第34話 暖かさに溶けて:フクシア・ファンタジア
ナンナが秋人の姿を見つけたのは水族館のドーム状アクアリウムのように外の様子を一望できるようになっているテラスだった。そこに備え付けられているベンチに秋人は力なく座っていた。
ナンナは秋人を刺激しないよう、静かに近づいて隣にそっと腰を下ろす。
「探したぞ」
「…………そりゃ、悪かったな」
「謝るなら私にではないだろう」
「…………それはわかってるけどよ」
ボーッとした様子な秋人の肩を叩く。
「なに、心配することはない。私も一緒に謝ってやるから」
「お前は俺のお袋かよ」
「むっ、私はまだ18だぞ。君と同い年だ」
少しむくれるナンナは、いつもの大人びた表情と違って年相応に見える。ありていに言って、とても可愛らしかった。
「お前……」
「どうした?」
「いや、なんでもねえ」
見とれてしまったことを追い出すように頭を振る秋人。誤魔化すように話をもとに戻す。
「俺は謝るつもりはねえよ。…………まあ、手ぇ出したのは悪かったと思ってるけどよ」
「そうだな、暴力はいけなかった。
…………君は少々短気だが思慮に欠けるわけじゃないと私は思う。そんな君が暴力という手段をとったのは意外だった」
「………………」
「できれば、その理由を聞かせてほしい」
「………………」
腕組みして目を閉じる。
カップラーメンができるくらいの時間そうしていて、秋人は口を開く。
「…………アイツの考えていることがよ、わからないときってのは案外多くてよ」
「そうだな。私も推し量りきれないときばかりだ」
「今回だってそうさ。事故った奴の救助なんていち学生がやることじゃない。だけど、アイツは理由は言わねえ。言い訳すらしねえ。…………それが、どうしようもなく辛いじゃねえか」
「…………というと?」
「今日あの場でスノウが救助に動いた時、俺だってエグザイムに乗っていたんだぜ? そりゃ操縦はまだ特別上手いわけじゃないが、何か手伝えることぐらいあったはずだ。それなのに声をかけたのはスフィアだけだった。結局それってよ、俺のことは信用できないで、スフィアなら信用できるってことだろ」
「それは違う。それはあくまで腕の問題であって、本質的な―――」
「そうだとしても! ひと言何かあってもいいじゃねえか。助けにならなくても、事情の説明くらいは。
…………俺って、アイツにとっては迷惑な存在なんだろうか。必要ではないんだろうか。そう思ったら、頭の中がぐちゃぐちゃになって…………」
ゆっくりと背もたれに体を預けて上を見る。
「…………気が付いたら手が出ていた。言い訳にもならねえけど」
「それは確かに君が悪かったな。しっかりと謝ったほうがいい」
「だからな……。って、お前なんで……」
「ん?」
首をかしげるナンナの顔が少し綻んでいるのがわかる。この状況に似つかわしくない表情は疑問を感じさせるのにじゅうぶんだ。
「…………なんで嬉しそうなんだよ」
「ん……、ああ、すまない。顔に出ていたか」
「『顔に出ていたか』じゃねーよ。何が嬉しいんだよ」
「…………言わなきゃダメか?」
「おめーもスノウと同じことするのかよ。
…………はあ、わかったよ」
ため息ひとつ、立ち上がって伸びをする。試験からの避難でずっと強張っていた体の筋ひとつひとつが伸ばされ心地が良い。
ひとしきり体を伸ばしてから、「行くか」と清々しい声をナンナにかける。
ナンナは豹変に目を丸くするものの、すぐに察して優雅に席を立つ。
「そうだな、帰るとしよう」
「おう」
(出会って半年も経ってないとはいえ、ちょっとは仲良くなったつもりだ。それでも言えないことがあるってことは、それだけ大事なことってことだろ)
なぜ嬉しそうな顔をしたのか、ナンナははぐらかした。そのことをきっかけに秋人は思う。
(言いたくないなら無理に聞く必要はねえ。聞かせてもらえるまで、俺は俺で頑張るしかねえってことだ)
納得したわけじゃない。だが、さっきよりも頭の中がクリアになっていくのを秋人は感じた。
さて、みんなのいるところまで戻るとしよう……。
「秋人、歩調を合わせてくれないか」
「あ、悪ぃ」
すっかり瓦礫が撤去された停泊場に1隻の小型シャトルが止まっている。
「遅いですね……」
「あの様子でしたからね、落ち着くまでは時間がかかるといったところでしょう」
「スノウもまだ来ないし。…………やっぱり、後ろめたいのかなぁ」
