チーム名通り幼馴染だそうです』

『20年近い付き合いで培われたコンビネーションが見ものですね』


 MCの席に座る解説担当の男子学生が落ち着いた口調で言う。


『コンビネーションが発揮されれば、相手チームは苦戦を強いられますが……』

『一方チームホロンとその親友のホロン・オノクス選手は操縦科4年生なんですが……それ以外に詳しい情報がありません。謎多き男は果たしてどう戦うのか、見ものでしょう。

 そして、その謎多き男の相方は今大会の注目株スノウ・ヌル選手。先日までテスト航行をしていた<シュネラ・レーヴェ>にパイロットとして参加、その冷静な判断と高い技術で実戦に不慣れだった仲間たちを引っ張ったとの証言があります。オノクス選手とのコンビでもその高い能力は輝くのか、注目です!』

「褒められてるじゃねえか、よかったな」

「仲間を引っ張ってはないですけどね」

「冷静な判断と高い技術は否定しないのか?」


 意地悪く聞いてくるホロンに、スノウはいつも通りの口調で言う。


「少なくとも、<シュネラ・レーヴェ>にいたパイロットたちの中で一番実戦経験が豊富だったのは本当です」

「ま、そりゃそうか」

「………………」


 まるでスノウのことならなんでも知っているかのようなホロンの物言いに少し違和感があったが、試合が始まる前だったので気にしないことにした。

 スノウとホロンのセッティングが終わると、MCが言う。


『さて、両チーム準備が終わったようです!

 それでは、第1試合チーム幼馴染VSチームホロンとその親友のバトル、開始!』


 その声と同時にシミュレーター内のスクリーンがデブリだらけの宇宙を一気に映し出した。

 サキモリ杯では、デブリの密度や初期の相手との距離が完全ランダムのステージが選出される。つまり、デブリがまったくなく試合開始直後に会敵できる戦いもあれば、今回のようにデブリだらけでしばらく相手の姿が一切見えない戦いもある。現実の戦場が常にお互いにとって都合のいい状態だとは限らないからだ。そのため、戦場にいち早く順応できるパイロットが勝利をつかむと言える。

 デブリの合間を縫うように今大会用に調整された<グリリナ>が進む。


「快調にとばしているが、アテはあんのか」

「いえ。しかし、止まっていたら見つかった時に的になるだけですから」

「動き回っていればそうそう当たるもんじゃないってわけか、同感だ。それにジェットコースターみたいで楽しいしな」


 今スノウはペダルを目いっぱい踏み込み、減速せずデブリをうまく避けながら動かしている。それは一般道路で車線など気にせず、対向車などを避けながら高速道路並みの速度で走るのに近い。常人であればそんな状況で楽しんでいられるわけもないが、ホロンは口元をほころばせている。

 すさまじい速度でデブリの海をかいくぐり、フィールドを横断していると、そのうち何かがセンサーに引っかかる。そして、センサーが会敵を知らせる前に有視界距離に<グリリナ>が見えてきた。


