第60話 太陽が迷えば:行き過ぎイキシア
<HEARSE>が指先から放ったビームが<シュネラ・レーヴェ>をかすめる。左舷の艦尾にダメージを負って少し溶けていく。
お返しとばかりに主砲が回転し<HEARSE>めがけてビームを放つ。
こうしている間にもデシアンとエグザイムが組み合い、お互いを攻撃し合っている。
ブロードブレードで斬りつけ、十字架でフレームを粉砕し、ビームで貫き、挟み込んでハチの巣にする。
その光景をモニターで見ながら、ソルは考える。
(戦闘開始から15分。今のところ五分と五分だが、機体が損傷し撤退している者もいる。
AIで動いているデシアンと違ってこちらは疲労もあるから長引けば長引くだけこちらが不利になっていく。
艦もダメージを受けそちらの修理もしないといけないからここらが潮時か)
考える間にも戦況はめまぐるしく変わっていく。
さっきまで<GRAVE>互角に打ち合っていたエグザイムの動きのキレが急になくなり防戦一方になっていくのを見て、ソルは少し慌てて叫ぶ。
「撤退だ! 撤退の指示を出せ!」
「りょ、了解」
「格納次第全速力で離脱、手の空いている者に艦の損傷個所の修理に当たらせてくれ」
数日前よりかははるかにスムーズな撤退行動を終え、ソルの指示通り<シュネラ・レーヴェ>は全速力で戦場から遠のく。
「どうだ、振り切ったか!?」
「ええ、問題ないみたい」
「通常航行に戻すか?」
「いや、あと5分だけ今の速度を維持してくれ」
「りょーかい」
ひとまずの平穏を得られてブリッジの空気が弛緩する。
突然の出航から1週間の間に何度もデシアンの襲撃があったとはいえ、警報が鳴れば心臓が縮こまるような緊張と恐怖の中対処しなければならない。ならば、当然それが回避できれば気が緩むのも仕方のない話だ。
ソルが安心から背もたれに体重を預けた時と同じくして、黒子がブリッジにやってくる。
「ソル、交代の時間よ。ゆっくり休んで」
「ああ……もうそんな時間か……」
もう交代する時間なのかと大きく息を吐く。
集中して何か物事に取り組んでいるときの時間の流れは一瞬だ。今回の12時間で戦闘が2回も起きたものだから、普段よりずっと集中して指示を出していたために前回の交代からほんの数時間しか経過していないようにソルには感じられた。
だが、時計は嘘をつかない。AMがPMに代わっていること以外しっかりと前回の交代の時と同じ時刻を表していた。
ソルは艦のダメージの修理をするように指示をし、それから黒子に席を譲る。
「では、休んでくる。この12時間にあったことはいつも通りまとめてある」
「ええ、読んでおくわ。あとは任せて」
言葉通り黒子はテキストデータをざっと眺め始める。
その姿を後にソルはブリッジを出た。
向かったのは医務室。入るとすぐに応接用の机と椅子が目に入る。他には観賞用の植物と作業用の机とその上に置かれたコンピュータがある。
少し奥の方では清潔そうなカーテンが揺れていて、奥の方まで行ったことはないがそのあたりにベッドがあることが推察できる。
応接用の椅子にちょこんと座ってしばらく待つと、奥から栗毛のショートカットの女性がやってきた。
「あら、艦長。
用があるなら呼び出ししてくれればよかったのに」
「いえ、忙しそうでしたから……。
今時間はよろしいですか、ロマニー先輩」
ロマニーと呼ばれた女性はうなずいた。
彼女はマロン・ロマニー。サンクトルム看護科の3年生で、本来であれば統合軍から派遣された軍人たちと共に後輩を手ほどきする予定で艦に乗っていたが、今は先輩で遠征実習の経験者ということで<シュネラ・レーヴェ>の医療スタッフのリーダーをしている。
名前の通りの綺麗な栗毛と整った顔立ち、淑やかな声や温和な語り口から看護科の学生たちのいいお姉さんとなっていて人気が高い。
マロンが対面に座ったことを確認してから、ソルは話を切り出す。
「…………負傷者たちの様子はどうでしょうか」
