第50話 覚悟なき出航:ヒナゲシの日

「僕の船室は……ここか」


 <シュネラ・レーヴェ>が光の中に消えた時より少し時間はさかのぼる。

 港口で実習の組み分けを発表された後、学生たちは荷物をそれぞれの個室へと持っていくように指示を受けていた。

 ところで21世紀の米軍の艦において、個室というのは将校以上の階級のものに与えられるもので、それ以下の軍人には用意されていない。それぞれの固有スペースと言えるのはせいぜいベッドの上くらいなものだ。

 しかし、時が流れ宇宙に人々が進出するようになって、軍人も人間であるのだから人権が守られてしかるべきだ、という考えが強くなってきた。そのため、この時代ではたとえどれだけ下位の階級の軍人であろうが、軍人ですらない学生ですらそれぞれ個室が与えられるようになった。

 とはいえ、決して広いわけではなく、せいぜいビジネスホテルひと部屋以下の広さと設備なわけだが。

 個室の隅にスーツケースを置いて、ひとまずスノウは集合場所の格納庫へと行くことにして部屋を出る。

 部屋を出て艦内移動用のバーにつかまっていると、途中見知った顔に出会う。


「ギルド先輩」

「お、ヌルか! …………ああ、みなまで言うなって。アタシは<リンセッカ>開発のチーフだぜ? マシンあるところにメカニックあり、ってことでついていくのは当然だ!

