第51話 混乱の中で:ノイジーノジギク

 『軍人がおらず自分たちの力だけで地球圏へ帰る』。

 カホラが告げた過酷な真実がまだ19年しか生きていない学生たちをパニック状態にさせることは容易かった。


「へっ、騙されてんじゃねえよアホども」


 しかし、その中において冷静さを見失わない者がいたことは、学生たちにとって幸いなことだったかもしれない。

 学生たちを一喝したダミ声の持ち主は新商品発表会かと見紛う大仰な態度で学生たちを見渡す。


「お前ら、入学式の時を思い出せよ。あの時もデシアンが襲い掛かってきたのはフェイクで、ただのパフォーマンスだったじゃねえか。

 だから、今回もパフォーマンスかそういう体での訓練をするってことだろ。防災訓練みたいなもんだ。

 こんなんでビビるなんて、どれだけビビリなんだよって話だよな」


 その男はパンチパーマの頭を左右に振って取り巻きどもと一緒に笑う。秋人に劣らぬ体躯とそばかすが目立つ彼を見て、秋人は嫌そうな顔をする。


「…………フィリップスもこの艦にいたのかよ」

「そう言うな。腕が立つのは間違いないだろう」


 そう言ってフォローするナンナも表情は明るくない。ギャメロンを好いていないのと、カホラの話を不審に思っているのと両方の意味で。

 そんな話をされているとも露知らず学生たちの視線を集めるギャメロンと取り巻き数名。そんな中でひとりの女子学生が金切り声をあげる。


「アンタ馬鹿じゃないの!? なんでそう能天気に笑ってられるの!?」

「あ? エミルてめえなんつった!?」


 女子学生の言葉にそれまでの下卑た笑いを引っ込め顔を赤くして怒鳴る。

 だが、それに臆せずエミルなる学生は追撃。


「馬鹿じゃないのって言ったの! そんな呑気なこと言って、本当にワープして知らないところに来ちゃってたらどうするつもり!?」

「どうもこうもねえだろ! ワープなんざ理屈だけあって実用化されてないんだから考えるだけ無駄だろうが!」


 それを皮切りにギャメロンとエミル・エーミールが口喧嘩を勃発させる。とても聞いてられない罵詈雑言が飛び交って、周りの学生たちはおろおろとするだけ。結局は元のパニック状態と変わらない事態になってしまった。

 だが、そのさなかでも冷静さを失わずこの場を治めようとする者がいた。


「落ち着け、エーミール。

 それに、フィリップスも少し手加減してやってくれないか」


 混乱する学生たちをかき分け、言い争うふたりの間に割って入ったのはソルだった。


「スフィア……!」

「スフィアくん」

「今は言い争っている場合じゃないだろう」

「元はと言えばエミルが騒ぎ出したんだ! おれは悪くねえ!」

「みんながピリピリしているときに馬鹿笑いしてたのはどっち!?」

「てめえ!」

「なによ!」


 ぐいぐいと押してくるふたりをなんとか抑えながら、ソルは言う。


「落ち着いてくれ。

 まず、エーミール……。俺はフィリップスの言い分が今は正しいと思う」

「なんですって?」

「ケッ……」

「医学会の格言で『蹄の音が聞こえたら、シマウマではなく馬だと思え』というものがある。何かを疑うときには珍しい可能性ではなく、確率の高い事柄から検証すべきだという意味だ。

 不安な気持ちはわかるが、まずはフィリップスの言う線を当たってみたいと思うんだ」

「スフィアくん……」


 ソルに言葉をかけられたことでそれまでの刺々しい雰囲気がしぼんでゆく。それが完全にしおれた時、エミルは言う。


「…………スフィアくんがそう言うなら、私はそれに従うわ。

 フィリップスくんも、ごめんなさい」

「それでいい。

 だが、フィリップス、さすがにこれから共同で訓練していく仲間を悪く言うのは良くない、それだけはわかってくれ」

「てめえに説教される謂われはねえよ。おれはおれのやりたいようにやるだけだ」


 不愉快そうにそう言って、ギャメロンとその取り巻きたちは時々周りの学生に対して威圧的に怒鳴りながら格納庫から出ていく。

 その後ろ姿にため息をついて、ソルは傍らの黒子に言う。


「とりあえず、先輩の言ったことが事実か確認しに行こう」

「ええ、そうね。おそらくブリッジにいるんじゃないかしら」

「ちょっと待って、スフィアくん。私もついて行っていい?」


 動き出そうとするソルをエミルが引き留める。


「私もしっかりと真実を知りたいから……」

「構わない。…………黒子、そんな顔をするな」

「別にいつもと変わりないわ」


 明らかに嫌そうな顔をしている黒子をなだめ、ソルは黒子やエミルと共にブリッジへと向かい始めた。


(なんとか治まったかな)