「先輩、相手が見つかりました」

「おう、そうだな」

「撃たないんですか」


 もう<グリリナ>のアサルトライフルの有効射程距離だ。スノウだったらここで数発撃っているが、ホロンは一向に攻撃をしようとしない。


「ただ倒すんじゃつまんねえだろ」


 そう言う間にも相手チームの<グリリナ>がアサルトライフルを向けて攻撃してくる。


「では、どうするんですか」

「お前はそのまま速度を緩めず敵に近づけ。すれ違いざまに仕掛ける」

「了解」


 回避運動をしつつ、相手の<グリリナ>に近づく。傷が癒えていないとはいえ、数千の敵を一度に相手したスノウにとってこの程度の弾幕はなんてことなかった。

 そして、緑色の弾丸が<グリリナ>とすれ違った瞬間、相手の<グリリナ>の頭部がひしゃげた。

 反転して相手の<グリリナ>に向き直ったスノウとホロンの<グリリナ>はひしゃげたアサルトライフルを持つ反対のアームでブロードブレードを投擲。

 真っすぐ飛んでいく刃は正確に右肩部を斬り裂いた。


「今だ、ヌル。接近しろ」

「了解」


 再度急接近した<グリリナ>はひしゃげたアサルトライフルで相手の<グリリナ>をの頭部を殴打。念入りに首を殴り続け、内部構造が丸見えになる。


「これでトドメだ」


 最後にアサルトライフルを思い切り振り上げて―――しかし、それを下すことはできなかった。突如スクリーンから映像が消えていく。

 そして、その瞬間カットされていた外からの声が聞こえてくる。


『おーっと、ここでチーム幼馴染が降参、負けを認めました!』

『オノクス選手の猛攻に恐怖したんでしょうかね』

『というわけで、チームホロンとその親友が2回戦進出です、外に出てきてください!』

「お、勝った勝った。いやー、楽勝だったな」

「………………」

(先輩が変な戦い方しなければもっと楽だったな)


 指示通り外に出てくると、MCがマイクを近づけてくる。


「まずは1回戦の勝利、おめでとうございます。最初から猛スピードで動いていましたが、何か作戦があったんですか?」

「いや、別に? なあ?」

「特に何も」


 ホロンに話を振られてうなずくスノウ。


「あ、そうなんですね。では、戦闘が開始したときのことですが、なんであんな珍妙なことをしたのでしょうか? アサルトライフルの銃身で相手を殴り、ブロードブレードで遠距離攻撃をするなんて……」

「そりゃ俺とヌルのコンビにかかっちゃあ、あの程度のパイロットたちと普通に戦えば即、勝負がついちまうぜ。それじゃアンタらもコメントに困るだろ?」

「はは……私たちの事情も考慮いただいて恐縮です」


 観客がざわつくのを感じて、なんとか言葉を絞り出すMC。しかし、MCの困惑に気が付かずホロンは続ける。


「銃器で殴る、剣で撃つ。普通にやれば普通に勝てるけど、逆ならどう転ぶかわからなくて面白いってわけだ」

「そ、そうですね。

 ヌル選手はオノクス選手がライフルを鈍器に使うことを知っていたのですか?」


 自慢げな態度に顔を引きつらせたMCはスノウにマイクを向けた。


「いえ、知りませんでした」

「で、ではヌル選手もさぞ驚いたでしょう?」

「いえ、別に」

「…………その、チーム幼馴染と戦ってみてどうでしたか?」

「射撃が正確でした。だから射線が読みやすくて回避するのが楽でした」

「…………他には」

「特にないです」

「…………というわけで、1回戦第1試合勝者のオノクス選手とヌル選手でした! ありがとうございましたー!」


 スタッフに誘導されて去っていくスノウとホロンの背中を見て、MCは思った。片や舐めプする異常者、片や空気読まない異常者でインタビューしづらいから次の試合では見せ場もなく惨敗しろ、と。

 しかし、そんなMCの祈りは届かずその後もスノウ・ホロンコンビは次々とトーナメントを勝ち抜いていった。


「チームホロンとその親友、圧勝! 決勝進出決定です!」


 会場が歓声で揺れることなく、勝利者インタビューすることもなく、さっさと舞台袖に誘導されたふたり。


「準決も楽勝だったなぁ」

「そうですね」

「どいつもこいつも弱くて戦いごたえがないな~」


 舞台袖で椅子に座って休むふたり。ホロンが何やら喋っているがスノウは上の空だった。


(ここまでは順調に勝ち抜けた。この人のお陰だ)


 怪我を慮って2回戦以降はホロンが遊びをやめて真剣に戦ってくれたので、スノウは大きな異常を感じることなく戦ってこられた。そして、それだけにホロンの高い操縦技術を肌で感じられた。


(この人、戦いに慣れている。…………ただカリキュラムをこなした4年生だからというだけじゃなくて、実際に何度も戦場に出て戦ってきた自信のようなものがある)