 にしてもすげーぞこの艦! こりゃ統合軍の最新型だなぁ、間違いない。

 これに乗って実習できるなんてお前ら運がいいぞ!」

「他の艦に乗る学生たちに申し訳ないかもしれないですけどね」

「その分、この艦で学んだことを他の連中に教えてやりゃいい。だから、アタシたちはこの艦で学ぶことを1分1秒たりとも無駄にしちゃいけないんだ」

「そうですね」


 それまでの雰囲気から一転してふと真剣な顔になったカホラに同意する。


「できることはしっかりやるべきだと思います」

「うむうむ、その通りだ。じゃ、そんなわけでアタシは機関室へ行ってくるわ! こんなでっかい艦の動力がどうなってるのか見てくる! お前も来るか?」

「僕たち操縦科や、整備科は格納庫に集合することになってますが」

「時間までには戻るよ。じゃ、またな!」


 行動力の化身が情熱のままに突っ走る。嵐のように去っていく彼女にスノウは声をかける暇もなく、そのまま見なかったことにして先を急ぐことにした。




 スイーッ、スイーッとバーを駆使して艦内を移動していくカホラは、とうとう目的地へとやって来た。

 機関室と書かれた扉を開けて中に滑り込むと、巨大な円筒型の機械が視界に飛び込んできた。


「おお……。これがこの艦の動力システムか……?」


 円筒型機械を視界にとらえつつ、ゆっくりと歩みを進めてその円筒型機械のコンソールに触れる。


「やっぱり動力システムっぽいが……。見たことのない構造をしているな」

「そりゃそうじゃろう。そのシステムは人類科学では解明しきれんものじゃからな」


 ハッとして声のした方を見る。

 機関室の下部へつながるタラップ、そこからしゃがれた声から想像できる通りの老人が顔を出していた。


「ご老人、貴方は……?」

「儂はこの艦の設計者じゃよ。今、下の冷却システムの様子を見ておったのじゃ」

「ああ……。でしたら、勝手にコンソールをいじってしまってすみません」

「構わんよ。未来へと時計を進めるための好奇心は誰にも止められん。

 よっと……。お嬢さん、おぬしも技術者じゃろ?」


 タラップから上がってきて、姿を見せる老人。身長はカホラと変わらないほどだが、その年に似合わぬ筋骨隆々とした体格が目を引く。

 そのギャップに驚きながらカホラは言う。


「ええ、まだ学生の身ですが……。

 サンクトルム整備科3年のカホラ・ギルドと言います」

「儂はスミス。地球統合軍でかれこれもう何十年も設計なんぞをやっておるよ。

 若かろうが年老いていようが、技術者であればこれを見て惹かれん者はおらん。それだけこれには凄まじいほどの力と未知の技術がある」

「ご老人、このシステムが普通ではないことはわかります。しかし、人類科学で解明しきれないというのは……」

「デシアンの技術を転用しておるんじゃよ。

 未だ人類が使えないワープドライブの技術や半永久的にエネルギーを供給し続けるシステム、その2点を組み込んだ新型動力がこれじゃ」


 人類が生活の場を広げようと思えば獲得せざるを得ないふたつの技術、それが今目の前にあるのだと知ってカホラは息をのむ。


「これが……謎の包まれたデシアンの……」

「じゃが、設計した儂ですらワープの発動は確認できておらん。何とか再現できたのは半永久エネルギーをマシンの動力として使うことそれだけ。

 どういった原理でワープするのか、どういった原理でエネルギーを創造しているのか、そのすべては謎に包まれている」

「原理がわからないのに、なぜこれらがワープドライブやエネルギー供給システムだとわかったんですか?」


 当然の疑問にスミス老人は笑って答えた。


「ほっほ、簡単なことじゃよ。から、わかったんじゃ」

「原理がわからなかったから……。まるで意味が……」


 わからん、と言いかけてやめた。話している間にふと思いついたのだ。


「ご老人、我々サンクトルムには実技試験で使うために<DEATH>の複製が置いてあります。もちろんデッドコピーではありますが……」

「そうじゃな」

「…………実はデシアンの機体というのは一部を除いて人類と同じ技術が使われているのですか?

 逆に言えば、我々が理解できず再現できないものこそ、ワープドライブやエネルギー供給システムだったと……」

「その通り」


 教え子が応用問題を自力で説いたのを見た教師のようにスミス老人は目を細める。


「エネルギー供給システムだけは再現できたと言ったが、それもあくまで偶然にすぎん。そして、偶然だけではテクノロジーは人のためにならん。偶然を乗りこなし必然に導く。そうしてこそようやく人の役に立つのだから。

 …………さて、この話はひとまずこれまで。少しどいてくれるかの」


 スミスはカホラとコンソールの間に割り込み、コンソールを操作していく。


「ふむ。冷却システムの異常は解決したようじゃな。

 突貫工事で製造するとあちこちが駄目になりがちじゃからのう。

 …………む?」

「どうされたのですか?」


 低い声と共に黙り込んだスミスが気になって、後ろからコンソールをのぞき込む。


「ご老人、このブラックボックスの異常な発熱は……?」

「もしかすると……、いや、あり得るか?

 …………カホラ君、君は冷却システムを見てきてくれるか? ああ、その前に見方だが……」

「大丈夫、わかります」

「頼もしいな。

 冷却システムが正常に動いていればそれでいい」


 さっきまでの好々爺な雰囲気が一気に霧散し、そこにいたのは歴戦の猛者エンジニア。彼の迫力に圧されるようにカホラは冷却システムへと向かう。

 メインシステムから伸びた太い管が2本突き刺さった直方体の物体、それが冷却システムだった。


(…………特に異常らしい異常はねえな。正常に動ている。

 だったら、あのメインシステムの発熱は一体……?)


