第33話 言わず許せず:ホウレンソウが足りない

「なぜ、デシアンがもう1機あると報告しなかった!?」


 コントロール室が震えるんじゃないかというくらいの大声がその場にいる全員の耳朶をうつ。ただし、その大声が一番響いてほしかった相手はなんてことないようにケロッとしていた。


「もう1機あると報告したら、青葉梟先生がそれの対処にあたっていたでしょうから」

「当たり前だ! それを君は自分たちで解決しようとしたわけだな?」

「それ以外にどうした方が良かったんでしょうか。

 いくら先生と言えど、武器も搭載されていないエグザイムでデシアンを倒すのは無理でしょう。だとするなら、学生ふたりの命を犠牲にしてでも先生は学生たちの避難を優先し、さっさと離脱するべきだったと考えましたので」

「だったらそこまでの考えまできちんと報告しろ! この場の最高責任者は俺なんだから、俺の指示なく勝手に行動するな……」


 そこまで言って、護はバツが悪そうに頭をかく。


「いや、正確ではないか……。

 君たちはまだ学生なんだ、保護されてしかるべきなんだ。生きていく権利がある。だから、自分たちを犠牲にするなんて軽々しく言わないで、もっと大人を頼ってくれ……」

「それが最高責任者の指示だと言うなら、従いますが」

「そうじゃないが……。それで納得するなら納得してくれ」


 どっと疲れて護は背もたれに体重を預ける。

 護が座って、話に一応の決着がついたことを把握して、手を挙げてアベールが口を開く。


「そろそろ我々にも説明が欲しいのですが、よろしいですか?」

「そうそう! どういう事情なの? それにあの新しいエグザイムは!?」


 コントロール室には、今回の主要人物ふたりの他に、友人らも同席していた。呼び出されたふたりについてきたのである。

 当然の権利と言わんばかりにソルについてきた黒子が肩をすくめて言う。


「エグザイムについては知らないけど、フィリップスくんがデシアンに襲われて、それを助けるためにソルとクソ虫が頑張ったというそういう話よ」


 簡単な事情説明であり、その場にいる全員がうなずいたのだが、ナンナだけは首をかしげる。


「…………なぜ、そのことを知っているんだ?」

「言われてみれば、当事者じゃないのによくそこまで把握できていますね」

「ああ、それは簡単よ。ソルのパイスーにも盗聴器をしかけてあったから、そこから通信を傍受したのよ」


 「あら、明日のお天気は雨なのね」と同じトーンで語られた理由について、一同は顔をしかめた(スノウは除く)。


「…………普通に犯罪なんじゃないかなぁ?」

「愛故に仕方ないわね」

「愛なら仕方ないかぁ」

「そんなわけあるか……」

「そう言い切れるだけ人を愛しているって、ちょっと素敵かもしれませんね」

「コホン」


 さささっと居住まいを正す一同(やはりスノウは除く)。


「…………今回は、身勝手な行動を取ったことは不問にする。お前たちのお陰で大勢が助かった、それは事実だ。だが、それは多くの幸運があったからだということを忘れないでくれ。

