第30話 宇宙の墓場:匣の中へケシて

「諸事情で試験は中止、このままシャトルに乗り込んでサンクトルムに戻るだと?」

「ああ。青葉梟先生が言うにはそういうことらしいぜ」


 スノウとソルが極秘ミッションについたころ、護の指示を受けて学生たちは戻ってきていた。そして、エグザイムから降りるや否や後半グループの学生たちにも指示が伝わる。

 だが、指示と同時に前半グループが覚えている不信感もじゅうぶんに伝わったようで、一部学生たちは説明を求めていた。


「諸事情とはなんだ。青葉梟先生はまだ戻ってきていないのか?」

「いや、わからねえ。とりあえず指示通りすぐに戻ってきた」

「こういうのは説明があってしかるべきだとは思いますが、具体的には聞いてないのですね」

「そーだな。どうしてか聞いたけどよ、今は説明している暇がないの一点張りだった」


 秋人の証言を聞いて、アベールは顎に手をやる。


「ふむ…………。何か、嫌な予感がしますね」

「同感だ。ただならぬことが起きている気がする」

「マシントラブルか何かだろ、たぶんな。フィリップスの野郎の反応が途中で消えたし」


 三人で話し合っていると、ナンナがふと人ごみで辺りを見回している雪を見つけた。手を挙げて呼んでみる。


「雪。…………どうしたんだ、そんなに息を切らして」

「はぁ、スノウが……スノウが戻ってないみたいだから、はぁ、探していたんだけど……」

「スノウ? 確かに戻ってきてからは見てねえな。<グリリナ>に乗るところまでは見たんだけどな」

「スノウに限って戻ってくるのに手間取っているなんてこともないでしょうし」

「すでに戻ってきていて避難を完了しているとかはありえそうだがな」

「そうだと、いいんだけど……」


 そうであれば心配なんてない。だが、胸中にあるのは安心とは程遠いもの。

 何か恐ろしいことが起きているのではないか、と思わずにはいられない雪であった。



 一方、ソルは指定されたポイントに向かいながらスノウと話をしていた。


「そろそろ君が指定したポイントだ」

『そのあたりで反応があったけど、今は確認できないから、そっちで探して』

「了解だ。…………なあ、ひとつ聞いていいか?」

『質問に答えるかどうかは別だけど、それでいいなら』


 ここでも拒絶の意を示してくることにやりにくさを感じながら、めげずに言う。


「なぜ、もう1機反応があると報告しなかった?」

『ああ、そのこと。

 そっちに先生がかかりきりになると、避難が遅れる。

 避難が遅れている状況で、仮にさらに1機増えたら誰も『サヴァン』を守れない。増えずとも僕たちが撃墜されればそれはそれでやはり守れない。

 でも、避難がスムーズに終われば、敵が増えようが僕たちが死のうが、被害は最小限で済む。僕と君の命を支払うだけで残りの学生たちはみんな助かる。

 言っておくけど、そっちを任せたのは何も君に敵を撃墜してほしいということじゃない』


 じゃあどういうことだ、とソルが口を開く瞬間にスノウは言う。


。僕が期待しているのはそれ。避難が終わればもうどうだっていい。撃墜されようが死のうが好きにすればいい』

「…………最後の言葉は余計だ!」


 そして、ソルは指定ポイントにやってきた。センサーを確認してもそれらしい反応はない。


(ヌルが嘘を言うとは思えない。だとすれば本当に反応はあるはずなんだ。それを逃さないようにせねば)


 油断せず心構えをしていたからだろうか。アラートが鳴った瞬間、素早く動けたのは。

 5時の方向からビームが飛来するのを察知して避ける。そして、銃口を向けて――


「っと、これはモデルガンだったな……」


 しかし、銃口の先。何かがそこにはあった。


「…………なんだこれは? 棺?」


 不規則な六角形の箱。十字架が描かれたそれは確かに西洋式の棺のように見える。

 しかし、問題はなぜ棺が宇宙に? なぜ棺がビームが放たれた方向に?