 先日から自分に絡んできたふたりのことや旧校舎の地下道を知っていたり、只者ではないだろうと考えてはいた。そして、この大会を通してその考えは確信へと変わりつつある。


(この間、シミュレーターで僕の戦いを再現していたのは間違いなくこの人だ。だけど、ただ力比べをしようとしていたわけじゃない。力比べをするんだったら僕とこうして組んで大会に出たりしない。…………どういう意図で、僕と関わっているんだろう。本当に面白いからというそれだけなのだろうか)


 当のホロンは、スノウにそう思われているとも知らず、スタンバイしている佳那とダイゴを指さす。


「ほれ、お友達が出るぞ。声をかけてやんないのか?」

「今更いらないでしょう」


 佳那・ダイゴコンビも順調に勝ち上がり、今まさに準決勝を戦おうとしていた。順調であれば、わざわざ何か言う必要もないだろうとスノウは思った。


「それに、彼女たちが勝てば僕たちと戦うことになるんですから、馴れ合いは不要です」

「敵に回った相手には容赦ないのな、お前。

 …………とはいえ、次はルウムとバンのコンビだからな。いくら本物の戦場を戦い抜いた谷井とロンドでも勝てるかはわからないだろう」

「あのふたり、そんなに強いんですか」


 スノウは顔をあげてホロンを見る。ホロンはいつものニヒルな笑みを消しており、いたって真剣な顔をしていた。


「強い。ふたりとも高名な軍人の家系で、操縦科3年の中ではトップクラス、もしかすると学内でも上位になるかもしれないな。その実力を買われて学生の身でありながら統合軍の作戦に参加したこともある」

「…………そうなると、疑問がふたつ生じますね」

「というと?」

「そんなエリートがなぜ僕に突っかかってきたのか、それとホロンさんの豊富な情報はどこから来たのか、この2点です」


 スノウが2本伸ばした指の片方をつまんで折りたたみながらホロンが言う。


「情報源についてはおいおいな。

 俺が答えられるのは、前者の質問……それは奴らがエリートだからだろ?」

「…………エリートとしてのプライドですか」

「エリートの家の出身で順風満帆の人生かと思えば、後輩たちが自分も経験していないような大遠征に参加して勲章を手に入れた……。そうなりゃ狂う奴は狂うもんさ」

「将来背中を預ける間柄になりうる人間がいることは喜ばしいことでは」


 スノウの指摘に、ホロンは肩をすくめる。


「全員が全員、お前みたいに無欲じゃねえんだ。優秀な人間に自分の立場が追われることを恐れる奴の方が多いのさ。

 あのふたりはお前たちの功績と比較されて実家から色々言われたらしいからな。お前を下すことで価値を証明しようとしてるんだろう」

「………………」

「馬鹿馬鹿しいけどな、功績だの、勲章だのって。そんなものはやった結果ついてくるもんだ。それらを求めてやるもんじゃねえし他人から分捕るもんでもねえ」

「そうですね」


 スノウをはじめとした<シュネラ・レーヴェ>に乗艦していた学生たちは、みんな功績や勲章が欲しくて戦い抜いたわけではない。ただ今日を生き抜くためにできることを必死にやってきただけだ。

