第67話 蠅の王子様:群生のハナズオウ
スノウは床に部屋の隅の方に座っていた。いや、正確に言えば座らされていた。
サブマシンガンを持った学生ふたりに銃口を突きつけられたスノウはそのまませっつかれるままに雪のところへ戻ってきた。一瞬何事かと首を傾げた雪だったが、そのすぐ後ろで銃口を突きつけるふたりの姿を見て一気に青ざめた。
そして、抵抗をしないように手首を拘束され、地べたに座らされたのだった。雪は抵抗しても大したことがないと思われたのか、ただ銃口を突きつけられベッドから動かないように命令されただけだった。
何がともあれ、決して穏やかな状況ではない。何か大きな、不穏なことが起きていると思わずにはいられなかった。
「…………で、これは一体どういった催し物?」
「許可なく喋らないで欲しいものね」
「ま、許してやれよ。この状況じゃそうも言いたくなるだろ」
「確かにね」
ハハハ、と何が楽しいのやら笑いだすふたり。そんなふたりをスノウは無視して、ベッドの隅に追いやられおびえた目をしている雪を見る。
(アベールのことでナーバスなところにコレだから、相当参っているようだ)
とはいえ、銃器を持った同期ふたりがまだこちらを警戒している今、この状況をどうしようもできない。動けばハチの巣にされて終わりだ。
(とりあえず、ふたりの目的はなんだろう。銃器を持ってまで部屋に押しかけてきて、何をすると言うんだろう)
突然のことでも慌てず冷静に思考を巡らせていると、それを察したのかスノウに銃口を向け続けているポニーテールの女子が言う。
「そろそろわかるんじゃないかしらね。その間、黙って何もしなければ危害を加えるつもりはないわ」
「その間ってことは、わかったら危害を加え始めるって?」
「態度次第よ」
ぐり、と腹に銃口がめり込んだ。ひんやりとした感触が心地よい(それにこめられた敵意は心地よくない)。
何がともあれ、命令されない限りは何も言わないことにした。
時間にして10分後、突如部屋のモニターに映像が出る。普段は他の部屋にいる人との通信や、ブリッジからの指示をもらうために使われるモニターだが、今そこに映っているのはギャメロン・フィリップスのニヤリとした笑顔だった。
「お、あちらさんも終わったみたいだな」
「ええ、そうね」
「ほれ、ヌル……お前の知りたかったことをギャメロンが教えてくれるぜ」
その言葉通り、モニターに映るギャメロンがその前にいるスノウたちに向かって話を始める。
「よう、アホ面している諸君。おれはギャメロン・フィリップスだ。ご存じの人もそうではない人も名前を憶えておけよ。なぜって?」
そこでギャメロンはぐいっとソルの襟元を引っ張ってモニターに映る位置に持ってくる。
「ブリッジはおれが乗っ取った。これからはおれがこの艦の指揮をするからだ」
ブリッジは悲惨な有様だった。ソルはほとんど動けないように拘束され、操舵手のリックは足を撃たれ苦悶の表情を浮かべながら地に伏している。他のブリッジにいる女子学生たちは拘束されていたり危害を加えられてはいないものの、銃器を向けられて逆らえない状態だ。
スノウの部屋が占拠されたのとほぼ同じタイミングで武装したギャメロン一派がブリッジを強襲、制圧したのだった。
「この件について意見してえ奴もいるだろうけど、それはいつでも受け付けるぜ。返礼として銃弾を眉間にぶち込ませてもらうけどな」
ギャハハハ、と品のない笑いをし始める彼に、ソルは悔しさをかみ殺した声で問いかける。
「くっ……。フィリップス、君はなぜこんなことを……!」
「あ? そりゃ決まってんだろうがよ。てめえが無能なせいだ。何人もてめえの指揮で殺し、重傷者も出している。そんな奴の指揮にずっと従ってられるかよ」
「それは詭弁よ! 貴方がスフィアくんを一方的に嫌っているからこんなことを……」
「うるせえ。黙らせろ」
その指示に従いエミルに向けられるいくつかの銃口。少し引き金に力を入れられるだけでハチの巣になるのは明白だ。そんな状況では黙るしかない。
満足したようにうなずいた後、ギャメロンは続ける。
「ま、確かにおれがスフィアを嫌っているのは事実。それでクーデターを計画したのも事実。だけどな、こうして同志が集まっているのはなんでだと思う?
…………その答えが今の言葉だ。てめえの指揮を不安に思い、不満に思う奴らがここに集まっている。ここだけじゃない、各所にそういう奴らがいて、主要な施設は全部抑える手はずになっている。たったひとりの嫌悪だけがこの事態を引き起こしたわけじゃねえんだぜ?
それにな、てめえらはおれたちに対してどうしようもねえ裏切りをしているじゃねえか」
「なんだと…………?」
「てめえらは隠し通せると思っているみたいだけどな、そうは問屋が卸さねえんだ」
ギャメロンは再びぐいっとソルを引き寄せカメラに向かって、ひどく品のないバラエティ番組のような大げさな態度で言う。
「この艦はデシアンの本拠地へ近づいている! ゆっくりとしかし確実にな! こいつらはそれをおれたちに隠し、おれたちを破滅させようとしているんだ!」
それをギャメロンが口にしたことにソルは驚いて目を丸くする。
(それはかん口令を敷いていたはず……。なぜフィリップスが知っているんだ……!?)
「なんでお前が知ってるんだ、フィリップス……」
ソルと同じことを考えていたリック。それに対して涼しい顔をしたカルマが答える。
「自分が話したんだ。乗員に対する酷い背信行為だと思ったからな」
「イルマ、てめえ……」
「イルマが情報を流してくれたお陰で俺たちもこうしてスムーズに制圧できたってわけ」
カルマの肩に手を置いてキースが楽しそうに笑う。
「クソ、なんでよりによってこんな連中に……」
「さっきフィリップスが言ったとおりだ。スフィアに任せていてはこの艦はもたない。彼の考えは信用できん」
「………………」
冷たい目で見下ろしてくるカルマに、リックは何も言えなくなってしまった。
それまで演説を続けていたギャメロンが最後に言う。
「では、諸君。今後はおれの指示に従って動くように。逆らえば……あとはわかるな?」
ギャメロン一派はブリッジだけではなく、様々なところに攻め込んでいた。
「…………正気か、ロンド」
「俺はいつでも正気っすよ、ギルド先輩」
第2格納庫。
ダイゴがサブマシンガンを整備科の学生たちの足元に発砲する。
「全員、フィリップスの指示通りに動いてもらいましょうか」
医務室では、マロンが両手をあげて跪いている。その視線の先には看護科の学生が拳銃を手に持って今にも泣きそうな顔をしている。
「貴方、自分が何をしているかわかっているの?」
「はい。…………もうたくさんなんです、先が見えない毎日を過ごすのは」
格納庫や医務室、食堂や待機所や弾薬庫など、それらを場所をほぼ同じタイミングでギャメロン一派は制圧した。一派は生きている学生たちの1/3ほどの人数だったが、武器庫の武器を持ち出すことによって、スムーズに支配を完了できた。
…………こうして、嫉妬と不安で決行されたクーデターは成功し、<シュネラ・レーヴェ>はソル政権からギャメロン政権へとその姿を変えていくのだった。
遠征14日目 乗組員:200名 負傷者:14名 死傷者:3名
(続く)
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