 ギャメロンとエミルの言い争いを発端とするソルの言動は、幸いなことに混乱状態だった学生たちを少なからず沈静化させた。ソルの言葉を聞いて本当にカホラの言う状況になったのかひとまず確かめる機運が高まったのだ。

 誰も彼もが真実の為に行動するようになったわけではなく、誰かが確かめた内容を聞かせてもらえばいいやと静観する学生もいるが、混乱して何もできない状態よりはよっぽどまともな空気になったのは間違いない。


「ヒヤヒヤしたぜ……」

「スフィア氏が間に入ってよかったですね。彼のお陰でみんな幾ばくか落ち着いたみたいですから」

(僕じゃ喧嘩を止めることはできても、混乱するみんなをどうこうする力はないからね)


 あまりにも喧嘩が長引くようであれば、出て行って止めに入ろうと思っていたがそれは取り越し苦労で済んだようだ。スノウにとってもソルの行動は行幸と言えた。


(…………先輩が嘘をついているとは思えない。となると、この艦は本当に不慮のワープをしたか、フィリップス君が言う通りそういう設定の演習になっているのか。どっちにしても全員で一丸となって取り組む必要がある)

「スノウ……。スノウってば!」


 スノウの上着をくいくいと引っ張っている雪。その手が少し震えていることがわかって、優しくその手を包んでやる。


「ん、どうしたの雪ちゃん」

「…………いきなり何も言わなくなっちゃったから心配した」

「それは悪かったよ。

 それで―――むっ」

「ひゃっ!?」


 「それでどうしたの」と聞こうとした瞬間、ガタンと音がして床が揺れる。それも小規模ではない、地震のような揺れ方だ。

 その揺れは数分続き、最後にひときわ大きな振動を艦全体に与えて終わった。

 あちこちから戸惑いの声があがる中、スノウは周囲を何度か見回す。


「…………だいぶ大きかったけど」

「そ、そうだね」

「ったく、なんだよこの揺れ……」

「危うく倒れるところだったな」

「いったいどうしたんでしょう……?」

「みんな無事みたいだね」

「ええ、なんとか。

 それよりスノウ、揺れは収まったんですから雪さんを解放してあげましょうよ」

「む?」


 揺れを警戒して伏せていた秋人が立ち上がりつつそう言ったのを聞いて、スノウは雪を抱きしめていることに気が付いた。たたらを踏んで倒れそうになった雪を支えるために咄嗟にそうしたのだ。


「ごめんね、苦しくなかったかな」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 窮屈そうにしていた雪を解放してやると、彼女は顔を赤くして口をパクパクさせていた。その様子がなんだか酸欠の魚みたいだったから、やっぱり苦しかったんだなぁなんて思っていると、


 ビーッ! ビーッ!


 耳をつんざく警報音が格納庫に響き渡る。


「チッ、次から次へとなんだよ一体!?」


 格納庫の壁や床が赤い警報灯の光を照り返す中そう叫ぶが当然答えは返ってこない。


「だったら、ブリッジと連絡を取るしかないね」

「どうしてですか?」

「艦全体の様子はブリッジで見られるはずですからね」

「そうか、なら私たちもブリッジに行くぞ」

「おう!」

「あ、ちょっと待って」


 一行は先ほどのソルたちのようにブリッジに行こうとするが、スノウが引き留める。


「どうしたの?」

「アベールとナンナ、谷井さんはブリッジに行ってもいいけど、雪ちゃんと秋人は残った方がいい。全員が行くことはない」

「そうですね。ここは別れましょう」


 アベールとナンナと佳那はそのままブリッジの方へ向かう。

 それを見送ることもせず次に行動を移す。


「ふたりはそれぞれのエグザイムに乗って待機してて」

「う、うん」

「お前はどうすんだよ?」

「僕もエグザイムに乗る。じゃ、解散」


 駆け出したスノウは目的の場所、すなわち自分のエグザイムが置いてあるハンガーへと向かう。


(一応<リンセッカ>がどこにあるか見ておいてよかったな)