 スノウにもそういう自覚があるから、ホロンの言葉に素直にうなずくことができた。


「手段と目的を履き違えては、正しい判断ができなくなると思います」

「そういうことだ。

 ま、でも連中も被害者っちゃあ被害者さ」

「それは……」

「お、試合終わったみたいだぜ」


 ひときわ大きな歓声が聞こえてくる。ホロンの言う通り、佳那・ダイゴコンビとルウム・バンコンビの試合の決着がついたのだろう。


『圧倒的! 圧倒的な強さでルウム・バンコンビが勝利しました!』

「そうきたか」

「………………」

「意外だったか?」

「いえ」


 佳那とダイゴが舞台袖に戻ってくる。ダイゴは佳那に慰めの言葉をかけるが、佳那はうつむいたままだ。

 スノウは立ち上がってふたりに近づく。


「お疲れ様」

「あ、ヌルか……。…………負けちまったよ」

「相手は相当の実力者らしいし、ロンド君は本職じゃないから気にすることないんじゃない」

「お前な……もう少し言い方考えた方がいいぞ」


 軽くそう言ったものだからダイゴは一瞬スノウをにらむが、スノウなりに慰めていることがわかったため、スノウを小突くだけで終わらせた。

 小突かれたスノウは佳那も慰めてやろうと顎に手を当てて少し考えていると、佳那の後ろに人影が現れた。


「邪魔だ、負け犬はどけよ」

「俺たちゃ次の試合の準備があるんだからよ」

「きゃっ……」


 人影はルウムとバンだった。乱暴に佳那とダイゴの肩を強く押してどける。


「おい、何すんだ……!」

「通路のど真ん中にいたら邪魔だろうが、間抜け。

 …………お、ヌルがいるぜ」

「マジじゃん。なんだ、お友達同士で傷のなめ合いか?」

「勲章もらったと言っても大したことなかったな。

 お前もこいつらみたいに衆人環視の前でみじめな姿見せたくなかったら尻尾を巻いて逃げた方がいいぜ」


 そう言って下品な笑いを響かせながら奥の方へ歩いていく。

 その背中を見てダイゴはギリリと奥歯をかみしめる。


「クソ、あいつら……! ふざけたことぬかしやがって……」

「でも……事実ですから……」


 か細い声でようやく口を開いた佳那。今にも涙がこぼれ落ちてきそうな顔で言う。


「わたしたちは、負けちゃったんですから……何を言われたってしょうがないんです……」

「そんなことは……!」


 反論しようにも負けたのは事実なので何も言えないダイゴ。ふたりの間に重い空気が漂う。

 スノウはそんなふたりに背を向けて歩き出す。


「おいおい……いいのか、何か言ってやらなくて」


 スノウの後ろに歩きながらホロンが言う。


「さっきとは状況が違うんだぜ」

「また変なこと言って嫌な気持ちにさせては逆効果ですから」

「どうかな。ああいうのは案外、どんなことでも気にかけてもらった方が嬉しいモンだ」

「僕は口はあまり上手ではないので」


 口では上手く言えないから、スノウはひとつ決めた。決勝戦ではふたりの無念も乗せて戦おうと。ふたりの分まで戦うことがふたりを元気づけることになるだろうと信じて。


(誰かの分を背負って戦うなんてずっとやってきたことだ。今更ふたり増えたところでどうってことはない)


 スノウは胸のあたりの大きな傷跡を指でなぞった。



 会場が歓声に沸く。決勝進出者である2組がステージに姿を見せたからだ。

 歓声で揺れる中、MCがマイクを握りしめ叫ぶ。


「長かったサキモリ杯もこれが最後、決勝戦です! いよいよこの時がやってきましたー! あれだけ高かった日ももう夕暮れ時、沈みかけていますが、この会場の熱気は太陽よりも熱いぞー!

