第68話 支配を壊せ:百合の花は新雪の色のまま

 ギャメロンの演説が終わり、ポニーテールの女子がスノウに言う。


「そんなわけでギャメロンが艦の指示をするようになるんだけど、クーデターの最中余計なことされちゃたまらないでしょう? だからこうして私たちが君を抑えに来たってワケ」

「………………」

「せっかく教えてあげたんだからお礼のひとつくらいしてもいいのよ?」


 あきれるようなその声をスノウは聞いてなかった。ただ、ギャメロンの話について考えていた。


(クーデターか……。フィリップス君がスフィア君を嫌うのはわかるけど、案外他の学生たちも不満を感じていたのか)


 ソルの艦の指揮は確かに最高とは言えなかったが、一方で最悪とも言えないものだったとスノウは思う。約2週間戦ってきて戦闘不能者の数が1/10に満たないのだから素人がやっていると思えばソルはベターな艦長だ、というのがスノウの認識だったのだが、画面上でブリッジを占拠した一派は10人ほどいたように見えた。


(その他にも主要施設を抑える手はずということは、フィリップス君の賛同者はもっといるんだろう。少なくともここにいるふたりとブリッジにいるだけじゃないはずだ)

「…………ねえ、何か言いなさいよ」


 いったん思考に結論がついた時、ようやくポニーテールの女子が自分に話しかけていたことに気が付く。ずっと無視されていたからか彼女は不機嫌そうに眉根を寄せている。


「えっと……いったい何?」

「何って、聞いてなかったの?」

「正直に言えば」

「…………ずいぶんとのんきねえ。生殺与奪は私にあるってのに?」


 腹にめり込ませるように銃口をさらに突きつけられる。


「今すぐ撃ち殺してもいいのよ?」

「………………」


 そうすごむ顔はそれなりに迫力があるが、腹にめり込む銃口がかすかに震えていることをスノウは知っていた。

 いくら銃器が簡単に人を殺せようと、それを持つのは白兵戦の訓練などほとんど受けていない学生だ。躊躇わず引き金を引くことは難しいだろう。

 それに彼女らは犠牲が出続けるソル政権のままでは次は我が身だと恐怖し、不満を持って立ち上がったわけで、ここで撃って死傷者を出そうものならその志と矛盾する。それにわざわざ貴重なパイロットを減らしたら自分たちが苦しいだけだ。

 人を殺す訓練もしていなければ覚悟もない、意味もない。スノウは彼女が自分を撃てるとは到底思えなかった。…………もっとも、それは正気を失っていなければの話だが。

 そういった理由でスノウが落ち着き払っているのに対して恐怖のあまり泣きだしそうになっている雪を見て、オールバックの男子は笑う。


「へへ、怯える顔も可愛いねぇ。

 安心しろ、抵抗しない限り手は出さねえよ。クーデターは成功したからな、普段通りにしていれば全部丸く収まるんだ」


 こんなことまでしておいて丸く収まるわけがない。スノウはそう思ったが何も言わなかった。




 オールバックの男子の言葉は現実にならなかった。

 まず、これまで三交代で行われていた仕事の数々はギャメロン一派が離脱し監視側に回ったことでその負担は一般学生たちが一身に背負うことになった。それによって生産性が低下、艦内の一般業務が滞ることになる。

 ギャメロン一派による暴力・恐喝が横行し始めたのは、ギャメロンが館長席に座り始めてから数日後、一般業務が滞り生活水準が下がり始めたころであった。物資を求めるギャメロン一派が一般学生を暴行し物資を奪う、単純に鬱憤を晴らすためだけに殴り飛ばすなどスラムの如き状況になった。一般学生は武器を持った一派に逆らうことなんてできなかった。