 冷却システムのコンソールを見て疑問にぶち当たるカホラ。


「ぐおおおおおおおおおッ!」

「ご老人!?」


 しかし、その思考は階上から放たれたスミスの叫び声にかき消され、急ぎタラップを上がる。

 タラップを上がったカホラの視界に入ってきたのは、コンソールの前で血を吐き倒れるスミスの姿だった。


「ご老人!? 何が、どうされたんですか!?」

「グ、フゥ、がはっ」

「いや、まずは医務室か……」


 連絡を取るために離れようとするカホラの腕を、スミスはその様子からはあり得ないほど強くがっしりと掴んで言う。


「儂……のことは、後だ……! 今は……これ、からのこと、を……!」


 生き絶え絶え、だがその瞳は決して光を失ってはいない。

 その光はカホラをその場につなぎ留めるにはじゅうぶんすぎた輝きだ。


「伝え、る……。何が……起きている、か……」


 血塗れの口が動き出す。これからのため、この艦に乗る若者のために放たれた言葉はカホラを驚かせるのであった。




 格納庫には、スノウを含めた操縦科の学生と整備科の学生たちが待機している。だが、統率は取れておらず整列はしていない。ただ集まっているだけといった風だ。

 だが、それは気を抜いているからではない。本来であればブリッジから通信が入り、今回指導役として全権を担う軍人からの挨拶があるはずなのだが、予定時刻から1時間経っても一向に来ないのだ。だから、学生たちの間にはどこか不安気な空気が流れていた。


『とっく予定の時間は過ぎているよな……?』

『どうしたんだろうね』

『…………何かトラブルがあったんじゃないの?』


 当初は静かだった学生たちが少しずつ騒ぎ始める。そうでもしないと、何もない時間に耐えられなかったに違いない。

 それは、秋人たちも例外ではなく……。


「あれだけ怒鳴っておいて本人たちは時間にルーズなんだもんなぁ」

「軍人のみなさんも遅刻なんてするんですね……」

「だが、これだけ遅れるのは普通ではない」

「ええ、もう少し待ってみて何もないようだったらブリッジに行ってみますか?」


 秋人、佳那、ナンナ、アベールがそれぞれ考えを口にする。言葉そのものはどこか非難めいているが、その表情は険しい。

 そんな中、スノウは休めの姿勢でずっと待機していた。


「スノウ、よくその状態でいられるね……」

「待つのも指示のうちだから」

「不安じゃない?」

「不安じゃないよ」

「………………」

「…………雪ちゃんが不安だと感じているなら、話し相手くらいにはなるけど」


 休めの姿勢を解いて雪に向き合う。

 だが、それに対して雪は首を横に振って微笑む。


「ううん、大丈夫。不安は不安だけど、今はまだ頑張るよ」

「ならいいけど」

「それにしても遅いよね。もう1時間ぐらい予定時刻から過ぎてる」

「そうだね……」

『ザザッ……ザザッ……』

「―――!」


 ふたりも周囲と同じように話を始めると、沈黙を保っていたスピーカーからノイズが漏れてくる。

 瞬間、格納庫の会話がピタッと止まり、その場にいる誰もがそこに意識を集中させる。

 ザザッ、ザザッと何度かノイズが走ったのち、ついにクリアな声が艦内にわたり始める。


『あーあー、聞こえているか艦内の連中! この放送は艦内すべてに流している!』

「この声は……」

「ギルド先輩か」

『アタシは整備科3年のカホラ・ギルド! 整備科の連中の面倒を見るために乗艦している!

 と、自己紹介はそこそこに言わなきゃいけないことがある。この艦の状況についてだ!』


 この艦の状況というワードが出て、どよめきが起こる。

 だが、カホラの方はそれを知る由がないので話をそのまま続ける。


『詳しい技術的説明はひとまず省くが、この艦にはワープシステムが積まれていて―――ワープについてはたぶんお前らも知ってるだろうからこの説明も省く!

 現在、この艦<シュネラ・レーヴェ>はそのワープシステムが誤作動を起こし地球圏を離れて異空間をさまよっている状態にある!

 それもヤバイんだが、何よりヤバイのは…………この艦には軍人はひとりしか乗っていない。他の軍人が乗る前にワープシステムが発動してしまったからだ。そして、そのひとりも重傷を負って医務室で治療を受けている』


 再びどよめきは沈黙し、誰も何も言えなくなる。皆、自分たちが置かれた状況をそれとなく察したからだ。

 そして、その状況をカホラがありがたくないことに明確にしてくれる。


『つまり、アタシたちは自分たちだけの力で、どこかもわからない場所から地球圏へと帰還しないといけなくなったというわけだ』




遠征1日目 乗組員:200名 負傷者:1名 死傷者:0名

                                  (続く)

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