 さて、そんな決勝戦の前に選手たちの意気込みを聞いてみましょう」


 マイクをルウムに向ける。


「チームブラック、意気込みの方いかがですか」

「さっきみてえに圧勝するだけだ」

「聞けばそこのスノウ・ヌルも遠征で活躍したって言うじゃねえか。さっきのふたりともども遠征にいったところで大したことではないって証明してやるよ」

「強気なコメントありがとうございます。それでは、チームホロンとその親友のおふたり、意気込みをどうぞ」

「学祭の目玉イベント、その最後の試合なので、ただ勝つんじゃなくて楽しんで勝つ!」

「はい、頑張ってください。ヌル選手はいかがですか」

「普段通りやります」

「…………で、では、各選手スタンバイしてください!」


 MCの言葉に合わせて、シミュレーターに乗り込む4人。

 シートに腰を掛けてからスノウが言う。


「…………ホロンさん、ひとつ相談が」

「相談? 役割を変わってほしいのか?」

「よくわかりましたね」


 まさしく、スノウは最後に自分にガンナーを譲ってくれと言おうと思っていた。それを先回りされたのだ。

 スノウの言葉にホロンはニヤリと笑う。


「負けたふたりの分まであいつらにぶちかましてやろうって腹だろ」

「そうです」

「それなら特別に俺が操縦を担当してやろう」

「ありがとうございます」


 スノウは強くグリップを握りこむ。


「ところで、ヌル。お前、ジェットコースターは好きか?」

「…………嫌いではないです」

「吐いたり、気持ち悪くなったりしたか?」

「全然」

「ならよかった」

「…………これからの試合に関係あることですか?」

「まあな。なんせ俺の操縦は―――」


 肩の力を抜いて、実にリラックスした態度で背もたれに体を預けるホロン。

 すぐに外からMCの声が聞こえる。


『両チーム準備完了です。

 それでは、決勝戦。チームブラックVSチームホロンとその親友のバトルスタート!』

「―――整備士泣かせだからな」


 試合開始直後、すさまじいGが体にかかるのをスノウは感じた。考えずともわかる、ホロンがペダルを全開に踏み込み、機体を加速させているのだ。

 デブリをかすめようがお構いなしに前進していく。


(これは確かにジェットコースターみたいだ)


 スノウはそう思いつつ冷静に索敵のために目を動かす。


(…………いた)


 巨大なデブリがいくつも浮かぶ視界不良のスクリーンの端、わずかに光るものが見えた。センサーにも微弱な反応がある。


「ホロンさん、2時の方向に敵反応アリ」

「オーライ」



 一方、チームブラックのコックピットでもチームホロンとその親友の<グリリナ>の存在を認識していた。


「ルウム、正面から来るぜ」

「真正面から堂々と馬鹿じゃねえの、実戦じゃないからって油断してねえか」

「あるいは策があるか。どちらにせよありがてえことだ」

「近くのデブリに隠れてやり過ごす。奴らが俺らを見失ったら仕掛けろ」

「オッケー」


 そうしてルウム・バンの<グリリナ>はそれまでの進路を大きく変えて大きめのデブリの陰に身を隠す。


「さて、後は奴らがこのデブリの近くを通り過ぎるのを待つだけだが……どうだ」

「ここだと奴らの姿が見えないが、それはあっちも同じなはず」


 そう言ってバンは油断せずグリップを握りなおす。<グリリナ>の手にはアサルトライフルが握られており、見つけ次第いつでも引き金を引ける状態だ。


「…………しかし来ねえな」

「落ち着けよ。こっちから動いてやることはない」

「わかってっけどよ。獲物が来ない猟ってのは退屈なもんだな」

「そうだな。そろそろ来てもいいはずなんだが……」


 ふたりがそろって待つのに飽きてきたころアラートが鳴り響いた。


「なに!?」

「どこからだ……!」


 センサーを慌てて確認すると、敵を示す赤い光はひとつの事実を示していた。


「「下!」」


 ふたりが叫んだ瞬間、グッと下に引っ張られる感覚が襲い掛かってくる。

 <グリリナ>の足元から光る単眼が現れた。


『こんにちはぁ~』



 スノウとホロンの<グリリナ>のマニピュレーターがチームブラックの<グリリナ>の足首をつかんで引きずりおろす。


「こんにちはぁ~」

「言ってる場合ですか」


 チームブラックの<グリリナ>がデブリに隠れたことをすぐに察知したスノウはすぐさま隠れそうなデブリに当たりをつけた。それをホロンに報告すると、ホロンはデブリの下方から潜るように強襲をかけることにしたのだ。その結果が今の状況を作り出していた。

