第二部 戦火の海に勇気の帆を
第49話 消えた船:ダイモンジソウと化した赤い獅子
9月下旬になって、サンクトルムは後期授業が始まった。
普通の大学生であれば、大学に赴き後期カリキュラムを選択する……というのが当然であろうが、スノウたちサンクトルム操縦科の1年生たちは学校には行かず、宇宙港へと集結していた。
港口に各々自由に待機している学生たち、その顔はどこか険しい。
それもそのはず、今日この日から遠征実習が始まり、今まで経験したことのない生活をしばらく続けなければならないのだから。
「とうとうこの日が来ましたね……」
「そうだな。気を引き締めていかなければ」
「…………うん」
不安と戸惑いで神妙な面持ちになっている佳那とナンナ。
雪は自らを鼓舞するように拳を握り締めている。
秋人とアベールはというと、やはり神妙な顔で黙り込んでいた。
例外はスノウで、彼は港口に停まっている他の戦艦と比べてひとまわり大きい赤い艦を興味深そうに眺めていた。
(随分と大型の艦だ。主砲が上部に3門、下部に2門。副砲が……計20門か。それだけ砲門があるということは、積まれているエネルギーは相当多いはずだ)
今は使い時ではないので展開されていないが、それだけの砲を斉射したなら相当の火力を発揮するだろう。
その攻撃性の高さと閉じている砲門の様子から、スノウは獅子の姿を想像した。
「まるで、赤い獅子だな」
「スフィア君」
「やあ」
気さくに手を挙げてソルがスノウに近寄る。当然、黒子も一緒だ。
「あの艦にはどうやら俺たちが乗るみたいだ。さっき、<ソルブレア>や君のエグザイムが搬入されているのを見た」
「そう」
「会うのは1か月ぶりだが、変わらないな君は。普通はもっと驚きそうなものだが」
「僕があの艦に乗るからと言って、やることは変わらないから」
そう言って、スノウの視線は赤い艦に戻る。獅子のたてがみは未だ開かない。
つっけんどんな態度に怒りを浮かべたのはやはり黒子だった。
「あのねえ、貴方のようなクズ虫のために―――」
『サンクトルム操縦科1年、集合!』
拡声器を使って放たれた号令が港口に広がる。広がるにつれて学生たちは声のした方へと集まっていく。
「む、時間のようだな。行こう」
「…………覚えておきなさいよ、クズ虫」
急いで駆け出すソル、怒りのやり場を失った黒子の後にスノウもついていく。
数分後、整列した学生たちの前で護が話し始める。
「全員そろっているな。
…………まずは、招集をかけた誰ひとりかけることなくこの場に集まってきたことを私は褒めたいと思う。事前に聞いていた者なら知っているかもしれないが、この遠征実習は極めて過酷であり、これによって毎年何人も自主退学している。そんな中、全員集まったことは驚異的と言える。それに称賛を送ろう。
さて、いよいよ遠征実習の日になった。本来は2年生が受けるはずの実習なのだが、早めて実施されるということはそれだけ諸君らがサンクトルムや地球統合軍から期待されているという何よりの証左である。
私は同行しないが、地球統合軍から今回派遣されてきた彼らが君たちの実習を指導してくれる。彼らの指示に従い成長した諸君らの姿を期待している。頑張って来てくれ。
私からは以上だ」
その後、引率の軍人の紹介があったり、誰がどの船に乗るのかグループ発表があったりした。
「お、俺もアベールもスノウも同じAグループか」
「スフィア氏も一緒ですね。
こうも一緒だと作為めいたものを感じますが……」
「成績がいい学生を集めた、とかそういうのじゃないの」
誰と誰が一緒だとか、誰がいないだとか、悲喜交々な声があちこちで聞こえる。船の上で何日も一緒に過ごすメンバーなわけだから騒ぐのも仕方のないことだが、それはあくまで学生だからというだけだ。
「静粛にッ! 実習は遊びではないッ!」
派遣されてきた統合軍の軍人が吠える。
そう、軍に入れば誰が好きで誰が嫌いで、なんてことは関係ないのだ。例え合わない嫌いな人間と一緒でも力を合わせて任務を達成しないといけないことはままある。それができないようであれば待つのは任務失敗と死のみ。
18~19歳の少年少女たちにはもちろんそんな覚悟はない。だから、叱責を浴びたことで委縮し誰も口を開かなくなる。
そして、粛々と軍人の指示に従ってそれぞれのグループは指定された宇宙船に乗り込んでいく。
それを見ながら、護は軍人のひとりと話す。
「悪いな、嫌な役をさせてしまって」
「実習の指導教官なんて、嫌われてナンボだろ。
それに俺とお前の仲だ、気にすんな」
そうフランクに話す彼は、護の軍時代の同期のひとりだ。護が軍をやめてからも連絡は取りあい、こうした場では協力して若者を育て上げている。