 ギャメロンがトップになったことで起きた変化の中で、唯一良くなったことと言えば…………。


「…………フィリップス艦長、機動兵器が20機来ます」

「馬鹿かよ、わざわざ相手にすんな。

 適当に副砲であしらって離脱すんぞ」

「しかし……」

「うるせえ! とっととやれ!」


 こんな調子で機動兵器による戦闘に消極的になったことで、パイロットの消耗がなくなったことだろうか。

 ただし、これもいいことばかりではない。機動兵器を出さない分艦本体の装甲が相応にダメージを受け、そのたびに修復にあたらないといけない。整備科の学生の中でもギャメロン一派の人間は多数いるためにこちらも人手が足りず、動ける整備科の人間全員で常に作業していないと間に合わないほどだ。

 そうして、一般学生たちは日に日に疲弊していき、一派は悠々自適な生活を送っていた。

 その数日間、スノウは手を後ろ手に縛られたまま、雪はポニーテールの女子の温情で拘束されず時折シャワーを浴びることを許されたりしたが、実質軟禁状態であった。


(午前8時。今日でクーデターから丸5日か……。いつもならそろそろ見張りの交代だ)


 壁に掛けられた時計を見てスノウは思った。デシアンの襲撃があっても出撃することがなかったので、監視の行動パターンみたいなものを観察して暇を潰していた。

 また、もうひとつ自分に課した役目としては……。


(雪ちゃん、あまり眠れてないみたいだ。…………銃器を突きつけられて安心して眠れる人の方が稀だけど)


 雪の様子を逐一確認することだった。秋人やナンナ、佳那とは何も話をできていないし、彼らがどうしているのか知らないままだったから、せめて雪の無事だけは守らないと、とそういう使命感を覚えていた。

 今のところはスノウも雪も危害は受けていない。最初に来たふたりはこちらが何もしなければ本当に何もしてこなかったし、交代のふたりも男女ペアでやはり危害は加えてこなかった。そういう意味ではスノウにとっては平穏な5日間だったと言える。

 しかし、平穏とは儚く短いものだと言わんばかりに、この日は異変が起きた。


「よう、交代に来たぜ」

「悪いな。じゃあ休ませてもらうわ」


 姿を見せた監視のふたりに、スノウはわずかに、雪は大げさに驚く。いつものふたりではなく、別の人物が現れたからだ。


「よう、ヌル。いいザマじゃねえか」

「…………えっと、名前なんて言ったっけ」

「キースだよキース。あっちはアモス」


 ギャメロンの取り巻きふたりがズカズカとスノウの部屋に入ってきたのだった。彼らはサブマシンガンをぶら下げてスノウの前に立つ。


「今日は俺たちがお前らの監視をする。下手に動くんじゃねえぞ」

「動こうと思っても動けないけど」

「…………ついでに、勝手に喋んな。俺たちが質問した時だけ口を開け」


 キースはつまんなそうに言ってから椅子にどかっと座る。


「ケッ、手を出すなって言われてなきゃぶん殴ってやるんだけどな」

「ぼやくなぼやくな。ようはバレなきゃいいんだろ?」

「それはそうだがよ、どうすんだよ」

「決まってるだろ、こーすんだよ!」


 アモスはニヤリと笑った後、スノウの腹部を蹴り上げる。わずかに「ぐっ」とうめいてスノウはうずくまった。


「腹にこうしてやれば服で隠れて見えねえだろ」

「ほほ~、頭いいなお前」

「だろだろ? 俺って天才だからさ」


 賑やかで馬鹿な会話を聞きながら、うずくまった状態でスノウは考える。


(まさかいきなり暴行してくるとは思わなかった。これまでの監視の4人とは、方針が違うのかな)


 スノウは外の様子なんて知らない。だから、外では暴力が横行しているなんて夢にも思っていなかった。

 ふと雪の方を見ると、彼女は心配そうな目で自分を見ていることに気が付いたので、何ともないよと言わんばかりに肩をすくめてみせた。

 相変わらず意気消沈としている彼女の様子を見て、また考えに没頭する。


(僕が殴られるだけならまだいいけど、雪ちゃんや他の人たちもこうされるならフィリップス君も相当過激なことをすることになる。それだったら、スフィア君のやり方に不満を持ってフィリップス君に付いた人たちは納得しないんじゃないだろうか)


