第48話 そして、闘いの海へ:ホーリーフォール
9月上旬、スノウは自室にてスマートフォンに表示された文字を見つつ、大きなスーツケースに荷物を詰め込んでいた。
特に衣類が多く、とにかくできる限りコンパクトに畳んで入れている。後は日用品を少し。それだけでスーツケースがパンパンになる。
「…………こんなものかな」
パチンとしっかり閉じて、最後に鍵をかける。
ひととおり終えて体を伸ばしていると、ピンポーンと小気味よくインターフォンが鳴る。
「よっ」
「どうですか、準備の方は?」
すぐにドアを開けるとそこには秋人とアベールが。
「どうしたのいきなり」
「いやー、ほら遠征のためにエグザイム調整しないといけないだろ? 一緒に行こうぜって」
「まあいいけど」
そんなわけで工房へ向かうことになった3人。
道中で秋人が言う。
「しっかしまあ急だよな、通達が。後期カリキュラムで遠征実習をやるから準備しろだなんて」
「本来2年時にやる実習ですが、もっと早めに連絡があってもいいとは思いますね」
「偉い人がカリキュラムをいじったそうだから、学校側も急だったんじゃないかな」
「ほーん、そうなのか」
地球統合軍総司令から直々のリークとは露知らず、スノウからの情報に秋人は素直に感心した。
3人は間もなく工房に足を踏み入れた。だが、その様子がいつもと違う。
「なーんかバタバタしてんな」
「いつもより多めに走っております、って感じですね」
「おい、そこの3人! 邪魔ンなるからどいてくれ!」
「これは失礼」
普段から金属音や怒号で騒がしい場所が、今日はそれに加えて人が行きかう足音でさらに喧しくなっていた。
時折行きかう整備科の学生に怒鳴られながらも3人が首をひねっていると、スノウが見知った人物から話しかけられる。
「お、ちょうどいいところにいるじゃないか、ヌル!」
「ギルド先輩」
「それになんだ、そっちのふたりは沼木とオーシャンか」
「…………えっと、どちら様で?」
「整備科の3年で、カホラ・ギルド先輩。整備科1年に先輩風吹かしている」
褒めてないのにへへへと鼻の下をこするカホラ。
「ああ、何度か噂を耳にしましたが、この方がギルド先輩でしたか」
「つか、俺たちのことよく知ってますね」
「たりめーだろ。1年のマシンはひと通り整備できるようにしとかなくちゃいけないからな、パイロットのことも覚えるさ」
「ほへー、大した記憶力っすね」
「って、そんな世間話してる場合じゃないんだよ。
お前ら、暇なら搬入を手伝え」
「搬入?」
質問に対して、カホラはちょいちょいと後ろを指す。
「お前たち1年も遠征実習することになったろ? エグザイムやら資材やらを輸送船に搬入しないといけないんだが、人手が足りてなくてな」
「整備科も結構人いるのに足りないんすね」
「バカ野郎。エグザイムひとつ運ぶのだって何人も必要になるんだ。それに物資以外にも整備・調整のためのデータの移行作業だってある。とにかく、猫の手も借りたいんだよ。わかったらさっさとパイスー着こんで手ぇ貸せ!」
カホラの有無を言わさない迫力を感じ、3人は急いで更衣室へと走る。
30分後、そのパイロットスーツに身を包み整備科の学生たちに混ざりながら3人は工房の奥の資材置き場から輸送船へ資材の運搬を始めることにした。
「うへえ、おっそろしいくらいあるな。どいつもこいつも山積みだぜ」
『遠征実習用資材』と仕分けされ1立方メートルの箱が山積みになっている、首が痛くなるくらい見上げないといけなかった。しかも、その山がいくつもいくつも並び、さながら『サンクトルム山脈』といった様相を呈してる。
「しかし、エグザイムの運搬よりは楽かもしれませんね」
「ひとつひとつは小さいけど、こんだけの数があるんだぜ?」
「それでも頼まれた以上はやるだけだよ。さっさとやろう」
スノウと秋人は資材を運搬用台車に乗せる役割、アベールはそれを輸送船へ持っていく役割で分担することにする。
四肢に身体補助用の機械を装着し、ひとつひとつ丁寧に台車に置いていく。
「台車で運搬だなんて古めかしくてやんなっちゃうぜ」
「他の運搬用の機械は整備科のみんなが使っているからしょうがない」
ぶつくさ文句言いながら、または粛々と作業をしていく。
そのうち山がふたつほど片付いたころ、空になった台車を押しながら戻ってきたアベールがふたりに言う。
「ギルド先輩が飲み物をおごってくれるそうですよ。そろそろ休みませんか」
「お、いいねぇ。行こ行こ」
「了解」
カホラから飲み物を受け取り、資材置き場近くで座りこむ3人。
すぐにスポーツドリンクを喉に流し込んでひと息つく。
「ふぅ~。労働の後の冷たい飲み物ってのはいいもんだな!」
「ええ、実に生き返った気分になります」
