第31話 長すぎた夜の終わり:サンザシ輝く

 一条の光が宇宙に走るのを、ソルは見ることすらできず避けることを余儀なくされていた。


「くっ!」


 光が腕部をかすめると、それだけで高熱に耐えかねてドロリと溶解していく。じわじわと薄皮を1枚ずつ剥かれるようなダメージにもう何度目かわからない警告音がコックピット内に鳴り響く。

 深緑の装甲がほとんど剥げ、ボーン本来のグレーをさらした<グリリナ>。命ともいえる肩部スラスターだけはかろうじて無事なものの、動いているのが不思議なくらいだ。


「撃つたび撃つたび精度が上がっていくな……っと!」


 もはや耳にタコができるぐらい聞いたアラート。今度は右足をかすめる。


「まだだ……。まだ、俺は生きているぞ」


 絶望的な状況の中、ソルにとってたったひとつだけ幸いなことがあった。それは、目の前の<COFFIN>デシアンが未だソル機を敵だと認識し攻撃してきていること。ソルが粘れば粘るほど、『サヴァン』で避難している同期たちへの希望をつなぐことだけが、ソルを奮い立たせていた。

 しかし、とうとうソル機が持つ模擬刀が2本とも失われると、じわじわと嬲るのは飽きたと言わんばかりに一気に距離を詰めてきた。

 右腕は棺の扉。右腕は棺の匣。それらは振り下ろされればハンマーと同じ。純粋な質量武器となってソル機の頭部を滅茶苦茶に破壊した。


「ぐうっ!」


 直撃したソル機は勢いよく吹っ飛ばされる。宇宙には摩擦がないから停止をかけない限りどこまでも飛んでいく。

 ブラックアウトしていた時間はたった数秒だったが、それは宇宙においてはあまりにも長く、急ブレーキをかけた時には、<COFFIN>はもう近くにいなかった。


「奴は……!?

 くそっ! メインカメラが……」


 破壊された頭部のためにまともに見えない視界だったが、<COFFIN>が行く先はわかっている。

 ソルはとにかく他のセンサーをいじり周囲の状況や方向を探り始める。


「このままでは、『サヴァン』が……!

