第61話 地獄の門が開く:カロライナジャスミンされるように

 その日3回目の警報が艦内に鳴り響く。


「またかよ!」

「僕たちの前にも襲撃があったと聞きます。今日3回目の襲撃ですか……」

「うへえ、さっきの出撃でクタクタだよ……」

「言ってる場合か! 早く出撃するぞ!」


 待機所で休んでいたパイロットたちはどったんばったん音を立て慌てて出撃準備を始める。

 地面を蹴ってコックピットまで飛び上がるスノウに、カホラは大声で叫ぶ。


「時間がなかったからギロチンメーカーの点検が終わってねえ! さっきの出撃でそんなに使ってなかったから大丈夫だとは思うが使用は控えろよ!」

「了解」


 カホラに向かって敬礼してみせてから、スノウはコックピットに乗り込み<リンセッカ>を起動する。


「使う必要がないぐらい敵が少なければいいんだけどね」


 スノウは出撃準備を終えてからそう独り言ちた。

 まもなく作戦概要が説明され、仲間たちは順々に出撃をしていく。


「スノウ・ヌル、出ます」


 グリーンライトが点灯し出撃許可が出たところで<リンセッカ>も宇宙へと飛び出していった。




「敵全滅を確認しました。センサーを戦闘から警戒までレベルを落とします」

「ああ、頼む」


 戦闘を終えて張りつめていた空気が緩むブリッジだが、ソルだけは神妙な顔をしていた。


(…………ここ最近襲撃の頻度が高い。今日はこれで3回目、昨日は2回立て続けに起こった)


 放浪を始めた当初は1日1回程度だったのに、2週目に入ってからは毎日複数回の襲撃があった。

 襲撃の様子をまとめた資料を見ながらソルは考える。


(襲撃の時間帯が決まっているわけじゃない。日によっては重複している時間帯もあるが有意なデータではないだろう。となると、特定の時間帯に何かあるわけではなく敵がこちらを見つけ次第すぐに襲い掛かってきていると考えていい……はず。これはシンプルに襲撃の頻度が日が経つにつれ高まっている、という状況だ)


 しかし、肝心のなぜ頻度が増えているか、その答えはすぐに出てこないのだった。


「いやー、最近出撃が多いなぁ」


 そして、食堂。ここでも襲撃の頻度の話が出ていた。

 プレートに食事を乗せてもらいながら、スノウはすでに食事を始めていた他のパイロットたちの声に耳を傾ける。


「まったくだよ。運よく数が少なかったからいいが、いつだったかの撤退戦ぐらいの数が連続で来たらキツイな」

「でも、こうしてメシが食える暇があるぶんまだマシかもしれないな……」

「メシすら食えなくなる事態なんて想像したくねーよ」


 今の献立はツナサラダとチャーハンだった。スノウはチャーハンの量を通常の半分にしてもらってから、話を続けている彼らから少し離れたところに座った。

 彼らがそれに目ざとく気が付いて、話を中断してスノウに話しかける。


「おっ、ヌルじゃん」

「お前も今からメシか?」

「そう」

「量が少ねーけど、足りんのか?」

「大丈夫」


 スノウは彼らにうなずきつつ蓮華をもってチャーハンを口に運び始める。

 それを見て、ひとりが顔をしかめる。


「あんだけ動いてあんだけ撃墜してんのに、それだけで足りんのか? もっとたくさん食べたいとか思わない?」

「小食なんだ」

「へぇ~燃費いいなぁ」

「お前、今日1機も撃墜してないのに大盛りだもんな。燃費悪すぎかっての」

「うるせぇ、ヌルが食わねえぶん俺が食ってんだよ」


 にぎわう食堂の中心となった彼らのもとに、他の席で食事をしていたパイロットたちも話の輪に入ってくる。


「ヌルくん。さっきは助けてくれてありがとね」

「さっきの戦いで13機撃墜したんだろ? どーやってんだよ」

「僕にも射撃のコツとか教えてくれよ」

「ヌルくんってー、彼女とかいるの?」


 彼らはスノウの周りに集まってきて話しかけてくる。さっきの戦闘のこと、プライベートなこと、その他色々聞かれるのだがそのどれにも答えず粛々と目の前の食事を口に運んでいく。