「その『どう』というのはまた社会の一員として日常生活を営めるかって意味? それともまた戦場に出て戦えるかって意味?」
「…………前者の意味ですよ、もちろん」
ただでさえ足りていない戦力を休憩中の者あるいは生活班から借りだしなんとか賄っている状態だ、本心を言えば元気になったのであれば今すぐにでも戦線に復帰してほしい。
だが、重傷を負った彼らに無慈悲にまた戦場に行けと言いたくないのもまた本心だ。
だから、歯切れ悪くそう言わざるを得なかった。
ソルの言葉を聞いてマロンは手持ちのタブレットでカルテを見ていく。
「まだ全員安静にしてないとダメ。何人かは回復が早いからリハビリくらいはしてもいいけど」
「そうですか……」
「もちろん前線に出すなんてもってのほか。しばらくは絶対に戦えないから戦力から外してね」
「ですよね……」
せめて人前ではやめようと思っていたが、ため息がつい出てしまう。
「やっぱり大変なの、艦長って」
「ええ……。満足にできている気がしません。
人材の運用や艦の指示、作戦立案……。全部ひとりでしているわけではないですが、ひとつひとつの指示や発言にクルーの命と自分の責任がすべて乗っかる。大変だろうとは思っていましたが現実はとにかく厳しいです」
「辛かったらいつでも言ってね。2年しか長く生きてないけど、話相手ぐらいにはなるから」
「…………ありがとうございます」
「とはいえ、仕事はあるからこれで失礼するね」と言って奥の方へ去って行くマロンの背中に一礼してから、ソルは医務室を後にした。
続いて訪れたのは第2格納庫。目的の人物はウェグザイムから降りて手の甲で汗をぬぐっていた。
ソルは驚かせないようにゆっくり近づいて話しかける。
「ギルド先輩」
「おっ、艦長殿じゃねえか。何か用か?」
「艦長殿はやめてくださいよ。
…………今ウェグザイムに乗っていたのは?」
「この艦の外壁を見てきたんだ」
「外壁ですか?」
「おめーが外壁のダメージを直せって指示したんだろうがよ。
基本的に後輩にやらせてたんだが、上手くいかなそうだって報告を受けたから様子見に行ってたんだ」
「先輩自ら出られたとは思わなかったもので……申し訳ないことを言いました」
いちいち視察しているわけではないので、カホラが普段どれだけ働いているかしっかり把握しているわけではないがそれでも想像はできる。まだ未熟な1年生たちに指示を請われあっちこっち動き回り指導をして、自分も
思いつくだけでそれだけのことをしているのだから、実際はもっと大変なんだろうとソルは思った。実際、今日も今日とて襲撃があったためソルが想像した通りの忙しさだ。
「お忙しいと見受けるので、また折を見て―――」
「いいよ、さすがに少し話するぐらいの時間ならある」
「ではお言葉に甘えて。
…………<ソルブレア>は動かせる状態にあるんですか?」
「ああ、動かせるよ」
ソルのホッとした顔を見て嫌な予感がしたのでカホラは顔をしかめて頭をかく。
「ひと通り機体のチェックは欠かさずやってる。けど、アカツキカリバーだかアカツキソードだか知らねえあの武器は……」
「アカツキセイバーです」
「あの武器は希少な金属や資材をふんだんに使って金かけて造られたぶんそんなホイホイつかえねえぞ。そんな資材はこの艦にほとんど置いてないんだから、1度ぶっ壊れたらそれまでだ」
「しかし、使えるんでしょう?」
「まあな」
「それが聞ければいいんです」
「ところで、お前の靴……紐がほどけてるぞ」
「えっ?」
カホラに指摘されて視線を足元に落とす。しかし、靴紐は特になんてことない。いつも通りしっかり結ばれている。
ソルが見間違いかと思った瞬間、頭にコツンと軽い衝撃が。
手に持ったタブレットでソルの頭を叩いたカホラが呆れながら言う。
「お前さ、いざとなったら自分も出撃する気だろ。でもやめておいた方がいいぜ」
「…………俺が出撃したら不安ですか?」
「ああ、不安だね。と言ってもお前の技量を疑ってるわけじゃないぜ。お前が戦場に出てしまって艦内部の指揮が滞ることが心配だ。