 ……ん?」


 すると、通信回線に反応があることに気がつく。出所を確認する間すら惜しく、すぐに回線を開く。


「今取り込み中だ、後に―――」

『そんなこと言って、いいのかな』

「その声は……メルタ先輩!」

『イエース。私整備課3年、メルタ・スミス。

 苦戦してる?』


 緊急事態だというのに、どこか危機感の抜けた抑揚が独特なメルタのしゃべりに多少イラついて、口調に出てしまう。


「ええ、してます、してますよ! すぐに『サヴァン』に戻らなければ……」

『そのマシンで挑むの、無謀』

「他に方法がありますか!」


 ほとんどキレかけているソルだったが、意に介さずメルタは『フッ』と笑う。そして、おもむろに口を開く。


『8時の方向』

「何がです?」

『急がば回れ。君にプレゼント』


 メルタの言葉を待っていたかのように、ソル機のセンサーが高速で移動する物体をとらえる。

 首元についているサブカメラから送られてくる映像、それにソルは息の呑む。


「これは……!」

『ソルブレア。君が灯す天の炎だよ』




 説明もない指示で遅々としていたものの、避難は終わりを迎えようとしていた。


「青葉梟教授、学生たちの避難が間もなく完了します」


 『サヴァン』内部のコントロール室にて、今回の試験のために連れてきたサンクトルムの職員の報告を受けて護はうなずく。


「わかった。では、君たちも早急に乗り込んでくれ」

「しかし、教授は?」

「私は残る。避難するのは最後だ」

「それは……」


 顔を曇らせる職員。しかし、護は笑って職員の肩を叩く。


「なに、問題なければすぐに避難するさ。心配しないでくれ」

「教授、フラグですか?」

「故郷に残した妻子の話はしてないぞ?」

「様式美をよくお分かりで」

『コントロール室! コントロール室! 応答願います!』


 そんな会話で緊張した空気が少し和らいだのもつかの間、シャトルの方で作業をしている職員から通信が入る。


「こちらコントロール室。どうした?」

『突然轟音がしたと思ったら、シャトルの出入り口が……』

「ゲートがどうした!」

『出入口が破壊され、瓦礫によって航行不能になりました……』

「なんだと!?」



 空気が振動するような轟音がしてすぐにゲートが瓦礫によって封鎖されたことは、その場にいる全員が目にしてたことだった。

 ざわめくシャトル内で、秋人は耳を両手でふさぎ顔をしかめていた。


「なんだありゃ……。完全に出入口が塞がれているじゃねえか」

「古いステーションですから老朽化も考えられますが、どうやら……そういうわけでもなさそうですね」

「どういうことですか……?」


 瓦礫を見つめるアベールを不思議に感じ、前の席に座っている佳那が顔だけ出す。


「老朽化した瓦礫がところどころ溶けている。自然にはこうはならない」

「正解です、ナンナ」

「あ、本当ですね」


 手でひさしを作ってよく見ると、確かに瓦礫のふちは融解しているように見える。ただ老朽化で崩れたならばこうはならないだろう。

 では、なぜこうなったかと言えば。


「何か、とても熱いもので溶かされたんじゃないかな。例えば、ビームとか……」

「ははは、雪ちゃんそれはねえよさすがに。誰がどんな目的で―――」

『お、おい! あれを見ろよ!?』


 秋人の苦笑を遮るように、鋭い声がシャトル内に響く。だが、その声を聴いた者たちにとって、発言者が誰であるかそういうことはもはやどうでも良かった。

 瓦礫の中から姿を現した<COFFIN>を見てしまったのだから。


「…………なんだよありゃ」

「黄泉へと誘いに来た死霊、魂を刈り取る死神、僕にはそれらに見えますがね」

「そんな詩的なことを言っている場合か! 狙いは我々みたいだぞ!」


 パラパラと砂を落として<COFFIN>が迫る。その姿は、シャトル内の学生たちには確かに死神に見えたに違いない。


「くっ! みんな、落ち着いて避難を……!」

「皆さん聞ける状態じゃないです雪さん! わたしたちも……」

「急くな佳那! 今動いてもどうにもならん!」

「あー、せめて童貞捨てたかったなぁ」

「え、まだだったんですか?」


 恐慌に震えるシャトルに向けて、<COFFIN>は両手を広げる。

 死を目前として、スローモーションになる世界。永劫にも感じる一瞬が今この時世界を支配する。

 その支配を破ったのは<COFFIN>ではなかった。ましてや、シャトル内の誰でもなかった。


「間に合えええええええええええ!」


 空から降ってきた―――宇宙ステーションの中なのだから空というのはおかしいが、その様子は「空から降ってきた」と形容するほかない――『炎』が<COFFIN>から放たれたビームを両断する。

 ふたつに分かれたビームがシャトルの両脇をかすめる。そして、はるか後方に直撃し、小さな爆発を起こした。

 その爆風が砂埃を晴らす。すると<COFFIN>とシャトルの間、それは姿を現す。

 太陽の如き暖かな色合いの赤い装甲と、巨神を思わせるマッシブなボディ。一層目を引くのはその色合いに不釣り合いな暗い紫色をしたコの字の大剣。

 『サヴァン』に降臨したエグザイム、その名は<ソルブレア>。その姿は100年前の死人がはびこる長すぎた夜の終わりを告げに来た太陽の如し。

 そして、操り手は太陽の名を冠する男、ソル・スフィア。


「間に合った……! 凄まじいパワーと機動力だ……!」

『ご満足いただけたかな』

「ええ、最高の仕上がりです!」

『まだ最適化できていない。データが必要。目の前のデシアンを倒して』

「言われなくとも!」


 本体の全長ほどもある大剣を横に振る。ピタと水平に止まった時には、コの字の開いた口を塞ぐように赤色と橙色の二層のエネルギー刃が形成されていた。


『試作型Eブレード「アカツキセイバー」。使い方はもうわかるはず』

「はい! もう、俺の自由に使えます!

 ―――ッ!」


 アラートと共に正面からビームが飛んでくるのを、<ソルブレア>はアカツキセイバーで受け止める。通常の武装では融解してしまう攻撃を、アカツキセイバーは難なく受け止めた。

 受け止めるや否や、<ソルブレア>は大地を蹴って突撃する。

 狼狽したかのようにブレブレの照準でビームを連射する<COFFIN>だが、<ソルブレア>はことごとくそれを弾いて肉薄する。

 <ソルブレア>が、真っ直ぐにアカツキセイバーを振り下ろす。


「これでっ!」


 <COFFIN>は両腕を合わせて防御姿勢を取る。

 だが、もはやそれは無駄だった。本来であれば白兵武器など意に介さない耐久を持つ棺桶状の腕部は豆腐のように切れ込みを入れられていく。


「終わりだあああああああああああああ!!!」


 両断、爆散。

 死人を浄化する炎が上がる。炎の中、太陽神がゆらりと動き剣を天に掲げて止まった。

 炎のように、シャトル内が歓喜に揺れて、歓声が響く。

 のちに、この日のことを思い出してある学生が語った。

「まるで歴史の教科書に書かれているような光景だった。そして、感じた。サキモリ・エイジの再来をね」―――と。


                                  (続く)

 

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