第52話 不安感と無力感と:アスパラガスはひとり

「行っちまったか……」

「我々も黙っているわけにはいきません、できることをしましょう」

「そうだな」


 ブリッジではカホラとソル、そしてソルについてきた黒子・エミルがそれぞれついた席のコンソールとにらめっこしていた。


「ソル、主砲と副砲なんだけどっちも今は使えないみたいよ。…………原因はわからないわ」

「どれどれ、見せてみろ」


 操舵用の席から離れてカホラがコンソールを触る。


「…………エネルギー切れだなこりゃ。

 操縦もうまくできなかったし、たぶんワープドライブのせいでメインシステムがパワーダウンしてるんだろう」

「そういうことですか……。

 エーミール、索敵の方はどうだ?」

「ヌルくんたちが敵と接触したわ。

 ねえ、スフィアくん……彼らは大丈夫なの?」


 心配そうな顔でソルの方を見るエミル。スノウに出撃するよう要請したのはソルで、遠回しにその判断を批判しているように見える。


「ヌルのことだったら問題ない。沼木も北山さんも腕が立つから、撃墜されるようなことはないと思うが……」


 自信満々! とは決して言えない表情でそう答えて、ソルは再びコンソールに向き合う。

 すると、件のスノウから通信が入っていることに気が付いて、すぐにインカムをつける。


「どうした!? …………ああ、わかった。すぐにつなぐ。

 先輩、ヌルから通信入ってます。そちらにお繋ぎします」

「了解。

 …………どうした?」




「先輩、武器が追加されているみたいなんですがこれはいったい……」


 ブロードブレードをガラクタと化した<DEATH>から引き抜きながらそう聞くと、楽しそうな声が返ってくる。


『お、気が付いたか!

 それはEインパクター! 前にダイゴが小型Eブラスターを製造しているって言ってたろ?

 軽量で火力は高くないものの、反動はなんと通常の―――』

「わかりました、使ってみます」


 長くなりそうだったので通信をブチ切りにして腰部ハードポイントに手を伸ばす。

 Eインパクター。その形はインパクトドライバーに近く、片手で持てるコンパクトサイズ。


「さて」


 スノウはセンサーを確認する。


(残りは、5機)


 より敵のいる方へ<リンセッカ>は動き出す。

 一方、<レケナウルティア>は松葉杖のような形状の右腕に持つ大型Eブラスター・スターブラスターを構え、迫りくる<DEATH>に狙いをつける。


「照準は合ったんだから当てるよ!」


 スターブラスターから発射されたアーモンド形のエネルギー弾が<DEATH>に炸裂する。


「よし!」


 ガッツポーズで喜ぶのもつかの間、爆煙の中から左アームをなくした<DEATH>が真っ直ぐ<レケナウルティア>に向かって飛び出す。左アームを犠牲にボディを守ったのだ。


「えっ、まだ!?」


 慌てて左腕のスカイブルーを構え、狙いをつけるが……残った右アームで銃身を弾かれ肉薄される。

 そして、口がパカッとメタルシャウターの銃口が開かれる。コックピットに直撃するまでほんの0コンマ数秒しかない。


「くっ……、ひゃっ!」


 銃口が煌めいた瞬間、いずこから飛んできた光が<DEATH>の頭を貫く。そして、間髪入れず爆散した。


『怪我無い?』


 光の飛んできた方を見ると、<リンセッカ>がEインパクターを構えてスラスターを吹かしていた。

 そのままスイーと<レケナウルティア>の前で停止する。


『爆発時の発光とかで目はやられてない?』

「う、うん、大丈夫!」

『なら……』

「大丈夫、見えてる!」


 <レケナウルティア>が再びスカイブルーを構え、<リンセッカ>の後ろから迫りくる<DEATH>を撃ち抜く。青く太いビームは遠くから見たら流星に見えただろう。


『お見事』

「えへへ、ありがと」

『じゃあ、あっちで秋人が苦戦しているみたいだからフォローしてあげて。

 僕は他を撃墜してくる』

「うん!」


 <リンセッカ>が去っていく。それを見ながら、雪は心臓のあたりを手で抑える。


(敵が煙から出てきた時の心臓が跳ねあがる感じ。銃口が煌めいた時の毛が逆立つ感じ。…………これが、戦闘なんだ)


