第66話 内憂外患:ヨモギもぐ者たち

 アベールが撃墜されるという大事件から3日経って、表面上は問題なくスノウたちはすごしていた。


「ふぅ~。最初の頃は慣れてなかったからかすごく忙しくしていたけど、今は結構退屈だね」

「そうかも」


 スノウと雪のふたりは厨房の椅子に座っていた。今日の料理―――鮭のムニエルと野菜のコンソメスープ―――を作り終え、食べ終えた皿も洗い終わった後は業務終了までゆっくりしているだけなのだ。

 手持無沙汰になって厨房の掃除なんかをしながら雪は言う。


「さすがにあたしたちじゃアベールくんみたいな料理は作れないね」

「仕方がない」


 布巾で調理台を拭きつつスノウは言う。


「雪ちゃんが普通に調理できてよかったくらいだ」

「そりゃ幼い弟のお世話もしていましたから」


 雪は自慢げに笑う。


「お掃除お洗濯お料理、なんでもござれって感じかな! と言ってもアベールくんみたいに本格的な料理とかはできないけどね。家庭料理くらいかなぁ」

「家庭料理ができるだけ立派じゃないかな。できない人だっているわけだし」

「…………スノウは苦手そうだもんね」

「まあね」


 スノウは右人差し指に巻かれた絆創膏を見る。包丁を使っていたら手が滑ってしまい少し切ってしまったのだ。幸い傷は浅かったので絆創膏を巻く程度で済んだが。

 さて、掃除をしている間に業務終了になって、ふたりは自由時間になった。エプロンを畳んでいる最中、雪がスノウに言う。


「あ、そういえば。

 スノウ、この後部屋に寄っていい?」

「どうして?」

「この間借りた本が面白かったから、次も借りたいなって」

「ならいいけど」


 彼女が寄りたいと言っているのだからそれを止めるつもりはないが、18の少女が思春期の男子の部屋にひとりで来ようとするのはいかがなものか、なんてスノウは思った。

 そういうわけで、次に来た厨房担当の学生たちに引継ぎをした後、ふたりはスノウの部屋に来ていた。

 スノウが自分のバッグから1冊の文庫本を取り出して雪に手渡す。


「はい、これだよね」

「うん、これこれ。続きが気になってたんだ」


 雪はベッドに腰を掛ける。スノウはいつも通り椅子に。


「ユーマとリナが出会ってお互い反発するんだけど、いろんな事件を通して仲を深めていく……。すっごく描写が丁寧でハラハラさせられるよ~」

「…………そうだね」


 実はその小説はリナが交通事故で亡くなって、そのまま主人公のユーマはリナの双子のリリと付き合うことになるという展開になるのだが、スノウはそのことを言及しなかった。雪がそこまで読み進めてどんな反応をするのかちょっと知りたくなったのだ。

 

「読み終わったらまた続きを貸すから」

「ありがと。…………ちゃんと貸してよ?」

「うん」

「絶対にだよ? 約束だよ?」

「構わないけど……」


 スノウが「やけに必死になって念を押すなぁ」なんて思っていると、雪はうつむいて肩を震わせながら小さな声で言葉を絞り出す。


「スノウまで、アベールくんみたいにならないで……」

「………………」

「ちゃんと帰ってきて、それでまた……」


 今にも泣きだしてしまいそうな声の雪。平気そうに振舞っていても、アベールが撃墜され、今も目が覚めぬ状態になってしまったことは彼女の心に暗い影を落としていた。


(…………ご両親のこともあるから、かなり不安なんだろうな)


 アベールの様子が亡くなった両親と重なってしまっているのだとスノウは考えた。そんなデリケートな状態の彼女にかける言葉を慎重に考えてから言う。


「…………僕はいつだって生きて帰ってくるつもりだ。できれば五体満足で」

「スノウ……」

「約束まではできないけど、また君に本を貸すよ。そのつもりで明日からもまた戦う」


 スノウがそう言うと雪は顔をあげる。その目は少し潤んでいたが、希望を灯していたように見えた。


(谷井さんも心情的に辛そうで、ナンナも前線指揮官として余裕はないだろう。秋人も穏やかな気持ちじゃあるまい。…………僕が雪ちゃんを守るしかないか)


 そんな風なことを考えている間、ふたりとも何も言わない。それを見計らってか偶然か、呼び鈴が鳴る。


「ちょっと出てくる」


 誰が訪ねてきたんだろうか、と思いつつ扉近くのモニターへと近づく。そこにはよく知らない、だが見たことはある男女ひと組が映っていた。


(…………ええと、名前は忘れたけど、確か操縦科の人たちだったね。食堂で何回か話したことがあったな)


 しかし、特に親しくもないふたりが自分になんの用だろうか。何か緊急なことでもあるのかもしれないと考えて、扉を開く。


「よう、ヌル」


 扉が自動で開かれると、オールバックの少し調子の良さそうな男子がにこやかな顔をしている。ポニーテールの女子の方もどこかよそ行きの笑顔だ。

 しかし、ふたりはその手にその友好的な態度とはおよそかけ離れている物騒な黒光りする金属の物体を持っていた。


「…………これはどういうことかな」

「どういうことかって……そりゃお前、こういう時に言う言葉なんてひとつさ」


 オールバックの男子はにこやかな顔でサブマシンガンの銃口をスノウの腹に付きつけながら言った。


「抵抗するな、両手をあげて俺の言う通りにしろ」




遠征14日目 乗組員:200名 負傷者:12名 死傷者:3名

                                  (続く)

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