 スノウがそんな態度だったので場がしらけそうになったが……。


「少し通してもらえませんか」


 そんな声がしたと思ったら、スノウの周りのパイロットたちはモーセが切り開いた海の如く横に割れていく。そうしてモーセもといアベールがスノウの前に姿を現した。

 アベールはプレートをテーブルに置いてから周りに向かって言う。


「申し訳ないですが、スノウは少し疲れています」

「いや、そんなに疲れてないけど―――」

「疲れています。ですので、質問は控えていただけないでしょうか」


 アベールの鶴の一声で、その場にいた連中が文句を言いつつも散り散りになっていく。

 周りがいなくなってから、アベールはスノウの隣に座る。


「余計なことでしたかね?」

「そうでもないよ」

「もし僕が来なかったらそのままずっと黙っているつもりだったでしょう。

 一応は命を預け合っている仲なんですから、コミュニケーションをしっかりとった方がいいですよ」

「ああも一気に話しかけられたらコミュニケーションのしようがない」

「戦場で敵に囲まれた時と一緒ですよ。ひとつずつ優先度を決めてそれぞれ対処してけばいいんです」

「なら簡単だね」

「…………言うほど簡単でもないと思いますが」

「それよりみんなは」


 アベールはフォークでサラダを口に入れつつ答える。


「それぞれのエグザイムの調整で少し手が離せないみたいですよ。

 …………あまりおいしくないですね、このサラダ」

「味が濃い」

「確かにドレッシングの味も濃いですが、ツナの油があるのにドレッシングもオイル系だからくどくなっていますね。…………もったいないですから、全部食べますが」


 苦々しい顔をしつつチャーハンも食べていくアベールに続けて、スノウも食事を再開した。


「いつまた出撃しないといけなくなるかわからないしね」

「今日だけで3回襲撃があったようですから、もうないことを願いたいものです」

「そうだね」

「それにしても、今週に入ってから出撃する回数が増えましたね。先週何度か攻撃を退けたから、我々を本格的に撃墜することにしたのでしょうかね」


 ふーむ、と首をかしげて考えるアベールに対し、スノウは首を横に振る。


「それはないと思う」

「ほう。なぜですか?」

「本気で潰したいのであれば散発的に襲撃してくる理由がない。戦力を3回に分けて襲うより、全力で1回襲う方が効果的なはず」

「それはそうですよね」

「それに仮に僕たちをどうしても撃墜したいのであれば、もっと数を用意するはず。<COFFIN>と<GRAVE>、<HEARSE>だけじゃなくて<DEATH>や<SHROUD>なんかを大量に出して攻勢に入れば僕たちの戦力じゃ10分ともたず沈むわけだから」

「ちょっと待ってください」


 スノウの言葉の中に聞きなれない単語があったのでアベールは慌てて聞く。


「なんですかそのシュラウドというのは?」

「…………ああ、そうか。これまで1度も遭遇したことないんだね。

 <SHROUD>は<DEATH>の強化発展型のデシアンだよ。白い追加装甲を全身にまとっていて<DEATH>より頑丈だね。その分機動力がわずかに低いけど、それ以外は<DEATH>と一緒」

「前から思っていたんですが、デシアンについて詳しいですよね……。どこで知ったんですか?」

「昔教えてもらった。その時に基本的なデシアンの戦い方も知ったんだけど、そもそも<COFFIN>と<GRAVE>って片や防御重視、片や攻撃重視のマシンでペア運用が前提だから攻勢に出るマシンじゃない。足並みがそろわないからね」

「ええ、それはなんとなく戦っていてわかりますが」

「それを踏まえると、アベールの言ったような考えをデシアンは持ってないと思う」

「となると……彼らはアクティブな襲撃をしていない、これまでの戦闘はむしろパッシブなアクションであると考えられるわけですか……」

「たぶんね」


 アベールはスノウがうなずいたのを見て考え始める。


(では、なぜ頻繁に戦闘が起きているのか。

 デシアンが受け身の姿勢でいるというスノウの考え通りであれば、センサーに<シュネラ・レーヴェ>われわれが引っ掛かり、対処・迎撃をしているだけと言える。すなわち、我々が攻撃側でデシアンが防御側だ。

 戦闘回数が多いというのは、それだけデシアンの索敵範囲に引っかかっているということで……それだけデシアンがこの宙域に密集していると言える。

 もしかして……)


 そこでアベールはひとつ思いつく。その思い付きを確かなものとするために、スノウへと問う。


「スノウ、ひとつ仮説を思いついたんですが、聞いてもらえますか?」

「いいよ」

「では。

 …………我々がこんにちに至るまで、何が起きたかをひと通り整理します。

 まず、この艦に実習のために乗り込んだ。その時アクシデントが起きて<シュネラ・レーヴェ>に搭載されたワープシステムによってどことも知れぬ宙域へと飛ばされた。

 ワープ直後にデシアンの襲撃がありそれを退け、ひとまず待機、しかし間もなく艦はあてどなく出航。日々デシアンとの戦闘を続ける。そして、今週に入って戦闘頻度が高まった。

 ここまでの認識に相違はありませんよね?」

「概ねそういう流れだったと思うけど」

「ですよね。

 ではここからが本題なのですが……もしかするとこの艦はデシアンの―――」


 ビーッ! とアベールが核心に触れた瞬間、警報が鳴る。それはこの日4度目の襲撃を知らせる、願わくば誰も聞きたくなかった凶報だった。

 スッと立ち上がってスノウは言う。


「行こうか」

「ええ、今はそれが先決です」


 アベールも立ち上がって、ふたりはすぐさま格納庫へと移動する。

 移動途中、移動用のバーにつかまりながらスノウは言う。


「アベール、君の仮説が何を言いたいかはなんとなくわかるよ」

「はい」

「そして、この警報を聞く限りその仮説は正しい」


 スノウはいつもと変わらぬ口ぶりで、アベールが言いたかったことを語る。


「この艦の進路は地球とは反対、おそらくデシアンの本拠地へと向かっている」


 自分が立てた仮説にもかかわらず、アベールにはその言葉が閻魔の判決に聞こえて、思わず身震いした。




遠征11日目 乗組員:200名 負傷者:9名 死傷者:3名

                                  (続く)

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