第62話 死者は外、鬼は内:誰も彼もユキヤナギ

 警報が鳴ってからすぐに<ヘクトール>に乗って出撃したエグザイム隊。かつてのようなモタつきはなく、スムーズに出撃シークエンスを終えて宇宙に飛び出した矢先、全機がその動きを止める。

 機能不全ではない。敵の攻撃が来たわけでもない。目の前に広がる敵勢にただ唖然としているのだ。


『なんだよこの数……!?』

『30や40……いや、それどころじゃない!』

『何よこれ、この数を相手にしろって言うの!?』

『見たことのない機体もあるわ!』


 不安と恐怖のどよめきがやかましくなって、スノウは通信をいったん切る。

 そして、モニターとそこに映し出される情報を見て考える。


(ざっと見て<HEARSE>が2隻で<COFFIN>と<GRAVE>が30前後、

<DEATH>と<SHROUD>が50前後……かな)


 コンソールをいじってグループチャンネルを開き、索敵システムを使っているであろうナンナに聞く。


「ナンナ、正確な敵の数はわかる?」

『<HEARSE>が2隻、<COFFIN>が17機で<GRAVE>が同じく17機、<DEATH>が25機で白いデシアン……<SHROUD>と登録されているのが18機だ』

「了解。

 良かったね、アベール。実際に<SHROUD>を見ることができて」

『噂をすればなんとやら……できれば架空のものとしたまま一生を終えたかったですけどね』

『アレはどんなデシアンなんだよ?』

「装甲が厚いけど機動力の低い<DEATH>だと思ってくれればいいよ」

『その情報は他のパイロットたちにも流しておく』


 <SHROUD>の情報をパイロットたちに伝達し終えた後、ナンナはエグザイム隊全員に言う。


『こちらは約20機、敵は約80機と戦艦級が2隻。さらに戦艦からまだ機動兵器が出てくる可能性もある。敵が固まっているうちに高火力な火器で極力を数を減らすぞ!』


 ナンナがそう言うや否やEブラスターや大型のバズーカ、レールキャノンを持ったエグザイムたちが発砲していく。

 そして、強力な火器と言えば雪の<レケナウルティア>も右手に持つ速射貫通性Eブラスタースカイブルーを左手の低速起爆性Eブラスタースターブラスターに連結させた合体ビーム砲・バイオレットレナで超極太ビームを発射した。高速かつ貫通力に優れたビームを低速だが破壊力に包まれたビームが包み、銀河に一文字の白い軌跡を描く。その光が通った後間もなくいくつもの花火を咲かせた。

 ナンナも負けじとコンソールをいじって背部に設置された対艦用航宙魚雷のロックを解除、照準をデシアンの密集地帯に合わせて発射。時間差で放たれた2発のうち先行する1発がデシアンの迎撃を受けて大爆発を起こすが、もう片方は群れをひとつ消滅させた。


『結構減らせたんじゃねえか?』

『目に見える範囲はそうですね。…………ほら、見てください』


 デシアンの数が減ったとたん、<HEARSE>のバックパックから次々と追加の機体が出てくる。ナンナが言った通りまだ母艦の中に待機していた機体があったのだ。

 攻撃する前と結果的には大して変わらない数のデシアンが出てきたのだが、それでもひるまずにナンナは言う。


『いくらデシアンと言えど無尽蔵ではないはずだ……!

 射撃機はこのままラインを維持して射撃を続け、格闘機は漏れて飛び出してきた敵機を叩いてくれ』

『『『『『了解!』』』』』

(…………ナンナ、すっかり前線指揮官が板についてきたなぁ)


 勇ましい声で指揮をするナンナの声を聞いて、スノウはスラスターを全開にしながらそう思った。


『ヌル、2時の方向にビームから逃れた<COFFIN>がいる。撃墜してくれ』

「了解」


 返事したときにはもうブロードブレードで両断していた。すかさずセンサーをチェックすると、巣から飛び出してくるアリのように<HEARSE>のバックパックから出てくるデシアンを見て長い戦いになることを確信するのであった。




 薄暗い個室に男子が3人思い思いの楽な姿勢でくつろいでいる。彼らの足元には空になったボトルがいくつも散らばっていて、およそ清潔とは言えない。時代が時代ならタバコの吸い殻も落ちているだろう。

