第32話 宇宙に咲く:スノーフレークは流星のように
<ソルブレア>が<COFFIN>を撃墜するより時間はさかのぼる。
十字架の先端から放たれたビームを<グリリナ>スノウ機は間一髪避ける。
「これは厳しいかな」
しかし、決して無事とは言えないのは、右腕をロスト、ボディが一部融解したことから明らかであった。
残った左アームでがっしりとギャメロン機の残骸を保持する。
「こっちだけは落とすわけにはいかないからね」
迫る<GRAVE>をしっかりととらえながら、放たれるビームを予測しながら少しずつ『サヴァン』へと近づいていく。
だが、それもいつまでもつか、とスノウは考える。
(せめて火力か、機動力……どっちかだけあればいいんだけど。言ってもしょうがないか)
そう考える間にもすぐそばを凄まじい熱量が通り過ぎていく。それも1発や2発ではない。流星群のように輝いて宇宙のどこかへ去っていく。
「―――フッ!」
これがビームでなければそれは美しい光景だったのだろうが、そのうちのひとつを見て、スノウは咄嗟に持っている残骸を『サヴァン』の方向へ投げつける。その直後、スノウ機の左アームが爆散した。
(さて、どうしたものか)
両腕は死んだ。肩部スラスターも脚部スラスターもまだ生きているが、<グリリナ>の機動性は<GRAVE>に劣っている。これでは何もできない。角も爪も牙も持たぬものは、より強いものに殺されるだけ。
死神が鎌を持って迫りくる。それはもうどうしようもないことだったので、スノウは徹夜明けの小説家がやるように、ゆっくりと腕を伸ばした。
「むっ……」
振り下ろされる十字架、しかしそれがスノウの命を奪うことはなかった。猛スピードで飛来してきた白い卵状の物体が横殴りに<GRAVE>を弾き飛ばしたのだ。
「これは……」
スノウは目を見開く。
卵状だと思っていたものは実はそうではなかった。殻のように見えていたのはあまりにも大きなスラスターで、それが本体を
弾き飛ばした衝撃で外套が少しずつ開いていく。それは長い年月を耐え忍び開いた小さな花の如し。
中から出てきたのは白銀のボディ。暗い宇宙の中で美しく光り輝く。それは夜中に煌めく降雪の如し。
100年の長すぎる夜に未だ蔓延る死者たち。彼らに手向ける雪色の花が咲いた。
「これ以外の道はない、か」
スノウはパイロットスーツの酸素残量を確認して、コックピットから外に出る。そして、コックピットの淵を蹴って器用に白いエグザイムの背中まで移動する。
「あるな、やはり」
内部からでは開けない場合の為に使われる強制開放レバーを引っ張りコックピットの中へスルリと入っていく。
(…………<グリリナ>と内装は変わらないのに、力強さを感じる)
シートに座ってシステムを立ち上げると、いの一番に通信がつながった。
『よっ、ヌル。ちゃんと通信できるってことは届けられたみたいだな!』
「ロンドくん、悪いけど話している暇はないんだ」
『オーケー。じゃあ、ひとつだけ言わせてくれ。
調整は度々お前にも協力してもらってやっていたけど、完璧じゃねえから必ず整備科に返すこと。以上!』
ダイゴからの通信は本当にそれだけで終わった。しかし、その言葉の中に込められていた気持ちは、原稿用紙何枚になるだろう。
「なら、頑張らないといけないね」
スノウに睨まれたセンサーが映し出すのは、真っ直ぐに十字架を構えて突撃してくる<GRAVE>。弾き飛ばされた後でも、すぐに体勢を整えて攻勢に転じたのだ。
「これが僕の望み通りに造られたマシンなら、渡り合えるはずだ」
白いエグザイムが2本の剣―――地球統合軍標準規格のブロードブレードだ―――を腰のハードポイントから引き抜く。
スノウがペダルを浅く踏み込むと、花弁状の大型スラスターが球状の肩部を滑るように移動。合計4枚のスラスターが移動を完了し、正面から見てX字に展開する。
「―――ッ!」
強く踏み込んだ瞬間、花は流星となる。
4枚のスラスターに炎が灯り青い尾を引いて、落ちるように宇宙を切り裂いて翔ぶ。
「ふっ!」
白いエグザイムと<GRAVE>が交錯するとき、ブロードブレードの刃が<GRAVE>を捉える。ただ剣を振って斬るのとはわけが違う、流星と見紛う加速と質量を乗せて十字架ごと真っ二つに斬り割る。
<GRAVE>のカメラアイが光をなくす。その直後、白いエグザイムの遥か後ろで爆発を起こして塵一つ残さず消え去った。
「…………思った通り、望んだ通りの速さだ」
ひとつの長編小説を読み終えた気持ちになってシートに体重を預けたい気持ちになるが、まだ事が終わったわけではない。すぐに方向を割り出し、自分が放り投げたものを回収しなければ。
「<グリリナ>なら苦労しそうな距離と速度だけど、このエグザイムなら……」
そして、スノウは目標へ向けてペダルを踏み込んだ。