 ギャメロンの考えが即目の前のこのふたりの考えとは言えないものの、軽い気持ちで暴行を加えるのは艦運営としてどうなのか、なんて考えているとキースとアモスが馬鹿話をやめて違う話を始める。


「そーいや、アモスよぉ。この部屋の鍵はちゃんと閉めたか?」

「バッチリだぜ。ギャメロンは艦長やってて忙しいだろうし、しばらく監視の交代も来ねえ」

「へへ、頃合いってわけか」

「おうよ。始めちまいな」


 なんの話をしているのか、と考える前にキースは雪に向けてアサルトライフルの銃口を向けながらとんでもないことを言い始めた。


「じゃあさ、さっそくだけど雪ちゃん。服を脱いでもらおうか」

「えっ?」

「聞こえなかった? 服を脱げって言ってんだよ!」


 あまりの剣幕にビクッと震える雪。怯えた調子で言う。


「あ、あの、服を脱ぐって……ここで?」

「ここ以外どこでやんだよ。俺の目の前で上から1枚ずつしっかりと何を着ていたかわかるように脱げって話」

「どうして……?」

「いやぁさ、俺って前から雪ちゃんのこと好きだったんだよね。顔は可愛いし、スタイルはいいし、気立てもいいしさ。何度頭ン中で犯したことか。自慰行為に至ったのは数えきれないくらいあるんだぜ?

 そんな状態でさ、生殺与奪が自由にできるこの場が与えられたわけよ。となると、これから俺が君にどんなことをするかは想像できるね?」

「………………」


 キースの言わんとすることがわかって、雪は顔を一気に青くして震える。

 その反応に満足いったのか、キースはすごく楽しそうな顔をして続ける。


「そーそー、そういう反応が見たかったんだよ。

 つまりだね、君は今から俺に犯されるってワケ。あ、でも雪ちゃんも俺の事好きだったら両想いってことだから、犯すってことにはならないのかな? まあそんなのはどうだっていいや、交尾すんのに同意も誓約書もいらねえもんな。体があればそれで……。

 てなわけで、さっそく脱いで?」


 銃口をチラつかせながら、迫るキース。

 そうもされては…………できないとは言えなかった。雪は一瞬スノウの方を見てから、ゆっくりとアウターから脱ぎ始める。

 パサッと音がして、またしばらくして音がして、そうしていくうちにとうとう雪は薄手のシャツに手をかけて……それを脱いだ。


「ほ~う……」

「ほっほ~、やっぱり想像通りキレイな肌してんな~」


 アモスとキースが鼻息荒く興奮する。キースなんて猿みたいに手を叩いてさえいる。

 雪はほどよく形の整った胸を包む水色のブラジャーと、健康的な足をこれでもかと露出したハーフパンツというフェチズムな装いになって顔を真っ赤にしていた。それは好きでもないどころか嫌ってさえいる男どもに見られているという恥辱故か、それとも友人にこれからの痴態を見られるという背徳感故か。


「………………」


 スノウは雪のことをじーっと見ていた。しかし、その目線は決していやらしいものではなく、地獄に糸を垂らした仙人の如き眼差し。


(…………スノウ? なんで見てるの……? あたしこれから犯されて汚されるのに……?

 …………やだよ、スノウにそんな姿見られるの。あっち向いてよ。見ないで、みっともないあたしを。

 …………やだよ。どうせ犯されるならスノウにされる方がいい。こんな人たちと交わるのなんか、絶対に嫌。

 スノウ…………)