 当然の困惑と疑問。その表情が驚愕になるのにそう時間がかからなかった。

 棺の蓋がズズッとスライドして開かれる。瘴気が漏れ出していると錯覚するほど重々しく開かれた棺から、棺に入るのは業火に焼かれた死人だけだと言わんばかりな赤銅色のボディがゆっくりと顔を出す。


「変形……!?」


 折りたたまれていた脚部や胴体が変形し人型を形作る。最後に棺の蓋と箱が両腕になって全貌を現したそれの真っ赤なカメラアイが光った。

 その物体の名前は<COFFIN>。『ひつぎ』の名を冠する悪魔の兵器デシアン


「デシアン……!」


 ディスプレイに表示された『Unknown』の文字に恐怖を感じながらも、模擬刀を抜いて正対する。


「なぜ来たのか。なぜ戦うのか。それもわからないが、お前をこの先へ行かせるわけにはいかない!」


 武装がなくとも身ひとつで食らいついて絶対に通さないというソルの覚悟と気迫。だが、<COFFIN>はそれに反応を示すことはない。ただただ冷徹に、手の平の銃口をソル機に向けるだけだった。




(―――スフィア君からの通信が途絶えた。会敵したか)


 スラスターの限界稼働域までスピードを上げてギャメロン機の反応が消えた辺りまでやってきたスノウ機。せわしなくコンソールをいじりつつ敵と対峙しているはずのソルのことを考える。


(彼には実戦経験はない。囮になってひたすら逃げ続けるだけでもそう長くはもたないはず。とすると、僕がいかに早くフィリップス君を救助できるかが鍵だけど……)

「…………む」


 マシンの反応が突然消えたことを考えれば探すのも容易ではあるまい、そう考えていたのだが、微弱ながら救難信号を発信している反応を見つけた。

 果たしてそれは大破した<グリリナ>であった。頭部はなく、片腕と脚がひしゃげて人間だったら複雑骨折間違いなしな曲がり方をしていた。

 慎重に周りをうかがいながら大破した<グリリナ>に近づいて様子を見る。


(両足とも鋭利な刃物――刀剣類で斬られたダメージじゃない。何か乱暴に殴られたように根元がつぶれている状態だ。一方で右腕と頭部は焼ききられた跡がある…………いや、今はそれを考えている場合じゃないか)

「フィリップス君、聞こえるかな。スノウ・ヌルだけど、救助に来た。聞こえているなら返事をしてほしい。

 フィリップス君。応答を願う」


 センサーを確認すると間違いなくこの大破した<グリリナ>がギャメロン機だとわかったため呼びかける。…………が、返事はない。

 とはいえ、このぐらいは想定の範囲内。ダルマと化したギャメロン機を両手で器用に固定する。


(コックピットを外部から開閉するのは、格納庫に戻ってからだね)


 ギャメロン機を抱えたまま来た時よりはいくばくか速度を落として『サヴァン』へ戻ることにする。


(ひとまず、第1フェーズはクリア。問題はここからだけど……)


 ここから『サヴァン』に戻り、ギャメロンの容態を確認してシャトルに乗り込む。医療の知識がないスノウができることはそれだけだ。

 だが、それだけシンプルなミッションの達成難易度が高いことは、メインモニターに映し出されたそれが如実に表していた。


「やはりこうなるか」


 右手に巨大な十字架を持ったデシアンを見て、スノウは模擬刀の柄に手を持っていく。

 立ちはだかるというよりは、そこにいると言う方がふさわしい脱力した様子だったのが一変し、熟練の操者が扱うマリオネットのように怪しく機敏にそのデシアンが十字架を振り上げ襲い掛かってくる。


「少し揺れるけど、我慢してほしい」


 抜刀。逆手で抜かれた刀で十字架を受け止める。ギャメロン機の残骸はボールを抱えるように右アームと胸部で抑える。


「<GRAVE>が来るなんて珍しいけど、今は相手している暇はないんだ」


 受け止めた模擬刀の面を滑らすように移動させ、機体そのものを右回転させる。

すると、勢いをつけていたデシアン―――<GRAVE>はつんのめるように体勢を崩す。スノウはその隙を逃さない。


(まともな武器がないから、ここは逃げるが勝ちだね)


 <GRAVE>の脇を通ってペダルを力の限り踏み込む。

 スラスターから異音がするような気もしたが気にしない。とにかく全速前進で逃亡を図る。

 しかし、10秒も経っていないだろうタイミングで、スノウは後ろを見る。


「むっ」


 <GRAVE>が持つ十字架の先端、それが真っ直ぐにスノウ機に向けられていた。

 そして次の瞬間、光が放たれる。十字架と同じく真っ直ぐに、吸い込まれるようにスノウ機に伸びていった。

                                  (続く)

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