第53話 艦長は誰が為に:ロベリアが醸成されて

 帰艦したスノウの報告を聞いて、ソルは苦々しく顔を歪めた。


「そうだったか……。危険なことを頼んでしまったな」

「出なければ被害が出ていただろうから、頼まれなくたって出撃してたさ」


 涼しい顔してあっけらかんとそう言ったスノウに、思わず苦笑がこぼれる。


「君ならそうだろうな。前期試験の時と同じだ。

 もちろん沼木や北山さんにも感謝をしている」

「構わねえよ」

「いいっていいって」

「しかし、今後は簡単にはいきませんね……。今回は数が少なかったからいいですが、もっと数が増えたら不揃いの状態では全滅必至でしょう」

「とすると、現状をこの艦に乗る全員がしっかり理解しておく必要があるわね」


 艦内には、未だ訓練の延長だと考えている学生や現状がわからず呆けている学生、それぞれのやり方で調べている学生様々いる。

 だが、不揃いの認識ではもはや立ち行かぬ状況であることは間違いない。

 そうして話し合って、ソルは館内放送を流す。

 「現状を説明したいので、現在仕事をしている者以外は30分後にブリーフィングルームに集合すること」と。




「―――というわけでギルド先輩が放送した通り、我々は現状支援が得られず自力で地球圏へと帰還するほかない状況なわけです。

 ご理解いただけましたか?」


 ブリーフィングルームにて、100名を超える大勢の前でアベールはにこやかに解説をしめくくった。

 ディスプレイには通信のデータであったり、メインエンジンの図面であったり、説明に使った資料が映っている。

 アベールが解説役をしたのは単純に柔らかい語り口と表情によって思い現実でも受け入れられやすいだろうという判断によるものだ。


「ご理解いただけない方は挙手を。

 …………はい、どうされましたかカーターさん」

「状況はわかりましたわ。

 しかし、地球圏へ帰る間、デシアンが仕掛けてきたらどうしますの?」


 金髪の女子学生がハキハキとした声で話す。


「もしかして、わたくしたちで撃退するつもりで?」

「ええ、それしかありません。

 それしかないから、こうして全員に現状を理解してもらう機会を作ったのです」

「できるのですか?

 …………いえ、やるしかありませんのね」

「わかっていただけて、何よりです。

 では、他に」


 今度は短髪で褐色肌の男子学生が手を挙げる。


「操縦科、カルマ・イルマだ。

 長い航海になると思う。ではその間の食事や睡眠はどうする?」

「そうですね……」


 そこでアベールは前方に座っているソルと黒子をチラッと見て顔をうかがう。

 ふたりは首を小さく横に振っていた。


「すみません、そこまで考えが回りませんでした。

 何か案がありますか?」

「当番制がいいと考える。時間ごとに区切って、この時間はAグループが生活関係、Bグループが休憩、Cグループが戦闘配備で待機……と言った具合だな」

「いい案ですね。僕はその案でいいと思いますが、反対意見や修正案などある方いますか?

 …………いないようですね」


 その後何回か質疑応答を重ねる。もっともわからないことも多いため、答えられたのは半分くらい。


「では、これにて説明は終わりです。

 それでは決められた分担通りに―――」


 現状での疑問すべてが出そろい、手を挙げる者がいなくなったと感じブリーフィングを締めようとして……ダミ声がそれを阻む。


「待てよ。肝心なことを決め忘れてるぜ」

「肝心なこととは?」

「この先もてめえがこの艦を仕切るのかってことだよ」

「つまり、艦長をどうするかということですね?

 僕がやるかどうかは……。まあ、不向きではないと思いますから、賛同が得られればといったところでしょうか。

 とはいえ、今回こうしてここに立ったのは一時的なこと、そのまま艦長を拝命するのはいささか不公平ですね」

「だとすれば、年長者にやってもらうのがいいんじゃねえか?」


 挙手もせず、真ん中あたりの席に座った秋人が声を飛ばす。


「この艦に乗ってるのってほとんど1年だろ、だったら不満も生まれにくいと思うけど」

「とのことですが、先輩方」


 このブリーフィングはこの部屋だけではなく、艦内全部に流れている。エグザイムの点検やメインシステムの調整をしているカホラと協力している整備科の一部、スミス老人を看護している看護科の学生はこの場に来られないためだ。当然、一方通行ではなく相互に会話できるようになっている。

 アベールの問いかけを聞いて、メディカルルームから淑やかな声が送られてくる。


『んー、私は看護科のみんなをまとめないといけないからなぁ。

 艦全部のことをやっている余裕はちょっとないかも……』

「看護科は激務ですからね……。

 わかりました、ロマニー先輩。

 ギルド先輩はどうでしょう?」

『アタシが艦長やってたらこのメインシステムの調整とかどーすんだよ。

 つか、アタシに艦長は向いてねえ』


 間髪入れずイラついた声を出すカホラ。それだけで今現場がどんな状況なのかある程度察せられて、やってくれとは言えない。


「でしたら、推薦したい人物とかいますか?」

『ごめんね、メディカルのデータはわかるけど、みんなの人となりを把握しているわけじゃないから……』


 看護科の先輩が申し訳なさそうに言う。

 個人的な知り合いならともかく、看護科と操縦科や整備科は学校内で関わることが少ない。実際、アベールもこの先輩のことは名前ぐらいしか知らない。それは仕方のないことだった。