 反応が遅れ、足首を掴まれた<グリリナ>は離脱もままならない。この格好のチャンスをスノウは逃さない。


「フッ」


 もう片方のマニピュレーターに持ったブロードブレードを振るい、掴んでない方の膝関節を狙って切断、続けて掴んだ方にも攻撃を加えようとする。


『なめんなっ!』


 が、チームブラックの<グリリナ>は足だけスラスターをふかし、円運動でスノウ・ホロンの<グリリナ>を振り払う。そして、振り払われ一瞬無防備になった敵へ向けてアサルトライフルを連射する。


「甘いな」


 しかし、数発被弾するもすぐに体勢を立て直したスノウ・ホロンの<グリリナ>が空中でレの字を描くように降下し、再度強襲。上昇する勢いで股間に刃を突き立て切断されていない方の脚部を胴体から斜めに斬り離す。


「谷井とロンドの分は攻撃したな。なら、トドメといくか」

「そのつもりです」


 ホロンがペダルを再度踏み込むと、<グリリナ>が急降下を始める。


『おい、なんとかならねえのか!』

『今やってるだろうが!』


 肩部スラスターだけでなんとか逃げようとするチームブラックの<グリリナ>だが、頭上から降ってくる殺意から逃れることはもはや不可能だった。

 ブロードブレードの切っ先が首元に突き刺さり、そのまま刀身がすべて胴体の中に埋まっていった。

 チームブラックの<グリリナ>はもう動かなかった。



「それではー! サキモリ杯の表彰式兼閉会式に移りましょう!

 選手の皆さん、ステージに出てきてください! 優勝者は真ん中ね!」


 ステージにぞろぞろと選手がやってくる。もちろんスノウとホロン、そしてルウムとバンのふたりも。


「まずは優勝トロフィーの授与です。学長、お願いします」


 ゲポラが優勝トロフィーを抱えてステージに上がる。そして、優勝者の前にやってきて一言。


「優勝おめでとう。決勝戦は私も見ていたが、実に興味深い戦いだった」


 トロフィーをホロンに手渡す。そして、ホロンと握手。


「…………遠征に引き続き、活躍なようで何よりだ。しかし、体を大事にしてくれたまえ」


 ゲポラはスノウと握手する際、小声でそう言った。だから、スノウは「はい」とだけ返す。

 そんなやり取りがあったとは知らず、MCは表彰式兼閉会式を進める。


「続きまして、賞金と景品の授与です!」


 学祭実行委員長とサキモリ杯実行委員長が、学生が1度にもらうにはかなり多めの額の賞金と、高級リゾートの宿泊券をスノウに手渡す。

 各景品の授与が終わり、MCがマイクをホロンに向ける。


「それでは、チームホロンとその親友のお二人には優勝した感想をお聞きしたいと思います。…………ちゃんと答えろよ、カス野郎」

「まさか俺たちが優勝できるとは思いませんでしたよ~。…………これでいいか、クソアマ」


 MCとホロンは笑顔のまま観客や周りに聞こえないように罵り合う。見る人が見ればふたりの周りに「ゴゴゴゴゴ……」という文字が浮かびかねない迫力だったが、盛り上がった空気に酔っている観客たちは気が付かなかった。

 しかし、そんな邪悪なやり取りを終わらせて、今度はスノウにマイクを向ける。


「それでは、ヌル選手にもコメントをいただきましょう。お願いします」

「そうですね……」


 スノウはそばにいるホロンと、少し離れた位置に立っている決勝戦の相手ふたりを横目で少し見て、それから口を開く。


「優勝を目指していたわけではありませんでした。ただ、参加したからにはできる限り勝ち抜こうと思い、結果的に優勝できた、それだけです。

 ですから、何か果たしたい目標のある人たち、今僕の話を聞いているのでしたら結果を求めるなとは言いません。しかし、それ以前にまずできることを着実にやっていくことが大事だと僕は思います。…………以上です」

「…………は、はい。そうですね、ヌル選手の結果を求めない姿勢が導いた勝利ということでしょう!

 では、改めて今年のサキモリ杯、優勝はチームホロンとその親友でしたー!」


 万雷の拍手の中、ホロンは観客に向かって手を振り、スノウは軽く頭を下げていた。

                                  (続く)

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