 では、シャトルが出る時間までに準備を整えて乗船すること。以上だ」




「スノウ、ちょっといいか?」


 コントロール室からロッカールームへ向かう道中、スノウの肩を叩く。何だろうかとくるっと振り返ると直後、頬に鈍い衝撃が走る。


「ッ!」

「スノウっ!?」


 衝撃を受け止めきれず尻餅をつく。

 いきなりの暴行に、スノウはいつもの涼しい顔で秋人の顔を見上げる。

 さて、それに驚いたのは周りだった。


「スノウ、大丈夫? 痛くない?」

「口を切ってないでしょうか? 頬は少し赤くなってますが……」

「えっと……どうしましょう? こういうときはまず……」


 慌ててスノウに駆け寄った3人と違い、ナンナは秋人に食って掛かる。


「秋人っ! いきなりスノウを殴りつけてどういうつもりだ!」

「…………俺こそ、そう言いてえよ」


 胸倉をつかむ手をやんわりと引きはがし、ゆっくりとスノウへ歩み寄る。

 あまりの剣幕に押されて、3人が後ずさる。


「スノウ、お前どういうつもりだよ。聞いたことが正しいなら、お前はひとりでフィリップスの野郎を助けに行って、んでデシアンと一戦交えたんだよな」

「そういう認識で間違いないね」


 涼しい調子だったから、秋人は怒りで目の前が真っ白になった。そして、胸倉をつかむ。


「ふざけんな! 英雄気取りなんだかなんだか理由は知らねえが、俺たちに相談しねえで勝手するんじゃねえよ!」

「………………」


 剣幕故か、呆然故か、スノウは何も言い返さない。黙って秋人の言葉に耳を傾けている。


「なんであんなことした!? フィリップスの野郎はそこまでして助ける価値があるかよ!」

「秋人、それは言い過ぎですよ……」

「言い過ぎなもんか! 俺はあいつのためにスノウが死にに行ったのは納得できねえ! スノウが命を懸けるほどの人間にも思えねえ!

 そんな奴に命懸けるお前は馬鹿野郎だ! 空前絶後の間抜けだ!」

「………………」

「なんか言えよ!」


 だが、スノウは何も言わない。じーっと秋人の瞳を見ているだけだ。


「~~~~~~!!!!」


 怒りやら悲しみやら、様々な感情がないまぜになった表情で秋人はスノウを突き飛ばして立ち上がる。


「畜生!」


 そして、壁に拳を振るう。痛みだけの行動に周りが息をのんで動向を見守る中、肩で息をして、スノウがいる方とは反対側に歩き始めた。


「…………どこに行くつもりだ? まずは言うべきことがあるだろう」

「うるせえ! …………頭を冷やしてくる」

「秋人!」


 その間、一度もスノウの顔を見ないで、秋人はさっさと走って行ってしまった。秋人と、それを追いかけるナンナの後ろ姿が小さくなっていく。

 スノウがようやく立ち上がったのはその姿が見えなくなってからだった。


「いきなり殴られるとは思わなかったな」

「秋人くんも乱暴なことをするね……」

「何か冷やすものを持ってきましょうか……?」

「いや、いいよ谷井さん。そんな大した怪我じゃない」

「…………しかし、秋人は本気で殴りました。この意味がわかりますか?」


 赤くなり少しずつ腫れてきた頬をかいて、スノウは肩をすくめる。


「秋人の手段は乱暴だったかもしれませんが、僕も同じ気持ちです。

 なぜ、あんな危険なことをしたんですか? いきさつは詳しく存じあげないですが、フィリップス君の救助は上長である青葉梟先生に任せて、我々は早々に避難するべきだったのではないですか。なぜ、自ら救助を?」

「それが最も合理的だったから」


 そう語るアベールの表情は真剣そのものだ。声色も、語り口も。

 だが、スノウが語るのは不十分な答えだけ。それ以上は語ろうとしないのはいつも通り、このまま貝のように口を閉じて黙秘を貫くつもりだ。

 いつもと同じ態度、その場にいる誰もが口を開けずにいたから、スノウは話は終わりと言わんばかりに踵を返してロッカールームへと歩き始める。


「…………ねえ、スノウ。あたしたちってそんなに信用ない?

 すっごく心配した。避難勧告が出たのにどこ探してもいなかったから、本当に不安だった。だから、どうしてあんなことをしたのか、説明してくれてもいいんじゃない?」


 いつもと同じ、それでは何も変わりはしない。

 遠ざかるスノウの背中に言葉を投げる。せめてこの言葉が決まりきっていた「いつも」を壊せるなら、躊躇なんてなかった。

 その想いが通じたか、スノウは足を止める。


「…………信用していないわけじゃないよ」

「だったら…………」

「でも、『合理的だった』ということ以上の理由はない。それだけ」

「スノウ!」


 呼び止められても今度はスノウは立ち止まらなかった。


「…………スノウのばか!」

「どうしても話したくないことなのでしょうか?」

「僕にもそれはわかりませんが、何か考えはあるのでしょう。

 …………それにしたって、言ってくれていいとは思いますが」


 明確な怒りも拒絶もなくただこちらに背を向けるスノウに、三者三様それぞれの不満が心に残るのだった。

                                  (続く)

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