「それに今回は1年なのに実力者が揃うって言うじゃねえか。
しかも新型艦のテストも兼ねていると来ちゃ、腕の振るいがいがあるってもんよ」
「あの赤いのか……」
護は今しがたスノウたちが乗り込んだ赤い船を見やる。
「確かに従来の艦と大きく違う。かなりの大型であるし、砲門が多い。
あの艦は一体……」
「俺もあの艦が<シュネラ・レーヴェ>という名前であること以外は詳しく知らない。いや、正確には聞いてもよくわからなかったんだが、それでも解説してもらってわかっていることがある」
「それは?」
「あれは人類史上初めて『ワープ機能』を備えた艦、ということ」
「なにッ……!?」
護は驚きのあまり目を大きく見開き、同期に詰め寄る。
「それは本当か……!?」
「ああ。
デシアンの連中が地球圏に来るときにワープしているのは知っているよな?」
「もちろん」
デシアンの本拠地がどこにあるかは、最初の遭遇から100年経った今でも判明していない。だが、その移動方法についてはかなり前からわかっている。
デシアンの襲撃のほんの数秒前、わずかな空間の歪みが生じる。それはデシアンが移動のために引き起こすもので、いわゆる空間湾曲型ワープと呼ばれる方法でやってくる。
事前の予兆がなく突然やってくるのは、ワームホールを使ってワープしてきてるからで、そのためにデシアンとの戦闘が少なくなった地球統合軍は戦力を常に地球圏全体に張り巡らせているのだがそれはまた別の話である。
デシアンがワープして地球圏に来ている……そんなことはサンクトルムで講師をしている護からすれば常識と言えることだったが、次に軍人が言ったことは驚愕に値するものであった。
「<シュネラ・レーヴェ>は、鹵獲したデシアン<DEATH>のパーツを移植し、奴らと同じワープシステムを使えるようにしたんだ。
もっとも、そのシステムの全てを解明することはできず、現代の技術では機動兵器に搭載できなかったため結果的に大型艦に搭載することになったようだがな」
「そんなことが……」
「砲台を増やしたのにも理由もあるらしいが、まあ技術的なことはよくわからん。
とにかく、遠征実習と同時にあの艦のテストもしておきたいんだと」
「大丈夫なのか、そんな未解明な技術を……」
「さすがに統合軍の技師、あの艦の設計者を連れてきている。もう乗り込んでいるようだがな」
「それならいいんだが……」
言葉とは裏腹に顔はしかめた護。
新型艦を造るのは別に否定しない。それに未解明の技術を搭載することも。
だが、そのテストをなぜ学生たちにやらせるのか。万が一事故があった時、どう責任を取るのか。彼は統合軍に不信感を感じているのだ。
そして、嫌な考えというのは、起きてほしくないときに実現するものだ。
「中佐、お話し中申し訳ございません。駐在の者から連絡が来ています」
「ああ、わかった。すまないな、青葉梟」
「いや、そっちの方が大事だ」
この宇宙港に駐在し護衛をしている軍人から連絡を受けて、同期が部下から通信機を受け取る。
「こちら地球統合軍……なに? こんな時に限ってか……!」
「どうした」
「…………デシアンだ。ちょうどここを目指して1個小隊が来ているらしい。
青葉梟は学生たちを避難させてくれ」
「お前は出撃か。
必要だったら、呼んでくれ」
「…………お前も、今は民間人だ。民間人は軍人が守るさ」
同期は部下を引き連れて格納庫の方へ歩いていく。
護はそれを見送るなんて悠長なことはしない。他スタッフをに指示を出すべくすぐに動き出そうとして、しかしすぐに足を止めてしまった。
彼の視線の先、学生たちを乗せて出航の時を今か今かと待っているはずの<シュネラ・レーヴェ>のエンジンが唸りを上げているからだ。
「馬鹿な……。まだ学生しか乗っていないはずだ。なぜ動いている……?」
正確には軍から出向してきた技師も乗っているが、だからと言って艦というのはひとりで動かせるわけでもない。そのため、その艦が動くことはあり得ないはずだった。
だが、<シュネラ・レーヴェ>は動き出す。最初はゆっくりと、しかし確実に速度を上げて。
「ま、待て! 今動いては……! くっ!?」
護が焦って足を踏み出した瞬間、凄まじい光が港口全体に放射され、護を含めてその場にいたすべての人間が目を覆った。
そして、光が収まったころ―――
「な、なんだと……!?」
護は、いやその場にいた者すべてが自分の目を疑っていた。
なぜなら……、
「<シュネラ・レーヴェ>が……消えた」
赤い獅子の如き艦は、光と共にその姿を消していたのだから。
(続く)
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