「でも、また死ぬぜ。
あれだけ運んだと思ったのにまだまだあるからな……」
「現実逃避していたんですから言わないでくださいよ」
「アベールがそんなこと言うのは珍しい」
「あれだけの資材があるってことは、結構長い間遠征に出るってことだよな……」
山積みの資材を脳裏に浮かべる。自分たちだけが運搬しているわけではないとはいえ、運び終えるには時間はまだかかりそうだ。
「全部使い切るわけではなくて、予備も相当数あると思いますよ」
「だとしてもよ。1日や2日じゃないんだろうからさ、ちょっと不安だよな」
「ホームシックですか?」
「そんなんじゃねえよ。ただ……」
陽気な声から一転、ためらいがちに低い声を絞り出す。
「いつもと違う環境だと、普段考えないようなことも考えちまいそうだなと思ってな」
「ふむ? 心当たりでもあるんですか?」
「あー、昔な、俺が通っていた剣道場で合宿稽古があったんだけど……。普段温厚な奴が喧嘩したり、真面目な奴が稽古さぼったり……。
俺自身も尊敬してやまなかった当時の師範を、その、痛い目に遭わせてやりたくなったりな。
単純に稽古が厳しかったからってこともあったんだろうけど、一度精神がまいると何しでかすかわからないってのは誰にだってあると思うんだよな。
ましてや、遠征実習って統合軍から指導役が派遣されてくるんだろ? 普段以上に厳しいのが目に見えているわけだから、その、辛くて自害を考えたり……」
「秋人。それ以上はやめましょう」
物騒なことを口にし始めたのを見かねてアベールがすかさず制止に入る。
「始まってもいないのに、それを言ってはいけない。確かに例年遠征実習後に自主退学する生徒がいるそうですが、今考えても仕方ありません」
「…………そうなんだけどな、ちょっと嫌な予感がしたんだ。
悪いな、士気をそぐようなこと言って」
「いえ、僕も少し不安なところはあるので気持ちはわかりますよ。元は2年生でやることですから、経験浅くマインドセットができていない我々でこなせるのかってね。
しかし、それだけ考えられるのですから、きっと大丈夫です。僕たちはね」
「仮にふたりが精神的にまいってよからぬことを考えるようだったら、僕がどんな手を使ってでも止めるよ」
それまで黙って聞いていたがたまらず、しかし言葉自体はボソッとスノウはそう言った。
意外そうにスノウの顔を見るふたり。しかし、すぐに笑顔を浮かべる。
「ははは、確かにお前ならブレねえよな。そん時はブン殴って叱ってくれ」
「ええ、頼みます。いざというときはね」
「よし、もう不安なことはねえ! ひと休みしたことだし、資材運搬を再開しようぜ!」
勢いよく立ち上がった秋人につられて、ふたりも立ち上がる。
「そうですね、頑張りましょうか」
「ほどほどにね」
友情によって遠征実習への気持ちを奮起させたスノウたち。
その情熱はこれから大きく燃え上がり心も体も成長させるのだろう。
しかし、その遠征実習が思わぬ方へと転がり、彼らの大学生活を大きく変えることになるとは3人は―――否、誰も予想だにしなかった。
ゆっくりと動き出していた運命が、今再び大きく進みだそうとしている―――。
「王我様、スノウ・ヌルの調査結果にございます」
「見せてみろ」
地球統合軍・総司令室。そこは地球統合軍で最も厳かで、最も重要な場所。
その椅子に座るのは、地球統合軍総司令・防人王我元帥。
彼は端末に送られてきた報告書や計画書に目を通し、場合によっては計画の許可/不許可を決めて返信していた。
そんな中で、パインが総司令室に入ってきてデータを寄越してきたのだ。
すべての報告書や計画書をいったん閉じてパインから送られてきた調査結果の資料を鋭い目で読んでいく。
最初の方は身体情報や住所といった、王我からしたら何の価値のないデータだったのだが、ある時ふと目が留まる。
そこを改めて読んでみて、王我は冷たく笑う。
「クク、そうか……。つまらないデータを寄越してきたと思ったが、これは面白い」
「ええ。サンクトルムの健康診断の時に採取した血を調べましたところ……」
王我はデータを拡大する。そこにはDNA情報が書かれていて―――
「王我様のDNAデータの一部と一致しました。
彼は、スノウ・ヌルはサキモリ・エイジの子孫になります」
「この世界にまだいたのだな……。サキモリの子が!」
王我は笑う。己が計画、己が野望……その成就への道筋が彼には素晴らしく輝いているように見えて。その日は決して遠い未来ではないことを確信して、拳を握り締めるのであった。
【第一部 素晴らしき日々 完】
(第二部に続く)
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