 雪はその視線に気が付いて、しかし何もできず何も言えず、ただ涙を流してハーフパンツをスルリと床に落とす。

 だが、スノウは見逃さなかった。彼女が無意識に出したSOSを、その目で確認したのだ。彼は意を決して立ち上がる。

 するとスノウの前に陣取っていたアモスが銃口を突きつけながらすごむ。


「おいっ! 勝手に立ち上がるんじゃねえよ!」

「………………」

「聞いてんのか!?」


 その様子を見て、キースは舌打ちしながらスノウに言う。


「しらけることすんじゃねえよ、ヌル。楽しい楽しい時間を血で汚したくねえんだ、さっさと座れ」


 だが、スノウは座らない。代わりに座っていて血の巡りが悪くなっていた足を伸脚で伸ばしながら言う。


「あのさ、君たちも男ならわかってくれると思うけど、雪ちゃんのその姿を見てね……僕も興奮してきちゃって。興奮したまま座っていると、こう、座りが悪いじゃない」


 言葉を選んだスノウの様子に、さすがに男子ふたりも「あ~」と納得して頷く。


「勃ってきちゃって座ったままだと苦しいと?」

「そういうこと」

「じゃあしょうがねえな。キース、さすがに許してやっていいんじゃねえか?」

「そーだな。それはしょうがねえ。

 ただ、お前ものんきだねえ。てめーの女を寝取られるってのに」

「…………まあね」


 スノウとしてはそういう関係だと思っていないので否定しようかと考えたが、今はその時じゃないので肩をすくめておいた。しかし、その眼光におふざけはなし。ただ1点だけに集中する。


「じゃ、ちょっと邪魔が入っちゃったけど、続きをどうぞ」

「…………はい」


 キースに促されるままに、雪は背中に手をまわしてホックを外す。そしてストラップを肩から外そうとつまんで―――零れ落ちるであろう桃源郷を見逃さないためにかつてないほど目を凝らすキース、そしてアモス。


(今っ!)


 そのふたりの意識が完全に雪に向いたときをスノウは見逃さなかった。血行が良くなった足でアモスの股間を蹴り上げる。正確無比に睾丸へ、そしていきり立った陰茎へ吸い込まれていき、その瞬間ぐにゅっとした嫌な感触が伝わってくる。


「ッ……アアッー!」


 ただでさえデリケートな部位を蹴られ、いきり立って敏感になっていた分増した痛みがアモスの全身を貫く。その痛みに足が震え立っていられず地面にのた打ち回る。

 突然の攻撃に驚いたのはアモスだけではない。アモスがあげた悲鳴にキースも、雪もつい声の方を向いてしまう。

 しかし、その時にはスノウはもうキースへと攻撃を仕掛け始めていた。椅子に座っているキースに向かって体当たり、その勢いのまま椅子ごとキースを倒しマウントを取る。そして、そのまま背筋と首回りの筋肉のありったけのパワーで顔面に頭突きをぶちかます。

 キースは反撃できない。両腕は膝でロックされアサルトライフルは使えない。そもそもこうも密着されてしまえば銃身が邪魔で打てない。

 3回フルパワーで頭突きを叩きこんだら、キースはもう白目をむいて気絶していた。

 その後、未だ悶えているアモスの元へ行き手を踏みにじってサブマシンガンを手放せさせるとそれを遠くへ蹴飛ばす。そして、かかとを落として苦悶の顔を滅茶苦茶にしてやった。

 ふたりが気絶したことを確認して、スノウは息を吐く。


「ふう……」

「スノウ……!」

「おっと」


 胸に飛び込んできた雪を……抱きしめられないのでサッカー選手のトラップのように受け止める。

 雪はスノウの胸の中でただ泣きじゃくる。


「スノウ……! スノウ……! 怖かった、怖かったよ……」

「…………うん、とりあえずは平気だよ。安心して」


 頭を撫でてやれないので代わりに極力優しい声で囁く。少し雪が落ち着くのを待ってから、平常運転で言う。


「…………だけど、つかの間の平穏でしかない。すぐに行動を移さなきゃ」

「えっ……」

「そこで頼みがふたつあるんだけど、聞いてもらえる?」

「う、うん。スノウの頼みなら……」

「よし、じゃあひとつ目。僕の手の拘束を解いてもらえるかな? それとふたつ目は…………」


 スノウは口をへの字にする。


「服を着てほしい」


 「早くそのマントを着るがいい。この不愛想な青年は、雪の裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」と言ってくれる人がいないので、スノウは自分で言った。

 雪は、ひどく赤面した。




遠征19日目 乗組員:200名 負傷者:14名 死傷者:3名

                                  (続く)

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