 では、交流の深いカホラはというと。


『艦長だったらヌルがいいんじゃねえの。

 いつも冷静で落ち着きがあるから向いてんじゃねえか? さっきのキモの据わりようは大したもんだったし』


 そう言ったものだから、前方中央に座っていたスノウに注意が集まる。注目を浴びるだけではなく中には……、


「ねえ、あの人って誰だっけ……?」

「いつもオーシャンくんや雪ちゃんと一緒にいる男子よ」

「あー。そういえば見かけたことある」


「なんか前期試験の時に専用機乗ってなかったっか?」

「スフィアだけじゃなかったか?」

「いや、スフィアがデシアン倒した後。上からすーっと降りて来てさ」

「見たような見てないような……」


 ひそひそと話して値踏みするような視線を送る者もいた。

 どう答えるのか、注目のマトとなったスノウは―――ゆっくりと首を横に振る。


「辞退する。

 艦長ならアベールがやるか、ナンナか……」


 そこで区切って一瞬口を紡ぎ―――またすぐに開く。


「スフィア君がいいんじゃないかな。

 挙げた3人なら、たぶんそう反発もないだろうし」

「ふむ、そうですか……」

「挙げた3人がやらず、他に候補がいないなら僕がやるけど」

「おいおい、ふざけんな」


 声を荒げながら、興奮して立ち上がるギャメロン。


「スノウ・ヌルならともかく、他3人はおれは嫌だぜ! なんでおれがそいつらに従わなきゃいけねえんだ」

「―――本来は全会一致が好ましいのですが、こういう意見もあることですし、また時間もないので今出た候補の中多数決で艦長を決めたいと思います。異論がある方」


 全会一致に頼れないとき、民主主義は偉大だ。ひとりひとりがよく考えてリーダーを決める。そして、そのリーダーに従う。

 古くから続く原理原則が学生たちを納得させ、物事を円滑に進めていく。

 そして、多数決の結果……。


「では票数が一番多かったので、スフィア氏に艦長をやってもらいます。

 何かひとことありますか?」

「…………仕方がない、か」


 ディスプレイに示された83票という数字。学生たちが総勢200名いることを考えればその過半数ないこの票数は少し不安でもある。


(だが……。多数決で決めた以上投げ出してはいけない。ましてや、83人の期待を裏切るわけにもいかない)


 ゆっくりその場で立ち上がって深呼吸。その場の全員に聞こえるよう大きな声を出す。


「ソル・スフィアだ。

 こうして多くの票をもらった以上、艦長を拝命したいと思う。よろしく頼みたい。

 だが、本質的には我々の間に上下はないと考える。指揮系統をはっきりした方が物事が円滑に進むからこうして役職を与えられるわけで、我々の共通目的は生きて帰ることだ。そこに上も下もない。

 だから、みんなの力を俺に貸してほしい。みんなで生きてサンクトルムに帰るために」


 そう締めくくると、まばらに拍手が送られる。長い時間ではない、1分とない間だ。

 拍手が止んで静かになったタイミングで、アベールが再度口を開く。


「では、役割も決定したところで解散としましょう」


 不安と不満を解消しきれないまま、学生たちは散っていく。

 こうして、ブリーフィングは幕を閉じたのだった。




「ケッ気にくわねえ!」


 ブリーフィングの後、ギャメロンは与えられた部屋で荒れていた。

 蹴られて倒れる椅子を見て、仲間たちは笑う。


「随分荒れてんな~」

「まー、おれもスフィアの野郎は気にくわねえけどよォ」


 そんな仲間たちを睨みつけて怒鳴る。


「なにヘラヘラ笑ってんだよ! てめえらスフィアに投票してたくせによ!」

「んー、あの4人比べた時にまだアイツがマシだと思ったしなぁ」

「それには理由があるってもんよ」

「理由? 理由があんのか?」


 興味をのぞかせいくぶんか落ち着いてきたギャメロンに仲間は語り掛ける。


「そそ。

 俺たちもアイツも所詮学生だぜ? なんでもかんでもうまくさばききれるわけねーじゃん。さっきの襲撃だって聞いた話だとヌルが独断で出撃したからどうにかなったって言うぜ。

 とすると、いつか絶対に判断にミスが出るはず。そうなりゃいつまでも椅子にふんぞり返っているわけにはいかないだろうな」

「失脚するってわけか」

「イエース。

 お前さ、艦長になりたいんだろ? 周りをかしずかせ、力をふるう。んで、酒池肉林。権力も女も思うがままお気に召すまま……。

 ならさ、アイツの信用落として失脚させて、それを乗っ取るのが一番じゃん」


 悪魔のささやきのような仲間の言葉に、ギャメロンの口がほころぶ。

 そうだ、それこそおれの望むもの。学生しか乗らないこの艦で生き残れる可能性などたかが知れている。どうせ死ぬ運命であるなら、それまでの間欲望の限りを尽くさねばどうする。

 同期たちになめさせられた辛酸と屈辱。そんな鬱屈した精神が歪な考えを生み出し、邪悪な者どもを生み出す。

 円滑に進んだように思われたブリーフィング。

 しかし、実際には……内憂外患を浮き彫りにしてしまっただけだったのかもしれない……。




遠征1日目 乗組員:200名 負傷者:1名 死傷者:0名

                                  (続く)

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