「な、なんだ!?」
<ソルブレア>から降りたソルを待ち受けていたのは、同期たちの雪崩であった。目の前で脅威を取り除いた英雄に対しては当然の反応であった。
あっという間に同期たちに囲まれ矢のように質問を浴びせかけられる。特に多かったのは、『このエグザイムはなんだ?』というものだった。
「い、いや、俺に言われても……。これは確かに俺用に製造されたエグザイムだが、なぜここにあるのかは……」
しどろもどろになるソル。本人もなぜちょうどタイミングよく<ソルブレア>が来たのかわかっていないのだから、答えようがないのは当たり前のことだった。
「ソルはデシアンを撃破して疲れているのよ。質問はあとにしてもらえない?」
同期たちに割って入って黒子が返答に窮しているソルの前に立つ。突然現れた彼女に不満を持つ者もいないでもなかったが、『なんか文句でもあんのか』と言わんばかりの黒子の威圧感に押されて次々と解散していった。
「ふぅ……、助かった。感謝する」
「どういたしまして。
それより、疲れたでしょう? 早くシャワーを浴びて休むといいわ」
「ああ、そうさせてもらう―――くっ……」
「ソル!」
黒子に手を引かれた瞬間、膝から崩れ落ちるソル。そのまま、黒子の胸の中へ。
「な、なんだ……。脱力感が……」
「…………初めてデシアンと戦ったんだもの、当たり前よ」
常に緊張し一瞬一瞬の判断にミスが許されない命の取り合いは、ソルを普段以上に消耗させていた。指はまるで凍り付いたみたいに動かず、腕は骨が抜かれたかのように力が抜けきっている。
黒子はそんなソルをいたわり、彼を抱く腕に力を込めた。
「私の胸の中で休んでいいのよ。それを責める者はいないわ」
「…………子どもみたいで恥ずかしいんだが」
「私がやりたいの」
「しかしな……」
口では否定するものの、どこか心地よさを感じてしまう。そのまま、ゆっくりと瞳を閉じて安らぎを甘受しそうになって―――
「―――っと、待ってくれ! ヌルはどうした!? 無事なのか!?」
すんでのところで、自分を死闘へと駆り出した、あるいは無謀な任務の肩代わりをした彼のことを思い出す。すると、黒子は渋面を作って上空を仰ぐ。
「あれを見れば、わかるわ」
「あれ……?」
体を少しねじって黒子の視線の先を追う。
「白い、花……?」
<ソルブレア>と同じように、空からやってくる白いエグザイム。しかし、自機の時とは対照的に舞い降りるようにゆっくりと逆噴射をかけながら<ソルブレア>の隣に着地。持っているコックピットの残骸をゆっくり床に置き、そのまま首を垂れ跪いて停止する。そして、背中が開いて中からパイロットが出てきた。
「あれは、もしかして……」
「ええ。スノウ・ヌルよ」
「やはり……」
スノウは軽快な動きでエグザイムの背中、腕、そしてコックピットの残骸を渡ったかと思えば、レバーを引いて中に入る。
その様子がどこか普通ではないので、遠巻きながら学生たちがその様子を見守る。数人を除いて。
5分もしないうちにスノウは姿を再度現した。今度は緩慢な動きで残骸から大地へと降り立つ。
「ふぅ」
ヘルメットを取って一息つくと、近くにいたふたりが話しかけてくる。
「よう、スノウ。何してたんだよ。それに、このエグザイムはなんだよ?」
「説明はしていただけるんでしょう?」
「全部終わったらね。まだ、終わってないから」
ヘルメットを秋人に預けて、スノウは歩き出す。目的は今回のMVPである彼。
「随分と良い恰好だね」
「なんですって? 貴方のようなクソ虫に―――」
「いい、ちょっと彼と話をさせてくれ」
ソルは力を振り絞って立ち上がる。ほとんど黒子に支えられる形だが、なんとかスノウと対峙できた。
「…………フィリップスは」
「生きている。脈拍は正常で、呼吸の乱れもない。ただ、脳震盪の可能性はあるから、すぐに動かさず青葉梟先生が来るのを待っている」
「そうか……。それは良かった」
「君のおかげだ。誇っていいことだと思う」
「えっ?」
真夏に雪が降ったと聞いたかのように、ソルは声を上げる。およそスノウの口から出たとは思えない言葉だったから彼の顔を見たが、いつも通り仏頂面をしているだけだった。
なんとなく聞きづらい雰囲気になってしまって何も言えずにいると、スノウはそっぽを向いて言う。
「それより、早くシャワー浴びて着替えた方がいい。たぶん、呼び出しを食らうだろうから」
「というと……?」
「まあ、いろいろ説明しないといけないしさ」
そう言った直後、スノウとソルを呼び出す旨の放送が流れ始める。
ソルが目で何かを訴えるが、スノウは肩をすくめるだけだった。
(続く)
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