 <シュネラ・レーヴェ>の格納庫は外から見ると艦に巻き付くように存在しており4つのスペースに分かれている。それぞれを第n格納庫(nは1から4までの数字が入る)と呼んでおり人が互いに行き来できるようになっている他、艦中央部から自由にそれぞれの格納庫へ行けるようになっている。

 今回集合したのは第1格納庫で、スノウは隣接する第2格納庫の中を走っていた。

 廊下でカホラと会った後、予定時刻より早めについたスノウは暇だったのでひと通り格納庫の内訳を調べていた。全部はさすがに無理だが、自分や友人らのエグザイムがどこに置いてあるかぐらいは覚えているため特に迷わずたどり着ける。

 そして、そこには自分が求めている人物がいるはずだ。


「ロンド君、いる?」


 <リンセッカ>のハンガー、その足元に彼はいた。


「ヌルか!」

「<リンセッカ>乗れる?」

「おう、いつでも乗れるぜ!」

「ならいい」


 艦が揺れた時<リンセッカ>が振動で傷ついたりしてないか心配になってここに来ていたのだ。いくらなんでも心配性だが、今の状況ではむしろありがたいことだ。

 スノウは大地をけって一足で<リンセッカ>のコックピットへと跳ぶ。重力の働きが少ない戦艦の中だからできる芸当だ。


「敵が来たのか!?」

「それを確かめるために乗るんだよ」


 追ってきたダイゴを押しのけてコックピットを閉める。するとモニターとコンソールに光が宿り始める。

 パパパッとコンソールを操作して呼び出したのはブリッジとの通信回線だ。


「こちらスノウ・ヌル。ギルド先輩聞こえますか?」

『ザザーッ……ザザーッ』

「さすがのギルド先輩でも戦艦のコンソールはいじったことないかな」


 まあ、自分もよくわからないけどと思いながら待つこと約20秒。


『どうした!?』

「今の警報がどういったものかこちらからはわからないものですから、ブリッジから指示をいただきたいと思いまして」

『だーもう! お前らは遠慮ってもんがねえのか!』


 その声が非常にお冠なものだったから、何かあったのか尋ねると怒り心頭といった風でカホラは言う。


『今しがたスフィアたちがやってきて状況を説明しろと詰め寄って来たんだよ!