艦長ってのは有事の際に慌てずどっしり構えておくもんだ。そうじゃなきゃ不安で自分の命を委ねられねえ」
「しかし、敵戦力との彼我の差は大きい。…………もし、俺が出ないのだとしたらその差はどうやって埋めればいいんですか」
ソルは一転、暗い顔になった。
現状10人も戦闘不能なパイロットがいて敵は不定期に襲撃してくる。しかも戦力は襲撃のたびに少しずつ増えてきており、地球圏帰還のめども立っていない。そんな現状を考えれば無理もない話だ。
だが、カホラは頭をかいて冷たく言う。
「アタシにだってわからねえよ。考えろって言うなら考えるし、手伝えって言うなら手伝うがな。
酷な話だ、恨むなら恨んでくれていいけど、みんなからリーダーとして選ばれた以上はお前がきっちり考えて手を打たないといけない」
「先輩も整備科のリーダーだから、同じことを?」
「そりゃそうだよ。
アタシだって知らないことはごまんとある。だけど、他人から聞かれた以上は何かしら答えを用意しないといけない。
今だってこの艦の外壁を修理する方法なんてまったく知らなかったが、どうにかしないといけないから他の艦の知識とわずかな経験をもとに方法を考えて指示してきたわけ。
…………デシアンの技術を使っていてその仕様がまるでわからねえメインシステムの管理・調整だっておめーにやれって言われているからなんとかならないか日々調べてんだろうが」
「あー……それについても申し訳ないです」
だんだん凄まじい剣幕になっていくカホラに怯え本心からソルは謝った。
「まあしょうがねえよ。アタシがやらなきゃどーにもなんねえことなんだから。
大きなことを為すには無茶ぶりも必要だ。いつもそうじゃくたびれちゃうがな。だから、どうしようもないくらい戦力差があるんだったら、無茶言って全員出すぐらいやる気持ちで考えてみろよ。アタシが言えるのはそれだけだ」
「…………そうですね、ありがとうございます」
「おうよ、偉そうなこと言ったけど、これからも頼むぜ」
そう言ったとたん、宙に浮いている整備科の学生がカホラを呼ぶ。どうやら主砲の様子がおかしいらしい。
「わかった、すぐ行くから待ってろ!
じゃ、そういうわけでアタシは失礼しますよ、艦長」
「ええ、後でメインシステムの調整も頼みます」
「早速無茶ぶりかよ……」
ぼやきながらカホラは後輩のもとへと跳んでいった。
その後ろ姿に一礼してから、ソルもまたその場から離れることにした。
廊下を移動中、ソルの腹がくぅ~と音を立てる。
(そういえば、艦長席にいる間はほとんど何も口にしてなかったな……)
食事もまっとうにできないほど忙しいというわけではないが、常に異変がないか張りつめ襲撃を警戒する状態で食事をしようと思えなかったのだ。
交代し緊張が解けた今、思い出したかのように腹が空腹を訴え始めたのでソルは食堂へ足を運ぶ。
食堂では長テーブルがみっつと丸い椅子が並んでいて、空いている席には自由に座っていいことになっているが、時間が中途半端だからか席に座っているものはいない。
直通になっている厨房の方を覗いてソルは言う。
「すまない、食事はできるだろうか」
「ひとり分ぐらいならある」
「今の当番はヌルか」
返ってきた声を聞いてソルは独り言ちた。
しばらくしてスノウが厨房の方から皿を持って出てきた。
「はい、今のメニューはカレー」
「いただく」
適当な席に座って食べ始める。じゃがいもが溶けて小さくなっていたり、ニンジンがやたら大きかったり、ご飯の炊き方が甘かったり、そんなにおいしくはない。
「………………」
「アベールがいないからあまりおいしくないと思うけど」
「何も言ってないぞ」
「食べるとみんなそんな顔してるから」
スノウはソルの対面の席に座ってそう言った。
スプーンのカレーをちびちびと口へと運ぶソル。
「…………まあ、おいしくはないな」
「文句言うなら食べなくてもいいよ」
「それはもったいない。貴重な食料だからな」