 ここはギャメロンの個室で、今はギャメロンと仲間ふたりがたむろしている。うちひとりがあくびをしながら口を開く。


「なんかかなり敵が多いみたいだけど、俺たちも出ていかなくて大丈夫か?」

「おっ、キース、お前スフィアに尻尾振るつもりか?」

「そんなんじゃねえよ。仮に敵が多すぎてこの艦が沈んじまったら政権を奪う前に俺たちが死んじまうだろうが」

「そういうことかよ。別に平気じゃねえの。俺たちが出てところでたった3機、戦況が大きく変わるわけじゃないし。

 なあ、ギャメロンもそう思うだろ?」


 そう話しかけられたギャメロンはそれまで寝そべっていたベッドから上体を起こして言う。


「今は休憩時間だぜ、行かなくても何も言われねーよ」

「労働時間でも行かねえくせによく言うぜ。俺もだけど」

「スフィアの野郎にまた色々言われるぜ」

「関係ねえ。懲罰房に入れるだのなんだの言っているが、あの甘ちゃんにできっこねえし、仮に入れられてもどうにでもなる」

「じゃあ、もう決行できんのか?」


 目を輝かせながらキースが問う。


「いつやんだよ? さっさとあのエリートぶった野郎を艦長の椅子から引きずり降ろそうぜ」

「そうだよな、武器庫みたいなところに銃はいくつもあったし、スフィア政権に不満を持つ連中もかなり増えた。いつでもクーデターはできるぜ」

「おれだってすぐにでも実行してえが、まだ手数が足りねえ。声をかけた連中とてまだ完全におれたちに協力すると決めたわけじゃねえ。決定的なスフィアの落ち度があって初めておれたちに寝返る。その時までは待つしかない」


 再びギャメロンはベッドに横になって天井を見つめる。

 虎視眈々と王座を狙うその瞳は、爛々と光っていた。




「敵増援、再び出現! エグザイムは今のところ誰も撃墜されていませんが、戦力差は依然開いたままです」

「くっ、敵の戦力とて無尽蔵ではないはずだが……。

 イルマ、主砲の発射頻度を高めてエグザイム隊を援護できないか!?」

「これ以上頻度を高めたら航行するエネルギーが足りなくなる。敵を全滅しないと結局厳しいことになるぞ!」

「そうか……!」


 エミルとカルマの報告を聞いてソルは考える。


(デシアンがどれだけ戦力を隠し持っているかわからない今、全滅させる方向で戦うのはリスキーすぎる。仮に全滅できてもそのためにエネルギーを使いつぶし、航行できなくなった時に新たに襲撃されたらその時点で終わりだ。

 かといって、撤退を選ぼうにも敵の数が多すぎる……。半分、いやせめて2/3にでもなるか足止めができなければ難しい。とても厳しい状況だが……黙ってこのまま戦いを続けていてもパイロットたちは疲弊するだけだ。

 どうする……? どうする……!?)


 考えている時間はあまりない。デシアンは今にも数を増やしかねないのだから、悠長にしていればパイロットはどんどん力尽きていく。

 だが、弱冠19歳が200人近くの命を預かるという重圧が、これ以上の犠牲を生み出してはいけないという決意が判断をひどく鈍らせていた。

 思考停止にも近い、ただ考えるだけの時間。突如それを止めるべく凛とした声がブリッジに響く。


「ソル、私が出るわ」

「黒子……!」

「今後の戦闘のことを考えたら、今別の作業をしている人たちを戦力に駆り出すのは難しい。だけど、私なら好きに使って構わないでしょう?」


 いつの間にかブリッジに入ってきていた黒子、その顔はいつもと変わりないようで、しかし付き合いの長いソルにはそれが思い付きではなく考えた末の結論であることがわかった。

 だが、ソルは黒子の言うことに素直に首を縦に振ることはできない。


「だが、黒子にだってやることはある。本来なら今は休憩中のはずだし、この後の艦長代行にも支障が―――」

「そっちもしっかりやるわ。貴方が『やれ』と言ってくれれば」


 確固たる意志を感じる断言をした黒子。ソルはそれになおも反論しようとするが……すぐにやめた。黒子の態度から絶対に譲らない強い意志を感じたので、命令する。


「…………わかった。黒子、すぐに出撃してくれ」

「了解」


 余計なことは言わず、黒子はブリッジから出ていった。

 黒子がいなくなってからカルマが視線はコンソールからそらさずにソルに問う。


「ひとりだけの増員でどうにかなるのか?」

「敵の全滅は難しい。だが、撤退をスムーズにするための時間稼ぎなら、黒子と黒子の<ルナブレア>ならできるはずだ。

 パイロットたちの通信をつないでくれ、俺からみんなに話す!」


 黒子が仕掛けるその一瞬、それを見逃さないようにソルは多数のデシアンがうごめくモニターを睨みつけるのだった。




遠征11日目 乗組員:200名 負傷者:9名 死傷者:3名

                                  (続く)

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