 未だ早鐘を打つ胸をさすり、雪は秋人のいる方へと機体を走らせた。




「ああ、わかった。注意して戻ってきてくれ。お疲れ様」


 再びブリッジ。

 ソルがインカムを丁寧に置いて安心したようにため息を吐く。


「なんですって?」

「全部撃墜したそうだ。

 これから帰還すると連絡があった」

「ふい~、なんとかなったか……」


 ふっ、と弛緩した雰囲気に包まれるブリッジ。

 だが、それはいつまでも続かない。問題は山積みなのだから。


「周辺の様子はどうだ、オーシャン。何かわかるか?」

「いえ、芳しくはないですね……」


 レーダーを見てアベールは顔をしかめる。

 スノウたちと別れたアベールたちはブリッジにやってきて、そのまま仕事を手伝っていた。

 アベールはレーダーを見て現在位置を調べ、ナンナが索敵、佳那は給仕なんかしていた。


「やはり、ギルド先輩の仰っていた通り、どことも知れぬ……間違いなく地球圏ではない場所に我々はいるようです」

「ほれ、言った通りだろ。

 それなのにみんなでアタシを疑ってさ……」

「そんなことないですよ。ただ、いきなりだったのでみんな驚いただけです」


 体育座りで今にも床にのの字を書き始めそうなカホラを佳那がなだめる。

 索敵センサーから目を話して、ナンナが言う。


「地球圏との通信はできないのか?」

「やってはみたがつながらなかった」

「とすると、相当遠くまで来てしまったかもしれない」

「やっぱり、自分たちの力で地球圏まで戻らないといけないんですね……」

「救援が見込めないとなると、そうするしかないでしょうね」


 その事実によって重苦しい空気が場を支配する。

 いつ辿り着くかもわからない宇宙をひたすら、時には様々な苦難に襲われながら進まねばならない。しかも大人の力を借りることなく。重苦しくなるのも当然のことだ。


「戻るにも、メインシステムが動かないのではな……」

「メインシステムは……ちょっと整備科の連中で見てみるよ。

 仕様は一応ひと通り目を通しているから直せるとは思う」

「では先輩はそちらの作業にかかってもらえますか?」

「オーケー。何かあったら報告する」


 カホラは肩をぐるぐると回しながらブリッジから出ていく。

 この場の唯一の年長者がいなくなり、雰囲気はますます重くなっていく。

 その中、エミルがおそるおそる口を開く。


「ねえ、私たちこれからどうなるのかな……」


 そんな質問に誰も答えられるわけがない。誰もわからない、わかるはずもない。

 ただ言えるとしたら――


「どうなるかじゃなくて、どうしなきゃいけないか……それは考えないと俺たちはスペースデブリになるだろうな」


 沈痛な面持ちで、ソルはそう言った。




 第2格納庫に戻ってきた<ヘクトール>のコックピットから降りて、秋人は担当の整備科の学生と話をしていた。


「レーザークローだけはなんとか避けたんだが、タックルやメタルシャウターはモロに受けちまった。装甲がへこんでるかもしれない」

「タックル受けたのはどこらへん?」

「左腕だな。

 メタルシャウターは胸部と右肩のスラスターだったと思う」

「わかった、見ておく。

 それにしても本当にデシアンと戦ってきたんだな……」

「…………ああ」


 <ヘクトール>の損傷個所を見ながら、整備科の男子学生は言う。


「ギルド先輩の言う通りなら、これからもこんなことが続くんだろうか」

「そうじゃないことを願いたいぜ、俺は」

「僕もだよ。

 ま、なんにせよお疲れ。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとよ」


 会話を終え、秋人は歩き出す。

 行き先は<リンセッカ>のハンガーだったが、途中でよく見知ったエグザイムのハンガーにたどり着く。


「雪ちゃんじゃん」

「あ、秋人くん。お疲れ様」

「お疲れ。

 雪ちゃんの……あー、なんつったっけエグザイム」

「<レケナウルティア>だよ!」


 ぷんすかと少し頬を膨らませる雪。

 悪い悪いと謝りながら秋人は言う。


「<レケナウルティア>のハンガーはここなんだな」

「そうそう。スノウに乗れって言われて探すのちょっと手間取っちゃった」

「そのスノウも第2格納庫にいるみたいだから、早く合流しようぜ」

「りょーかい」


 そんなわけでスノウのところへ向かうふたり。隣同士ではあるが、その距離は少し離れている。


「なあ、雪ちゃん」

「なに?」

「…………手、震えてるな」

「…………そういう秋人くんこそ」


 秋人は思わず拳を握る。力強く握ってもその動きを止めることはできなかった。


「俺たち、生き残ったんだよな」

「うん。こうしてお話しできてるんだから間違いないよ」

「…………雪ちゃんは何機撃墜したんだっけ」

「秋人くんと共同で1機。その前に1機撃墜したから、2機だね」

「ってことは、スノウが4機か……」


 あの戦闘の時、まるで周りが見えてなかったと秋人は思い返す。ただ目の前にやってくる脅威デシアンに殺されないようにすることに精一杯で、他には何もできていなかったと感じた。


「雪ちゃんがいなかったら、俺は死んでたかもな」

「それを言うなら、あたしもスノウに助けてもらえなかったら今頃……」

「…………そっか」

「うん」


 それっきり会話は終わって沈黙が流れる。

 無力感や恐怖、そして高揚感を制御できない自分をもどかしく感じて唇を噛み締めるしかなかった。




遠征1日目 乗組員:200名 負傷者:1名 死傷者:0名

                                  (続く)

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