「じゃあ残さず食べるんだね」
取り付く島のない物言いに、もそもそと黙って食べるしかないソルであった。
ようやく食べ終えて手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「食器片づけるからどいて」
「あ、ああ」
スノウはソルが食べ終えた皿を厨房に持っていく。
その後、数分してからスノウが戻ってくる。
「食べ終えたのにまだいたんだ」
「あー……いたら迷惑か?」
「別に。テーブルふく邪魔さえしなければなんだっていいよ」
「そうか」
対面から台ふきんでソルの食べていた席のあたりをふき始めるスノウ。丁寧にしっかりふいているスノウを見てソルは言う。
「真面目にやっているな」
「普通のことだよ」
「与えられた仕事を真面目にこなすことは、当たり前のようで誰もがこなせるとは限らないんじゃないか?」
「それはそうだね。フィリップス君たちなんてずっと職務放棄しているみたいだし」
「その報告は受けているが、口で言って聞く連中ではないし、かといって罰を受けさせるといってもな……」
「ただ飯食らいを周りが良しとするならそれでいいけどね」
スノウはそう言ってふき終わったふきんを片付け始める。
ソルは厨房に入っていったスノウを追いかけてその背中に問いかける。
「なあ、ヌル。君は彼に罰を与えるべきだと思うか?」
「与えるべきだと思う。彼ら本人の為にも、周囲の為にも」
「…………彼ら自身で罰を受けることで周りからの中傷を減らし、また罰を受ける様子を見せることで模倣犯がでないようにする、そういうわけか?」
「そう」
ギャメロンたちは職務を放棄しているのにも関わらず食事や睡眠といった基本的人権を得ている。それについて苦情を入れる者や不満を口にする者は少なくない。ソルの耳に入ってきたのもそういった者たちから報告があったためだ。
そこでギャメロンたちに罰を与えれば「彼らは罰を受けているのだから」と苦情や不満を抑え込む名分ができる。暗い雰囲気の艦内が苦情や不満で溢れ士気が悪くなり生産効率が悪化するのを防止できるのだ。
また罰が与えられることがクルーに周知されれば罰を受けることを厭い職務を全うするようになるだろう。
それらを踏まえれば確かにスノウの言う通り罰は与えるべきかもしれないとソルは思った。
「だが、罰といっても何をさせればいいのか……」
「昔、船が海に浮かんでいたころは甲板掃除が鉄板だったらしいけどね。あとは複数人で殴る蹴るとか、鉄拳制裁とか」
「…………そういうのはあまりやりたくないな」
「なら懲罰房に入れるとかがいいんじゃないの」
「最初に警告だけはしよう。それでも態度が直らないようだったらそれでいきたい」
「好きにしなよ」
スノウはエプロンを脱いで畳んでその辺に置く。
「僕は他の仕事してくるからゆっくりしていきなよ」
「俺もそっちを手伝うか?」
「君は今休憩中でしょ。今すべきはしっかり体も頭も休めること。
それに生活班の数は足りてないわけじゃないんだから手伝いなんてしないで、パイロットの数の不足をどうするか考えてほしいものだね」
「それは……すまん」
「君が悪いわけじゃないけどね。
必要なら言ってくれれば僕はいつでも出るよ」
「それはありがたい」
「じゃあ行くから」
「ヌル!」
厨房から出ていこうとするスノウの背中にソルは呼びかける。
「少しの間とはいえ話ができてとても有意義だった。またふたりで話をしよう」
「………………」
「君が俺を嫌っているのは知っているが、それでもだ」
「…………艦長の命令だって言うなら従うよ」
顔は見せないでそのまま出ていくスノウの背中を見送って、ソルは微笑んだ。
きっと頼めば今度は他愛無い話もできるだろう、ソルはそう信じようと思った。
遠征9日目 乗組員:200名 負傷者:9名 死傷者:3名
(続く)
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