職員と護はシャトル前方の操舵席に、佳那アベール雪は真ん中の客席に、ソルと黒子は最後列に座っていた。
他の学生はいない。瓦礫の撤去が終わった後すぐに来た時と同じシャトルに乗り込み、そのまま帰っていったからだ。救助後しばらくたって目覚めたギャメロンも念のため病院で検査を受けることになっていたので、同じタイミングで搬送された。
後は秋人とナンナ、それとスノウが来れば出航できる状態であった。
「…………遅いな、三人とも」
「そうね。何か事情はあるんでしょうけど、ソルを待たせるなんていい度胸じゃない」
「よさないか、そういうことを言うのは」
それまでは黒子も黙って待っていたのだが、とうとうしびれを切らして悪態をつくと、30分沈黙を保っていた扉が音を立てて開く。
「申し訳ありません、青葉梟教授。カルナバルと沼木がただいま到着しました」
「悪い、遅れた」
入ってきたのはナンナと秋人だった。ナンナが護にひと言かけて、続いて秋人が客性に座る一同に謝る。
ゆっくりとシートに腰を沈め、体重を預ける。決して高級な素材を使っているわけではないが、それでもあのベンチよりかは幾分か座り心地がいいように感じられる。
「気持ちの整理はつきましたか?」
「ナンナのお陰でな。やっぱり、話せる相手がいるってのは違うもんだな……」
「そうですね。誰かに言えるなら、それほど恵まれたこともありません。言えるのに、言わない人もいますが」
「…………そのスノウは?」
「わかりません」
アベールは肩をすくめる。たったそれだけだったが、秋人は自分が去ってからスノウが彼らとどんな会話をしたのかおおよそ読めたので「そっか」とだけ言った。
それから間もなく経って、
「お待たせしました」
「!!」
スノウがいつもの涼しげな顔で入ってきた。操舵席の方へ頭を軽く下げてから、一瞬立ち上がった秋人の方を見やる。
「………………」
「…………顔は腫れてなさそうだな」
「………………」
「まあ、こっち座れよ」
秋人の指示に素直に従い、隣の席に腰を掛けるスノウ。
スノウがきちんと座ったことを確かめて、秋人はちょっと視線をそらして話し始める。
「悪かったよ。いきなり殴ったりなんかして。まだ痛むか?」
「いや」
「ならいいんだけどな。
…………俺は、お前がどういうつもりであんなことしたのかわからねえ。エスパーじゃねえからな」
「………………」
「だけどな、もう聞かねえよ。言わないってことは、言いたくないってことなんだろ? だから、お前が教えたくなったら教えてくれ」
「………………」
戻ってくる途中で考えていたことを言葉を選びながらひとつひとつ繋いでいく。それは秋人の中では全力の作業だったわけだが、スノウは微動だにしない。何も響いていないように誰の目にも映る。
だから、残念そうに微笑んで誰も座っていない前の座席の背を見る。
「…………スノウ、それはないんじゃないの? 秋人くんがせっかく―――」
「いや、いいんだ雪ちゃん。
ま、なんだ。今日のことはお互い忘れようぜ。俺が言うことでもないけどよ……」」
シャトル内がゴトッと少し揺れる。スノウが座ったため、シャトルが動き出したのだ。ここからは、サンクトルムに着くまではきっと止まることはないだろう。
サヴァンの姿が拳ほどの大きさになったころ、スノウはやおら口を開く。
「あのさ」
「なんだよ」
「フィリップス君を助けたことは、間違ってないと思う。僕がやるのが一番合理的だったのは間違いない」
「………………」
「だけど、そうやって僕の為に怒ってくれたり、心配してくれたり、そのことは―――とても感謝している」
「…………感謝してんなら二度とやんなよ、あんなこと」
「やる必要のない状況ならね」
「なんだとこの野郎! 全然反省してねえな!?」
秋人はスノウにヘッドロックを決める。その顔は言葉とは裏腹に楽しそうに笑っている。
「結構しまってるんだけど」
「うるせえ! もうやらないって言うまでこうだぞ!」
「秋人、船内に人があまりいないとはいえ、もう少し加減してもいいでしょう」
「お、加減すればやっていいのか?」
「構いません」
シャトルは宇宙を行く。楽し気なにぎやかさを乗せて、サンクトルムまで。
スノウは、シャトルの到着が少し遅れてもいいかな、とヘッドロックされながら思った。
(続く)
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