 アタシだってなぁ! 結構混乱してるんだぞ!』


 泣き言の裏で小さく『詰め寄ってはないですよ……』と言うソルの声が聞こえてきた。本当に彼らが来ているらしい。

 間が悪い時に通信したのは失敗だが、それはそれとして必要なことなので言う。


「先輩、落ち着いてレーダーを使ってください。警報の原因を探らないと」

『ちょっと待て、今オペレーターの席に……。ん? 行ってくれるか? わかった、頼むぞ。

 今スフィアが見に行った、その報告を待て』

「………………」

『マジかよ……。

 …………デシアンが6機、戦闘区域に入ってきているらしい』


 震え声のその報告にスノウは「なるほど」と漏らした。


「でしたら、出撃して撃墜してきます」

『お前ひとりでか?』

「いえ、一応北山と沼木にも待機してもらってます」

『………………』


 いくら年上だとは言えこんな状況に慣れているわけもなくどうしたらいいかわからない。声には出ないものの非常に悩んでいることがわかる間。

 だが、割って入ったソルの声が不安の間をぶち破る。


『他に出られる機体はないのか?』

「言えば他の人たちも出撃するかもしれないけど、すぐに出られるのは3人だけだね」

『それしか方法はないか?』

「艦の武装を使うって手もあるけど、こっちの方が早いと思うよ」

『なら頼む、出撃してくれ』

「了解。交信終わり」


 ひとまずブリッジとは切って、すぐさま雪と秋人に通信をつなげる。


「ふたりとも聞こえる?」

『うん』

『問題ねえ』

「デシアンが6機戦闘区域に侵入、ただちにこれを撃墜しろとのこと。準備できたら出撃して」

『『えっ?』』

「ロンド君、ハッチって格納庫から開けられる?」


 今度は外部スピーカーでダイゴに話しかけると、モニターに両腕で大きな丸を作っているダイゴが映る。


「じゃあ、すぐに出撃できるようにハッチ開放してほしい」

『出撃って……訓練とかじゃなくて?』

「実戦。本物が襲い掛かってきているらしい」

『冗談じゃねえ……! 俺たちゃ実戦なんて初めてなんだぞ!』

『いきなりなんてそんな……』


 今にも泣きだしそうな雪と半分怒り半分震え声の秋人といった感じで突然の事態に明らかに動揺している声のふたり。

 比較的にも絶対的にもいつもと変わらないスノウがふたりに告げる。


「出撃して死ぬか出撃しないで死ぬかの2択ならどっち選ぶかって話だね」

『『………………』』

「本当に怖くて動けないなら待機しててもいいよ。機種にもよるけど6機ぐらいならなんとかなると思うし。

 だけど、仮にデシアンとの戦闘が続くとして……いつまでも『実戦が初めてだ』『いきなりだ』とは言ってられない。結局いつかは戦わないといけない時が来る。それが早いか遅いかの違い」


 スノウの言葉にふたりは何も言えない。言えないまま時間が少しずつ流れていく。

 スノウは肩をすくめて<リンセッカ>をカタパルトへと移動させる。

 そしてとうとうダイゴから通信がとんできた。


『聞こえるか? ハッチ開放するぞ!』

「了解」

『ハッチ開放!』


 ガコン、と音がしてハッチが開いていく。

 外はどこまでも暗い。だが、散らばる星々がその闇を少しずつ溶かしている。それがあるから、暗い宇宙に出ることは怖くない。

 ハッチ上方についた信号が赤から青に変わる。スノウは静かにペダルをわずかに踏む。


「スノウ・ヌル、出撃します」


 電磁カタパルトが動き出して、<リンセッカ>は弾丸のように宇宙へと発射された。


「ふたりは来ないかな」


 後から誰も追ってこないのを見て、スノウはコックピット内で独り言ちる。

 ふたりなら出撃してくれるだろうという期待と、さすがに覚悟もしてない状態じゃ無理かなという分析と半々の気持ちがあったが、高望みしすぎたようだと肩をすくめる。

 普通であれば頼れる上官の指導のもと自信をつけて一人前になっていく。何事においても成功体験と指導者の存在が健全な成長には不可欠。いきなり戦場に出て敵を撃墜しろ、ただし上官はいないし、仲間も同い年の人間だ……なんて言われても無理な話だ。

 だから、スノウは出てこないふたりを軽蔑したり笑ったりしない。そして、惜しむこともない。ただ撃墜する敵が2機から6機に変わるだけ、予定を変えるだけ。


(<DEATH>だけなら楽だけど、<GRAVE>と<COFFIN>の混合部隊とかだったらちょっと考えないといけないね)


 敵の方向を確かめるべく、ブリッジと同期しているセンサーを見た瞬間……。

 パッ、パッと青い光がふたつ<シュネラ・レーヴェ>から発射された。


「む」

『おーい、待ってくれ!』


 聞こえてくるのは秋人の声。そして、センサーの青い光には<ヘクトール>と<レケナウルティア>の文字が。

 逆噴射でスピードを緩めつつ宇宙を駆けていると、十数秒後に2機が追い付いた。


『やぁーっと追いついた……』

『<リンセッカ>早いからね……』

「秋人に雪ちゃん……。

 来たってことは、戦えるんだね?」

『応よ!』

『うん!』


 あえて厳しい言い方のスノウに、ふたりは力強くうなずく。


『せっかくお前が俺たちに声をかけてくれたんだからな』

『それにスノウの言う通りだと思ったから……。

 いつまでもできないって言ってらんないよ』

「なら、行こうか。機動力の高い<リンセッカ>がけん引するから掴まって」


 <リンセッカ>がマニピュレーターを2機に向かって伸ばす。


『おう!』

『行こう!』


 <ヘクトール>と<レケナウルティア>は力強くマニピュレーターを握った。




遠征1日目 乗組員:200名 負傷者:1名 死傷者:0名

                                  (続く)

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